作品タイトル不明
第327話 藤原虎次郎
―――トラージ・紅社の竜道
天井のつらら石から落ちた水の雫が地底湖に落ち、ピチャンとした音が静寂の中に響いて消えていく。ついさっきまで地底湖にて遊泳していた水竜達も今は鎮まり、静止するようにシルヴィアらへ耳目を集めていた。
「水竜王様、お久しぶりです」
「ん、久しぶり」
とは言っても、2人はその程度で緊張する玉ではない。水竜王と同じく再会を喜び、気軽く挨拶までしてしまっている。尤も、それはトラージの王たるツバキも同様である。
「竜神様もお元気そうで。近頃は地上に顔を出さなくなりましたから、甚く心配しておりましたぞ。人型になるのはお止めになったので?」
「出会い頭に意地の悪い事を言うでない。余が雑踏とした場所が苦手であるのは知っているであろう、ツバキよ?」
挨拶どころか軽いジャブまでかます有様。どこか仲の良い親戚のおじさんとのやり取りといった感じだ。その様子を眺めながら、エマがとある疑問を口にする。
「あの、前々から思っていたのですが…… 水竜王様はツバキ様のご先祖様なんですか? 先ほども我が子孫と仰っていましたが」
「む? ああ、そうであった。このような姿では不思議に思うのも無理はないか。本来、これはトラージの機密であるのだが……」
水竜王は伺うようにツバキの顔をチラリと見る。
「妾は構いませんぞ。このシルヴィアとエマは、トラージに大いなる繁栄をもたらすと約束してくれたのですじゃ。機密の1つや2つ、今知るか後で知るかの違いしかありませぬ」
「え?」
「………?」
ツバキの中では2人が将来トラージ入りするのは確定事項のようである。トラージの秘密を共有させる事で、約束を違わぬ為の念押しを密かにしていたりもする。尤もその意図に勘付いたのはエマだけで、シルヴィアは疑問符を浮かべているのだが。
「そうじゃな。まずはどこから話せば良いものか…… お主ら、人と竜の間では子を成せん事は知っておるか?」
「あ、ロザリアから聞いた事があるかも。竜の血が濃過ぎるとか、そんな理由でしたね」
「それならば話が早い。そのロザリアと申す者の言う通りじゃ。されど、妾はこの竜神様の遠い子孫に当たる。それがなぜかと言うとな―――」
「―――余が、元々は人間であったからだ」
「……竜神様、それは妾の台詞ですじゃ」
「先ほどの意趣返しだと思ってくれ。ククク」
頬を膨らますツバキと、笑みをこぼす水竜王。このやり取りだけを抜き出せば、確かに人間同士の会話のようにも思えてしまう。
「ええと、詰まり水竜王様は竜ではなく、人なのですか?」
「うむ」
「人にしては青い顔をしている」
「おお、その返しは新しい! 流石はシルヴィアじゃ!」
「照れる」
シルヴィアが白い肌を仄かに赤くする。
「いや、照れないで。ツバキ様も今はふざけないで下さい」
「エマは真面目じゃのう。まあ、今は話を進めるとするか。実を言うとな、竜神様はこの世界の者ではない。遠い遠い昔、異世界から神隠しに遭った1人の人間じゃった」
ツバキの話を纏めるとこうだ。藤原虎次郎は異世界における、領主の立場にいる者だった。若輩ながらも多くの村々を取りまとめ、食の要である農耕を、領土を護る為の軍事を、繁栄の手段である商業を己の配下と、時には民達からの意見を取り入れるなどを行い、皆の為に尽力していたという。忙しくはあれど充実した日々。虎次郎は領主である事を誇りに思い、この生活に充たされていた。
しかし、彼の領主としての任に終わりを迎える時が来た。戦である。隣国との戦いに敗れ、敗走する虎次郎と彼が信頼する配下達。降りしきる雨の中、深い森に逃げ込んだは良いが、見つかるは時間の問題。彼の世界では大将首は討ち取られるが世の常であり、捕らえられればその先は見えていた。不幸中の幸いは、村々に対する強奪行為などの悪行が少ない事だろうか。領土が略奪されれば、その地は新たな領主の土地となる。此度侵攻してきた国の領主は苛烈なれど、民を疎かにする者ではなかったのだ。死を待つばかりの虎次郎には関係のなくなる話であるが、それでも心の拠り所としていた者達が無事である事は嬉しかった。
いよいよとなった時、虎次郎は自害を覚悟した。名誉ある死。飾った言葉だが、最後まで誇り高く、自分らしく終わりたかったのだ。が、その時を迎える事は遂になかった。体に染み渡る程振っていた雨が急に止み、雲に隠れていた筈の日の光が目に入る。
『ここは、どこだ?』
見知らぬ景色、妖としか思えぬ生物が視野に入る。そう、虎次郎とその臣下は別の世界に迷い込んだのだ。虎次郎の言葉で表せば、神隠しである。死を前にして、彼らは新たな生を手に入れた。
「それから余は臣下と共に、この世界で再び国を興したのだ。我が故郷の色を残し、大国にも負けぬ強き国を、な」
「それが我らが水国トラージの始まりよ。竜神様は初代トラージ王となり、独自の技術、奇抜な戦法を用いて国を大きくされた。武器を挙げれば銃というのは面白い代物があっての。開発を繰り返し、今では…… おっと、これも機密じゃった。ふふふ……」
扇子を広げ、口元を隠すツバキは実にわざとらしい。何が何でも興味を持たせようという腹である。水竜王はそんなツバキを気にする事なく、話を続ける。
「まあ、国を大きくしていく過程で余の力も高まっていたようでな。ある時に辿り着いてしまったのだ。人間の極致に」
「それは、進化ですか?」
「ほう、これも知っておったか。もしや、お主らも――― いや、深くは聞くまい」
水竜王は深く溜息を吐いた。
「ツバキの話が長くなる」
ふとシルヴィアとエマがツバキを見ると、これ以上ないくらいに表情が輝いていた。恐らくは進化という単語に反応したのだろう。見なかった事にする。
「余が進化した種は『竜人』。竜の力を得た恩恵がこの姿よ。竜の力を得た人であるが故に、余は愛する者との間におのこごを残せたのだ。それから前竜王を打倒したりと、今思えば無茶をしたものよ」
余談だが、ツバキが水竜王を『竜神』と呼ぶのは、この『竜人』からちなんでいる。
「噂によれば、西大陸にも我らと同じように竜の血を宿す者達がおると聞く。まあ噂程度のものであるが、実例がこの妾であるからのう。絶対にいないとは言えまい」
「何だか壮大な話ですね」
「……ロマンチック」
「う、うん。そうだね」
聞き入っていたシルヴィアの呟きに、一先ずエマは同意しておく事とした。
「今となっては余の他に残った者はいなくなってしまったがな。まったく、長命も考え物である」
「じゃが、トラージ開祖たるその方々の血も、民達がしかと受け継いでおるのじゃ。どうじゃ? シルヴィアらも妾らと共に、この素晴らしき国の礎とならんか?」
「ん、な―――」
「はいストップー! まだやる事があるよね!?」
「……ハッ!」
エマの強烈なツッコミはシルヴィアを正気に戻したようだ。どこのパーティもツッコミ役が苦労するのは変わらない。
「惜しいのう…… ま、ここで竜神様が本来の姿になられれば、手っ取り早く竜神様が人であるのを説明できるんじゃがのう」
「悪巧みを秘めた目で余を見るでない。言ったであろう。余は人見知りなのだ。人の姿を晒すなど、恥ずかしいではないか!」
「このように竜神様は引きこもるようになってから色々と拗らせてしまってのう。図体ばかり大きくなりおって、今は国を興した面影が微塵もないのじゃ」
「国が危機の際は陰ながら助けているであろうが。この平和な時代に生きるツバキは知らぬだろうが、東大陸の戦乱の時、どれだけ余が役立った事か」
「ほう! 昔、魔王を思わせるスライムが国を襲った際、寝過ごして勇者に功を取られたのはどこの竜神様でしたかの?」
「ぐ、なぜそれを知っている!?」
ギャーギャーと開始される口喧嘩。次々と発せられる互いの悪口の質は段々と下がり、遂には子供じみたレベルにまで達しようとしている。
「あ、あのー、そろそろ私たちの用件を言ってもいいでしょうか?」
「水竜王、どうか『天獄飛泉』に道を作ってほしい。私たちは 奈落の地(アビスランド) に赴かなくてはならない」
「む、 奈落の地(アビスランド) だと?」
正にピタリといった感じで、2人の王の喧嘩が止まった。
「理由は、否、聞くまい。お主ら冒険者に詮索はご法度であったな」
「竜神様、微妙に暗黙の了解を取違えておりますが、今は良しとしましょう。妾からもお願いしますじゃ。シルヴィアらの願いを叶えてやってくれませぬか?」
「むう、しかしな……」
水竜王は暫く考え込む素振りで瞳を閉じ、低い声で呻り続けた。
「……お主らが強いのは発する気を見れば分かる。その力があれば、余が力を貸さなくとも天獄飛泉を乗り越えられるのではないか?」
「 奈落の地(アビスランド) には私たちの他にも大人数が向かう。少しでも危険を減らしたい」
「それは仮に向こうへ辿り着いたとしても、足枷となるのではないか?」
「違う。私たちの力になる」
「……そうか。ならば―――」
「うむ? ふぁっ!?」
不意に水竜王に持ち上げられ、巨大な青の頭上に乗せられるツバキ。王らしからぬ声を出してしまうのも仕方がないだろう。気が付けばジェットコースターの頂上にいたようなものだ。
「ならば余とこのツバキを相手に、2対2の戦いを以って力を示すがいい! どのような状況においても仲間を連れていくと強行するのならば、見事この状況を打破して見せよ!」
「……うん。ちょっとだけこの展開は予想してた」
「そうなの? エマは頭が良いね」
かくして2人の王を相手する戦いが始まった。