作品タイトル不明
第325話 煉獄炎口
―――火竜王の塒・煉獄炎口
1人の乙女として(?)、頻繁にお腹が鳴るというのは流石のメルフィーナにも少し思うところがあったらしい。あれから一頻り悩んだ後で良いアイデアが浮かんだのか、パァッと表情を明るくして俺にこう言ったんだ。
「私、閃きました。消耗するほど暑ければ、その分涼しく冷やせば良いのです。これで私のお腹の具合も安定する事でしょう」
などという若干頭の悪い感じの発言をしたメルフィーナは、言葉の通り火山の火道を氷で覆う暴挙に出た。火口から見える範囲で下に通じる火道まで、ことごとく氷の世界へと誘う荒技である。まあ、 清涼領域(クールリルト) では直に迫るマグマは防げないからな。火道の壁沿いをぐるりと回る氷製の螺旋階段まで生成してくれた事だし、結果としてメルの行為は良い方向へと俺たちを誘導してくれたと思えばいいだろうか?
火山が時折大噴火を起こして、俺たちにマグマが迫る度に結界で身を護っていた手間を省く事はできたのだが、生態系を保全する意味でどうなのかは俺には分からない。火竜が寝床に近づかないといっても、他にモンスターがいないとは限らないだろう。俺らと戦うかもしれなかった屈強なモンスターが弱体化してしまうのではないかと、とても気掛かりである。
「やはり暑さが原因だったようですね。調子が良くなった気がします。お腹の具合から察するに、腹八分をやや下回ったところ。あなた様、これはいけますよ!」
「えー……」
本当にあの暑さがメルのお腹をすかす要因だったのか? 涼しい、むしろ若干寒気さえする氷の火道に疑いの眼差しを向けてしまう。その時にふと、視界の下側でフルフルと震える赤い物体を発見。エフィルお手製の赤い服を着たムド(赤髪)である。
「ムド。かなり凍えているみたいだけど、大丈夫か?」
「うう、寒いのは苦手……」
光竜王様、今ばかりはチワワにしか見えないです。うーむ。火山地帯は相当暑いと踏んで熱に強い人格である赤ムドを連れてきたのだが、この状況では逆効果だったか。竜の巨体が人型まで小さくなる事で狭い場所にも出入り可能となったムドファラク。しかし、表に出る人格によって得意とする属性が異なってしまうから、こういったデメリットも生じてしまうようだ。竜形態なら闇を除く全ての属性に対応可能なんだけどな。人型になる事での弱体化はダハクと同様か。
「セラ姐さん、青の私と交代するから眠らせて」
「 儚い夢(ヒュプノーシス) を使えばいいのね。ええと、軽めが良いかしら?」
「うん。軽い睡眠でオッケー」
「それなりに降って来た事だし、丁度良いから休憩にするか」
メルが氷で広めの足場を作り、クロトの保管の中から取り出したベッドにムドを寝かせる。
「いくわよー」
セラが拳に黒い魔力を溜め、ムドの頭を撫でるようにして手を乗せると効果は直ぐに出てきたようで、「くぅー……」という呟きを口にしながらムドは静かに瞳を閉じた。今のムドはセラと同じ赤髪だけあって、こうして見ると姉妹みたいだな。図らずも脳裏に浮かべてしまったのはベル・バアル。セラとの関係性もそろそろハッキリさせておきたいものだ。今はなぜか敵対関係になってしまっているが、ぶっちゃけ思いっきり姉妹喧嘩でもすれば解決するんじゃないかな? ほら、想いをぶつけ合えば気持ちも晴れるだろうし。そしてそこに俺も混ぜてくれれば尚良い。
「あ、ケルにい。ムドちゃんの髪が青色になってきたよ」
リオンの言う通り、ムドの髪色は燃えるような赤から鮮やかな青へと移り変わっていた。髪に伴って装備する服装まで青色に変化しているのは、人格別に所有する装備枠が分けられているからだ。しかし、一度眠らないと人格を交代できないのはちょっと不便かな。戦闘時は竜形態にならない限り、融通が利きそうにない。まあMPお化けと称される俺であれば、再召喚を行えば済む話ではある。それでも消費する魔力量は馬鹿にならないけどさ。
「……おはよう、主。赤いのは軟弱で困る」
「おはよう、ムド。火山は危険だからと赤ムドに泣き付いていたお前の台詞じゃねぇよな、それ」
「それはそれ、これはこれ。エフィル姐さん、赤の私が食べたホットケーキ、後で私も食べたい」
「あ、お気に召したみたいだね。そんなに美味しかった?」
「至高にして究極。記憶だけに留まっているのが我慢ならない」
デザートは熱いも冷たいも関係ないのか…… 仮眠程度にもならない睡眠だったが、起きた瞬間に甘味が食べたいと熱弁を振えるのは凄いな。俺は正月の朝に食べるお汁粉くらいしか思い浮かばないよ。自分の記憶がないから曖昧だけど。
「んん? ねえ、ケルヴィン。もう少し下に行ったあたりで、お宝の匂いがするかも」
アンジェが氷の足場から下を覗いて、そんな事を言い出した。君、お宝の位置まで察知できるのね。伊達に最凶の内偵をやってないのな。
「エフィル、見えるか?」
「……凍ったマグマ溜まりの上に、財宝の山が築かれた広間が見えます。それにメル様が仰っていた 奈落の地(アビスランド) へ続く転移門、らしきものも」
「なぜにそんな所に財宝が? 凍結した今は良いにしても、そんな場所にあったら溶けるだろ」
「広間に結界らしきものが施されているようです」
「その広間が『火竜王の塒』なんじゃないッスか? 竜の中には自分を誇示する為に、巣穴に宝を溜め込む奴もいるッスから」
ああ、成程な。大方その結界は転移門をマグマから護る為のものなんだろうが、そこを火竜王に目を付けられて寝床にされてしまったと。もし 奈落の地(アビスランド) 側から地上の世界に来る奴がいるとしたら、相当驚く事だろう。時期を間違えれば第一歩を踏み出した途端、火竜王とのバトルが始まるのだから。そりゃ地上に現れる悪魔も少ない筈だ。
「俺なら野菜に埋もれるんだけどなぁ……」
……価値観は竜それぞれだよね。
「火竜王が収集した財宝か。ついでに貰っておくとしよう」
「じゃ、そうと決まったら早速行こうよ」
小休憩を終えて更に螺旋階段を降る事暫くして。徐々に俺の肉眼に見えて来たのは、巨大な波を形成しながら凍ってしまったマグマの海と、そこに島のようにして浮かぶ明らかに人工物な広間であった。とは言っても、仮に火竜王が寝そべっても十分なくらいに広々としている。広間の中心には各国々で見た転移門があり、広間の床には覆い尽くさんとばかりに光輝く財宝が山を成していた。これじゃ逆に眠れないだろと今は亡き前火竜王にツッコミを入れてやりたい。
ある程度広間まで近づくと、メルが直通の階段を新たに伸ばしてくれた。広間の結界を潜ると内部はなかなかに快適な温度である事に気付く。さっきまで寒かったのに、ここは適温なのだ。まあ火竜王のように根城にしようとは思わないけどさ。
「うわー、金銀財宝だぁ!」
「ま、眩しいよぉ…… でもこんなに沢山の宝物、トライセンの宝物庫でも見たことないかも……」
「一体どれだけの時間を費やしたんだか。ま、 算盤を弾くのは後にするとしてだ」
転移門は既に起動している。いや、常に起動しているのか。こいつを通れば夢と希望の大地、 奈落の地(アビスランド) に辿り着く。地下世界のどこに繋がっているかは分からないが、まずはどうするかな。
「弟子らに渡したペンダントの感じからして、シルヴィア達はまだ向こうに行ってないようだな」
「シルヴィー達は『天獄飛泉』から向かうんだっけ? 大丈夫かな?」
リオンが心配そうに言うが、俺は特に心配していない。相打ちとはいえ、確かに俺を殺して見せた彼女の強さは俺がよく知っているからな。
「シルヴィア、悪いが先に行ってるぞ」
届かない筈の独り事が宙に消える。さあ、お先に幕を切らせて貰うとするか!
「お兄ちゃん! 行く前に財宝の回収しないと!」
「………」
シルヴィア、今のなし。もう少し掛かります。