作品タイトル不明
第321話 下拵え
―――火竜王の塒
噴火を起こしたのはどの活火山だったろうか。激しい地鳴り、降り注ぐ火雨などの天変地異を引き起こしたそれは、かなりの規模であったことが予測できる。だが、この場にいた誰もが その程度(・・・・) の事では見向きも、興味を持つ事さえしなかった。その理由は言うまでもない。目で見る事ができる範囲で、それ以上の光景が広がっていたからだ。
―――ドゴォーン!
数十ほど繰り返した紅き爆発は、そのどれもが噴火のパワーを大きく上回る。火竜王が紅蓮の 息吹(ブレス) を放てば、対するエフィルも紅蓮の矢を放つ。正確無比なる矢は確実に 息吹(ブレス) へと着弾。炎をこれでもかとばかりに凝縮させた両者の得物は、先ほどのような大爆発を引き起こしていた。
戦場が空中であったのは幸いだった。このような紅蓮が地上で炸裂してしまっては、この地一帯の火山は無事では済まず、空から隕石が飛来したかのような巨大クレーターが大量生産されることになっていただろう。
「ぬう、小賢しい!」
幾度となく繰り返されるこの攻防に、堪らず火竜王がぼやく。拮抗する火炎と火炎、疲れを見せぬ双方。一見すると一進一退のようだが、実際のところはそうではない。単純な火力を鑑みれば、恐らくは互角の勝負となるだろう。しかし、エフィルと火竜王では大きく異なる事柄があるのだ。
「シッ!」
「ぐっ!」
それは体のサイズである。竜の中でも特に大型、ボガに匹敵する巨体を誇る火竜王は余りにも大きい。対してエフィルの身長は154センチと、同年代の女性と比べてもやや小柄。火竜王にとってこれは高速で移動する針孔に糸を通すようなもの。裏腹にターゲットとなる的が無駄にでかいエフィルの攻撃は、爆発を乗り越えて火竜王に当たり始めていたのだ。
(……ですが、やはりこの程度では衝撃を与える程度ですね)
竜鱗に直撃した矢は即座に爆発し、その表層に灼熱の焔を花開かせる。が、高火力を誇る筈のエフィルの炎によるダメージは殆どなく、紅き竜鱗に若干の焦げ跡を残すのみであった。エフィルに『火竜王の加護』があるように、火竜王にはその大元となる力がある。火属性の攻撃に耐性があるどころの話ではなく、最早無効化に近い能力となっているようだ。
「効かぬわっ!」
翼を広げた火竜王が爆風の隙間を縫ってエフィルに急接近する。同時に竜特有の全てを萎縮させる雄叫びが火山地帯に響き渡るも、古竜3体を手懐けるエフィルは臆する事なく、冷静に大きく開かれた火竜王の口の中に向かって 極炎の矢(ブレイズアロー) を解き放つ。
「ぬうっ!」
顎が外れるでは済まない爆風が炸裂。されど、火竜王の勢いは止まらない。エフィルの炎をも食らわんとする苛烈さで、そのまま力で強引にエフィルに向かい噛み付いたのだ。
「まずは、この竜から食ろうてやろう!」
噛み付きはエフィルの迅速さであれば回避する事が可能。 多首火竜(パイロヒュドラ) を地面代わりに蹴り、万物を切り裂く牙から宙へと逃れる。しかしエフィルが騎乗していた 多首火竜(パイロヒュドラ) はそうもいかなかったようで、その長い胴体は簡単に食い破られてしまった。
「 多重炎鳥(ミリアドバーンバード) 」
エフィルがそう呟くと、 多首火竜(パイロヒュドラ) の残骸である残り火が次々に火鳥へと変貌した。攻撃後、僅かに無防備となる時間。幾百の火鳥が火竜王へ群がり、襲い掛かる。強襲する火鳥は攻撃と共に目隠しともなり、火竜王はこの段階でエフィルを見失う。
「どこまでも小癪!」
「シッ!」
エフィルは火竜王の真下にいた。攻撃を躱した後、逆さ状態から放った矢の猛撃は火竜王の下顎にヒット。爆破自体は効かなくとも、衝撃は顔と首を大きく上方へ仰向けさせるに十分な威力だった。
( 極炎の矢(ブレイズアロー) で口内や鱗の薄い部分を突いても結果はほぼ同じ、ですか……)
この砲撃も火竜王に致命傷を与えるには至らない。強靭な尾を振り回し、周囲の火鳥が一蹴される。グンと首を元の位置に戻した火竜王の表情に焦りはなかった。
「フン! どうやら、効かんということが分からぬようだな。貴様の炎は確かに大したものである。だが、どう足掻いても我には通じぬ!」
「そのようですね。その力、日頃から体感している身ではありますが、今日ほど脅威に感じた日はありませんでした」
「日頃から? 何を言っている?」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず。それよりも、私からも少々反論させて頂いても?」
表情に焦りがないのはエフィルも同様である。足元に新たな 多首火竜(パイロヒュドラ) を生み出したエフィルは、火竜王を見上げながら口を開いた。
「焼く前に肉を叩くのは調理の基本です。適度な刺激は竜鱗の上からでも繊維を潰し柔らかく、安価な肉も美味しくなりますので。ですが、叩き過ぎも旨味が逃げてしまいますからね。仕込みはこの位で良いでしょう」
火神の魔弓(ペナンブラ) が灯す紅き炎が蒼に変色していく。同時に、足元の 多首火竜(パイロヒュドラ) にも変化が生じた。1つの首であった8つに分かれ、燃え盛る炎も美しい天色へとなっていた。
「 多首極蒼火竜(メルトパイロヒュドラ) 、 第一竜頭(プライマリー) から 第八竜頭(オクトナリー) まで全解放。これより、加熱工程に入ります」
「―――面白、いっ!?」
右目に唐突な痛みを感じた火竜王の言葉尻が鈍る。
「どうやら、貴方は目先の光景に囚われ過ぎる傾向があるようです。だから、些細な変化に気付かない」
エフィルの手にあったのは 火神の魔弓(ペナンブラ) ではなく、隠弓マーシレス。今行ったのは先の 多重炎鳥(ミリアドバーンバード) の目隠しと類似した戦法だ。眼前で変化する 多首極蒼火竜(メルトパイロヒュドラ) を際立たせ、その隙に着弾までに隠密効果を伴う矢を隠弓マーシレスで放つ。火竜王は見事にこの術中に嵌ってしまい、右目に3本もの矢を受けてしまった訳である。
「……ク、クハ、クハハハハハッ! なるほど、戦いの舞台に上がっていなかったのは我の方だったか。我が傷を負うなど、一体何時振りの事か。この久しい高揚感は、一体何時振りの事か。良かろう。女、貴様を狩りの獲物ではなく、明確な敵として認めよう」
閉じた右瞼から血を流す火竜王がそう発すると、周囲の火山群の雰囲気が一変する。先ほどまで不規則的に噴火していた活火山が嘘のように静かになり、辺りに静寂が訪れたのだ。まるで、嵐の前の静けさのように。
「光栄に思え。この姿を目にする事を」
一斉に始まる噴火の大合唱。火道を通り、火口から噴出された超高熱のマグマは吸い寄せられるように火竜王へと向かい、次第に融合していく。火竜王の塒の本拠地とされる巨大火山からは特に大量のマグマが供給され、火竜王の背後で凝縮。作り上げられた太陽のような光輪は、かつてデラミスにて前光竜王ムルムルが扱ったものと酷似していた。それだけではない。各火山から送られたマグマは灼熱の爪を、翼を、尾を、牙を火竜王に与え、これまでとはまた異なる装いとなっていたのだ。手負いの右目からは白熱した炎が灯り、激しく燃え盛っている。
「これぞ、我の真の―――」
「申し訳ありません。長いです」
調理に無駄な時間を割く事を嫌うエフィル。 多首極蒼火竜(メルトパイロヒュドラ) の1体が、火竜王の右腕を吹き飛ばした。