軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第320話 調理開始

―――火竜王の塒

突如として火山群の大地を覆い隠す影。鈍い者ならば、火山から噴出される黒煙が濃くなったのかと思い違えるかもしれない。だが野生に生きる者ならば、そのような愚行とも呼べる取違えをすることはないだろう。なぜならば、その影に身を晒すこと自体が自殺行為に繋がるからである。現に火山地帯を縄張りとしていた屈強なモンスター達のそのどれもが身を隠し、気配を消し、息を潜め、空から出でる脅威が去るのを待っていた。

「グゥオオォォォ!」

脅威が一声放てば空気が振動し、大地が揺れる。脅威が進行すれば大空を覆っていた筈の黒煙が断たれ、輝かしい太陽光が神々しく降り注ぐ。雄大なる天空を我が物として疑わぬその姿は、正しく空の王のものであり、また畏怖の象徴でもある。

全身を覆う深紅の竜鱗は傷を知らず、物理的な、もしくは魔法的な攻撃の威力を削ぎ落す。鋭利な牙や爪は鋼鉄をバターのように切り裂き、強大な尾は一切を粉砕。体内で生成される煉獄の 息吹(ブレス) が牙をむけば、小国等はその一息で地獄と化すだろう。体躯を構成する全てが武器であり、あらゆる生命を脅かす脅威となるは火の化身。

―――火竜王。狩りを終えた偉大なる竜は、自らの寝床である活火山へと凱旋する。

「………?」

ふと、火竜王は違和感を覚えた。ただただ攻撃的でしかない炎が支配するこの地には、到底似つかわしくないにおいがしたのだ。火を好むモンスターであろうと容赦なく焼き殺す灼熱の炎が奏でる、鼻を突くような焦げた臭いではない。知能を持つ者が肉を調理する際に発せられる、万人が群がるであろう香ばしいものだった。無意識のうちに火竜王の口から唾液が漏れ出す。

「この匂いの発生源は――― あそこか」

眼力だけで対象を殺しかねないその視線の先。寝床である火山の麓に、火竜王の見慣れぬ建造物が建てられている。火山地帯に相反する氷の荊で包み隠される漆黒は、一体何であるか遠目では理解できなかった。しかし、建物の隙間から僅かに煙が出ているのを見る限り、この芳醇な香りの出どころであると見て間違いない。そう見做した火竜王は強靭なる脚で捕らえたばかりの獲物を投げ捨て、新たなる標的へと急降下するのであった。

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「ぶ、分厚く切り過ぎではないでしょうか? 大丈夫ですか? しっかりと中まで火は通るのですか?」

大丈夫だと理解しているであろうというのに、メルフィーナが再三の確認をエフィルにしている。ピンク色の可愛らしい唇の端からは唾液が漏れ出し、いつものことだが女神としての威厳は微塵もない。

「ご心配なく。本日の私は絶好調ですので」

溶岩プレートを前に次々と具材を焼き上げるエフィルは自信たっぷりだ。メルフィーナ用に用意した巨竜の尾を分厚く切り落とし、そのままステーキとして焼き上げる。溶岩プレートにより熱は内部まで浸透し、分厚くとも焦げることなく肉を調理することができるのだ。エフィルの腕ならなくてもできそうなものだけど、俺の頑張りもあるのでここはそういうことにしておきたい。しかし、これだけの人数分のものを、しかも各々の好みである味付け、焼き加減に仕上げる神捌きは思わず見惚れてしまう。そしてどこかの料理漫画的迫力を感じてしまう。

「エフィル姐さん、ホットケーキが良い感じ」

「あと5秒待ってね」

「承った」

しかしながらプレートの隅っこでムド用のホットケーキ焼くのはどうなのかな…… バーベキューの方向性が、いや、ムドが喜ぶならそれで良いけどさ。ダハクもそうだが、偏食なのにいたって健康だし。竜の体って不思議だね!

「「ん?」」

「どした?」

焼きそばを食べていたセラとアンジェが顔を上げる。ほっぺにお弁当が付いてますよ。米じゃなくて麺だけど。

「あっちから何かが来る気配がするわ」

「うん。まあ何かっていうか、何なのかは確定しているようなものじゃないかな?」

配下ネットワークのマップに大きな赤丸が印される。肉眼ではまだ見ることができないが、真っ直ぐこちらの方向へと向かっているようだ。この火山は支配者の塒。そのような危険地帯に近づくモンスターなんておらず、ましてや競走中に殆ど殲滅してしまった。となれば、心当たりは1つしかない。

「エフィル」

俺がエフィルの名を呼んだ瞬間、溶岩プレートを熱していた炎が高らかに燃え盛った。炎はプレートごと空中へと浮かし、また調理していた食材も浮かび上がる。華麗なるパーフェクトメイドは食材が浮かび上がったこの刹那の間に、両手に持った調理道具で仕上げの味付けを全てに施し、目にも止まらぬスピードで各皿へと配膳していった。矢で的を射るように、料理が皿へと正確に向かう様は曲芸染みている。ムドのホットケーキなんて蜂蜜のバター付き、3段重ねだ。この完成度、ホットケーキミックスのパッケージでしかお目にかかった事がない。メル用大皿にもドラゴンステーキがしっかりと完成している。そして既に三分の一ほど減っている。

「ご主人様、行って参ります」

「ああ、思う存分ぶちかませ」

いつもと変わらぬ笑顔と愛弓を携え、エフィルはバーベキュースペースの屋根へと上がって行った。

「ケルにい、エフィルねえ1人で行かせていいの?」

早くもデザートタイムなのか、ムドと同じホットケーキを頬張りながらリオンが言った。

「いいんだよ。正直、俺だってこの手でやりたいさ。でも、いいんだ。これはエフィルがけりをつけるべき事だ」

「「「?」」」

事情を知らないダハクやシュトラは首を傾げるが、俺から話すべき事柄ではない。知って楽しい話でもないしな。

「よく見とけよ。本気のエフィルの戦いなんて、そう滅多に見られるもんじゃないからな」

俺はエフィルが作ってくれたスペアリブに噛み付きながら、空を見上げた。

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「美味そうだ。美味そうな匂いだ。香りのみで我を専心させるとは、さぞ極上の供物なのだろう。食す、食そう。食い破ろう。極上の供物も、それを作り上げた極上の獲物も」

火竜王の心は完全にその場所へと向かっていた。視界は蒼き荊のみを映し出し、ただその一点へと急ぐ。誇り高き竜の王の野生をむき出しにする。漂う香りはそれだけの効力を宿していた。

「それでは、レア、ミディアム、ウェルダン――― 焼き加減は如何致しましょうか?」

「無論、全焼きだ。灼熱こそ至高―――!?」

不意に掛けられた言葉へ反射的に答えてしまった矢先、突如頭上に猛烈な衝撃がぶつかった。響き渡る爆音。隕石にでも衝突したかのように、火竜王が真下へと落下していく。

「承知致しました。ヴェリー・ウェルダン以上を好まれるとは稀有な方ですね。ですが、誠心誠意調理することを誓いましょう」

「貴様ぁー!」

マグマが煮え滾る大地に墜ちる手前、空中にて態勢を整えた火竜王が声のもとへと 息吹(ブレス) を吐き出す。紅蓮の塊が高速で向かえば、向こうでは爆音が再び鳴り出した。直後、両者の境で無数の爆発が起こり、火山の噴火音を完全に掻き消した。

「黒焦げは許されません。料理人にとって、食材を無碍にするは半人前もいいところですので。火竜王、食材である貴方を、ご主人様への最高の糧へ仕上げて見せます」

「我が、食材だと……?」

火竜王が見上げる。炎を纏った竜に乗る美しきメイドが、自身に向かって弓を引いている。

(あのような矮小な武器で、竜の王たる我に歯向かうだと?)

戦いを挑まれる。長らく忘れてしまっていた感覚に、火竜王は困惑してしまった。そのような無謀な者らは、当の昔にいなくなっていた筈だからだ。されど魔境と謳われるケルヴィン邸のメイド長、エフィルはこう言い切った。

「調理を開始致します」