作品タイトル不明
第309話 地獄の門
―――デラミス宮殿
外の喧噪を聞きつけてか、シュトラの可愛らしい顔が開けられた扉の隙間から覗かせたのは直後のことだった。その後、示し合わせたように続々と集まる一同。この大人数では客室に収まらないと、宮殿の議場へ移動することに。意外だったのは、フィリップ教皇もこの場に同席したことだ。人影だけがほんのりと映るような垂れ幕の奥からではあるんだけどな。その人影も実物と大分異なる大人のもの。教皇の代弁者を務める為か、コレットとサイ枢機卿がそのすぐ傍に並び座る。
議場の机は壇上の教皇の席に向けて半円を描くように設置されており、俺たち、シルヴィア一行、勇者一行がそれぞれ一塊となって着席する形となっている。部屋の周辺には神聖騎士団の騎士達が一定間隔で並び立ち、緊張した面持ちで警護に当たっていた。落ち着いているのはクリフ団長くらいなものだ。護る対象が勇者にS級冒険者なのもあって、果たしてこの警護に意味があるのかは疑問ではある。まあ、俺たちを護るというよりは、教皇の近衛兵としての意味合いが強いのかな。それよりも教皇のいる垂れ幕横に据えてある石像が気になる。あの竜と天使の融合体、確か教皇の部屋の前でも見たな。
「この議場は自由にお使い頂いて構いませんが、是非とも教皇も同席したいとのことです」
「入用な品があれば申し付けください。可能な限り協力致しますので」
「じゃ、『氷姫』シルヴィア。ケルヴィンに話があるってことだったけど、ここで喋ってもらってもいいかな? あ、僕は傍観者に徹するから、全然気にしなくていいよ。さ、どうぞどうぞ」
これもコレットの手回しだろうか? 国のトップにナンバー2、そして枢機卿から心強い言葉を頂いてしまった。てか教皇、そのまま喋るのかよ…… その等身の異なる偽の人影に、口利き役と思われていたコレットは何だったのか。
「ん、一冒険者としてケルヴィンに依頼を出したい」
シルヴィアがいつもの調子で言葉を口にする。この子は騎士らと違って緊張感の欠片もない。
「俺に依頼? 指名依頼ってことか?」
「そう。あまり大事にしたくないから、直接言いに来た」
教皇とかを介している時点で大事になっていると思うんだが、それはいいのか。しかし、シルヴィアから直接依頼を受けることになるとは思わなかった。S級冒険者のシルヴィアが率いるパーティほどの実力であれば、どのような内容の依頼だって独力で解決するだけの力がある筈だからだ。S級モンスターの討伐だって、そこまで困難ではないだろう。
「それで、その依頼ってのは?」
「捜索」
「え?」
「ある人の、捜索」
「………」
「……?」
―――次の言葉を待っているんだけど、何でそこで首を傾げるの!? 情報、それだけ!? おいおい、発せられる情報が少な過ぎじゃないですかね。いや、シルヴィアとエマの経緯は予めコレットや孤児院から聞いていたから、何となく予測は付くんだけどさ。ほら、エマも頭を抱えているぞ。あ、見かねて手を上げた。
「えっと、依頼の詳細は私から説明します。私たちが西大陸へ渡ってからも、ケルヴィンさんの名は度々耳にしています。魔王打破に獣王祭での上位独占、その功績は計り知れないものです。何よりも、昇格式での模擬試合でシルヴィアを破ったその実力を見込んで、とある方の捜索を私たちと共同で行って頂きたいと思い、この依頼を出すに至りました。もちろんある程度の捜索範囲は絞っていますし、報酬は相応のものをお約束致します」
「その捜索対象ってのは?」
「エレンという女性です。私とシルヴィアの育ての親、といえるでしょうか。まずは、そこからお話を―――」
「シスター・エレンだろ? それなら大丈夫だ」
「あれ、知ってるの?」
シルヴィアがキョトンとした様子で再び首を傾げる。俺は孤児院を訪れた際に聞いた、設立者である初代シスターについて話してやる。ついでにシルヴィアとエマがシスター・エレンに拾われ、孤児院で育てられたことについても。
「マリガンに聞いたんだ。納得」
「トライセンの騎士団に就いてから、久しく会ってないんだろ? 今度行ってやれよ」
「そうですね。折を見て是非…… っと、話題が逸れてしまいましたね。話を戻しましょう。母さん、シスター・エレンを捜し続けて西大陸へまで足を延ばした私たちだったのですが、漸く途絶えていた足取りの痕跡を発見したんです。ただ、その行先がかなり厄介なところでして」
「シルヴィアが助けを求めるほどだ。相当だろうな」
「ええ、そうなんです。まさか、母さんが 奈落の地(アビスランド) に向かっていたなんて……」
―――へえ、偶然ってあるもんなんだな。図らずも、俺たちの次の目的地と同じ場所じゃないか。しかし、噂には聞いていたが随分とアクティブなお母さんですね。
「悪魔の地とされる 奈落の地(アビスランド) は凶悪な地下世界です。最弱のモンスターでさえ、C級B級の強さであると伝えられています。ケルヴィンさん方が同行してくれれば、これ以上心強い味方はいないのですが……」
「ああ、良いよ。依頼を受けよう」
「ですよね。突然の申し出でご迷惑をお掛けしていることは分かっています。ですが、これは私たちの――― え? いいの?」
エマの真剣であった表情が呆気に取られたものに変わり、言葉遣いまでもがそのようになってしまった。
「え、えーっと…… まだ依頼の内容も、報酬についても具体的に言ってないんですが、受けてくれるんですか? 行先はあの 奈落の地(アビスランド) なんですよ?」
「問題ないよ。俺たちも丁度そこに行く予定だったからな。アレだろ? 残酷非道な凶悪モンスターが跋扈する夢の国のことだろ? いやー、タイミングいいな。寄りたい場所も結構あってさ。捜索の助けにはなれると思うぞ」
魔王を倒してから突発的なモンスターの出現がめっきり減ってしまったからなぁ。平和になったと言ってしまえばそれまでで、だからこそ本拠地であるパーズを離れ、ガウンやデラミスに長期滞在できるようになったんだけどな。そんな懐が寂しい俺にとって、 奈落の地(アビスランド) は正に打ってつけ。断る理由は特にないだろう。
「夢の国ではなくて、悪魔の国なのですが…… い、いえ、ケルヴィンさんがそう言って下さって助かりました。ありがとうございます」
「ん、ありがとう。それじゃあ、報酬の話になるんだけど―――」
「そんなの要らないって。冒険者仲間の好みもあるんだ。どうせ道すがらになるんだし、喜んで手助けさせてもらうよ」
「流石に無償でそこまでして頂いては、私たちの心が晴れませんよ。せめて、報酬金だけでも―――」
「とは言っても、別に金がほしい訳じゃ―――」
報酬を断る俺と、頑なに譲ろうとしないエマ。対話は暫く平行線を辿り、結局エレンさんの捜索成功の暁にシルヴィア、エマと模擬試合を満足するまでしてもらうことした。いやー、仕方ない。仕方ないよな。どうしても何かしらの報酬をしたいっていうからさ。報酬なんて欲しくなかったが、苦渋の決断ってやつだ。うん。
それからは依頼内容の各詳細について説明を受けることになった。エレンさんが向かったと予測されるポイントと、その情報源、理由――― 今のところ有力なのが、西大陸の学園都市ルミエストが有する大図書館にてエレンさんの目撃情報があったものだ。シルヴィア達が調査したところ、エレンさんはその図書館で薬を調合する為の薬草について調べていた。その書物の中には地下世界にしか存在しないものもあり、その後エレンさんは再び東大陸へ戻ったという。
「 奈落の地(アビスランド) に向かう道は2つ存在します。トラージ領の奈落に繋がる禁忌の場所とされる巨大滝『天獄飛泉』、火の国ファーニスに存在する火竜王が住まう大火山頂上の火口『煉獄炎口』。どちらの道も険しく、地獄の扉と呼ぶに相応しいところです」
―――ん?
「母さんの目撃情報が最後にあったのは、トラージでした。私たちは西大陸に船で移動する為にトラージにいたと考えていたのですが、それは逆だったんです。母さんが目撃されたのは、西大陸から帰って来た後の姿。恐らく、それから天獄飛泉へ向かったのでしょう。天獄飛泉はトラージの守護竜、水竜王の管轄。幸いにも、シルヴィアは水竜王と面識がありますので、多少は安全に進むことができるでしょう。ですから、私たちが進むべきルートも天獄飛泉の方から―――」
エマの説明の最中であるが、ここで手を上げさせてもらう。
「ちょっといいか?」
「ケルヴィンさん? はい、何でしょうか?」
「悪い、気が変わった。俺たちは煉獄炎口から進ませてもらう」