軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第303話 婚礼の儀

―――デラミス大聖堂

深夜のデラミス大聖堂は銀に月光が煌めき、神秘的な美しさを感じさせる。大聖堂内部はしんと静まり返り、時折外から虫の音が聞こえてくるくらいである。デラミスの巫女が祈りに集中できるようにとの配慮もあるのだろうが、俺には静か過ぎるかな。多少なりの生活音がないと物寂しい。

「―――で、今何て言ったんだ?」

「もう、聞こえないふりとはらしくないですね。あなた様、式を挙げましょう」

「何の?」

「結婚の、です」

いかん、頭が痛くなってきた。部屋で唐突に時間はあるかと聞かれて来てみれば、行き成り式を挙げようとはどんな冗談だよ。確かに俺は式を挙げると言った。だがそれは事を済ませ、ある程度落ち着いてから全員一緒に、という意味の話だ。メルフィーナのみを優遇してしまっては、その約束を違えることになってしまう。そして俺の命が危ない。

「あのな、メルフィーナ。前にも言ったが―――」

「あなた様。 奈落の地(アビスランド) に向かい、使徒と、エレアリスと対立するのですよね?」

「……? ああ、そのつもりだ」

「迷う気配すらありませんか。分かっていたことではありますが、あなた様が喜ぶ要因の塊ですからね」

メルフィーナは小さく溜息をつき、俺の目を正面から見据える。修繕された窓ガラスから差す月の光に照らされたメルは、先刻の腹ペコ女神とは思えぬほどに綺麗に思えた。

「エレアリスは恐らく、私に執着しています。それが復讐心か、恨みによるものかは分かりません。どのような手段を選ぶか、想像するだけでも恐ろしいものです。ですが、私は転生を司る神として、あなた様を、皆を必ず護ると約束致しましょう。例え、この身がどうなろうとも…… ですから―――」

「―――だから、今なのか?」

決意にも、誓いにも似た意気が蒼き瞳に帯びている。それはとても強き想いで、温かい。されど一方では、この大聖堂から感じさせるような心寂しさが読み取れるようで……

「お前な、そんな大きなフラグ立てんなよ。誰がそんな見えてる地雷を踏み抜くんだ。最初からその気概で行くつもりなら、絶対しないぞ?」

「……絶対ですか?」

「絶対」

「……駄目、ですか?」

「目を潤ませても駄目なものは、って女神が鼻水垂らすな! お前の沽券に関わる!」

急いでハンカチを取り出し、鼻元を拭いてやる。じわじわと凛々しい表情から泣き顔に移行する様を見せられる俺の身にもなってくれよ。鉄の意思を引っ提げての護る宣言かと思ったが、ナイーブ過ぎるだろ女神様。脆いにも程がある。

「うう、ぐすっ」

「ほら、大丈夫だ。大丈夫」

しかし、このタイミングでメルが話題に出して来たのは意外だった。それも思いの外、事は深刻なようで本気も本気だ。果たしてこのまま断っていいものか? この女神様の場合、絶対にいじけてしまう。俺としても後味が悪い。

「言っておくが、俺はお前を犠牲にしてまで奴らの本拠地に殴り込みに行く気はないぞ? やるからには全員生還、これが絶対条件だ。それが無理なら、俺はきっぱりと諦める」

「……戦闘狂のあなた様が?」

「俺は理性的な戦闘狂なの。アズグラッドと一緒にするなって」

そんなこと、天秤にかければ直ぐに分かるというもの。理智と狂気は相反するなんて野暮なツッコミはなしだ。両面と上手く付き合ってこその俺なんだからな。少なくとも俺自身は自分をそう思っている。だからその疑いの目を止めろ。 ……あれ、そう思っていいんだよな? いいんですよね? この人、戦闘中なら違うこと言うとか思ってないよね?

「コホン! あー、いいか? 自己犠牲の精神なんて以ての外。そんな腑に落ちない戦いは願い下げなんだ。やるからには、俺が清々しく戦えるように努めろ。俺もメルフィーナも生き残る。以上!」

「……クスッ、言ってることが無茶苦茶ですよ」

「いいんだよ。俺は我がままで勝手なんだから」

メルの表情が少し柔らかくなった気がする。いつも思うが、こいつは気を緩ませる時と引き締める時の落差が極端過ぎるんだよな。平時であれば生活にメリハリを、こんな時はもっと仲間を頼ってほしい。

「ついでに寝相も治してほしい」

「え?」

「あ、いや、これは何でもない」

つい心の声が出てしまった。危ない危ない。

「まあ、何だ。それができるのであれば、式の予行練習くらいは付き合ってもいいかな?」

「本当ですね!?」

「お、おう。約束するよ」

急に前のめりになって真顔となるメルフィーナに、僅かに驚かされる。なぜだ? 地雷は回避した筈なのだが、背筋が凍るような感覚に陥ってしまう。俺の危険察知スキルまで反応し出したぞ?

「言質は取りました! コレット!」

「はい、メル様! 私もしかとこの耳で聞いております!」

「……は?」

大聖堂の祭壇裏からコレットがしたり顔で現れた。普段の巫女服ではなく、格式高そうな正装である。彼女の周囲は透明な結界が張られており、姿を見せても気配を辿ることができない。これは――― 巫女の秘術!?

「限りなく! 実際に近い形で! 式の予行練習を行います。心配はいりません。あなた様の知識にある婚礼の儀と、そう変わるものでもありませんから」

「僭越ながら神父役は私が務めさせて頂きます。このような大役を仰せつかり、これ以上の喜びはありません」

「謙遜することはありません。貴女だからこそ、やって頂きたいのです。あなた様、ご存知ですか? デラミスの巫女が取り計らった夫婦は永劫の幸せを掴むと伝えられていまして―――」

「待て待て待て……」

2人で着々と進めているが、俺の理解が追い付いてない。というか、おいメル。さっきまでの割と真剣だった雰囲気はどうした? 仕込みか? 仕込みだったのか?

「あら、疑っていますね?」

「心を読むなって」

「ふふ、私は胸の内を本気で打ち明けました。結果としてあなた様も本気で私を想ってくださっていることを知れましたし、大満足です。これは頑張ったあなた様へのご褒美という奴ですね」

俺のご褒美扱いなのが不思議である。

「まあまあ、そんな顔をせずもう少しお付き合いください。ちょっとした茶番ですから」

「……分かったよ。約束したのは俺だしな。どんとこいだ」

それから俺たちはコレットの進行のもと、式の予行練習を執り行うこととなった。準備も万端なようで、婚約指輪まで用意している。勿論フェイクではなく、正真正銘の本物。コレットが巫女の力を篭めたのか、凄まじい魔力が放たれているのが怖い。聖なる気なのに何か怖い。四六時中持ち歩いて力を捧げていました、なんて言わないよな?

始まってしまった式の流れは誓いの言葉を述べて指輪を交換と、日本でもよくあるもので戸惑うことはなかった。いや、やるのは初めてだから緊張はするけど。しかし、本当の難所はここからだった。

「それでは、誓いのキスを」

そこまでやるのかと。ちなみにメルフィーナとキスをしたことはまだない。同じベッドで寝ているのに順序が逆じゃないかって? それは女神様に言ってください。

「あなた様……」

この顔真っ赤な女神様に。

メルとのキスは菓子の味がするかと思ったが、そんなことはなかった。いや、どことなく甘かった気がするが、そういう甘さではないというか。それに柔らか、いや、惚気でしかないからこれは省こう。

その後も式は滞りなく進み、あっという間に予行練習は終わってしまった。披露宴やらがなかったってのもあるが、真面目にやれば時間の流れは速いもの。俺としては無事に終わって良かったと思っているが、一方で後々エフィルらにこのことがバレないかと胃を痛めている。それでもメルが元気になったなら良いけどさ。

「さ、これで予行練習も無事終了だな。時間も遅いし、解散―――」

「ケルヴィン様、何をおっしゃているのですか? まだ終わっていませんよ?」

「え?」

「……そうですね。まだ肝心なリハーサルが終わっていません」

不思議そうに首を傾げるコレットと、まだ顔の赤いメルフィーナ。何を言っているんだ。確かに式は終わった筈だ。

「これから私の寝室にて、ケルヴィン様とメル様の初―――」

「待てぇい! それ以上は流石に予行練習じゃ済まない!」

まるっきり本番じゃねーか! しかも何でお前の寝室なんだよ!?

「大丈夫です! 私の部屋の防音性能は完璧です! 何をしても洩れることはありません!」

「その自信はどこからくるんだよ…… それにそういう問題じゃない」

「あなた様、私で不足でしたらコレットも付きますから……」

「喜んで!」

「ち・が・う!」

今気付いたが、メルはとんでもなく緊張状態にある。照れ隠しで魔王を消滅させたように、今のメルは何をするか分かったもんじゃない。それに 狂信者(コレット) が加われば、行きつく先は 混沌(カオス) しかないだろう。

「メル様、ケルヴィン様の趣向はどうやら異なるようです」

「やはり、私の魅力が……」

「それはあり得ません! 寝室に向かうことに反対されているのです! ……ッハ!」

「……! まさか……!」

何かを閃いた2人が俺を見る。

「「ここで!?」」

違う……