作品タイトル不明
第298話 アトラの限界
―――英霊の地下墓地・第8層
圧倒的な魔弾の物量。隙間なく放たれた攻撃の壁がセルジュに迫る。しかしグズグズしていれば背後からジェラールが、否、そうでなくとも召喚術によって再び奇襲される恐れがある。進むにしても、弾幕を越えれば赤き悪魔と金の賢女が立ちはだかる。アンジェの監視の目もある為、姿をくらますことも困難だろう。セルジュにとって一片たりとも油断ならない状況である。だが、彼女は楽し気に笑っていた。
「うんうん。やっぱり座りっぱなしより、こうやって誰かと触れ合う方が楽しいよね」
よくよく考えれば、この世界の上位者は窮地にてよく笑う。その理由は様々なれど、何かを極めた者は頭のネジが一本抜けてしまっているのではないかと勘ぐらざるをえない。アトラのような一般人からすれば、大体はそんな感覚だ。
「シスターもそう思わない? ……シスター?」
まあそれも、彼女が起きていればの話なのだが。アトラからの返事はない。既に彼女は気絶してしまっていた。途轍もなく濃い魔力が渦巻くこの場に、化物達が放つ本気のプレッシャーに当てられたのだ。「あー、仕方ないよね」と納得したセルジュは眼前を見据える。どうせやるなら面白そうな方へと、セルジュは聖剣を振り払い、弾幕への突貫を開始した。
「速い速い! 速いわね、シュトラ!」
「セラお姉ちゃん、喜んでる場合じゃないよ!」
セルジュの白き刃は一振りで数多くの魔弾を打ち消し、その剣速もまた尋常ではなかった。一太刀振ったかと思えば、とっくに次の剣は動作を終えてしまっている。その剣全てが刹那の抜刀術であるような速度で行われているのだ。少女2人が悠々と通れるほどの空間が分厚い壁に作られていく。それもまだまだ余力さえ見受けられる。
『でも、これで終わりじゃないよ! お爺ちゃん!』
『おおさ!』
シュトラからの念話に答えたジェラールは、セルジュの背面にて大盾を構えていた。
「 大戦艦黒鏡盾(ドレッドノートリグレス) !」
地に突き立てたのは、ケルヴィンによって改良が施された漆黒の大盾であった。ジェラールに呼応し、大盾に紋章文字が浮かび上がる。次いで展開されたのは白金の障壁。古の勇者の1人、ラガットが得意としていた一体型の結界に形体が酷似しているが、その特性は全くの別物だ。
やがてジェラールのもとへと迫る、セルジュの聖剣に消されることなく過ぎ去ったガトリング砲の魔弾。それらが白金の障壁に触れたとき、威力が弱まる訳でもなく、完全に消し去られた訳でもなく、ある現象が起こった。 ―――反射である。
「うわー……」
正面の壁を掻き消しながら突き進む最中、背後より折り返して来た魔弾に気づくセルジュ。心なしか顔が引き攣っている。ジェラールが何かしたのだろうとセルジュは直感的に勘付きはした。だが、どうも単純に反射したものではないとも察したのだ。幾らかは打ち払った筈なのだが、その数は前のものと差異がない。それどころか威力を増しているようにも思える。
大戦艦黒鏡盾(ドレッドノートリグレス) 。トライセン城での戦利品、あらゆる攻撃を反射するタイラントミラの残骸を用いて 戦艦黒盾(ドレッドノート) を改造した、この盾の新しい名だ。従来の防御力を大きく向上させ、加えてタイラントミラの特性である反射能力を会得。それだけではない。ジェラールの固有スキル『自己超越』によってその特性は強化され、反射した威力と手数をも増やすことが可能となったのだ。ただし、反射には相応のMPを消費する為に多用は厳禁である。
―――とまあ、結果としてセルジュは前面だけではなく、背面からも増強された魔弾の壁に挟撃されることとなってしまった。
「出し惜しみしてる場合じゃないね」
脇に抱えていたアトラを背負う形へと器用に体勢を変え、高速で呪文を唱え出すセルジュ。すると不思議なことに、意識のないアトラはしっかりと手足でセルジュに掴まり、決して離そうとしないようになった。これによりセルジュの左腕はフリーとなる。
「ウィル、ちょっとだけ、力の片鱗を見せようか」
セルジュの言葉に聖剣は反応し、眩い光を放ち出す。当時、刀哉がそうやった焼き写しのように、2つに分かち光がセルジュの両手に、姿形が全く同じである2本の聖剣がそれぞれに握り締められていた。
『へえ。やっぱりあれ、聖剣ウィルなのね。まったく、どっちが模造品なんだか…… あ、ケルヴィン達に知らせなきゃ』
『セラお姉ちゃん、それどころじゃないよ!』
セラは昔を懐かしんでいるようだが、シュトラはそれどころではなかった。勇者にのみ取得を許された『二刀流』のスキル。聖剣が2本となってからのセルジュは、また別物の強さとなっていたのだ。舞いでも踊るかのように前後の魔弾を悉く打ち落とし、変わらぬ速度でシュトラ達にまで押迫ろうとしている。セルジュだけでなく背のアトラも無傷であり、こぼれるような笑顔も変わることはない。
「皆、密集陣形!」
シュトラが操るガードらの前列が盾を構え、隙間からランスを突き出した陣を組み出す。所謂ファランクスといった陣形だ。その間もランスに内蔵されたガトリング砲は絶え間なく火を噴き攻撃を続ける。が、戦果は変わらず。前後だけでなく、左右からの攻撃を加算したとしても当たらないのではないか。シュトラはそのような心理になってしまいそうになる。
「ほっ!」
「えっ?」
ジェラールに引き続き、セルジュはガードの軍団達も無視する気なようで、部屋に入った瞬間に横壁に飛び移った。挙句の果ての壁走り。そう、何食わぬ顔で、当然とばかりに壁を走り出したのだ。服装の色合いが白でなく黒であれば、完全に忍者の動きである。最近その道に目覚めてきたメイド見習いのリュカの良い手本になるほどで、これにシュトラは忍者の存在に心ときめかす外国人のような胸の高鳴りを感じていた。
(……ッハ!)
しかしそこは天然の並列思考持ち。自らの過ちに気付くのも速い。
(今度、アンジェお姉ちゃんかリオンちゃんにやってもらおう!)
瞬時に解決策を考え出し、頭を切り替えるのであった。
「さ、次は私の番ね!」
セルジュと同じく壁に降り立ったのは、 魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ) を纏ったセラ。凶悪に肥大化した片腕を壁に食い込ませ、翼で無理やりに飛行することで体勢を維持しているのだ。こちらも負けず嫌いである。
「それにしても、本当に似ているね? まあ、似てない箇所も大いにあるけど……」
ふと、セルジュが豊満なそれを見る。
「誰に、どこがよ?」
「それも、後で反魂者に聞いといてっ!」
「あっ、待て!」
セラの気を逸らした一瞬のうちに、壁から跳躍したセルジュが床に着地。向かう先にはセラ達が先に討伐したであろうモンスター(人間らしき者達多数)の山がいくつかと、その血糊がべったりと続く空間のみ。壁を走ることで通り越したシュトラとガードの軍団も、この距離では苦し紛れにガトリング砲を放つことしかできないだろう。それだけではセルジュを傷つけるには至らない。実のところ床に付着した血には、セラのものが偽装しながら紛れ込んでいたのだが、幸運の塊であるセルジュがそれを踏み締めることはなかった。
「じゃ、またねー」
後ろ走り気味に振り向き、別れの言葉を告げる。その時、モンスターの死体の一山から声がした。
「 氷天神殿(フローズンテンプル) 」