作品タイトル不明
第281話 銀弓と寡黙
―――英霊の地下墓地・第8層
ガタリと棺の蓋が地に落ち、その棺の中から出でる2人の人物。メルフィーナより向かって右の棺の者は耳が特徴的であり、その種族がエルフであることが一目で分かる。民族衣装を纏う男はエルフとしては珍しく容姿が年老いており、それは長きに渡って生きてきた証でもあった。されど容姿は非常に整っており、口周りの白髭さえも洒落ているように感じられた。
そして対になるようにして起き上がる左の棺の者。蒼の騎士鎧を着込み、何処かの紋章が刻まれた盾を所持している。デラミスの神聖騎士団のものとは異なる装備だ。しかしその顔付きは精悍・勇敢そのものであり、志の高さにおいて負けるものではないと推測できる。また鎧の下にある肉体自体も鍛えぬかれ、国々の民が思う理想の騎士を体現するものだった。
「む、ここは?」
「……ソロンディール」
「ほう! 懐かしい顔だな、ラガット。まさかまた貴殿と会うことになるとは、数奇な運命だ」
「……ここは、どこだ?」
立ち上がること間もなくして、気の知れた者同士であるらしいこの2人は挨拶がてらの会話をする。だが、どうやら自分達が置かれた状況を未だ理解していないようで、頻りに周囲を見回している。
『姫様、彼らは?』
同じく状況の読めないジェラールが念話にてメルフィーナに尋ねた。
『勇者セルジュの仲間だった者達です。『銀弓』のソロンディールと、『寡黙』のラガット・タイタン。何れも魔王グスタフを討伐し勇者が帰還した後に、この世を去っています』
『突飛な話をして申し訳ないのじゃが、ワシの眼前にその死人がいるのじゃが……』
『その台詞、つい先ほど耳にした覚えがありますね。ですが、死人ではありません。不可解なことに彼らは紛れもなく生きています。この階層のモンスターといい、何か裏があると見ていいでしょう』
死者を蘇らす手段はなく、例えS級の白魔法でも不可能である。それが一般的な認識だ。例外中と例外として転生神の扱う『転生術』という手段はあるが、現実的にそれは考えられない。限定的に使用できるとされるアイリスでさえ、このような運用はできないのだ。
『なるほどのう。古の勇者、か。先のマルセル枢機卿の言葉、あながち間違ってないようじゃな』
『一応、連絡しておきますか』
『王にですかな?』
『ええ』
メルフィーナが情報を取り纏め、今頃中層を攻略しているであろうケルヴィンに念話を送る。すると直ぐに、返信の念話が返ってきた。
『今行く! 直ぐに行く! だから俺の取り分を残しておいてくれ!』
―――戦闘狂な死神にとっては、過去の偉大なる勇者も好敵手にしか見えないようだ。十中八九、とんでもない攻略スピードでこの8層に乗り込んで来ることだろう。
『はい、はい…… 分かりました。そのように』
『姫様、王は何と?』
ケルヴィンとの念話を終えたメルフィーナに、ジェラールがすかさず伺う。何となーく予想はできているが、念の為の確認である。
『今日も私の声が綺麗で愛しい、早く会いたいと……(ぽっ)』
しかし返ってきた答えは予想外な返答であった。くねくねと照れる素振りを見せるメルフィーナに絶句するジェラール。あの王が戦いよりも愛を取ったのか!? ……と。
『いやいや、流石のワシも騙されんよ』
ないないと盾を持つ手を大袈裟に振るい否定する。
『少しは騙された振りをしてくれても罰は当たらないと思います…… いえ、時と場合によってはと言いますか、あれでも同じくらいには大切にしてくれていると言いますか……』
『ストップ、ストップじゃ! それ以上はワシの胃がもたれるわい』
ちなみに何時もの如く、高速での念話は刹那の間に行われる。他者からすれば急に照れ、かと思えば落ち込み、モジモジし出す面白百面相な代物なのであるが、あまりに高速なのでそれすら理解できない。されど、そこにいる古の勇者は常人ではない。
「これはこれは、何と美しいお嬢さんだ。どうですかな? 私とお茶でも?」
『銀弓』のソロンディールがそれらの行為を全て理解した上でのナンパという、何とも高レベルな行動をし出した。ダンジョンのど真ん中で何を、と思うかもしれないが、彼はここがダンジョンの中だと把握していない為、仕方がないことなのだ。百歩ほど譲って。
「お断りします」
「ガフッ!」
悩むこともなくメルフィーナに真顔で拒否されたソロンディール、完全敗北。
「……いい歳して、まだそのようなことを」
「麗しい美女や美少女がいれば口説く。それが紳士の礼儀というものだ」
「……セルジュは?」
「遠い恋より目の前の恋! だがセルジュが目の前にいればセルジュを取る!」
「……ふう」
「おい、ふうとは何だ! このサイと同類のむっつりが! そもそも男というあり方は―――」
ガバリと立ち上がり、熱弁。案外元気そうである。
「戯れもその辺にして頂きましょうか。貴方方は今の状況を理解されていますか?」
「なかなかに手厳しい。寝起きなのだからキスのひとつも欲しいところなのだがな。なあ、ラガット?」
「………」
「……?」
蒼き鎧のラガットは黙り込み、目線を外す。特にメルフィーナとはなぜか視線を合わせようとしない。
「ああ、相変わらず初対面の女性との会話は駄目だったか。レディ、代わりに私との会話を楽しみましょうか」
「ジェラール、一大事です。この方、言葉が通じません」
「姫様、現実を見ましょうぞ」
「姫っ! その方は何処の姫なのですかっ!? 詳細をっ!」
「お主も一度黙らんか」
想定外である。話が進まない。メルフィーナの中でさっさと事を済ませたい気持ちの割合が大きくなってきている。
「この際です。やむをえません…… 貴方方、背後に何が見えますか?」
「背後に?」
ソロンディールとラガットの背後、そこには心臓に杭を打った枢機卿マルセルがいる。杭からは深紅の鮮血が溢れ、既に致死量を超えているであろう量の血溜まりを作っていた。だが、その身体は異型へと変化していた。年老い、弱々しかった老骨は何倍にも膨れ上がって白き屈強な身体となり、鋭利な剣のような鱗が腕に生えている。口には肉食獣のそれである物騒な牙が並び、瞳に正気はない。もはやマルセルは、完全なるモンスターと化したと言っても差し支えなかった。ただ、凶悪な外見に反しモンスターは静かに事の成り行きを見守っているようで、あちらから動く気配はない。
「……何が見えるとは、この可憐な少女のことかな? 黒髪が綺麗で、まるでセルジュの幼き頃の姿のようだ」
「……? ……俺には、母性溢れるセルジュに見えるが」
振り返った2人の瞳にも、正気を記す灯火はなかった。
『……ジェラール』
『分かっとる』
念話での意思疎通のみをし、後は何も語る必要はなかった。古の勇者は幻を見ている。恐らくは、その者が最も好む姿に。化物と化したマルセルと敵対しないように。
「おいおい、まさかこのいたいけな少女に剣を向ける気か!? 正気ではないぞ!」
「……断じて、許せない」
そして、メルフィーナとジェラールに戦意を向けさせるように。
「くそ、よくよく見ればあの黒騎士、魔王のようではないか! 騙されていたかっ!」
「……少女の方は、得体が知れない」
「気をつけろ、ラガット。どこかで見たことがあると思ったが、あの不可思議な動きは『召喚術』の念話によるものだ。デラミスの巫女がたまにあんな動きしてたの見たことがあるぞ!」
「……知らないが」
「お前は見ようとしないからだ! 俺は四六時中見てたから分かる!」
「「………」」
状況は満場一致でシリアスなのだが、どうもいまいち締まらなかった。