軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第282話 剣翁と微笑

―――英霊の地下墓地・第8層

仕掛けたのはソロンディールからだった。ぼんやりと鈍く輝く銀弓を取り出し、目にも留まらぬ速さで矢を放つ。放たれた矢もまた銀から構成されている。銀とは魔力を帯びやすい鉱物であり、ソロンディールは弓矢に魔法を施すことでその威力と速度を強化していた。

「あら、容赦がないのですね」

狙われたのはメルフィーナ。不意の攻撃であったが、微妙に身体を逸らす必要最小限の動きのみでこれを躱し切る。それどころか、彼女の人差し指と中指の間には銀の矢が挟まれていた。矢にはエルフ族特有の紋章が刻まれており、それがソロンディールのものであった何よりの証拠として勇者の目に焼きつく。

「掴んだ、だと!?」

「……来るぞ」

ラガットがそう呟きながら、ソロンディールの前に出る。己の役割は、パーティを護る盾。セルジュと共に歩んだ旅路の中で育まれた責務は、自然と彼を動かす原動力となっている。迫り来るは漆黒の騎士、ジェラール。ソロンディールが矢を放った時点で戦いの幕が上がったと見なし、こちらも大剣を振るい攻撃を敢行する。

「ぐ、お……!」

蒼き大盾から展開される一体型の結界。この結界はラガットの持つ盾の面に合わせて広範囲に拡がり、背後に控える多人数をカバーすることができるのだ。結界と盾とで2重に固める磐石なる護り。だが、それをもってしても一瞬宙に浮かされそうになってしまう程に、襲い掛かる脅威は強力だった。残る勝敗を決める要因があるとすれば、それは騎士としての意地か。ラガットは渾身の力で踏ん張り、ジェラールの一撃を受け拮抗する。

『ほう! 防いだか! 姫様、こやつ防ぎおったぞ!』

久方ぶりに己の攻撃を避けるではなく受け、それで尚も向かって来る相手の登場に興奮してしまうジェラール。姫様に歓喜の報告。

『喜ばしいことですが、無意識のうちに手加減が過ぎてますよ。ジェラール』

『む、そうかの?』

初撃は様子見の意味も含め、大降りによる軌道の読みやすい単調な斬り上げだった。メルフィーナが言うように手加減をしているつもりはなかったが、確かに力の半分も出していない。これはジェラールがフルパワーで戦う機会が滅多になく、そもそも出さずとも大抵の相手であれば蹴散らせてしまうことに起因している。最近で出したとすれば身内との模擬試合でか、ガウンでの神の使徒、神柱との戦いくらいなものなのだ。

『ならば、ちと本気を……』

ギリギリと剣が結界を押し切ろうとする中で、ジェラールは魔剣ダーインスレイヴの力を発動。刀身に触れる魔力を吸収し、文字通り結界ごと食い破る。

(俺の盾が……!?)

ラガットの盾に施される結界が破られるのは、何もこれが初めてのことではない。魔王グスタフとの決戦の際も同様だったのだ。だが、それは幾度か魔王の攻撃を受けての結果である。たった一撃で、それも一度勢いを止めてから結界が破壊されたことなど、これまで経験がなかった。

境を遮るものがなくなれば、凶刃は本命たるラガットと盾に至る。結界の残滓が四散するよりも速く、如何なる怪物よりも力強く、ジェラールの魔剣が迫り―――

「ぐ、う……」

「……あり?」

今度は力加減を逆に見誤ってしまい、護りを固める大盾ごとラガットをぶっ飛ばしてしまった。古の勇者の堅牢さを象徴していた蒼き盾は大きく陥没、横から見ればくの字に折れ曲がっていることが分かるだろう。当然ながらジェラールに立ち向かったラガット自身も無事では済まされない。想像を絶する衝撃をまともに食らったのだ。鋼の体は動かず骨は軋み、意識すらも徐々に遠のき手放してしまう一歩手前である。

『ジェラールもなかなかに容赦ないですね。壁に衝突コースじゃないですか』

『じゃ、じゃってー……』

しかし、ぶっ飛ばされてしまったラガットを助け出す者がいた。モンスターへの変貌を遂げたマルセルだ。その白き巨腕で繊細にラガットを受け取り、抱き止める。

(こ、この温かな抱擁と、それでいて微かにふわっとした香りは…… 長らく忘れてしまっていた母の、温もり…… ああ、セルジュ。やはり君は、俺の母に……)

誰も知ることではないのだが、意識を失う寸前、彼は心の中で饒舌であった。幻の胸の中と言えど、長きに渡って騎士として戦い抜き生涯を終えた彼にとっては、一瞬の平穏も喜びを享受するには十分だったのだろう。

……平穏に一役買った幻の元がマルセルであったことは口にしてはいけない。聖職者として迷える子羊を導いたのだ。互いに万々歳だからこれ以上突っ込むのは野暮というものだ。だから口にしてはいけない。

「うわっ、お前! 俺のセルジュ(仮)に何してやがるっ! やはりお前もロリコンだったか! 離れろ!」

しかし、ここにも迷える子羊エルフがひとり。ダンジョンだけに迷える者が多いのだろうか。

「次はお前さんじゃな」

騒ぎ立てるソロンディールを無視してワシの獲物だと言わんばかりに、今度は巨大化したマルセルに飛び掛るジェラール。大剣を上段に構え、そのまま斬り落とす算段か。

「させるかっ!」

「ええ、させません」

「ぐうっ!?」

大きく飛翔するジェラールに弓を引こうとするソロンディールであったが、右肩をメルフィーナの槍に貫かれ、体勢を崩してしまう。

「人をナンパしておいて、余所見をするとは何事ですか? 非常に不本意ではありますが、今の相手は私なのですよ?」

少々お怒りなメルフィーナは、その細腕からは考え付かぬ力で射貫いたソロンディールを床に叩きつける。肩の槍は貫通し、地面にまで突き刺さる。

「ぐぅ……! こ、これは失礼。だが、今は一大事で……?」

弓を持つ手が冷たい。凍えるように冷たい。そう感じたソロンディールが自らの手を見ると、愛弓である銀弓がそれを掴む手ごと氷塊で包まれていた。パキパキと心地良くも残酷な音を立てながら、氷塊と接する腕も徐々に徐々にと凍結が進行している。

「こ、これはっ!?」

「だから視線を外すなと、何度言えば…… もういいです」

「ぐ、ぐわぁーー!」

腕だけではなく、今度は槍に貫かれた肩からも氷の侵食が始まった。両方向から迫る恐怖は並大抵のものではない。せめてもの救いは氷像が出来上がるまでに時間を要さなかったことか。不幸中の幸いと言うには微妙ではあるが。

かつてケルヴィンも経験したメルフィーナ式訓練。大体このような感じの戦いの中でケルヴィンはS級魔法の制御を学んだ訳であるが、世の人はこれをスパルタ式と呼ぶ。当然ながら相手がソロンディールでは訓練の後の飴もある筈がない。

『さて、ジェラール。そちらは?』

『うむ。今終わったところじゃ』

ジェラールが肩に魔剣を担ぐと同時に、両断されたマルセルの巨体が地に落ちる。どうやらこちらも戦闘を終えたようだ。

『むう…… それなりの力は感じたんじゃが、動きは鈍かったのう。無抵抗もいいとこじゃ。制御仕切れんかったか?』

『それにしては見事にラガットを受け止めていたではないですか。恐らくは、いえ……』

念話を止め、メルフィーナがマルセルの死体に近寄る。

「マルセル。貴方が反対派に組した理由は分かりませんし、深くは追求致しません。ですが命の散り際までその行いは尊いものであり、貴方が熱心な聖職者であったことを誇りに思います。今はただ、安らかに眠りなさい」

メルフィーナが呪文を唱えると、変貌したマルセルの体は光に包まれて消え去った。残ったのはマルセルの心臓に突き刺さっていた杭のみであったが、それも直に崩壊して砂に還る。

『結局、奴は何がしたかったのかのう』

『恐らくは、あの杭を渡した者がまやかしたのでしょうが…… 今は何とも言えませんね。それよりも、早くシスター・リーアを救出しましょう』

メルフィーナは宙に浮かび、十字架に括られた鎖を断ち切っていく。その様子を眺めながら、ふとジェラールは足元で氷付けにされてしまったソロンディールに目を向けた。

『のう、姫様よ。王が来る前に古の勇者を倒してしまって良かったんじゃろうか? たぶん、と言うか絶対に肩を落とすと思うぞい?』

『あの程度が魔王を倒した勇者の力かと落胆されるよりは万倍いいです。実際、彼らは魔王討伐後も進化しなかった者達。実力的にもフィリップやサイに劣るのです』

『む、勇者セルジュと共に戦ったエルフはハイエルフだったのでは? エルフの里で長老がそう言っていた気がするが』

『ソロンディールは寿命で死んでしまったのですよ? ハイエルフであればあり得ぬこと。お調子者な彼のことです。ナンパの口実につい言ってしまった言葉が、そのまま里に広がった。そんなところでしょう』

『ええー……』

エフィルには黙っておこう。そう心に決めるジェラールであった。そうしている間にも、シスター・リーアの拘束が解かれたようだ。

「これで大丈夫ですね。後は回復をちょいちょいと」

「ん、んん……」

シスター・リーアの瞼が少しずつ開かれる。

「もし。どこか痛むところはありませんか?」

「貴女は、メルさん…… ここ、は……!」

ガバリと体を起こすリーア。揺れる胸をここぞとばかりに『心眼』で刮目するジェラール。ちなみにこのデータは騎士として王にも献上される予定である。

「た、助けてください! アトラが、シスター・アトラが、生贄になっちゃう!」

涙目で訴えるリーアに、ジェラールは流石に自重した。