作品タイトル不明
第270話 勇者の戦い
―――ケルヴィン邸・地下修練場
修練場の中心、決戦の場ではコレットが双方に 生還神域(アルカディア) を施しているところである。先の戦いで刀哉の結界は無事のままだったので、リオンと刹那達が対象だ。
「あの、コレット。ムンちゃんも参加していいのかな?」
奈々がリュックに目線を移しながら訊ねる。
「もちろんです。ケルヴィン様からも予めそのように伺っていますよ。調教師がモンスターを使役して誰が文句を言うものですか」
「よ、よかったー…… ムンちゃん、一緒に戦えるよ」
「ギュア!」
ホッと胸を撫で下ろす奈々。それで手が沈み込む辺り、小柄ながらその胸は豊満であった。
「リオン様は先ほど刀哉が見せた能力以外は、皆さんがどのような力を持っているか知りませんので、使いどころに気をつけてくださいね。はい、ムンにも施し終わりましたよ」
「分かったわ。色々とありがとね。コレット」
「どういたしまして。それでは、次にリオン様ですね」
コレットが正面に対するリオンの方へと移動する。丁度リオンはストレッチをしていたようだ。
「コレット。せっちゃん達の方はもういいの?」
「ええ、我ながら完璧な仕事振りでした。クロト様様です。それではリオン様にも結界を施させて頂きます」
「あ、ちょっと待ってね。そう言えば今、アレックスがお昼寝してるんだった。アレックスー、これから試合するから起きてー」
ちょこんとしゃがみ込み、自らの影に向かって両手を頬に当てながら声を掛けるリオン。暫くすると、ズズズとリオンの影が大きく膨れ上がっていく。遠目で見ていた勇者達は何事かと警戒する。やがてそれは大型の大狼となるのだが、いの一番で大きな欠伸をひとつ。
「ウォ~ン……?(ご飯の時間……?)」
「あはは、何寝ぼけてるのさー。でも、エフィルねえにお願いすれば何か作ってくれるんじゃないかな」
「ガゥガゥー(エフィルー)」
アレックスは観客席へ走って行った。目的地に辿り着くやいなや、シュトラに抱き付かれている。
「あの巨大な狼、リオンちゃんの使役するモンスターかしら? ……凄く強い気配を感じるけど」
「私と同じ調教師なのかな?」
「いや、剣士だと名鑑には書いてある。まあ狼がこの場から離れて行くところを見るに、どっちにしろこの戦いには参加しないってことだろ」
「可愛い」
そうこうしている内にリオンにも結界が施されたようだ。一礼すると、コレットも観客席へと戻って行った。
「これより模擬試合を始めたいと思います。両者とも、準備はよろしいですか?」
「いいよー」
「俺たちも大丈夫です!」
刀哉と刹那が前衛、奈々が後衛、雅がその半ばといった陣営である。
「よろしい。それでは、いざ尋常に――― 始めっ!」
なぜか日本風の掛け声で、メルフィーナが手を振り下ろした。
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どこか時代劇染みた女神様の言葉に苦笑いしながらも、兎も角試合は開始された。まず、相手を見据える。リオンちゃんは黒い刀身を持つ剣を鞘から抜き、両手に携えようとしているところだった。双剣使いとあったけど、そこにおいては『剣術』と『二刀流』のスキルを持つ刀哉に分がある、と思いたい。勇者のみが習得可能な『二刀流』はそれだけで接近戦が有利となるからだ。
それに、彼女がこちらの情報を知らないという点も有難いところ。私の『斬鉄権』は当たりさえすれば相手のステータスに関係なく両断することができるし、雅や奈々の魔法だって虚を突ける。成長したムンだっているんだ。何とかしてみせる。
「皆、最初から全力で行くぞ!」
「そのつもり」
「うん!」
既に聖剣ウィルを2本にし終え、構えの体勢となった刀哉が檄を飛ばす。
「 大黒屍復讐鬼(グレイブデスオーガ・リベンジャー) 」
呼応した雅の足元が隆起し、そのまま雅を肩に乗せるようにして鬼が姿を現す。トラージの盗賊団のアジトでケルヴィンさんに倒された赤眼大鬼を、雅が恨み辛みと言った憎悪の念を毎日篭めることで復活させ、更には強化まで果たした復讐鬼。
「ムンちゃん!」
「ギュアー!」
雅の別空間に繋がるリュックから飛び出したのは、進化して『火竜(幼竜)』から『火竜(古竜)』にまでに至ったムンだ。伸縮自在のリュックの口を大きく広げ、私たちの真上へと飛び出す。ファーニスの火竜とも互角に戦ったムンは、奈々の後ろを付いて行くだけだった頃に比べても、頼りになる仲間となった。
私だって負けられない。『斬鉄権』の発動条件を物言いなしに使用できるようになったんだ。個々ではまだまだケルヴィンさん達に及ばなくとも、チームとして戦うのであれば、決して引けを取らない―――
「ん、消えた……?」
「―――っ! 奈々、後ろっ!」
咄嗟の叫び。リオンちゃんを、彼女を観察していた私だったから、パーティの中でも動体視力が特に良かったから逸早く気付くことができた。恐ろしいほどの速度で疾駆したリオンちゃんが、後衛である奈々の背後に迫っていた。修練場の外側を円を描くように走り、その軌跡には焼けた跡がバチバチと電気を迸らせながら残っている。
「えっ?」
危機を知らせはしたが、奈々の速さでは回避は間に合わない。背後を振り向いた瞬間にやられる。位置的に近しいのは雅だけど、魔法を詠唱するにも厳しい。最前線にいる刀哉なんて以ての外。ならば、私が。いや、それも……
「ギュ、アッ!」
「ムンちゃん!?」
奈々の危機を救ったのはムンだった。正しくは身代わりとなったのは、になってしまうけど。奈々の首を狙ったリオンの凶刃は、間に割って入ったムンの首を捉え、切断。リュックから飛び出し、周囲を見渡せる位置にいたムンだからこそ、私と同様にリオンちゃんを察知することができたんだろう。
「使役する竜がいるなら、その元締を狩れば手っ取り早いと思ったんだけどなぁ。支援役っぽいし。うん、いい子を連れているね、なっちゃん」
「え、あ、え……?」
およそ戦闘とは似つかわしくない笑顔のリオンに、奈々は困惑してしまっている。目の前で、コレットの力によりムンが再生。かと思うと、そのムンの巨躯ごと修練場を覆う結界外へと飛ばされてしまった。どうやら死亡が確定すると試合の外へと飛ばされる仕組みになっているみたいだ。それについても説明してくれれば…… いえ、今ばかりは感謝しなければ。再生中とは言えど、ムンのあのような姿を奈々に晒すのはマイナス効果でしかない。
「奈々、動く!」
鬼に騎乗した雅が突進しながら叫ぶ。鬼は拳を振り上げ、今にもリオンちゃんに襲い掛からんとしていた。そうだ、呆けている場合じゃない。ムンが身代わりとなっても、彼女が奈々の近くにいることは変わりないんだ。私と刀哉も駆けつける為に全力で走る。
「ごめっ―――」
「うん、呆けている状況じゃないよね。 電磁鞭(マグネティックウィップ) 」
「あっ……」
奈々の腕に細長く伸びる何かが巻き付かれた。その瞬間に奈々はビクリと体を震わせ、膝から崩れ落ちようとしていた。あれは電撃の一種? しかしその間際、床が氷で覆われ氷柱が次々で突き出される。奈々が気絶する直前に、 氷天神殿(フローズンテンプル) を唱えたんだ。これでリオンちゃんの速さは激減、補助魔法も使えない状態となった。
―――バキバキ!
「あ、意外と脆いね」
と思ったのも束の間、彼女は固められた自身の足を力任せに引き抜いた。しかも、普通に体も動かしている。そ、それでも動きは大分拘束される筈。
「余所見、禁物」
雅が支配する鬼の拳が振りかざされる。
「ちゃんと見てるよ、みっちゃん。なっちゃん返すね」
リオンちゃんが腕を振るうと、奈々に巻きついてた電撃の線が伸縮。まるで電撃は鞭のようにしなり、気絶し倒れようとしていた奈々の体を宙に、それこそ雅の鬼が攻撃しようとしていたライン上に浮かばせた。
「くっ……」
苦々しく呟きながら、雅が鬼の拳を緊急停止させる。コレットの秘術は対象が瀕死のダメージを負うような傷にしか作用せず、場外への脱出もまた然り。これでは奈々が体のいい盾だ。眼前に奈々がいる今であれば、救出することは可能かもしれない。でも拳で奈々を掴めば電撃が鬼に伝わり、その肩にいる雅にもその衝撃が伝わってしまう。それ以前に罠である気がする。雅も同じ考えなのか、宙に放り出された奈々に手を出せないでいた。
「キャッチしなくていいの? じゃ、こうするけど……」
再度電撃の鞭を振るうリオンちゃん。今度は奈々がこちらへ飛来する。これでは体のいい武器。忘れそうになってしまうが、リオンちゃんは あのケルヴィン(・・・・・・・) さんの妹さんだった。