作品タイトル不明
第212話 白昼に輝く儚き花
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
俺の前に内股で立ちはだかったのは、真っ白な全身タイツを身に着けたグロスティーナであった。タイツと言うよりはバレエの男性用衣装が近いだろうか。上半身は貴族風の着飾った装飾が成されているが、下半身はその、あれだ…… 部分的に目のやり場に困るし直視したくない。あんな装備が闘技場に置いてあったのかは謎であるが、あったとしても誰も装備しないだろ。紫色の口紅までしてるし。心なしか観客達の表情も今日一番冷え込んでいるように見える。
「待っていたわよ、ケルヴィンちゃん」
紫の鞭を両手でピンピンと伸び縮みさせながら、獲物を狙う狩人のような目で凝視されてしまった。ほんの僅かではあるが後退りしてしまう。ば、馬鹿な、俺が戦うことに躊躇いを感じているだと!?
「……待たせて悪かったな。午前はちゃんとした挨拶ができなかったが、アンタ、プリティアの弟弟子なんだって?」
「い・も・う・と! 妹弟子よぉケルヴィンちゃん! そこは間違っちゃ駄目! 乙女の心はガラスのように繊細で壊れやすいものよん。貴方も紳士なら、以後気をつけなさい! 彼女が泣くわよぉ」
「あ、はい……」
俺が泣きたいんですが。それに、乙女……? 漢女(おとめ) ってことか?
「お姉様から貴方のことは聞いているわん。とっても強いってことも、ね? でもこの獣王祭はねぇ、お姉様にとって一世一代大勝負の場なのぉ。邪魔をさせる訳にはいかないわぁ」
「それはお互い様だ。セラ達には絶対に勝つと約束しているからな。俺だって負ける訳にはいかない」
「うふっ、了解よぉ。身も心も楽しませて、あ・げ・る」
舞台の床にパシンと鞭をぶつけるグロスティーナ。ソニックブームによる鋭い破裂音はグロスティーナが鞭の扱いに長けていることを知らせてくれる。剣を抜き構え、ダンスの決めポーズのような格好で静止するグロスティーナと対峙、ロノウェの声を待つ。
「「………」」
開始位置についても宣言されない試合開始の合図。俺とグロスティーナはチラリと実況席の方に目をやる。
「ッハ!? す、すみません、少しばかり意識が彼方へ飛んでおりました!」
「う、うむ。ゴルディアーナ殿も今でこそ慣れはしたが、初出場の時は目が点になったものだからな…… 気持ちは分かるが、いずれ慣れるだろう」
良かった…… ガウンでもあの格好はスタンダードではないようだ。では誰があれを用意したのかと言う疑問は残るが。
「うう、私はまだまだあのインパクトに慣れないようです…… では、気を取り直しましょう! 用意はよろしいですね? Aブロック決勝、試合――― 始めっ!」
最初に仕掛けて来たのはグロスティーナだった。あの変わったポーズの体勢から巧みに鞭を操り、俺が長剣を携える右腕目掛けて攻撃を放ってくる。まずは得物を落とす算段か。しかし鞭の速度も目で捉えられない程のものではない。冷静に鞭先を剣で払い、前進。この位置取りではリーチに違いがあり過ぎる。
「ほあっ!」
「―――!」
突然、剣が尋常でない力に引っ張られる。瞬間的に俺はその場に留まり、剣に加わる力に抵抗する。ピンと俺たちの間に張られる紫の線。払った筈の鞭が剣の刀身に巻き付いていたのだ。グロスティーナが鞭を伝って力尽くで剣を奪おうと力み、鞭がギリギリと唸りを上げる。
「あら、やだ……! 私と拮抗するなんて、なかなか力強いじゃない……!」
「そりゃどうも……!」
拮抗、ね。身体強化と『剛力』スキルで底上げ済みの俺と拮抗するアンタの方が化物だよ。それにこれだけの力を両側から加えて千切れないところを見るに、この鞭にも何か仕組んでいるな。
「鞭は確かに避けた筈なんだが、何をしたんだ?」
「うふふ、ちょっとした技術よん。私に勝てたら、教えてあげましょうか?」
「……是非ともご教授願いたいね」
まあ、戦闘中にペラペラと教えてくれる筈もないよな。予想するとなれば『隠蔽』や『隠密』の応用か。昔、どっかの新人潰しが使った技と似た代物かもしれない。
―――ピシッ!
舞台の床に亀裂が入り始めてきた。このまま消耗が続けば不利なのは俺の方か。なら―――
「あらっ?」
「失礼するよ」
剣を手放し、施した『 風神脚(ソニックアクセラレート) 』を全開に飛ばす。保たれていた均衡が破られたことによる唐突な弛緩。グロスティーナに形成された隙を突き、顔面に全力の回し蹴りを叩き込む。
「……私に、触れたわね?」
勢いのままに飛ばされ地に倒れようとする奴の瞳に、俺が映った。背筋に感じる冷たい感触。その刹那、グロスティーナを蹴り倒した右足に僅かな違和感を抱く。
「うふふ、剣を手放すなんて、大胆な人ねうごっ!?」
この程度で追撃を止める訳ないだろ。グロスティーナが地面に接触するよりも速く奴の懐へと移動し、腹部目掛けて頭上高く振り上げた足を落とし込む。炸裂した渾身のかかと落とし。グロスティーナを地へと垂直に叩き込み、勢い余ってひび割れていた舞台は半壊し始めてしまった。
「おわっ、おわっー!? この日の為に舞台職人シーザー氏が丹念に作り上げた舞台がぁ!」
ロノウェの悲鳴が高らかに上がる。
「ですが皆様、ご安心ください! こんなこともあろうかと、当総合闘技場はシーザー氏に予備の舞台を10枚程注文しておりました! お弟子さん共々、頑張って期限までに作成して頂きました!」
「この時期の恒例行事ですね。毎年舞台の強度は向上しているのですが、この辺りになると出場者のレベルが色々とおかしいですので……」
おい、壊した俺が言うのもなんだがシーザー氏が過労で死ぬぞ。
「うふ、うふふ……」
「ん、やっぱりこの程度じゃ起き上がるか」
剣を拾い上げている最中に土煙の中から聞こえてくる不気味過ぎる笑い声。これで勝利になるとは微塵も思っていなかったが、起き上がる奴の姿を見る限り、結構元気そうである。
「まさか、あの状態から更に攻めて来るとは思わなかったわ」
「お前の固有スキル『毒蔵』を食らって、か?」
「……いやぁねぇ。ケルヴィンちゃん、私のステータスを覗き見したわねぇ。ってことは、ある程度の対策も済んでるのかしらぁ? 私を2度も蹴り込んだその足も無事みたいだしぃ、やり辛いわねぇ」
見えるのはスキルの名前までだけどな。『毒蔵』と言う位なのだから、十中八九毒が絡んだ能力なのだろうと予測したに過ぎないのだ。万能な装飾装備、メルの『女神の指輪』のお陰で軽く痺れを感じるものの、俺の右足は戦闘に不都合が生じるまでには至っていないから、対策成功とも呼べるか?
「大型モンスターも一滴で即全身に回る強力な麻痺毒なんだけどねぇ…… 侮っていた訳じゃないんだけど、これはお姉様と戦う気概でやらないと駄目ね。蔵の中を変えるとするわん!」
グロスティーナが胸元から取り出したのはピンク色の可愛らしい小さな瓶だった。胸元から物を取り出すのが好きだな、こいつら。しかし、あの形状は―――
「香水か?」
「そ、でも中に入っているのは違うわん」
手馴れた手付きで自らに香水を吹き掛けていくグロスティーナ。 ……待て待て、香水瓶がピンクだったから気付かなかったが、あの中身の液体、どぎつい紫色をしていなかったか?
「もう知られてしまったようだし、折角だから教えてあ・げ・る。私の『毒蔵』はこの美しき身に接触した毒を宿し、その特性を私に触れた殿方に発揮させることができるのぉ。それは武器も然り、よ。更にぃ……」
グロスティーナの肉体が紫色のオーラを纏っていく。これは、プリティアの……
「赤は未熟、気を己の色に染めることで頂への第一歩…… 西大陸のとある流派、そこは気を操り、魔力とはまた別の力に特化した力を鍛錬する場だったの。その流派を土台とし、更に洗練させた武術がお姉様の『ゴルディア』よん。待たせたわねぇ! 白昼に輝く儚き花っ! グロスティーナ・ブルジョワーナ、貴方のハートを狙い撃ちよん!」
「……いや、うん。それはいいけど、固有スキルの内容までは知らなかったんだが」
「うっそぉ!?」
着飾らない素の野太い声による咆哮。彼、いや彼女はドジっ子であったらしい。