作品タイトル不明
第159話 偽りの凱旋
―――トライセン・城下町
ダンと鉄鋼騎士団がトライセンに到着したのはケルヴィンらが城下町に侵入した翌日、それも日が暮れる頃のことだった。機動力に乏しい攻城兵器をマジックアイテムに収納し、軍馬を走らせ急遽戻って来たとは言え、彼らの基本装備は全身を覆う白金の鎧である。速さを重視するにも限度があったのだ。
(くそっ、思ったよりも時間をかけてしまったか……! しかし何なのだ、この状況は?)
ダンは正門を潜ってから不審に感じることがあった。城へと向かうダン一行を発見した城下町の住民達の反応である。
「おお、ダン将軍率いる鉄鋼騎士団だ!」
「キャー! ダン様ー! ジン様ー!」
「流石はトライセンが誇る最強の戦士! ハハッ、我が国は安泰だな」
「トライセン万歳! ダン将軍万歳!」
姿を見るや否や、割れんばかりの歓声が街中を包み込む。予定外に予想外な国民の有り様に、ダンの下で鍛え抜かれた熟練の騎士達も動揺を隠せないでいた。勝利を収めての凱旋ならまだしも、今回の戦いは自ら戦場より撤退したようなもの。このような出迎えを受ける道理はないはずなのだ。
「将軍、これは一体……?」
「分からん。だが、何が起きようとも平静を保て。まずは城へ急ぐぞ」
噂が噂を呼び、次々に集結する国民達。人々が城への道を開け、口々に賞賛の言葉を投げ掛ける。英雄の凱旋、ピタリのその言葉が当て嵌まる光景が眼前に広がるも、騎士団は憂心を抱くばかり。先ほど副官であるジンを戒めたダン自身もまたその一人であった。
「ねえ聞いた? 魔法騎士団に引き続き、ガウンの亜人共を相手に圧勝されたそうよ」
「聞いたも何も、王直々に御達しがあったじゃないか。開戦前にガウンが降伏ってさ。トライセン軍に恐れ戦くのも当然だけど、これじゃあ支配のし甲斐もないよね」
「うふふ、まあこれも常勝国の定めなのよ」
ふと聞こえて来たのは、道端の夫婦の会話。
(国王自らが、偽りの公表を……?)
夫婦だけでなく、国民らは全員国王の言葉を疑う様子がない。少し考えればそんなことはありはしないと一笑に付す事柄、あたかも疑問視を放棄するかのように信じ込んでいるのだ。
(この現象は我々と同じ…… 国王が魔王であるとのレオンハルトの言。まさかとは思いたい。だが言及されるに至るまで、我が騎士団の誰一人として、その可能性を疑う者がいなかったのもまた事実。国王の変貌にトライセンを除く地域でのモンスターの活性化、更にはトリスタンの暗躍を黙認。やはり―――)
ダンが目指すは国王との直接対面と、シュトラの安否確認。そして、救出――― 次期国王の第一候補であったアズグラッドはパーズとの戦いで敗れ、竜騎兵団はひとりとして帰る者がおらず、全滅した。愛弟子であり敬愛していたアズグラッドの死を考えたくはないが、今はそれどころではない。王族の血を残さなくてはこの国は崩壊するのだ。愚かな他の王子達が継いだとしてもそれは同様だろう。何としてでもダンはシュトラを護り抜く必要があった。
「ジン、お前の隊は裏から城へ向かえ。ここからは何が起こるか予想がつかん。何を犠牲にしてでもシュトラ様のお命を優先するのだ」
「了解です。将軍は?」
「ワシもシュトラ様の救出に向かうが、可能であれば王とも会っておきたい」
「な、何を言っているんですか! シュトラ様が第一なんでしょ! それに魔王には勇者の攻撃しか通用しないんですよ! いくら将軍とは言え―――」
「矛盾しているのは承知の上だ。だがな、これでもワシは国王の懐刀なのだ。真偽を確かめ、王に義理を通す必要がある」
「将軍……」
ジンからは先頭を走るダンの表情は見えない。だがその背中はどこか寂しそうな、哀愁漂うものであった。父親に共感し、少しセンチメンタルな気持ちになっていたジンであった―――
「まあワシであればちょちょいとシュトラ様を助け出し、国王を説き伏せることも余裕だがな!」
振り返ったダンの顔には満面の笑み。対称的に無表情になるジン。彼の感傷的な感情は冷え込むのも早かったようである。
「……それじゃ俺、そろそろ行きますね」
「ああ、行って来い。出番はないと思うがな」
城下町を抜け、人々の影はもういない。
「……親父、死ぬなよっ!」
ジンの隊が城へ導く石畳を逸れて消えて行く。
「あやつめ…… お主ら、ワシに続けぇ!」
「「「おうっ!」」」
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―――トライセン城
城下町を抜け石畳道を暫く走れば、見えて来るはトライセン城を丘沿いに囲う第二の城壁。この城壁を突破するには正門を通るか、秘密裏に存在する裏の入り口を使うしかない。外の城壁と同様に空には障壁が展開されており、平時ならまだしも現在はそこから侵入する方法がない為だ。
「鉄鋼騎士団将軍、ダン・ダルバである! 門を開けよ!」
正門は堅く閉ざされ、本来門兵として控える者達の姿もない。夕刻の空にダンの声が虚しく響くのみであったが、寸刻が経ち城より人影が現れるのが見えた。
「これはこれは、ダン将軍ではありませんか! 随分とお早い帰還ですなぁ。流石は真の英雄、戦わずして勝利を掴むとは。このトリスタン、将軍の手腕に感服せざるを得ませんよ」
「トリスタン……!」
よりにもよってトリスタンである。最も面倒な奴と出会ってしまった、ダンは心底そう思った。
「何が早いものか! 戦わずしてトラージより逃げ帰ったのは貴様であろう!」
「はて、何のことでしょうか? 私と魔法騎士団はトラージに勝利を収めましたよ。国民の皆さんもそう言っていたでしょう」
「貴様……! もうよい、兎も角門を開けてくれ。国王とシュトラ様に話がある」
「ふむ、困りましたね。そのどちらもできません」
お決まりの芝居じみた口調でトリスタンは首を傾げ顎に手を添える。
「何だと?」
「国王は現在シュトラ様を 教育(・・) 中です。部屋には誰も通すなとのことでしたので、ダン将軍であろうとお会いすることは叶いません」
「……クッ」
状況は不味い方へと傾いていた。仮にトリスタンの言葉を信じるとするならば、国王とシュトラは同じ場所にいる。姫の救出と真偽の見極め、いずれにせよ困難となる。
「それに城では国の重鎮を招いての宴の真っ最中です。将軍らのように武装した者はお客様をいたずらに怖がらせてしまいます。どうか、本日はお引取りを……」
「ふう、それよりもまずの課題はここの突破か」
胸に手を当て畏まるトリスタンであるが、ダンは最早彼を見ていない。ゆっくりとした動作で背にある剣の柄に手を伸ばし―――
「ああ、ダン将軍申し訳ありません。たった今、お引取り願うのも難しくなりました」
「……何?」
ズガァーン!
ダンと鉄鋼騎士団の面々の背後より、何か巨大な物体を落としたかのような轟音が鳴る。一同が振り向き、何が起こったのかを確認する。
「あれは…… 竜騎兵団の古竜!」
「生き残りがいたのかっ!」
そこにいたのは竜騎兵団が誇る古竜、岩竜ボガであった。部下達は同胞の帰還に歓喜する。深手を負っている様子はなく、むしろ出陣して行った際よりも元気そうである。その場で特大の雄叫びを上げるほどに。
「騎乗している兵はいるか?」
「ここからではよく見えん、もっと近づいて―――」
「各員、戦闘態勢。攻城兵器もあるだけ出せ」
「え? こ、攻城兵器ですか?」
ダンが出した命令はボガの保護ではなく、撃破であった。
「この障壁が張られた中、奴のように巨大な竜がどこから現れた? 竜騎兵団とは別の得体の知れない力を感じるわい。ボガもやる気のようだしな」
ボガは姿勢を低くし、今にも地面を蹴って走り出そうとする体勢だ。向かう先は正門である。
(……本当に危ないのは竜の背にいる者のようだがな)
「分かっていると思いますが、門は開けませんよ? 城の防衛が第一です」
「ッハ、これも貴様の策略ということか!」
「そんなことはないですよ。私にとっても想定外の出来事です。ふむ、火急の事態ですね…… ダン将軍、私は急用ができましたので、これで失礼します」
「……貴様、後で覚えておれよ」
「期待して待っておりますよ。では」
ボガが突撃を開始したのは、トリスタンが背を向けるのと同時であった。