軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

353話 偽りのエピローグなんだぞっと

光の差さない部屋であった。そこは壁も天井も黒曜石のようで光をまったく発さない。光源があれば、その光すらも吸い込んで、この部屋を照らすことを許さない。そう感じさせる禍々しい空気に満ちた部屋であった。

その部屋全体には黒い靄が広がっており、部屋の奥はそのために視線が通らずぼんやりとして見えた。

部屋と表現するのはおかしいかもしれない。なぜならば奥行きが1キロメートルはあろうからだ。延々と漆黒の世界が広がっており、ただ静寂だけがそこにあった。

壁にも天井にも意匠は無く、家具の類も無い部屋だった。よくよく耳を澄ませてみれば、どこからともなく人のうめき声や、苦痛を伴う、憎しみを、恨みを感じさせるか細くも不気味な声が雑音のように聞こえていた。

全ての者が、この空間は邪悪なるものだと断じるだろう。たとえ、歴史的価値のある古い建物であっても、全会一致で破壊することに同意する。そのような部屋であった。

その部屋は何者も訪れることなく数百年の歴史を刻んでいた。

だが、数百年も訪れる者がいなかったこの場所に光が灯る。埃一つない床に青く光る文字で描かれた魔法陣が浮き出したのだ。

魔法陣は一際強く光ると、その中心に人影が現れた。今まではたしかになかったはずのその人影は、ローブを着込み、顔までをすっぽりとフードで覆っている。

そうして、魔法陣は役目を終えたのであろう。光を失い儚く消えていった。

魔法陣が消えても驚くことなく歩き出す人影に、部屋に充満していた黒い靄がまるで意思を持っているかのように動き出し、その身体を包みこもうとする。

呪われた靄は、この部屋に訪れる愚者の生気を奪い、死者へと変える。そうして骨すらも溶かしつくす恐ろしい罠であった。

黒曜石のように磨かれた床や天井は、黒曜石ではなく、人間の血が塗りこまれて磨かれて漆黒の素材と化していたのだ。何万人もの死人を素材とした部屋。この漆黒の部屋の悍しい正体であった。

死の罠は人影に襲いかかり、その生気を吸い取ろうとする。だが、不思議なことが起きた。靄が触れると同時に、その人影に吸収されていったのだ。

それでも靄は気にすることなく人影に襲いかかる。広大な部屋に充満している靄はスライムのように蠢き、ネチャリとした動作で人影に這い寄り、やがてその全てが吸収されて消えていった。

「この靄って魔法扱いだったのか。残念、闇属性は吸収しちゃうんだ、ごめんね」

人影は口を開き、謝罪の言葉を告げるが、まったく謝意は籠もっていない。肩をすくめると、靄の消えた暗闇の中を、まるで見えているかのように歩いていく。

そうして部屋の中心まで辿り着くと、空中に手を差し出す。不思議なことに空中からは色とりどりの剣や槍、宝珠に首飾りといくつもの品物が現れて、地面へとばら撒かれた。それらは全て神々しい光を放っており、この禍々しい部屋をも浄化する強い力を秘めている。

「ありゃ、失敗失敗」

人影は口元に苦笑を浮かべて、散らばった物を円を描くように配置した。神々しく触るのも烏滸がましい物であるというのに、玩具のようにぞんざいに扱っている。そうして準備を終えると、再び空中に手を翳す。

すると、その手のひらに脈動する心臓が現れる。赤黒く鼓動する心臓には不気味な気が宿っており、邪悪の結晶のようだ。

だが、その邪悪の塊を人影が気にすることはなく、円陣の中心に置いた。

そして手を翳すと、宙に目を向けながら、朗々と詠唱を始める。

「破壊神の心臓を『使う』、『はい』、『はい』、『はい』」

不可思議な詠唱を終えると、部屋一面が紅く輝き、辺りを照らす。心臓を中心に骨を組み合わせて描いたような不気味にして禍々しい魔法陣が描かれ、いくつもの神器を破壊していく。

神秘的な槍が折れ、神々しい光を宿す剣が錆びていく。光り輝く宝珠は石となり、穏やかな空気を発する首飾りは砕け散った。

品物が一つ力を失うたびに、心臓は力強く脈打ち、纏う闇のオーラを高めていく。全ての品物が砕かれると、地面は大きく揺れて心臓が浮かび上がる。浮かび上がった心臓は纏う漆黒のオーラを骨に変えて、肉になり、皮となる。

そうして見上げる程の巨人へと変貌した。漆黒の鎧を着込み、見事な意匠のトーガを羽織り、丸太のような太さとはちきれんばかりの筋肉でできた4本の腕には、見ただけで怖気を覚えて身体が震えるほどの邪気を纏う剣や槍を持っている。

捻じくれた羊のような角を生やす頭に伸びる髪の毛は一本一本が蛇であり、顔には縦長で黄金に輝く爬虫類のような三つの目がある。マンモスのような牙が口から覗き、吐く息は靄のような瘴気を纏う。背中には10枚のコウモリの羽根を生やし、その身体は10メートルはある巨体であった。

空に浮く化け物は邪悪であり、この世に存在してはいけないものであった。

邪悪はギロリと目を動かすとローブを着込む人影にガラスを引っ掻いたような聞くだけで気持ちが悪くなるような声音で声をかける。

「よくぞ、我を復活させてくれた。この世を破壊するべく産まれし魔神『アシュタロト』。この世に魔を広げて、生きとし生けるものに、魔の夜を与えようぞ」

「へへぇー。で、アシュタロトさん、あなたは完全復活している? 不完全じゃない?」

腰に手を当てて、まったくアシュタロトを敬う様子を見せずに、人影が問いかける。そのあっけらかんとしている態度にアシュタロトは不愉快そうに顔を歪めるが、それでも自分を復活させたものだと、その態度を許してやり答えてやる。

「うむ。我は完全に復活しておる。この身体に満ち溢れる『マナ』と昔と変わらぬ『魔力』。完全に復活しておる。そなたが我を封印していた神器を全て復活の儀式に使用してくれたお陰だ。褒めてつかわそう」

辺りに散らばる武器やアクセサリーは、アシュタロトを封印していた神器であった。まさか全ての神器を集めることができ、自分を完全な状態で復活させることができる者がいるとは魔神であるアシュタロトにとっても驚きだった。

前回封印が解かれた時には半分も神器は揃っておらず、自身の力は不完全で世界の半分を滅ぼすのみで、人間たちが神の力を集めて作り出した神器で新たに封印されてしまったのだ。

しかし、今やアシュタロトの力は完全だった。これならば世界を滅ぼし、自分の思い通りの魔が統べる世界へと変えることができるだろう。神はもはやこの地には存在せず、ただ力が世界に空気のように漂っているのみ。

以前と同じように神の力を集めて神器にて封印しようとも、完全に復活したアシュタロトの前には無力だ。

アシュタロトは満ち溢れる己の力に感動しながら、喜びと共に矮小なる人間へと教えてやる。

人間はコクコクと頷くと、その口元をニヤリと歪めて嬉しそうにした。その表情に鷹揚に頷くとアシュタロトはどのような褒美を望むかと尋ねる。自身を完全に復活させたものだ。その褒美も大きくなければならない。

「さぁ、人間よ。褒美を言うが良い。我が眷属となりたいか? ならば眷属一位として力をやろう。それとも魔導の叡智を欲しいか? 深淵なる知識を与えようぞ」

何が欲しいかと尋ねる魔神に、人間は答える。

予想外の言葉を。

「小説では不完全だったんだ。たしか主人公が隠し持っていた神器があって不完全だったんだ。不完全な復活だと半分以下の力になるんだよな」

「………」

何を言うのかと思えば、完全な復活か気にしていたらしい。そのとおりだ。揃えた神器が一つでも足りなければ、アシュタロトの能力は半分以下となってしまう。揃えた個数も重要だが、全て揃えなければ、アシュタロトの力は半分以下になってしまう。完全に復活させるには全ての神器を集めないといけなかった。

疑り深い人間だと呆れる。アシュタロトの言葉を信用できないのかと、不遜な奴めと思うが、そうではなかった。

「小説では力の弱い神器で主人公も敵側もアシュタロトを封印している神器だとは思っていなかった。だから全てを集めたつもりでいた敵側も、予想外だった主人公たちも驚いて、そして、不完全なアシュタロトを倒して、再封印を聖女が行い、世界は平和となりました。めでたしめでたしエンドだったんだぜ」

テンプレだよなと人間はよくわからないことを口にする。

「何を言っている?」

「ゲームだと隠しルートがあって、こっそり主人公の指輪も盗み出し、アシュタロトを完全に復活させる裏ボスエンドがあったんだ。ご褒美のドロップも良くて、特別に貰える能力がなんとサードジョブが使用できるという凄さ」

アシュタロトの怪訝な様子も気にせずに人間は言葉を連ねていく。朗々とその言葉は部屋に広がっていく。

「でも10分以内に倒さないとサードジョブの設定解除は無い。まぁ、ジョブチェンジすれば良いだろって感じだけど、面倒くさいしね。やりこみ要素としては、使えるけど使えない。コレクター魂をくすぐるご褒美だったんだ」

その手のひらに時計を呼び出して、人間はカチリと押下する。ストップウォッチなのだろう。カチカチとストップウォッチが時間を刻み始める。

「というわけで、裏ボスさんさようなら。良かったよ、ゲームのシナリオもあって。むふふふ」

嬉しそうに笑うその人間に、ようやくアシュタロトは理解した。

「よくわからぬが、我を倒そうとするその不遜なる言葉は理解した。死ね」

人差し指を向けて、アシュタロトは不遜なる態度の人間に自らの力を見せてやる。どうやらおのれを倒そうとする人間だと悟ったのだ。

『極炎』

太陽のような炎が人差し指から放たれて空気を焼き、空間を歪めて人間へと襲いかかる。その火の粉の一欠片でも当たれば、数億度の高熱により人間は消し炭になり跡も残らない。

はずであった。

「なにっ?」

しかし、驚くことに極炎は人間に触れると同時に吸収されて消えていってしまった。その信じられない光景に目を疑う。

「あぁ、私は炎属性は吸収するんだよ。ごめんなさい」

「ならばこれならばどうだ?」

『森羅4元素極波』

4本の手が持つ武器から轟く神の雷が、全てを凍らせる絶対零度が、いかなるものも切り裂く風の刃の嵐が、生けるものを石化させる砂の津波が放たれて、人間へと向かう。

しかし、目を疑う結果となった。全ての魔法は人間に触れると同時に先程と同じように吸収されて、発動した跡も残さずに消えてしまったのだ。

「えへへ。言い直すね。私は万能属性以外は吸収しちゃうんだよ」

「人にはあり得ぬその力。何者だ?」

アシュタロトは眼前の人間が人間でないことにようやく気づいた。どうやって隠していたかはわからないが、莫大な力をその身に感じ、ようやく身構えて険しい顔で問いかける。

「私のセカンドジョブは『神』。そしてメインジョブはというと」

被っているフードを取り払うと人間はにやりと嗤った。

「課金ジョブの『旧神』。古き神だよ」

旧神を中心に混沌の力が広がっていき、床がドロドロに溶けていき、空間が歪んでいく。

「……っ旧神だと! 貴様らは宇宙の彼方に消えたはず!」

紛れもなく旧神の、混沌の力を感じてアシュタロトは恐れ慄く。その様子を見て、少女は面白そうにクスリと笑った。

「『アシュタロト』。なかなか凝った作りだよね、『旧神』に対して反応もするし、思考も一見すると普通だし」

灰色の髪が白金の粒子を放ちながら輝き、宝石よりも美しいアイスブルーの瞳が悪戯そうに細まる。小柄な背丈の美少女は、意識をカチリと切り替えると口を開く。

「私の名前は鷹野美羽。お前を元の姿に戻すべくやってきたんだ。もうヘルヘイムのお遊びはそろそろ終わりにしようと思う。そして、ゲームのシナリオからもさようならだ」

魔導鎧『ヤールングレイプル』を着込んだ美羽は神気の剣を構えて、魔神『アシュタロト』に告げると、その口元を僅かに笑みに変えるのであった。