作品タイトル不明
358話 侵略者
……ズズズ
異界からやってきた黒衣の神官の周囲に瘴気が渦巻く。
神官が手に持っているのは、奇妙な形の杖。
蛇のような細長い生き物が絡まりあったような杖の先端には、幾つもの目のようなものが葡萄のようについている。
しかも、その目はギョロギョロと動いていた。
「宇宙魔法・ 麦刈星(アークトゥルス) 」
神官によって発動した魔法は初めて見るものだった。
目を焼き尽くしそうな朱い光が、周囲を照らしこちらへ迫る。
「しゃらくさいわね! 火魔法・ 灼熱の衝撃(バーニングインパクト) !!!」
火の精霊を纏ったロザリーさんが敵の魔法を ぶ(・) ん(・) 殴(・) っ(・) た(・) 。
ドーン! と大爆発が起きて、宇宙魔法とやらが消し飛ぶ。
(えぇ……)
そうやって対処するんだ。
結界魔法とかじゃなくて。
ちなみに天翼族の族長さんは、「ひぇぇ!」と言いながら世界樹のほうへ避難している。
「……太陽魔法・ 雷光一閃(ライトニングフラッシュ) 」
「ぐあっ!?」
気がつくとモモの放った魔法が、黒い神官の肩を貫いている。
(速い……)
発動から的に当たるまでほぼノータイムだった。
「やりますねぇ」
肩に穴が空いたにもかかわらず、神官は特に焦りもせず表情も変わらない。
みるみるうちに回復魔法も使わずに、肩の傷が癒えていく。
「なにあれ?」
ロザリーさんが気味悪げにつぶやく。
「人間じゃないんでしょう。回復魔法は使ってなさそうですし、そういう生物なのかもしれないですね」
モモは冷静に観察をしている。
(俺も参戦したいけど……)
女神様たちからは、神族の俺は極力干渉しないように注意を受けている。
俺ができるのは 大賢者様(モモ) と 紅蓮の魔女(ロザリー) さんの戦いを見つつ、魔物の巣を落っことさないように風の精霊と風魔法で支えている。
「さて……では、お次はこの魔法にしましょう。宇宙魔法・ 真珠星(スピカ) 」
神官の周囲を青白い光が覆い始める。
あれは……やっかいな予感がする。
「火魔法・ 火竜の咆哮(フレイム・ドラゴロア) !!」
ロザリーさんが間髪いれずに、魔法を放った。
巨大な爆発が起こり、神官の発動しかけた魔法を吹き飛ばす。
「風魔法・ 暗殺の刃(アサシンズ・ブレイド) 」
モモが放った魔法は、不可視の魔法の刃だった。
神眼を持つ俺でもギリギリ追えるくらいの微量な魔力を感知した時は、神官のもつ不気味な杖と腕がバラバラに切り裂かれる瞬間だった。
「…………ふむ」
両腕を切り落とされて、なお黒衣の神官の顔色は変わらない。
……ずるり、と腕が再生した。
バラバラになった杖がうねうねと元に戻る。
「長引きそうねー」
「長期戦ですね」
紅蓮の魔女さんとモモは、顔を見合わせた。
三者が新たな魔法を発動させる。
三度、空に爆発が起きた。
◇
戦いが始まって半日が経過した。
日は沈み、周囲は薄暗くなっている。
「きりがないわねー……」
相変わらずロザリーさんの身体は火の精霊で包まれ、その魔力に陰りはない。
ただし、その声は少し疲れている。
「うーん、心臓を貫いても首を落としても死なないとなると生物ではないのかもしれませんね」
モモの声はいつもと変わらない。
少しだけうんざりしたような響きはあるが。
「貴女方……本当にこの星の人間ですか? 女神の勇者ですらありませんよね?」
そして黒衣の神官はかなりボロボロの様相だ。
魔力と瘴気の量は、魔王クラスに思えたがかつて戦った 不死の王(ビフロンス) などと比べると、見劣りする。
なら撤退すればと思うのだが、黒衣の神官は退こうとしない。
それどころか、ボロボロの姿で不敵な笑みを浮かべている。
「貴女がたは本当にお強い。この星の女神の勇者は格別に強いと聞いていましたが、魔法使いですらこの戦闘力。実に素晴らしい、侵略のしがいがあります」
その口調から自分の勝利を疑っていないようだ。
「気味の悪いやつね」
ロザリーさんの言う通り、相手の態度は不気味だ。
「お互い決め手に欠けますねー」
モモはあまり気にしていないのか、のんびりと構えている。
その時だった。
……ズズズズ……ズズズズ……ズズズズ
俺たちの頭上を大きな黒い影が覆った。
夕暮れの日差しが完全に隠れ、星々すら見えない。
夜とは違う闇が在った。
あまりの巨大さにそれが空だと見間違ったが
(マコト、『黒い月』が顕現したわ)
ノア様の声が脳内に響く。
「これが『黒い月』……」
俺のつぶやきが神官の耳に届いたらしい。
「そう! これが私たちの母星にして外なる宇宙からの『門』。黒い月がここまでの距離に迫れば、私は無限の魔力を得ることができる!」
その言葉に呼応するように、ボロボロだった神官の傷が癒え、禍々しい瘴気を放つ。
そうか、これを待っていたのか。
「ロザリーさん、モモ。大丈夫ですか?」
言外に、「手伝いましょうか?」と二人に聞くと。
「じょーだん! これくらいどうってことないわよ!」
「…………」
ロザリーさんは、強気に言い放つ。
モモは無言だ。
何かを考えているかのように、周囲を見回している。
「ふふふ、そちらにいる邪神の使徒に助力を乞うたほうがいいのでは?」
黒衣の神官は余裕の表情になる。
それだけの魔力が敵の身体を覆っている。
(んー、これは手を出すべきか……?)
ロザリーさんには不要と言われたが、こっそり干渉を決意した時。
「…… XXXXXXXXXX(ちからをかして) 、 火の大精霊(サラマンダー) 」
紅蓮の魔女さんの声が耳に届いた。
ゴウ!!! っと周囲に火花が舞う。
空気が乾く。
気温が一気に上がった気がした。
ロザリーさんの隣に、全身が赤く燃える女の子が腕組みをして立っている。
「 XXXXXXX(たのしそうね) ! XXXXXXX(ケンカかしら) !?」
精霊語でテンション高く叫ぶのは……。
「ロザリーさん、 火の大精霊(サラマンダー) を呼び出せたんですね」
「うん、 は(・) じ(・) め(・) て(・) 成功したわ!」
「ぶっつけ本番ですか!?」
この土壇場で?
すごいな、この人。
「…………こんな奥の手を隠していましたか」
黒衣の神官の表情から笑みが消える。
どうやら、切り札を隠していたと思ったらしい。
(多分、はじめて火の大精霊を呼び出せたっていうのは本当だと思うよ)
ロザリーさんは、基本正直だ。
奥の手を出し惜しみしない。
本当に今日が初めて呼び出せたのだろう。
「さぁ! 白いの! 私についてこれ…………ん? あれ?」
自信満々で、モモのほうを振り向いたロザリーさんの表情が怪訝なものにかわる。
「…………貴女、その姿は」
「モモ?」
それは黒衣の神官や、俺も同じだった。
空気が変わった。
さきほど黒い月が出現した時よりもさらに重い空気。
その中心にいるのが……。
「…………ふぅ」
真(・) っ(・) 白(・) な(・) 髪(・) に、 真(・) っ(・) 赤(・) な(・) 眼(・) のモモが小さく息を吐く。
モモは冥府に逝って、人間に戻してもらった。
その時、黒髪黒目の生前の姿に戻った。
これまでずっとその姿だったはずだが……。
「やっぱり夜になると 吸血鬼(こっち) の姿のほうが楽なんですよねー。はぁ……やっと 本(・) 気(・) が(・) 出(・) せ(・) ま(・) す(・) ね(・) ー(・) 」
「白いの……どうやったの?」
「ただの『変化』魔法ですよ」
こともなげにモモは言った。
どうやら夜になって、変化によって以前の『 吸血鬼(ヴァンパイア) 』の姿になったらしい。
……ズズズズ、とモモの周囲に恐ろしいほどの……尋常ではない魔力が集まりだす。
モモ自身の魔力じゃない。
これは……
「夜の精霊……。仲良くなってたのか、モモ」
「ふふふ、マコト様。だって私は 千(・) 年(・) の(・) 夜(・) を過ごしてたんですよ? そりゃ、夜はトモダチ、ですよ」
クスクスと笑うモモに合わせて、夜の精霊たちも「キャッ! キャッ!」とはしゃいでいる。
夜空中に溢れている『夜の精霊』たち。
彼ら、彼女らは皆モモの味方のようだ。
(これは……俺には無理だ)
千年の間、不死者である吸血鬼として過ごし。
人間に戻ったことで、精霊魔法を覚えたモモにしか扱えない魔法。
夜の精霊たちを使役する、夜の支配者。
今この瞬間、モモはかつての魔王 不死の王(ビフロンス) すら超えていた。
「 XXXXXXXXX(すげーなー) 」
火の大精霊が感心したようにつぶやく。
「なによこれ……反則じゃん」
ロザリーさんが唇を尖らせる。
せっかくの火の大精霊の初呼び出しが霞んでしまったからだろう。
が、一番顔を引きつらせているのは……。
「で、では私はこのあたりで……」
黒衣の神官は、形勢不利を悟ったらしい。
そろそろと後退している。
(おいおい、それは都合が良すぎるんじゃないか?)
帰ってくれるならそれに越したことはないが、少しくらいは痛い目を見てもらわないと。
「 水の大精霊(ディーア) 」
俺は相棒を呼び出した。
「はい、我が王。何をすれば?」
「黒い月の周囲を凍らせてくれ」
「!?」
黒衣の神官が目を見開く。
次の瞬間、空を覆う黒い影に白いカーテンがかかる。
白いカーテンは、俺の神気が宿った氷の結界だ。
これで黒衣の神官が、黒い月に空間転移をしようとしても妨害できるはず。
予想通り、神官は苦々しい表情となった。
「へぇー、流石はルーシーの彼氏くん。じゃあ、私は…… 火の大精霊(サラマンダー) ! 炎を召喚――大焦熱地獄」
「 XXXXXX(ほーい) 」
ロザリーさんの周囲を、赤と青と黒が混じった奇妙な炎が取り囲む。
大焦熱地獄は、八大地獄の第七番目の地獄の炎。
その裁きの炎は、一度燃え移ると三万と二千年消えないと言われている。
(冥府の炎を呼び出すなんて、やるわねー)
女神様が感心したような声を出す。
黒衣の神官が青い顔をしている。
それだけ紅蓮の魔女さんの召喚した炎がヤバいものだと証明している。
「ねぇ、白いの。5秒だけ、足止めして。そしたら私が『大焦熱地獄の火』であいつ燃やすから」
無理をしているのか少しだけ苦しげな声で言うロザリーさん。
「いいですよ――闇魔法・ 混沌の手(カオスハンド) 」
吸血鬼の姿となったモモが、魔法を発動する。
夜空から幾千もの黒い手が生えて、神官を捉えようと伸びてくる。
「くっ! こんなものに捕まりはしな……」
黒い手の数は多いがその速さは、目で追える程度のものだ。
神官はそれを上手く避けていくのを、俺とモモが見ていると。
「運命魔法―― 確率操作(ランダムコントロール) 」
モモが次の魔法を発動した。
「なっ!?」
驚愕の声が響く。
次の瞬間、黒衣の神官は 自(・) 分(・) か(・) ら(・) 魔法の手に掴まれにいったように見えた。
あっという間に、数千の黒い手が次々に黒衣の神官の体に巻き付き、やがて黒い球体になる。
「捕まえましたよ、紅蓮の」
モモがあっさりと言った。
「…………なに、いまの?」
「運命魔法ですよ。私があいつを捕まえる 結(・) 果(・) を(・) 確(・) 定(・) される魔法です」
「……あとで教えて」
「別にいいですよ」
ロザリーさんがモモに師事を乞うている。
というか、俺も知りたい。
(やめときなさい、 運命の女神(イラ) に怒られるわよ)
(あー、やっぱりそっち系の魔法ですか)
神族の俺は、つかっちゃ駄目なやつらしい。
「じゃあ、仕上げ!! どっりゃー!!」
紅蓮の魔女さんが、地獄の炎を纏いモモの魔法―― 混沌の手(カオスハンド) に捕まった神官に迫る。
「ま、待っ……!!」
なにか聞こえた気がしたが。
「聖火魔法・ 火天(アグニ) の拳!!!」
ロザリーさんの真っ赤に燃える拳が当たると、神官は掴んだ混沌の手ごと爆炎に飲み込まれた。
天を焦がす勢いで炎は伸び
「ぎゃああああああああああああああ……………………!!!!」
轟轟と響く炎の中で、断末魔が響き、消えていった。
こうして、 大賢者様(モモ) と 紅蓮の魔女(ロザリー) さんのコンビは、見事侵略者を撃退した。