軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無茶ぶり

古い合同庁舎の小さな応接室。窓の外に、夜の道路が見えていた。

「霧島君、久しぶりだ」

「お久しぶりでぇす、安藤さん。でもこうやって呼び出される時って、だいたい良くない話ですよね」

「否定はしない」

「そこは否定してほしかったですよぉ」

霧島は軽く笑って、椅子に座った。

「元後輩である君に、頼みたいことがある」

「……本当に良くない話じゃないですか」

「暫定管理権者の再審査。知っているかい?」

霧島は、そこで笑みを少し引っ込めた。

「まあ、自分の組織のことですからねぇ。知っていますよ。個人や小規模なチームから、ダンジョン管理権が外れている案件は増えています」

「どう説明されている?」

「高危険度ダンジョンを個人に任せるのは危険。事故が起きた時の責任能力、継続性、監査対応、装備維持。そういうところに限界がある。だから、大企業か公営主体を中心にした共同管理へ移した方が、安全性と公益性を担保できるって言っていましたよ」

「管理権はどこへ移るのかも把握しているのか?」

「大手中心です。詳しくは言えないですけど。スフィア・コーポレーションとか……」

「そのスフィアが問題だ」

霧島のスマートウォッチが短く震えた。通知を見ずに、手首を伏せる。

「園城議員の周辺が政権に働きかけて法制化にこぎつけようと動きがある。そこにスフィアの社員も働きかけているという噂もある」

「利益誘導ってとこですかぁ。確証は?」

「ない。だがこれは歯止めをかけなければならない事態だ。C-087の異常を聞いているか?」

霧島は、そこで顔を上げた。

「あぁ噂では聞いてますよぉ。個人なのに深層まで入る、やたら強い探索者がいるって」

「噂より、実物の記録を見るべき相手だ。私は実際に彼らの強さをこの目で見た」

「でも、C-087なら、もう管理権限は剥奪予定に入っていますよ」

言ってから、霧島は唇を結んだ。

安藤は、一拍だけ動かなかった。

「……まさか」

「そんなに懸念することなんですか。たしかにスフィアって、最近、不祥事っぽい話が続いているみたいですけど。昔からの大企業であることは、間違いないですよ」

安藤は封筒の端を指で押さえた。

「私たち管理局の方針は一つだ。ダンジョンは適切な人間が管理するべき、だ。スフィアの杜撰な管理体制が改善されないまま、C-087の管理権を渡すべきではない」

「はぁなるほど。それで、私にどうしろっていうんですか?」

「君は内側にいる。剥奪の動きを、少しでも遅らせてほしい」

霧島は、そこで初めて笑った。

「スパイになれってことですか?冗談やめてくださいよぉ」

「違う冗談じゃない」

「違わないでしょう。一職員に部署の動きを止めろって言ってるんですよ?」

安藤は、疲れた顔で霧島を見た。

「霧島、お願いだ。これはお前にしか頼めないんだ……」

「……個人探索者の能力把握」

安藤が、わずかに目を上げた。

「内閣府安全対策室に、住民被害と管轄越境の何件か案件が入っています。C-243、C-198、もう一件。これを安藤さんが推している探索者に任せてみるとか……」

「どういうことだ?」

「別の依頼をこちらから投げていれば、管理権剥奪の審査を少しだけ遅らせることができると思います。その間にできることはないか考えてみます。それに探索者の能力適性を見るって意味でも必要です。どうですかぁ?この提案」

「少々危ういが、かけてみる価値はありそうだな。頼んだぞ」

霧島は、付箋を封筒へ戻した。

「でも安藤さん、私、別に最初から信じるわけじゃありませんよぉ。その人たちが本当にC-087を任せられる人たちなのか、この目で見てから判断しますから。ほら、その探索チームの登録名教えてください」

「C-087探索班だ。代表者は篠塚遥一。配信名は……おっさん探索者」

「……安藤さん。私、今かなり真面目な話をしてましたよね?」

「私はいたってまじめだぞ?」

霧島は、数秒だけ黙った。それから、小さく息を吐く。

「分かりましたよぉ。じゃあ、明日、見てきます。その“おっさん探索者”を」

俺は椅子に座っていた。装備は着たまま。肩にインナーの重さが来る。剣は机に立てかけてある。床から、奥の震動がまだ来ていた。

飯どころではない。とはいえ、腹は減る。こういうときでも。

真凛が、タブレットと紙資料を並べていた。園田は観測端末から離れない。安藤さんは壁際に立っている。

机の向こうには、園城大臣と秘書、公的機関の職員がいた。

「篠塚さん」

真凛が短く言った。

「なんだ?」

「流れは、確認できました。政府は個人・小規模チームから高危険度ダンジョン管理制限、大企業または公営主体への移管検討をしているそうで、今国会でも法案が審議されています。今、出されている待機命令は、建前こそあれど、その流れの前倒しをする意図だと思います」

「つまり、俺たちではなく、スフィアみたいな大企業にダンジョンC-087を任せたいってことか」

「えぇ、それにこの法案を強く通そうとしている中心に、園城大臣のお父上がいる、という見方があります。園城大臣がこちらへやってきたのもその意向を受けてかと」

「典型的な二世大臣ってところか」

思わず、そう言った。

「誰が二世大臣だ!!!!」

園城大臣の声が、思ったより大きく響いた。

職員が、書類を落としかける。

園城大臣は、すぐに拳を口元へ当てた。

「……こほん。失礼。私は、父のために動いているわけではありません」

真面目な顔に戻ったが、耳が少し赤い。

「……とにかく、高危険度ダンジョンを、個人チームに任せ続けることはできません。国として、説明責任があります」

園城大臣が、こちらを見た。

「君たちの能力確認のために、霧島主任を派遣していた。彼女からも報告は受けている。地方三件の記録は、管理権移管判断の材料として有用だった」

霧島が?

真凛の指が、タブレットの縁で止まる。園田が観測端末から顔を上げる。安藤さんは、壁際で目を伏せた。

霧島は、どちら側だったのか。

その時、ドアが開いた。

霧島が入ってきた。

革のトートバッグを肩にかけ、髪は少し乱れている。顔色はよくない。最初に俺たちを見て、そのあと安藤さんを見る。最後に、園城大臣へ視線を移した。

苦い顔だった。

霧島は一度、息を吸った。

それから、いつもの明るい顔に切り替えた。

「いやー、皆さん、お待たせしましたぁ」

園城大臣が、霧島を見た。

「霧島主任。君は、能力確認のために彼らへ地方案件を回した。そうだったな」

「はい、そうですよぉ」

即答だった。

「その結果、C-087を任せるにはダンジョンC-087探索班は不適格だと、そう君は報告したな?」

「えぇそうです」

俺たちが不適格……?

霧島は、そこでようやくこちらを見た。

「篠塚さん。久我さん。園田さん。三分だけ、外で」

園城大臣の秘書が眉をひそめる。

「霧島主任、現在は待機命令が出ています」

「緊急対応の相談ですから。いいですよね、少しくらい」

霧島は笑っている。だが、目は笑っていない。

廊下へ出ると、C-087の奥から来る低い震動が、床を伝って足裏に残った。

霧島は振り返った。

「さ、早く!行ってください!」

霧島は声を潜めて手振りで指をさしている。

「えっ、行けってどこに?」

「C-087ですよ!篠塚さんたちが行かないと!」

「だけど、お前は俺たちが不適格って……」

「そんなの処世術に決まってるじゃないですか!」

「霧島さん、あなたは管理権をこちらから奪おうとしていたのではないですか?」

真凛の声は冷たい。

「あーもうそれはごめんなさい、だけど今は話している時間はないんです。スフィアから派遣された探索者がC-087に入っちゃってるんですよぉ」

園田がこちらを見る。

「待機命令は?」

「無視してください!」

「俺が言うのもなんだが、それはダメだろ?」

「大丈夫です!許可はとってありますから」

「それ、本当か?」

「キャリアだろうが命だろうが、かけても構いませんよ」

霧島の手が、トートバッグの持ち手を強く握った。

「篠塚さん、私を信じてください。優先順位を決めるのは得意ですから。今、篠塚さんたちが必要なんです」

俺は剣帯を締め直した。革が鳴る。

疑いは残っている。聞きたいこともある

だが、それはあとでいい。

今は、C-087の奥にいるものを片付ける。

「あとで話は聞くからな?」

「はい。怒られる準備はしておきます」

俺は拠点の裏口へ向かった。

背中で、霧島が職員に何か言われている声がした。真凛がすぐ横で通信を開く。園田が数値を読み上げる。

C-087の奥で、また震動が来た。