軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後始末

午後、役場の応接室。

松本さんの奥さんと、五歳の子供が来てくれた。

奥さんが深く頭を下げた。

「篠塚さん。ありがとうございました」

「いえ」

奥さんが子供の肩に手を置いた。母親に促されて、小さな声で言った。

「ありがとう、ございました」

俺は膝を曲げて、子供と目を合わせた。

「うん」

霧島が奥さんの前に座って、深く頭を下げていた。

「お父様のこと、本当に、申し訳ありませんでした。あの時、もう少し早く、私たちが動けていれば」

奥さんが首を横に振った。

「先月のうちに来てくださって、本当にありがとうございます。これで、近所の方も安心して暮らせます」

奥さんが、子供の手を取って立ち上がった。出口で、もう一度、頭を下げた。

扉が閉まった。

「えーと、じゃあ、引き継ぎ事務、進めましょっか」

また、いつもの明るい声に戻った。が、少し声が暗い気がする。

早速、真凛が淡々と書類を捌いていった。地元探索者協会への引き継ぎ、自治体への報告書、警察への現場記録。

「霧島さん、署名、ここと、ここです」

「あ、はーい」

霧島がペンを持って、書類にサインした。手が、少しだけ遅い。

俺はその間、椅子に座って湯呑みの茶を飲んでいた。

遅い昼。

霧島が選んだのは、地元のほうとう屋だった。役場から車で十分。古い民家の店。

「ほうとう、三人前。それと、馬刺し、一皿」

霧島が注文した。

ほうとうが来た。鉄鍋で、味噌仕立て。かぼちゃ、人参、白菜、豚肉。麺が太い。汁が黒い。

馬刺しも来た。赤身。生姜と醤油。

「篠塚さーん、馬刺しもどうぞー」

「いただこう」

馬刺しを一切れ、口に入れた。柔らかい。生姜の辛味が後から来る。

ほうとうを一口。麺がもっちりしている。味噌が濃い。かぼちゃが甘い。

真凛が湯呑みに口をつけた。麦茶。

「美味しいです」

「でしょー?二回目ですけど、何回食べてもいいんですよ」

霧島がスマホで写真を撮った。それから、ほうとうを一口。

俺はスマホを取り出して、園田に電話をかけた。

「おつかれ」

『あ、お疲れ様です。素材、どうでしたか』

「岩蜥蜴の上位種、甲皮、いくらか分かるか」

『あー、それね。市場値で、一枚五千円から一万円ですね。状態次第で。何枚あります?』

「七体分。状態は、群れの主の分は割れてる。残り六体は綺麗に剥げる」

『それは助かりますね。装備のインナーに回しましょう。剣の鞘も、あの素材で組めますよ』

「分かった。真凛に伝える」

『はーい』

電話を切った。霧島がスマホを置いて、こちらを見た。

「あ、園田さんですね。彼も腕が立つ人だとか」

「そうだな、よくやってくれてる」

「いいですねー、私も早く会ってみたいです」

霧島がほうとうを口に入れて、また一拍置いた。それから、ふっと笑った。

「篠塚さん、こういう昼ご飯、班でよくするんですか?」

「こんなに豪華なことは珍しいな」

「あ、出張じゃないと、しないんだ」

「まぁそんなところかな」

「私もね、ほら、向こうにいるときは、こういうの、なかなか食べられないんですよぉ。ついコンビニで買っちゃうので。だから、現地出張は、いつもちょっと楽しみで」

真凛が湯呑みを置いた。

「霧島さん、出張、多いんですか」

「週に三回くらいですかね。地方の管理者さんに会いに行くのが、メインの仕事なので」

「お一人でですか」

「だいたい一人で、はい」

霧島が、少しだけ目を細めた。何かを考えている顔。

夕方、東京帰路の公用車。

霧島がハンドルを握って、中央道を走っていた。陽が落ちて空がオレンジに塗られていく。

「篠塚さん。C-243での異常変異観測記録を園田さんに送ってます」

「わかった、ありがとう」

助手席の真凛が、タブレットで霧島から渡された書類を整理している。後部座席で、俺は窓の外を見ていた。

甲府の街明かりが遠ざかっていく。

双葉SAで一度休憩した。霧島が紙コップのコーヒーを買って、俺たちに渡してくれた。

「あ、篠塚さん、いりませんでしたっけ?」

「夜は眠れなくなるからいいよ」

「えー、朝はいるって言ってたのに」

「勘弁してくれ」

「ふふ」

霧島が笑った。

車が再び走り出す。中央道がゆるい上り坂に入った。霧島は、ハンドルを軽く握ったまま、フロントガラスの先を見ていた。

「……篠塚さん、久我さん。ちょっとだけ、変な話してもいいですか」

霧島は前を向いたまま言った。いつもの調子より、少しだけ声のトーンが落ちている。

「私は剣も振れませんし、潜って何かを倒せるわけでもないです。そうじゃなくて分析。データの上では、優先度があります。危険度、緊急度、対応可能人数、移動時間、予算。そういうものを並べて、こっちが先、あっちは明日、そこは来週って決める」

霧島は軽く笑った。

「でも、それって、誰かを先にして、誰かを後にするってことなんです」

霧島の指が、ハンドルの上で少しだけ動く。

「今日みたいに、松本さんの奥さんとお子さんを見てたら、やっぱり思うんですよ」

「データの下には、現実があるんだなって」

真凛は何も言わなかった。

「私、昔、地元で漏出個体の事故を見たことがあるんです。親戚のおじさんが巻き込まれて、管理者さんや探索者さんも間に合わなかった。あのとき、誰かがもう少し早く動かせていたら、違ったんじゃないかって、ずっと思ってました」

「それで、今の仕事に?」

「はい。でも入ってみたら、ただ現場に走ればいいって話じゃなかったです。どこに人を出すか。誰に頼むか。どの案件を先に通すか。そういうのを決めないと、人って動かないんですよね」

霧島は、少しだけ息を吐いた。

「私は仕組みを作る側にいます。間に合う確率を上げるために。でも、仕組みの側にいると、時々、見失っちゃうような気がしてもいるんです。自分が、人の命を優先順位で見ているんじゃないかって」

真凛が、静かに霧島の横顔を見た。

「その話は、どなたかに相談されたりはしないのですか」

「しないですねぇ」

霧島の声が、少しだけいつもの形に戻った。

「なんか重いじゃないですかぁ」

「では、なぜ私たちに?」

「……なんででしょうね」

霧島は困ったように笑った。

「俺は難しいことはわからない。ただ、俺が剣を振れる場所まで来られたのは、お前が道を作ったからだろ」

霧島はすぐには答えなかった。

「……そう言ってもらえると、少し楽になりますね」

「楽になりすぎるな。次の案件、また連れていく気だろ」

「そこは否定できませんねぇ」

霧島が少しだけ楽しそうに前を見ていた。