軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十七話 帰りがけの思いつき

昼飯を食べ終える頃には、作業場の空気が少し緩んでいた。

炭の匂いと油の匂いが混じる中で、職人たちは手早く残りを片づけている。挽肉を挟んだパンは思ったより評判が良く、揚げ芋も籠の底に少し残る程度になっていた。若手職人たちは、若様の舌に合ったらしいという安堵を隠しきれていない。

ギルは最後の揚げ芋を指先でつまみ、口へ放り込んだ。

冷めても悪くない。

城の料理とは違う。丁寧ではないし、油も少し強い。だが、街の食い物らしい勢いがあった。こういうのは、変に上品にしすぎない方がいいのかもしれない。

「ハンバーガー、か」

年嵩の職人が、まだ納得しきっていない顔で呟いた。

「そうだ。今日からそれでいけ」

「店の連中が聞きますかね」

「聞かせろ」

「若様、無茶を仰る」

「名前がばらばらの方が面倒だろう」

職人は苦笑した。

ギルは何でもない顔で水を飲む。

ハンバーガー。

かなり強引だが、もう決めた。決めた以上、広まればいい。名前の由来など、たぶん後から勝手にそれっぽくなる。世の中、そんなものだ。たぶん。

レティシアは少し離れたところで、職人の女と何かを話していた。食事の後片づけの手順か、油の扱いについて確認しているらしい。ダリアはその横で静かに聞いている。彼女はまだ生産拠点全体に慣れていないが、職人たちの動きをよく見ていた。

ギルはその様子を眺め、少しだけ満足する。

城にいた時の居た堪れなさは、もうかなり薄れていた。

ここへ来て正解だった。

朝の静けさも、父上の沈黙も、使用人たちの微妙な顔も、今は少し遠い。作業場のざわめきと、木屑と油の匂いの方が強い。何かを作っている場所には、余計な気まずさを削る力があるのかもしれない。

「そろそろ戻るか」

ギルが言うと、レティシアがすぐにこちらを向いた。

「はい」

ダリアも軽く頭を下げる。

職人たちは名残惜しそうというより、次の作業へ頭を切り替え始めている顔だった。保存食用の容器、蝋で塞ぐ瓶、金属の小さな容器、馬車の座席、炭の形。今日投げた仕事だけでも、それなりに多い。

また増やしたな。

まあ、仕方ない。

思いついたのだから。

ギルは外套を整え、作業場の外へ出た。

昼の光は少し強くなっている。朝とは違い、職人街全体がさらに騒がしくなっていた。木を運ぶ男たち、金具を抱えた若い職人、炭の入った籠を二人で持つ者。敷地の中も外も、足音と掛け声で満ちている。

生産拠点の門へ向かう途中、荷を積んだ馬車が一台止まっていた。

車体はそこまで大きくない。だが、荷台には木箱がいくつも積まれている。箱の形はばらばらだった。細長いもの。やけに深いもの。浅いもの。角が少し欠けたもの。紐で縛られたもの。中身に合わせて作られているのだろうが、見ているとどうにも落ち着かない。

隙間が多い。

積みにくそうだ。

荷台の端には半端な空きがあり、そこへ布袋が押し込まれていた。箱同士の高さも合っていないため、上に載せた荷が少し傾いている。職人がそれを直そうと手を伸ばし、別の箱へ膝をかけて体を支えていた。

ギルは足を止めた。

「あっ」

レティシアがこちらを見る。

「若様?」

「そうだ」

ギルは馬車を指差した。

「おい、あれ。あの木箱の大きさを統一しろ」

近くにいた職人たちが一斉にこちらを向いた。

馬車の荷を直していた男も、木箱に手をかけたまま固まる。

「木箱、でございますか」

「ああ。大きさがばらばらすぎる」

「いや、しかし若様」

職人の一人が困った顔で言った。

「中の品がそれぞれ違いますから」

「そこじゃない」

「はあ」

「こう、なんと言うか、サイズを統一するんだ」

ギルは両手を動かしてみせた。

だが、自分でも分かった。

まったく伝わっていない。

職人たちは真面目に聞いている。だが、顔には疑問が浮かんでいる。中身が違うのだから箱が違う。それは彼らにとって当然なのだろう。俺だって、今の説明だけで分かれと言われたら困る。

こんな説明では当たり前だな。

「えっとだな」

ギルは足元を見た。

地面は踏み固められた土で、少し乾いている。近くに細い木の棒が落ちていた。ギルはそれを拾い、しゃがみ込む。

レティシアが一瞬だけ眉を動かした。

ダリアは興味深そうに少し身を寄せる。

ギルは地面に四角を描いた。

歪んだ。

かなり歪んだ。

だが、職人たちは慣れているのか、誰もそこを突っ込まない。何となく箱を描こうとしているのだと理解したらしく、数人が膝を折って覗き込んだ。

「こう、そうだな。ここの長さを三十センチにするんだ」

「三十センチ、でございますか」

「ああ」

この世界は、なぜかセンチが通じる。

前世と完全に同じかは知らない。だが、感覚的にはだいたい同じだ。最初はかなり驚いたが、今ではもう深く考えないことにしている。考えても分からないし、使えるなら使う。

三十センチ。

とりあえずそれでいいか。

前世で聞いた寸だとかフィートだとかも、だいたいそれくらいだった気がする。いや、正確には違うかもしれない。だが、この場で必要なのは正確な歴史知識ではなく、扱いやすい基準だ。

「全部その大きさにするんですか?」

若い職人が尋ねた。

「いや。そうじゃない」

ギルは地面に一つ目の歪んだ箱を描き、その横へさらに大きな箱を描いた。

「一番の箱は、全部三十センチだ。縦も横も高さも全部」

「はい」

「それで、二番の箱はその倍にする」

「倍」

「そして三番の箱は、一番と二番を合わせた大きさにする」

「はあ」

職人たちの顔に、分かったような分からないような色が浮かぶ。

ギルは棒で線を引きながら続けた。

「つまり、三番の箱は全部の長さが九十センチになるわけだ」

「はい」

「そして四番の箱は――」

「二番の箱の倍になるのですね」

横からダリアの声が入った。

ギルは顔を上げる。

ダリアは地面の歪んだ絵をじっと見ていた。表情はいつも通り薄いが、目には理解の色がある。

「そうだ!」

ギルは勢いよく頷いた。

「その通りだ」

「つまり、一番の箱の大きさだけ増えていくのですね」

今度はレティシアが言った。

彼女も地面の絵を見ている。しゃがんではいないが、少し身を傾けて線を追っていた。

「そうだ。そういうことだ」

「ははぁ、なるほど」

年嵩の職人が顎に手を当てた。

「一つ基準を作って、それをいくつ分かで合わせるわけですな」

「そうだ」

「そうすると、積む時に隙間が減る、と」

「たぶん」

「たぶん、でございますか」

「いや、減るはずだ」

ギルは言い直した。

職人たちは木箱を見た。

荷台の上のばらばらな箱。

地面の歪んだ図。

その間で視線が動く。

少しずつ、理解が広がっているように見えた。

「ですが、若様」

馬車のそばにいた職人が口を開く。

「箱の中がスカスカになることもありそうですよ?」

「うむ」

確かに。

大きさを揃えれば、中身に合わない場合も出る。細かな品を大きな箱へ入れれば隙間ができるし、壊れやすい品なら中で動いてしまう。

ギルが考え込む前に、レティシアが静かに言った。

「その時は、数を多く入れて、隙間には布か何か柔らかい物を入れればよろしいのではありませんか」

職人たちがレティシアを見る。

ダリアも頷いた。

「そうですね。布などならそれほど重くなりませんし、入れる布も売り物とすれば無駄が少ないかと」

「うむ、そうだな」

ギルは頷いた。

「そうしよう」

レティシアとダリアはさすがだ。

俺が雑に投げたものを、すぐ現実へ近づけてくれる。

職人たちも納得したように頷き始めた。

だが、すぐに別の職人が手を上げるように言った。

「ですが」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「はい。細長い品などはどうすればいいのかと思いまして」

「ふむ」

細長い品。

ある。

当然ある。

棒状の金具、巻いた布、細長い木材、道具類。全部を立方体の箱へ入れるのは無理がある。

「そうだな。細長い品もあるよな」

ギルは地面へ別の四角を描く。

いや、四角というより長方形だ。

これも歪んだ。

「なら、こうするぞ。えっと、百一番……いや、レの一番にしよう」

「レ、ですか?」

職人が首を傾げる。

「レティシアのレだ」

レティシアがほんの少し目を伏せた。

困ったように微笑んでいる。

だが、止めはしない。

ギルは気にせず続けた。

「レの一番は、縦の長さだけを倍にする」

「横と高さは一番の箱と同じで、縦だけ二番分ということですか」

「そうだ」

「なるほど」

職人たちの理解が早くなってきた。

「レの二番だと、さらに一番分伸ばすんですね」

「そういうことだ」

「では、細長い品はレの箱に入れる、と」

「うむ」

ギルは頷いた。

レティシアは少し困った顔のままだが、耳のあたりが微かに赤い気がした。

悪くない。

いや、今は箱の話だ。

「あっ、それでは薄くて大きな品は?」

別の職人が尋ねる。

「薄くて大きい?」

「板や、広げた布を傷めず運ぶ時などです」

「ん」

ギルは棒を地面に当てたまま考える。

薄くて広いなら、高さはそのまま、底だけ広げればいい。

「なら高さを変えずに底の長さを変えよう」

ギルは平たい箱を描く。

「そっちはダの一番だな」

「ダ?」

「ダリアのダだ」

ダリアが完全に困惑した顔をした。

さすがに予想していなかったのだろう。目が一瞬だけ揺れ、レティシアへ視線を向ける。レティシアは少し困ったように微笑むだけだった。

「若様」

ダリアが小さく言う。

「私の名を使う必要はあるのでしょうか」

「ある」

「あるのですか」

「覚えやすいだろう」

「そうでしょうか」

「たぶん」

ダリアは何とも言えない顔になった。

職人たちは笑うのを堪えている。

ギルは気にせず地面の絵を増やした。

「ダの一番は高さはそのままで、底が広い箱だ。ダの二番ならさらに広い」

「では、底が二番で高さがレの二番だとどうしますか?」

若い職人が言った。

だいぶ乗ってきている。

ギルは少し考えた。

「あん? それはレの二番の二番だ」

「レの二番の二番」

「うむ」

「分かりにくくありませんか」

「まあ、その辺りは使ってる間に慣れるだろ」

適当だった。

かなり適当だった。

だが、細部まで今ここで決める必要はない。大事なのは、基準を作ることだ。使いながら不便なら変えればいい。最初から完璧を目指すと、たぶん何も始まらない。

職人たちは苦笑しながらも頷いた。

「一度、木で見本を作ってみますか」

「そうだな」

「一番の箱、二番の箱、三番の箱。レの箱と、ダの箱も」

「頼む」

「若様、本当に名前はそれで?」

「それでいい」

ギルは胸を張った。

レティシアとダリアの視線が少し刺さった気がしたが、気にしないことにした。

その時、荷馬車の方を見ていたギルはさらに思いついた。

「あっ」

職人たちが少し身構えた。

「まだ何かあるのですか」

「これから作る馬車の荷台は全部これを基準に統一しろ」

職人たちの顔がまた固まった。

「荷台も、でございますか」

「ああ。箱だけ揃えても、荷台が合わなきゃ意味がないだろ」

「それは……確かに」

「そうだな。横は一番の箱が八個ぐらいか? 長さは一番の箱十個分ぐらいだな。たぶん」

「たぶんですか?」

「その辺りはそっちで使いやすいように決めろ」

「また丸投げでございますな」

「現場のことは現場の方が分かるだろう」

これは本気だった。

俺が細かく決めすぎても、使いにくければ意味がない。荷車や馬車の作り方、道幅、重さ、馬の負担。そういうものは職人たちの方が詳しい。

「ああ、高さも基準に合わせろ。たぶん、四番か五番ぐらいか」

「たぶんですね」

職人たちが苦笑する。

「とにかく基準を作るのが大事なんだ。たぶん」

「そこもたぶんですか」

「大事なのは間違いない」

ギルは馬車の荷台を見た。

ばらばらの箱。

隙間。

傾いた荷。

それがきっちり並べば、かなり気持ちいいはずだ。積みやすいし、数も数えやすい。倉に置く時も揃う。中身の管理もしやすくなるかもしれない。

前世で見た物流の細かい仕組みは知らない。

ただ、規格があると便利だったことは何となく分かる。

箱も紙も服も、何かと大きさが決まっていた。

あれはたぶん、かなり大事だったのだ。

「若様」

ダリアが静かに言った。

「箱の大きさが揃えば、荷を数える時にも楽になるかもしれません」

「そうだろう」

「中身ごとに箱の種類を分ければ、倉で探す時も早くなるかと」

「うむ」

ダリアはやはりよく見る。

帝国で人や荷の動きを見てきたからか、話を聞いてすぐ実務へ繋げてくる。

レティシアも続けた。

「布を詰め物として使うなら、詰めた布も記録しておいた方がよろしいかと存じます。箱を開けた時に数が合わなければ、すぐ分かりますので」

「それもいいな」

ギルは頷いた。

職人たちの顔つきが少しずつ変わっていく。

最初は困惑していた。だが、今は実際にどう作るかを考え始めている。目が地面の絵と馬車を行き来し、何人かは指で長さを測るような動きをしていた。

「若様」

年嵩の職人が言った。

「まずは一番から三番まで、それとレとダの見本を作ります。荷台は、今あるものに載せて試してからでよろしいですか」

「ああ、それでいい」

「寸法は三十センチを基準に」

「そうだ」

「ただ、木の厚みがありますので、外の長さか中の長さかを決める必要があります」

「む」

そこまで考えていなかった。

外寸か内寸か。

前世でそんな言葉を見たことがある気がする。段ボールか棚か、何かの説明だったような。

「外だな」

ギルは少し考えてから言った。

「積む時に大事なのは外の大きさだろう」

「中に入る量は変わりますが」

「そこは箱ごとに書いておけ」

「承知しました」

「あと、歪むと積みにくいから、できるだけ角を揃えろ」

「それが一番難しそうですな」

「頑張れ」

「簡単に仰る」

「簡単じゃないから頼んでる」

職人たちはまた笑った。

ギルは棒を放り、立ち上がった。

地面には歪んだ箱の絵がいくつも残っている。一番、二番、三番。レの一番。ダの一番。よく分からない線も混じっている。今見ても、俺の絵はかなりひどい。

だが、職人たちは理解した。

たぶん。

「とりあえず、それで進めてくれ」

「はい」

「使ってみて駄目なら変えればいい」

「若様らしいですな」

「最初から完璧なものなんか作れん」

ギルはそう言って、馬車の荷台をもう一度見た。

今はまだ不揃いだ。

だが、次に来た時には少し変わっているかもしれない。そう思うと、少し楽しみだった。

今度こそ帰ろうと、ギルは門へ向かう。

レティシアとダリアが並んでついてきた。職人たちはまだ地面の絵を見ている。何人かは、もう木材の寸法について話し始めていた。早い。実に頼もしい。

生産拠点を出て、職人街の通りへ戻る。

昼の光は少し傾き始めていた。朝より人の流れが増え、荷車も多い。ギルはその一台一台の荷台が少し気になってしまう。見れば見るほど、積み方がばらばらだ。箱も袋も樽も、勝手な大きさで載っている。

うーむ。

やはり揃えた方がいい。

かなり面倒そうだが。

「若様」

レティシアが小さく言った。

「何だ」

「レの一番は、ちょっと恥ずかしいです」

ギルは横を見る。

レティシアは前を向いたままだ。だが、耳がわずかに赤い。怒っているわけではない。困っているのだろう。少しだけ拗ねているようにも見える。

ダリアも反対側から静かに続けた。

「ダの一番も、です」

彼女は真顔だった。

だが、真顔だからこそ少し面白い。

「まあ、いいだろ」

「よくありません」

「恥ずかしいです」

二人から同時に言われた。

ギルは少しだけ肩をすくめる。

「覚えやすい方がいいだろう」

「他にも覚えやすい名はあると思います」

レティシアが言う。

「そうです。私の名を使う必要はないかと」

ダリアも言う。

「もう職人たちに言ったしなぁ」

「若様」

「そのうち慣れる」

「若様は何でもそれで済ませようとなさいます」

レティシアの声は少しだけ呆れていた。

だが、朝の冷たさはもうない。

ギルはそれが少し嬉しかった。

「まあ、駄目なら職人たちが勝手に変えるだろ」

「それはそれで困ります」

「では、このままだな」

レティシアは小さく息を吐いた。

ダリアは何か言いたそうにギルを見たが、結局口を閉じた。

職人街のざわめきの中、三人は城へ向かって歩き出す。

ギルの頭の中には、まだ木箱の形が残っていた。

三十センチ。

一番。

二番。

レの箱。

ダの箱。

荷台の幅。

高さ。

かなり雑だ。

かなり適当だ。

だが、たぶん便利になる。

その程度の手応えだけはあった。

この日、ギルが帰りがけに思いついた箱の基準化は、やがてマバール領の荷台と倉の形を変えていく。

そしてそれは、いつしかマバール規格と呼ばれ、世界に広まり、やがて世界基準となった。