軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十五話 二人の美人

父上の執務室を出た後の廊下は、行きより少しだけ静かに感じた。

いや、実際に静かなのかもしれない。

さっきまでは報告のことばかり考えていた。帝国で何をしたか、どこまで話すか、上層部がどう受け取るか。腐銀の話まで出した以上、軽い空気になるはずもない。

だが、それが終わった。

終わった瞬間、別の問題が頭の中へ入り込んできた。

レティシアとダリアだ。

ギルは廊下を歩きながら、隣のセバスチャンをちらりと見た。

クソじじいは、実に楽しそうな顔をしている。

絶対に面白がっている。

人の気苦労を酒の肴みたいに扱いやがって。

部屋へ続く廊下の分かれ道へ来たところで、セバスチャンが立ち止まった。

「じゃあ、がんばってくだせえ」

笑っている。

完全に笑っている。

ギルは眉を寄せた。

「やかましい。三日後にな」

「へいへい」

セバスチャンは肩を揺らした。

「まあ、若様ならなんとかしやすでしょう」

「他人事みたいに言うな」

「実際、他人事ですからなぁ」

「クソじじい」

「お褒めいただき光栄で」

まったく光栄そうではない顔でそう言うと、セバスチャンはひらひら手を振って去っていった。

ギルはその背を見送り、小さく息を吐く。

さて。

問題はここからだ。

大丈夫だよな、あの二人。

ギルは歩きながら考えた。

いや、レティシアは理性的だ。

ダリアも、感情で突っ走るタイプではない。

だから大丈夫。

たぶん。

だが、もし取っ組み合いになっていたらどうする。

騎士の娘であるレティシアの方が強いのか?

いや、でもダリアも実戦経験はありそうなんだよなぁ。

あの女、逃げる時の動きとか妙に落ち着いていたし。

ただの平民女とは少し違う。

でもレティシアも、城内で使える特殊武術的なのをメイド長とかから教えられてるみたいだしなぁ。

うーん。

どっちが勝つんだ。

……いや、俺は何を真面目に考えているんだ?

ギルは少しだけ真顔になった。

帝国の皇位継承争いへ首を突っ込んできた男の考えることではない。

だが、気になるものは仕方ない。

部屋の前へ着く。

静かだった。

怒鳴り声は聞こえない。

物が壊れる音もしない。

うん。

大丈夫っぽい。

ギルは少しだけ覚悟を決めてから、扉を開けた。

部屋の中には、柔らかな茶の香りが漂っていた。

レティシアとダリアが向かい合うように立ち、談笑している。

二人の間には小さな丸机が置かれ、その上に茶器と菓子皿があった。燭台の火が部屋を暖かく照らし、窓際へ落ちる夜の影を柔らかく押し返している。

空気は穏やかだった。

あまりにも穏やかすぎて、逆に少し怖い。

レティシアは扉が開いた瞬間にこちらへ気づき、静かに向き直した。

ダリアも同じように動く。

二人ともカップをそっと机へ置き、綺麗に礼をした。

「おかえりなさいませ」

声が重なる。

ギルは一瞬だけ止まり、それから「うむ」と返した。

何だこれ。

本当に大丈夫なのか?

ギルは慎重に室内へ入り、ソファへ腰を下ろした。

二人は自然な距離感で控えている。

レティシアはいつも通りだ。姿勢は綺麗で、微笑みも柔らかい。怒っているようには見えない。

ダリアも妙に落ち着いていた。

少なくとも、泣いた跡や怒鳴った気配はない。

ギルは少し探るように口を開いた。

「……何を話していたのだ?」

レティシアが微笑む。

「お城のことや、若様のご幼少の頃のお話などをしておりました」

「幼少の頃?」

「はい」

ダリアもこちらを見た。

「ギル様が幼少の頃から、レティシア様へ懐いておられたとお聞きしました」

ギルは少しだけ目を逸らした。

「そ、そうか」

何だその話題。

「うむ。まあ、そうだな」

妙に歯切れ悪く返してしまう。

レティシアが少し楽しそうに見えるのが腹立たしい。

ギルは二人をちらちら見た。

うーむ。

こうして並ぶと、本当にすごいな。

レティシアは白い。

整った顔立ちに、柔らかな金髪。胸元の膨らみは服の上からでも分かるし、立ち姿には上級メイドらしい品がある。

一方でダリアは対照的だった。

褐色の肌に灰色の髪。線は細いが、姿勢が綺麗で妙な色気がある。特に腰から尻の線が良い。服越しでも分かる。

前世でもこんな美人は見たことないぞ。

いや、本当に。

芸能人とかモデルとか、そういうのは画面越しだったし。

こんな距離で、こんな美人二人に囲まれる人生があるのか。

転生して良かった。

ギルはわりと本気でそう思った。

「若様?」

レティシアが不思議そうに首を傾げる。

「何でもない」

ギルは咳払いした。

危ない。

顔に出ていたかもしれない。

レティシアが静かに続ける。

「ダリア様のお部屋ですが、すでにご用意しております」

「おお、そうか」

「若様のお部屋から近い場所を空けております」

ギルは少し感心した。

さすがに理解している。

ダリアは今のところ、立場が曖昧だ。完全に自由にさせるわけにはいかない。かといって、離しすぎると扱いづらい。

だから近く。

実に分かっている。

「とりあえず、ダリアは俺専属の使用人という扱いにする」

「はい。すでにその形で手配済みです」

早い。

ギルは思わずレティシアを見た。

本当に有能だな、この女。

有能なのは知っていた。

知っていたが、ここまで仕事が早いと少し笑えてくる。

「……お前、本当に出来る女だな」

レティシアは少しだけ目を伏せた。

「若様のお役に立てているなら幸いです」

その返し方まで綺麗だ。

ギルは少し満足しながら荷を引き寄せた。

「レティシア、これを見ろ」

小さな壺を机へ置く。

封を開けると、独特の香りが広がった。

レティシアが少し目を丸くする。

「変わった匂いですね」

「豆を使った調味料らしい」

ダリアが口を開いた。

「帝国南部の小国群で作られる品です。塩気と旨味が強く、煮込みなどへ使われます」

「さすがに詳しいな」

「見たことがありますので」

ギルは頷き、さらに包みを取り出した。

「それに、これもだ」

布を広げる。

柔らかな淡い緑色の服だった。

レティシアが小さく息を漏らす。

「まあ……」

「ダリアに選んでもらったのだ」

レティシアはすぐにダリアへ向き直った。

「ありがとうございます」

ダリアは少し背筋を正した。

「いえ。ギル様からお話を聞いて選んだだけですので、気に入ってくだされば喜ばしいです」

うーん。

ちょっと堅いな。

ギルは頬杖をついた。

「ダリア」

「はい」

「普通に話せ」

ダリアが瞬きをする。

「ですが」

「俺が話しにくい」

ギルは正直に言った。

「そんな堅苦しくされると距離を感じる」

ダリアは少し困った顔をした。

「急には難しいのですが」

「努力しろ」

「……善処します」

少しだけ口調が柔らかくなった。

うむ。

そのくらいの方が話しやすい。

ギルは満足してから、レティシアへ視線を向けた。

「レティシア」

「はい」

「着て見せろ」

レティシアが一瞬止まった。

「今、でございますか?」

「今だ」

「ですが、まだ仕事中ですので……」

「俺が見たいのだ」

ギルは即答した。

レティシアが少し困ったように微笑む。

だが、諦めたらしい。

「……かしこまりました」

服を受け取り、寝室へ向かう。

扉が閉じる。

ギルはその背を見送りながら、少しそわそわした。

楽しみだ。

かなり楽しみだ。

その間、部屋にはダリアと二人きりになる。

ギルは少し考えてから口を開いた。

「ダリア」

「はい」

「レティシアはどうだ。仲良く出来そうか?」

ダリアは少し考えた。

即答ではない。

きちんと選んでいる。

「仲良く、というより……」

「うむ」

「尊敬できる方だと思います」

ギルは少し驚いた。

「そんなにか?」

「はい」

ダリアは静かに頷く。

「気配りも行き届いていますし、城内の事も丁寧に教えてくださいました」

「ほう」

「すでに部屋も見せていただきました」

ギルは少し笑った。

やはりレティシアらしい。

ただ受け入れるだけではなく、必要な事をすぐ整える。

使用人としても、女としても、本当に出来が良い。

「若様は、ずいぶん信頼しておられるのですね」

ダリアが言う。

「当然だ」

ギルは迷わず答えた。

「レティシアは有能だからな」

「それだけですか?」

「美人でもある」

ダリアが少し呆れたような顔をした。

「正直ですね」

「嘘をついても仕方ない」

その時、寝室の扉が静かに開いた。

ギルは反射的にそちらを見る。

レティシアが出てきた。

一瞬、息を忘れた。

淡い緑が、驚くほど似合っていた。

柔らかな色なのに、レティシアの白い肌をさらに際立たせている。胸元は開きすぎていない。だが、布越しに形の整った大きな胸が分かる。

腰の線も綺麗だ。

上品なのに妙に色っぽい。

そして何より、少し照れている。

その表情が反則だった。

ギルの理性が一瞬飛びかける。

今すぐ抱き寄せたくなる。

かなり危ない。

「とてもお似合いです」

ダリアの声で、ギルは我に返った。

危なかった。

レティシアが少し恥ずかしそうに微笑む。

「ありがとうございます」

「いや、本当に似合ってるな……」

ギルは素直に言った。

レティシアがさらに少し頬を赤くする。

うーむ。

可愛い。

そして大きい。

ギルは改めて二人を見た。

二人とも顔もスタイルも良い。

だが、方向性が違う。

レティシアは胸だ。

あの柔らかそうで形の良い胸は、本当に素晴らしい。

一方でダリアは尻だな。

細身なのに腰から尻の線が綺麗すぎる。

うん。

やはりそうだ。

ギルは内心で頷いた。

「若様」

ダリアの声が少し冷たい。

ギルは顔を上げた。

「何だ」

「今、ろくでもないことを考えていませんでしたか」

「考えていない」

「本当でしょうか」

「少しだけだ」

ダリアが呆れたような目をする。

レティシアは優しく微笑んでいた。

何だこの差。

「その目は何だ」

ギルが言うと、ダリアは静かに返した。

「ギル様らしいと思っただけです」

「褒めているのか?」

「半分くらいは」

「残り半分は?」

「秘密です」

ギルは少しだけ眉を上げた。

前より口が柔らかい。

悪くない。

レティシアが服の裾へそっと触れながら言う。

「本当に素敵なお品ですね」

「気に入ったか?」

「はい」

その返事は嬉しそうだった。

ギルは満足してソファへ深く腰を預ける。

帝国では色々あった。

屋敷を焼き、攻撃魔法を撃ち込み、人を殺し、腐銀の話まで持ち帰った。

だが、今は暖かい部屋で、美人二人に囲まれている。

悪くない。

かなり悪くない。

ギルはそう思いながら、柔らかな空気の中で小さく息を吐いた。