作品タイトル不明
4.いざ神域へ
「最後にもう一度だけ。本当に加護を受けられるのですね?」
馬車を降りる直前、同じ言葉を繰り返す。
よほど私を引き留めたいようだ。公爵に頼まれたのかもしれないし、彼の意志かもしれない。
両親も目の前の彼もロゼを恐れていながら、見殺しにするようなことを良しとしない。貴族と貴族に仕える者の矜持なのだろうか。
だが私の返事は変わらない。
力強く頷いて、膝の上に載せていた隠密ローブを羽織る。
「そうですか……。公爵様とあなたのお兄様は火神様を、奥様は水神様を信仰しておられます。どちらも信者が多い神であり、試験をクリアした直後から加護の恩恵を実感できるはずです。ではお手を」
使用人に支えてもらいながら馬車を降りる。彼の服の裾をちょこんと摘んでダンジョンの前に向かった。
「足を踏み入れれば分岐点ーーどこにも属さない聖域に入れるはずです。5つのドアの中から、信仰を希望する神が治める神域にお進みください。私が同行できるのはここまでとなります。この場所でお待ちしておりますので、どの神を信仰するか、神域ごとの雰囲気などを参考にゆっくりとご検討くださいませ」
ダンジョン前で立ち止まると、小さく最後の説明を告げた。
周りの冒険者に配慮しているのだろう。それを合図に裾から手を離し、ダンジョンに入った。
「すごい……」
一歩足を踏み入れると幻想的な空間が広がっていた。
学校の教室ほどの広さがある聖域にドアが6つ。
5つは神域に繋がるドアで、あとの1つがダンジョンに直通しているドア。加護を受けられる年齢にない子供やまだ信仰を決めかねている人が利用するためのものだ。
もっとも信仰を選択しないメリットはないため、このドアの存在を知らない人も多い。ダンジョン前で私の帰りを待っている彼が『5つのドア』と言ったのもそのためだ。
ドアの上には通過した先の光景が映し出されている。ドアに近づくと映像が拡大され、よく見える仕組みになっているのだ。
ゲームでも信仰を選ぶシーンでは、聖域のスチルが1枚と、それぞれの神域のスチルが1枚ずつ用意されていた。いざその場に立ってみるとなかなか感慨深いものである。
もう少し楽しみたい気持ちはあるが、神域からでも他の神域の様子は見られる。ここまでクリアな光景ではなく、遠くの景色を認識出来る程度にはなってしまうが時間制限はナシ。
ならばこれ以上長居しても仕方ない。信仰する神はすでに決めていた。
ズンズンと進み、ドアノブに手をかける。
私が6つのドアの中から選んだのは、小さな小屋がポツンと映し出された『食神』の神域だった。
「お邪魔しま〜す」
ドアをくぐり、食神の神域へと足を踏み入れる。映像に映し出されていた通り、広大な土地にちょこんと小屋が建っているだけ。
私は迷わず小屋に入り、隠密ローブを脱ぐ。
人に見られては都合の悪い黒髪も、ここでは気にする必要がない。
口の横に片手を添え、声をかける。
「すみませ〜ん。入信希望なんですが、どなたかいらっしゃいませんか〜」
「そんなに叫ばずとも聞こえている」
奥から現れたのは3歳くらいの男の子だった。
白髪に紫目、表情のない顔はどこか人間離れしている。線の細さと白で統一された服装も、普通の子供らしくない。
といっても実際彼は人間ではないのだが。
「初めまして、神様」
「よく我が神だと気付いたな」
「普通の幼い子供は神域に入れませんから」
私の答えに、神様の表情がほんの少しだけ変わる。
「嘘、ではないな。だがおぬしからは妙な気配を感じる。何か思惑があるのかもしれぬが、我が神域はこの通り廃れておる。今ならまだ他の神を信仰できる。今すぐここから立ち去るがいい」
神様にはそれぞれ『神レベル』というものが存在する。
信者の数や神域の発展によって上下するもので、信仰する神のレベルが高いほど信者が得られる恩恵も大きくなる。
ダンジョン内には信者限定のセーフティーエリア『祭壇』が設置されており、神レベルが高いほど数が増える傾向にある。
つまり信者が多い神を信仰すると、入信直後から加護の影響をかなり受けられ、ダンジョン探索も楽になる。
一方、神への貢献度を示す『信仰レベル』は信者が多ければ多いほど上げづらく、下がりやすくなる。信仰レベルが高ければ神からの寵愛を授かることができ、ステータスに補正がかかる。成長速度も探索のしやすさも段違い。
神レベルと信仰レベルの分かりやすい例は、火神。
火神を信仰すると火魔法と剣術スキルの上達が早くなるため、冒険者から根強い人気を誇っている。また生産職にとってもデメリットが少ないため、ドワーフの信者も多い。
駆け出し冒険者のほとんどがわずか1年で中堅レベルに成長する。
ただしランクによる上下関係が厳しく、トップランカーが常に寵愛を独占しているため、後続が育ちにくい傾向にある。神域内での格差に辟易してダンジョン外で活躍するようになる冒険者も多い。
また老化や怪我が原因で信仰レベルが下がった際、一気にガタがくるのも特徴だ。
それでも一攫千金を夢見て、入信する信者は後を絶たない。
ちなみに2番人気の水神は冒険者の他に、神官・漁師・農家に多い。3番人気の風神はエルフの信者が多く、4番人気の土神は農家・料理人に人気。
漁師や農家、料理人達の多くは加護を得るために入信した者達で、神域には出入りせず、ダンジョン外にある神殿で祈りを捧げているのだとか。土神信者は冒険者がほぼいないこともあり、神域はマルシェのようになっていた。
そんな中、圧倒的に不人気なのが食神である。
昔は料理人を志す者達からの厚い信仰があったようだが、今となっては訳あり信者ばかり。政治的意味合いで強引に食神信者にさせられた者もいる。
目の前の小さな神様はそれを心配しているのだろう。
鋭い視線は今まで冷遇された人間を何人も見てきたからこそ。
神様なりの優しさであることは十分理解している。だが私の答えは変わらない。まっすぐと彼を見据えて告げる。
「いえ、帰りません。私は食神様の信仰を希望します」
「なぜ」
神様は警戒の色をにじませる。ゲーム内では語られなかったことが色々あるのかもしれない。
だが私にだって食神様を選んだ理由がある。
隠しても仕方ないと、正直に志望動機を伝える。
「私の見た目は人から敬遠されやすいもので、人目を気にしなければならないんです。でもここなら安心してローブを脱ぐことができる。仲間が少ない分、余計な詮索もされにくい。まさに私にうってつけの環境だと思い、入信を希望させていただきました」
「だがダンジョンに潜れば再び人目に晒されるだけだ。加護を受けるだけなら、人目を避けて試験をクリアすればいい。火神なら入信直後から恩恵が得られるはずだ」
「自衛と体力作りのためにレベル上げをしたいので、ダンジョンには潜るつもりです」
「なるほど。そなたには何か事情があるというのだな」
「もちろん、食神様の顔に泥を塗るようなことはしません。入信できたら、デイリークエストだってこなしますし、お供物だってします。こう見えていろんな料理を知っているんですよ。ご飯は食べるのも作るのも好きですから」
えっへんと胸を張る。
入社試験や大学受験の面談なら落とされかねないアピールだが、神にとってお供え物は力の源。
数少ない信者ですら出入りゼロな食神にとって、魅力的な話であるはず。
もちろん、私もご相伴に与るつもりだ。
公爵家の食事は美味しいが、毎日似たような献立だと飽きてしまう。量だって引きこもり基準で作られているため、最近心もとなくなってきた。
ダンジョンに潜るようになれば確実に足りなくなる。
それに異世界の料理というものにも興味がある。
「……後悔しないか」
「しません。創造神様にだって誓えます」
創造神はこの世界を作った神様であり、食神達、五柱の神の上位存在に当たる。
この世界で最大級の誓いを提案すると、神様は小さく溜め息を吐いた。