軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

失せ物探し

おまじない、というものを皆様一つ二つは知っていると思うんです。

嫌なことが続いたら、どんな嫌なことがあったかを石に聞かせて、その石をどこか見えない遠くに放り投げるとそれで止まる、とか。会いたい人の名前を書いた紙を香草茶に浸して乾かしてから枕の下に入れて眠れば、夢の中で会えるとか。

私もそんなに実践したわけではございません。

実践しても、そんなに効果が出たこともございませんしね。

でも子供の時は疑いもせずにそんなことをやっておりましたし、近所のお姉様方に毎日新しい、今ではもう忘れてしまったようなものも色々と教わったはずです。

私も例に漏れず、六歳頃なんてもうその最盛期。

……頼っても結局、初恋も叶わなかったし、仲直りできなかった友達もいたのですが。

いえいえ、そのような話をする気ではないのです。

私が今でも覚えているおまじないの一つが、『失せ物探し』でございます。

これは我が家に伝わるもので、私も祖母から聞いたのですが。

私の家は、高祖父から伝えられた山を一つ管理してございました。

山と言ってもそう大きなものではありません。本当にただの小山で、たまに迷い込んできた猪や鹿がねぐらにしていたくらいの、獣すらほとんどいない小さなもので。

それも私の家の所有するものでもありませんでした。今でも遠縁としてお付き合いがあるのですが、なんでも高曾祖父の兄の家が男爵位とかで、その家の持ち物でございます。

獣がいない代わりに、草木の多い山でした。

薬草なんかも多く採れて、昔は生薬の採取にも使われていたとかで、それが我が家の生業でもあったのでございますが。今では私の家の者がたまの病とかに少々拝借するか、もしくは普段使いする薬湯の材料を採るくらいで放任されております。

管理というのも、たまに樵に間伐を依頼する程度で。

その小山、ネルグからも離れ、先ほどのカラス様の話に出てきたような恐ろしい森ではございません。

いえ、もちろん崖や小さな川もあって、事故が起きないわけでもないのですが、そんなこともほとんど無いですし、先ほど申し上げたとおり獣もおらずましてや魔物なんかもいません。

家の裏手にある小さな丘、くらいに私も思っておりました。

だからというわけでもないのでございますが、子供の私でも無断で立ち入ることを許されていました。

その森、少し入ったところに、一本の 榛(はしばみ) が生えておりました。

『これはお前が生まれたときに植えた木だよ。ああ、大体お前と同じくらいの背丈だね』

六歳よりも前のことですが、祖母に連れられてその木を見たときにはそう言われたのを覚えてございます。

なんでも、私の家のあった辺りの古い風習の一つだったそうです。今ではどこも行ってないと思いますが、子供の生まれたときに、その子と共に成長するよう家の敷地に挿し木をするのだとか。その由来は祖母も知らなかったそうですが、まあ、樹木のように堂々と成長して欲しい、などのそれもおまじないの一つでしょう。

祖母は初めての女の孫の私を随分とかわいがってくれて……いえ、それも今回の話とは関係が無いですね。

私はそれを聞いてから、何となくその木に愛着が湧いていました。

『私の木』と名付けて……今思えば別に名前でもないのでございますが、ともかくそう呼んで、たまに訪れて眺めてございました。木の実もおやつで美味しかったですよ。

『失せ物探し』は、その木を使ったおまじないでございます。

祖母は言っておりました。

『何か無くしたときはね、無くしたものを大きな声で呼びながら、この木を揺すりなさい。それも三回。一回じゃ駄目だよ、三回だよ』

無くしたものの名前を呼んで、三回揺する。ただそれだけなのでございますが。

不思議なことに、このおまじないはなかなかに効果があったようでございました。

どこかにいってしまった人形や、お気に入りだった袖口の釦飾りなんかも。次の日には誰かが見つけてくれることが多かったですね。朝起きたら、兄から『これ、お前の?』と渡されたりなんか。

私もよく持ち歩いていた人形をどこかに置き忘れてしまうことが多かったのですが、その度にそのおまじないに頼って泣かないで過ごしたものでございます。

でも、ある日。

それが多分六歳くらいのことだったと思います。

私は髪留め紐を無くしてしまいました。お気に入りだったのでございますが、ある日家に帰ったら髪がいつの間にか解けていて、探してもそれは見つからずに。

でも私は焦りませんでした。いつものようにおまじないをすれば見つかるだろう。そう考えて、次の日にまた木を揺すって、『お気に入りの髪留め紐』と三回唱えてみたのです……が……。

結局、その時髪留め紐は見つかりませんでした。

私も探しましたし、家族も知っていたのかそれとなく探してくれていたようなのですが。

まあ、別に、ただの髪留め紐です。お気に入りだったと言っても、そこについていた飾り玉が綺麗でよく使っていたというだけで。新しいのを買えばそれで充分ですし、貧しい家というわけでもないのでその日のうちに代わりのものを用意してもらえてございました。

その内に忘れてしまって、……ああ、これでは六歳の頃の話ではないですね。

訂正させて頂けますか、十二歳の頃の話です。……? いえ、十二歳の頃の話……といっても違うかもしれませんが。

いえ、曖昧なのはですね。繋がっているからなのでございます。

十二歳になった私は、そろそろ家を出ることになりました。先ほど話に出た遠縁の貴族の縁を頼りに、まずはその家で行儀見習いをすることになったのでございます。

いずれはどこかの家で侍女として雇われることになる。そういう今まで漠然と考えていた将来が突然形を帯びてきて、当然私も不安になったわけでございます。

何ですか? カラス様、オトフシ殿その目は。私とて不安にもなりましょう。

いえ、お嬢様にお仕え出来た今、そんな不安ももちろん今はございませんとも。

でもその時は、きっと元気づけてもらおうと考えたのでしょうね。

もちろん、『私の木』に。

幼い日には随分と訪れたその木も、当時足は遠のいてございました。

数年ぶりに見たその木は、前よりも随分と立派な姿だったと思います。ほんの数年ですが、榛というのは成長が早いものですね。私の背丈を超して、私も見上げるものになっておりました。いえ、その前からだったかもしれませんが。

その時には何をしにそこを訪れたのか自分でもわかりませんでした。

幹に触って、何の気なしに木の実を採って腰の隠しにしまいこんで。

『これからしばらく会えなくなるよ』なんて、話しかけたりして。

虫のいい話、という気もしないわけではないですね。数年間会わなかった木に、私は愚痴を聞かせたんです。まだ愚痴というものでもないでしょうか。本当にただ不安を、やっていけるかどうかわからない胸の内を『私の木』にだけ話したんです。

もちろん応えてくれるわけなんかありません。本当に少しの時間。ただ話して、何もなかった、なんてどこかで落胆するようにして帰ろうとしたその時です。……これではカラス様と同じ展開ですね。いえ、でも私もそうなのでございます。

帰ろうと思ったその時に、木の枝に何かが引っかかっているのを見つけました。

ちょうど私の目線の辺りの高さで。透明できらきらしている何かが、だらんと木にぶら下がっているようで。

見つけたのは、私の髪留めでした。

六年前、探していたはずの髪留めが、そこにあったんです。

「……というお話でございますが……いかがでしょう?」

語り終えたサロメが、僕たちを見回す。もちろん僕たちというのも言い過ぎで、主にアリエル様の動向を窺うようなものだったが。

サロメの声が消えたからだろう。雨の音が耳に戻ってくる。

湿った空気が鼻に触れて、何となく僕は鼻を擦った。

「何が不思議なのだ……?」

ぽつりとほんの僅か、小さくオトフシが呟く。呟いてから気がついたかのようにアリエル様をちらりと見て、咳払いをして誤魔化していた。

「不思議ではございませんか? あれだけ探しても……とオトフシ殿は当時の私の様子をご存じないのでございましょうが、探しても見つからなかった髪留め紐が、別れの時になって出てきたのでございます。いえ、『私の木』が探し出してくれたのでございますよ」

話し終えた開放感からだろう。にこにことして饒舌にサロメが答える。

まあ確かに、と僕は頷いた。

『失せ物探しのおまじない』が、六年越しの効果を発揮した、ということだろう。

「いい話じゃないの」

「そうですね」

アリエル様の賛辞にルルが同意し、僕はまた頷く。

オトフシの言うとおり、確かに不思議な話ではないのかもしれない。ただ偶然に、昔無くした髪留め紐を見つけただけだ。

だがおまじないというのは通常何の根拠もなく結果すら見込めないものだ。それもサロメが言っていた通りで、本人の気の持ちよう、という程度の効果でしかない程度のものもあるだろう。

今回のサロメの話では、それが叶った。

それが不思議ではなくなんだというのだろうか。

オトフシが、声無く不満を漏らすように、騎獣車の隅に視線を向ける。

それから僕に向けて何かしらの同意を求めるように目を細めた。

まあ、わかる。

いや実際のオトフシの思考はわからないが、多分言いたいことはわかる。

この話、理屈をつけようと思えばいくらでもつけられるのだ。今までのおまじないが功を奏した理由、髪飾りの時のおまじないが効果を発揮しなかった理由。

榛の木は髪留めを引っかけたまま成長しただけ。

それがサロメの視線の高さになったのも偶然で。

全て偶然と周囲の人間の親切と力不足で片付けられる。

先ほどの僕の話。隠れ月夜茸のような解説はこの話でも出来るだろう。

けれどもそうしたところで、それはきっとアリエル様の言う『野暮なこと』ではないだろうか。

「実は今使っているこの髪留めは、そのときの紐の飾り玉をつけ直したものなのです」

えへん、と胸を張るようにして、サロメは自分の長い髪の先を僕たちに見せつけるように示す。なるほど? 緩い三つ編みの先を結んでいるそこには、あまり大きくないビーズが二つついている。球体ではなく十二面体のようにカットされたおそらくガラス玉の中には、それぞれ青と黄色の帯のような模様が入っていた。

「さすがに紐のほうはぼろぼろになってしまって捨ててしまいましたが、あの時『私の木』にもらったこれがあるからこそ、今まで頑張ってこられたのかもしれませんね」

まとめるようにサロメは言って、うんうん、と自分で自分の言葉に頷いた。

「本当に……いい話ね」

アリエル様が両膝の間に両手をついて、ぼんやりとした口調でそう呟く。

視線が集まれば、目を覚ましたかのように笑みを強めた。

「今度ティリーちゃんだっけ? あの子連れて会いに行きなさいよ。ちゃんとお礼言うのよ?」

「クロックス様でございますか?」

「うん。あの子に通訳頼めば、ちゃんとお話しできるから」

「さすがに侯爵家のご令嬢をそんな私的な用事で連れ回すわけには……」

ねえ? とサロメはルルに同意を求める。

「そうですね。向こうにも用事があることですし」

「じゃああたしで良いわ。今回の用事が終わったら案内しなさい」

「それはもっと恐れ多いことでございますが……」

困るようにサロメが言う。しかしアリエル様がオトフシたちに目を向けたからだろう、話が終わり、冗談とでも思ったのではないだろうか。

気を取り直すように安堵の息を吐いた。

……多分、アリエル様は本気なのだが。

それから、プレッシャーがなくなったからだろう。サロメが、次はどちらが? と声にも出さず、明るい笑顔でオトフシとルルを見た。

二人の間に緊張が走ったように見えた。いや、実際にはルルにはその様子は見えなかったが、先ほどから口数少ないオトフシには。

そんな様子を笑い飛ばすように、アリエル様はのけぞるようにして背筋を伸ばし、足を組み揺らした。

「じゃあ次、オトフシちゃん」

ほんの一言、静かな一言。

楽しげに口にしたアリエル様と対照的に、世界が滅びたような悲痛な面持ちでオトフシは「わかりました」とかろうじて頷いていた。