軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

笑い女の声

奥で、オレンジ色の光源がゆらゆらと揺れる。

暗闇に慣れた僕の目には些か眩しく、無意識に目を細めてしまう。そして、熱風の温度がさすがに無視できないほどになってきていた。

額に汗が垂れる。もはや、暑いのではなく熱い。

僕は何とかなるが、モスクは少し危ないだろう。

数歩先を歩いているモスクに声を掛ける。

「モスクさん、もうちょっと僕の方に寄ってください」

「ん?」

歩みの速度を緩め、僕に並び立つように下がってきた。

「障壁を張ります。熱を通さないようにしますが、離れてしまうと少し効果が薄くなりますので」

「はいよ。頼んだ」

のんきな返事だが、今外は結構危ないだろう。髪の毛を一本切り取り、前に向かって放り投げるとタンパク質の焦げた臭いが漂ってきた。それも、空中にあるうちに。

まるでスチームオーブンだ。壁に手を触れれば火傷必至だろう。

灼熱の廊下。多分、これは通陽口から吐き出される熱風と同じものだろう。

オレンジ色の輝く通路。その奥の部屋への入り口は一層輝き、内部が全く見えない。

ひたりとその手前で立ち止まる。

モスクを見れば、聞くまでもなく、ここで引き返すという選択肢はないらしい。立ち止まったことに文句を言いたげな顔で、僕を見ていた。

「この中、もっと熱そうですけど入ります?」

「当然」

汗でずれ落ちた眼鏡を直しながら、モスクは答える。僕が了承の言葉を吐くよりも先に、その足は中へと踏み込んでいた。

障壁から入ってくる光を調整し、モスクにも見えるようにする。と、それと同時に魔力波を放ち中を確認する。

体育館のような広いフロアの内部。肉眼で見える前に、僕の腰ほどの小さな生物が何百匹も歩き回っているのが確認できた。

人型だ。一瞬、笑い女かと思ったがそうではない。そして、人間ではない。それはわかる。目も鼻も口もない顔。服など着ておらず、まるで棒人間を太らせたかのような凹凸の無い体。明らかに人間ではない。

僕の魔力波を受けてなお、攻撃をする様子は無かった。それどころか、何の反応も示さない。

しかし、僕の方では読み取れる情報は多数ある。この感触は、僕は予習済みだ。

「眩しくて何も見えないんだけど」

「光量は調節してありますので、慣れてくれば見えるようになります」

答えながらも、僕は警戒する。周囲を歩き回る生物。これだけ近づいても反応しないのだ。きっと危険は無いのだろう。だが、僕は警戒をやめられない。

横を通るその体に、僕の体が不快感を示す。思わず、張り飛ばそうとしてしまう。何もされていないのに。

だが、これは仕方ない。

なぜなら、その肉体を構成している物質が僕にとって不愉快の象徴なのだ。物質と言っていいのかわからないが、それは、僕の背嚢に入っている目玉が生成する物質。

人工生物(ゴーレム) の体にそっくりだった。

ただ、物質や感触が似ていると言ってもやはりちょっと違う。

この目の前にいる人工生物たちは、熱を帯びている。やや水っぽい粘土のような体だが、多分燃えやすいものを近づけただけで発火する。この前見たホムンクルスには無かった機能だ。

これは何だろうか?

その働いている姿をじっと見つめていると、のっぺらぼうの顔と目が合った気がした。

何度も瞬きをして、モスクは目をこらす。

「俺まだよく見えないんだけど、なんかいるよなぁ……?」

「ええ、大量に。ただ、もう少し奥の方に大きな物体があります」

僕が目を向けた先は、さらに光が強い場所だ。人工生物たちもそこそこ光を放ってはいるが、その大きな物体はさらに強い光を放っている。多分、一番大きな光源だろう。

モスクも好奇心に任せるタイプのようで、やや早足でそこに歩み寄ろうとする。

だが、危険だ。障壁で守っているから何ともないが、僕が障壁を解いたら最後、多分一瞬で体が炭化する。それほどの熱量を、その物体は放っていた。

足下を歩き回る人工生物はモスクは避けるが僕は避けてくれないらしい。

僕が周囲を認識できていることを察しているのだろうか。目の前をちょろちょろと動き回る人工生物を避けながら、モスクに追いすがった。

近づき、障壁の光透過性を最小限にする。もはや、日中でも真っ暗闇だろう。だが、周囲の光はそれでも抑えられないようで、僕らには、まだ赤熱した何かにしか見えない。

それでも、少し待てば慣れてくる。明順応には十二秒あれば充分だったか、とにかく少し待てば、僕らにもその輪郭は見えてきていた。

その輪郭を確認して、モスクは一歩たじろぐ。

僕も、その巨大な物体から感じる獣臭に、鼻を覆った。

そこにあったのは、僕らの身長ほどの大きさの頭部。

一見すると人間、だが、明らかに目の数が違う。中央に一つだけ目がある。そして、鼻も出っ張りはなく、そぎ落とされたかのように二つに分かれた穴が開いているだけだ。

僕らが消し炭になりそうなほどの熱量の中にありながら、その髪の毛は一切熱の影響を受けていないようで、逆立った灰色の髪の毛がただ熱気を帯びた風にそよいでいた。

それが、横倒しに倒れている。首から下はない。鋭利なもので切られたとかそういうわけでもなさそうで、ただ引きちぎられている。

恨めしそうに口からは長い舌を垂らし、一つ目はただ虚空を見つめていた。

「……なんだ、これ……」

「生き物の頭部、ですが……」

この熱で、細菌も死滅しているのだろう。腐敗はしていない。だが何故か、洗っていない犬の臭いを何万倍にもしたかのような臭いが鼻をつく。明らかに、ここにくるまでに感じていた獣臭の元は、これだ。

「触らない方がいいわよ」

突然声が響く。

僕でもない、モスクでもない声。女性の声に、僕らは部屋の隅の方を見た。

「うわぁ……」

僕は思わず声を出す。先ほどの笑い女のように話せないようではないようだが、今度は違う問題があった。

先ほどの笑い女は、声以外は普通だった。血走った目や、そこにいるべきでないということをさっ引けば、怖がるような見た目ではない。だが、話せなかった。知性の感じられない呻き声に、僕らは背筋を凍らせたのだ。

今回は、明瞭な声が聞こえた。気遣うようなその言葉は、意図して発した言葉だろう。知性はある。だが、今回はまともなのはそこだけだ。

モスクも今度は後ずさる。

それもそうだろう。見た目はさっきの笑い女の方がだいぶマシだ。

そこに転がっていたのは、人間の上半身。

片腕は千切れてどこかへ消えており、ミイラのように干からびた顔をこちらに向けている

眼球も片方はない。片方は残っているものの、この熱のせいだろう。真っ白く焼けていた。 頭蓋骨に張り付いている髪の毛も焼けて縮れており、声からは女性だろうとわかるが、それ以外は性別すらわからないほど損壊した遺体だった。

だが、話が出来る。その分、僕は笑い女よりも落ち着いて話せる。

「……先客でしょうか。初めまして」

「これはこれはご丁寧に。初めましてではないのだけれど」

目はこちらに向いていないのに、明らかに僕と話しているということがわかる。

しかし、初めましてではない? どういうことだろうか。僕にミイラの知り合いなどいない。

モスクは首を傾げる。それから、突飛なことを言い出す。

「その声、……笑い女か?」

「え?」

僕も思わず声を出す。いや、声が同じ? あの呻き声と、聞くだけなら綺麗な声といってもいいこの声が?

「え? だって、そうだろ?」

僕が疑問に思う方がおかしい、という感じでモスクが僕の方にも問いかける。

いや、そう思わなかったから僕も聞き返したのだが。

「その笑い女というのが誰だかは知らないけれど、さっき会ったわよね」

フフ、と半笑いでミイラが答えた。その答えは、さきほどのモスクの言葉を肯定しているのだろう。微動だにしないのに、声だけ出している。不思議なものだ。

「あら、私としたことが、そういえばこんな姿で。ごめんなさいね、人と会うなんて久しぶりだったのよ」

ミイラの姿でまともなことを言う。いや、ミイラの姿と言うだけでもはやまともではないのだが。

言葉が終わると同時に、カタカタと体が動く。残った筋肉や腱でかろうじて繋がっているようなその体が千切れそうな動作だ。それが、糸で吊られたかのように浮かび上がる。

千切れた上半身が、通常ならばあったであろう位置に浮遊し、揺れが収まった。

やがて、ミイラ自身にも変化が現れる。

筋肉が再生するように体を覆ってゆく。血のような液体が体を伝い、それを隠すように血管が生成された。

ものが腐ってゆく映像を逆に回すように、体が再生してゆく。

古びて朽ちていた服までも、いつの間にか新品のようなワンピースに戻り、髪飾りには大きな六芒星がきらりと光る。

「これで、あなたたちと同じかしら? そうね、では改めて。初めまして」

白く綺麗な指でワンピースの裾をつかみ、頭を下げる。丁寧な仕草に、気品が感じられる。

「私は、シャイニーコルト・リデル。シャナでいいわ。以後お見知りおきを、子鼠さんたち」

ふわりと揺れた白に近い金色の髪は、笑い女と全く同じものなのに、全く違う風に見えた。