軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見つけた

ずりずりと、通気口より狭い通路を這って進む。

狭くより密に作られたその石造りの水路は乾燥し、水の流れた後など消え失せていた。

壁を壊したり、普通の道を通るよりもかなり退屈な道だ。その退屈さを紛らわせようと、適当な疑問を僕は口にした。

「で、何で水路を伝って下に降りようと?」

今更ながら僕が尋ねると、全く振り返ろうともせずにモスクは答える。

「たいしたことじゃねえよ。この階もそうだったけど、笑い女はこの下の階も含めてどこも水場近くで目撃されてんだ」

答える声が反響して水路内に響く。跳ね返ってきた音に、後ろからも声が聞こえる気がした。くしゃくしゃとした反響音が、少しだけ耳障りだ。

「だから、この方が効率的かな、って話」

まあ、そんなところだろう。噂話に近い場所ほど、何か出る可能性も高いのだから。

よ、っと穴からモスクが転がり出る。

やはりといっていいだろう。転がり出た先は僕らが立てるほどの空間になっており、同じ高さに三つ、一段高い位置に四つ穴が開いていた。なるほど、これが水路の中継地点か。

向かい合うだけでそれなりに窮屈だ。一畳ほどの小さな部屋で僕らは向かい合う。

ずっと思ってはいたが、閉所恐怖症には辛かろう。暗所もだが。

だが、それでも楽しそうにモスクはひとつひとつ水路を見回していく。

「さて、どこから行くよ?」

「それぞれどこに繋がってるか見当がついているんですか?」

僕は聞き返す。この水路は未踏のはずだ。故に、モスクは本当は知らないはず。けれど。

「ああ。基本的に、今入ってきた穴と同じ高さのは同じ階に、一段上の穴は下の階に通じている。そうしないと全部下に流れちまうからな」

「でしたら、お任せします。僕は中の地形を知りませんので」

でも、モスクの頭には入っていると思う。そうでなければここまでこんなにすんなりはこれない。

そして、僕は魔力探査すれば地形の確認くらい簡単に出来るが、モスクはそうではない。モスクのそれらは全て推測のものだ。それも、正しい勉強と測量の賜物。

僕の必要以上の手助けは、その努力を無にするものだろう。だから、任せた。

「じゃ、下行くぞ。見てねえけど、この階にはめぼしいもんはない……と思う」

「でしたらこの穴からですかね」

モスクの視線の先の穴を僕は指さす。頷くモスクは、穴に迷いなく潜り込む。

僕ら子供が四つん這いになってギリギリ通れるほどの大きさの穴。たしかに、モスクにとっても最後に近いチャンスだったのかもしれない。その努力が、実ってくれることを切に願おう。

「しかし、その笑い女が隠してるものって何でしょうか?」

「わかんねえなぁ。そういう噂ってのは、噂と実像に何の関係もないことはない、と思うんだが……」

穴の中で器用にくるんと方向転換し、水平方向から垂直方向に向かう穴に足から降りる。

これだけの狭さだ。暗闇も相まって、流石に息が詰まってきた。

「出てきている要素からすると、女と服と笑い声。……服の山とかそんなところかなぁ……」

「今まで実際には、どういったものが出てきてるんでしょうか」

初めて会ったときは、食器目当てだったか。あれは食品庫か何かだったらしいが。

「階層が増えて移住するとき、持って行くのが面倒になるもの、だな。服みたいなかさばる物か、本みたいな重たい物か……、あとは持ってくのに気を遣う陶器類か……」

「先ほどの縫いぐるみはかさばりませんけど?」

「あれは単純に忘れ物だろ」

女の子でも持てるような、軽い物。ましてやお気に入りであれば、持ち歩いている女の子が手放すこともあまりないだろう。水でも使っているときに忘れていったのだろうか。

「引っ越しのときほど、忘れ物が多いときもそうそうない。それに、気づいても工事や増築された壁で取りに来られないんだから」

「そうですね」

一瞬納得する。そうだろう。あとで、そこに忘れたことに気が付いて泣きわめこうが、取りに行くためには壁を壊して入らなければならないのだ。

高価な物ならともかく、縫いぐるみ程度にそんな手間を掛けることはあるまい。

そう、納得した。

だが、次の瞬間僕の心に違和感が芽生えた。

「ん……、あれ?」

「どうした?」

先ほどの井戸のような空間に出ながら、モスクは僕を見返す。

いや、これはモスクが変に思わなかったのならそう変でもないのだろうか?

だがこの違和感は見過ごせないと、僕の勘が告げている。

「先ほどの笑い女の噂、笑い女は廃棄階層で見かけられたんですよね?」

「そうだって何度も言ってるじゃん。何だ急に察しが悪くなって」

「いや、だったらひとつおかしな事が」

僕もずりずりと穴から出る。モスクこそ察しが悪いようで、わからない様子で僕の言葉を待っていた。

僕は、少しだけ黙り、言葉を整理する。いや、理屈はつけられるのだ。けれど、少しおかしなところがある。

「その、廃棄階層で笑い女を見かけた方は、あの水路までどうやって行ったんでしょう?」

「……あ、そうか」

モスクもその言葉でわかったらしい。

そう、それはおかしいのだ。

誰かが笑い女を見るために水路の近くに行くのだったら、そこまで行くための道が必要だ。たとえばモスクであれば、壁に穴を開けてそこまでたどり着いている。

なのに、あの水路は壁に囲まれていた。僕が穴を開けるまで、密室の中にあったのだ。

「いや、でもたしか、あの噂が書かれていた本でも、たしか穴を開けてそこに入ったって」

「でしたら、どこからでしょうか? モスクさんがわざわざあの通陽口から行ったんです。きっとあれが最短の道ですよね?」

というか、やはり記憶を呼び起こしてみても先ほど僕らが入った水場の周囲に穴はなかった。あったとしたら、上部に開いていた通気口のみ。

しかし、その通気口を通って、というのも難しいだろう。

「上の通気口も、たしか効率のために廃棄階層を挟むと分断されているとか言ってまし……」

言いかけて、僕は気が付く。

そうだ、モスクも確かに言っていた。廃棄階層を挟んでしまうと、通気口も分断されて街に入るのが難しくなると。だから、モスクは表層のすぐ下に住んでいると。

しかし、一階や二階ならまだいくつか繋がっているところもあるかもしれない。

いや、一階や二階の距離など今は問題ではないのだ。

心臓が早鐘を打つ。唇が少し震えてきた。

「……なあ、お前、さっき言ってたよな。『笑い女の笑い声は、上から聞こえてくる声だ』って……」

火に照らされたモスクの顔色も少し悪い。だがきっと、僕の顔色も悪くなっているだろう。

「ええ、言いました。そう、そうですね。間違えていたみたいです」

僕の失敗を笑い飛ばそうとする。けれど、背筋が凍り上手く笑えない。いや、まだきっと何かからくりがあるはずだ。原因がなければ現象は起こらない。笑い声の噂など……。

違う。噂ではないのだ。今考えるべきは、噂ではない。噂ではなく、僕の耳に実際に届いていた……。

静寂が満ちる。どこからか、水が滴る音が聞こえた気がする。

そう、廃棄階層を何十階と挟んだこの階まで、上の声が聞こえてくるはずがない。

顔を見合わせた僕ら二人。僕よりも冷静なのだろう。モスクが口を開く。

「なあ……」

モスクの声も、少し震えていた。

「……お前、何の声を聞いたんだ?」

「んーーーーーーーーーーーー」

モスクの質問に被せるように、無機質な呻き声のような、楽しそうな声が水路に響く。

いや、聞こえてきたのは水路からではなく、もっと近くの。

視界の端に映る腕。モスクも僕も、反射的に上を見上げる。

そこには暗闇の中、井戸を覗き込むように、目を見開いた女が見下ろしていた。