軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

食べ物と交換

それから、クリス師範代には『模擬試合でもすれば治ります』と適当なアドバイスをして外へ出た。

もはやバーンに興味はない。噂の方も手配してくれるだろうし、されなければそれでも別に構わない。

道場を出て、透明化し屋根の上に駆け上がる。そこから石ころ屋へ向けて、屋根の上を直接駆け出す。

彼女の居場所はわりと簡単にわかる。

姿を消して走り回り、そしてあの甲高い声が聞こえてくるところを探せばいいのだ。

石ころ屋に戻って聞けば、それでもいいし。

そうして走っていた五番街の屋根の上から、職人街の端っこで、やはりすぐに見つけられた。

大きな声で人目を気にせず歌いながら歩く人影……正直、ここまで簡単だとは思っていなかったが、すぐに見つけられたからよしとしよう。

まず路地裏で透明化を解除し、雑踏を軽い足取りでスキップするように歩いているエウリューケの目の前に歩み出る。

「おう、若者よ! どしたい!? あたしになんか用事かい!?」

手を上げ、口をぽかんと開けながら叫ぶ。いつものテンション……よりも少し高めのテンションでエウリューケの方から話しかけてきた。

「ちょっと確認したいことが出来まして」

「そうかい、疑問に思うことはいいことだよね! お腹は今晩のおかずに何を求めているのかとか!!」

「……楽しそうで何よりです。それで、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、お時間頂けませんか」

エウリューケの軽口をスルーしながら、僕は適当な飲食店を指さす。職人街では、作業の合間に食べられる軽食を出す店がいくつかある。外に小さなテーブルを置いて、そこで食べる軽食は、おやつにはちょうどいいものだ。

「いいよー! 奢ってくれるはずだね、はずだよね!!」

「……まあ、僕から誘ってますからね」

そこまで露骨に言われると清々しい気がする。それに、安いしその辺に不満は無い。

「で、何だってんだい?」

口いっぱいにサンドイッチを詰めながら、エウリューケは器用に喋る。まるで口の中に何も入っていないような明瞭な発音で、僕に話を促した。

「朝のモノケルの脳。その解剖をしたエウリューケさんの意見をお聞きしていませんでしたので」

「はて、奴の頭になんぞあったかや……?」

首を何度も捻りながら、エウリューケは悩む。口の中に物が入っているのに、その舌で指についた塩を舐めて指を汚していた。

「モノケルの脳にあった変質。エウリューケさんならば治せませんか?」

元魔術師にして治療師。それも両方とも凄腕の彼女ならば。

彼女ならば何か出来るのではないだろうか。そういう予想が僕の中にあった。

しかし、答えは芳しくないようで、エウリューケは何度は力なく首を振った。

「治せる……いや、せない……」

「無理でしたか」

曖昧な答えを補足するように僕が言い切ると、エウリューケは顔のパーツを中心に集めるように渋い顔をする。

「んーとねー、あたしが治すとしたら《再生》って法術を使うんだけど……」

「何か厳しい条件でも?」

手段はある。にもかかわらず彼女がしないのであれば、準備か物か、そのどちらかもしくは両方が必要なのだろう。だが、それにもエウリューケは首を振った。

「いや、《再生》の秘術って禁術指定されててさ。教会の上の方じゃないとよくわかんないんだよねぇ」

「禁術、ってことは何か使っちゃいけない理由が?」

たしか上から二番目の階級にいたエウリューケ。彼女でもそれを知るのは難しかった秘術。その理由が、気になった。

「いんや、ね。資料を盗……借りてみた感じだと、なんか《蘇生》の秘術に連なるからダメなんだって。特に理由もなくね」

「ということは、今回関係ありませんが《蘇生》とやらも禁術なんですか」

「うん。なんでも昔勇者の死んだ仲間に使ったら、生きてるけど死んでいる! みたいな状態になっちゃったらしくてね。それきり駄目絶対なのさ。名前を知れば使いたくなる、ってことで下の人間には名前も知らされていないんだけど。そのせいで、よくその秘術を思いついちゃう治療師がいて上の方では問題になってたよばっかじゃねーの!?」

喋っている途中でイライラしてきたのか、エウリューケが口に運ぼうとしていたサンドイッチを皿に向かって叩きつける。

食べ物を粗末には出来ない。僕はばらけたそれを空中で受け止めると、元の形にして皿に戻した。

「ま、だもんであたしには今のところ出来ないねぇ。それでもね、カラス君、君のおかげでまた修練すれば使えるようにはなりそうだすのよ!」

怒った直後に表情を変えて、また笑い出す。パカリと空いた口が逆に不気味さを演出している。

「僕のおかげ、ですか?」

だが、その言葉の意味は何だろうか。

「グスタフじっちゃんから聞いたぜ! 聖典は単なる道具。共通認識を持たせるための指標に過ぎないってね。よく言ったよあんた!!」

立ち上がり、僕の肩をばんばんと叩く。本気で叩いているのか、ちょっと痛い。

「いやはや、ギルドの研究馬鹿どもが、呪文の文句をちょっと変えて『威力が上がった』『射程が伸びた』とか言っていたのが馬鹿らしいね! もしかして、呪文無しでも使えるんじゃないかと思っちゃいましたよ流石に出来ませんでしたけどー!」

サンドイッチを今度は握りしめながら天を仰ぐ。

今度食べ物を粗末にしたら怒ろう。

僕は話をまとめる。

「要は、エウリューケさんでも今は無理、ですね」

「そうねそうね。そんな感じよ」

エウリューケは固く握りしめたサンドイッチを、掌を舐めながら口の中に放り込む。……ちゃんと食べるのならばいいか。

そのとき、にわかに騒がしくなる。

道を走っていく男たち。屈強なその男たちが慌てて布を持って近くの路地の中に走りこんでいった。

「……?」

「ウィヒ、ウィヒヒヒヒヒヒ」

僕がそれを眺めて不思議に思っていると、エウリューケが笑い出す。一応隠してはいるようだが、その顔は満面の笑みで、そしてやはり路地の方を見つめていた。

「……なにか……、とそういえば仕事中でしたか」

「いやはや何のことかしらね? エウリューケちゃんはなぁんにも知らないですことよー」

白々しい隠し方だが、まあそれも仕方がないだろう。一応部外者の僕に、言質を取られるわけにもいくまい。

しかし、少し気になる。世間話程度に聞いてみようか。

「では、……中で何が起きたと思いますか? 勿論推測で構いませんけど」

「ウィヒ! 推測で、かぁ。それならね、多分中で店の門番がぶっ倒れたんだと思うよ! 二人とも!」

店。職人街だ。何かの商店だろうか。いや、それならば通りの中にあるのはおかしい。

「五番街の店、ですけど何か問題でもあったんでしょうかねぇ?」

「多分ね。中で男の子や女の子を使って、屈強な汗臭い職人さんたちが性欲を発散するような店があったんじゃないかな。よく知らないけど」

……男の子も女の子も、というのは一瞬よくわからなかったが、性欲を発散、ということは娼館か。

しかし、そんなものを潰すということは、何か……。

「じっちゃんにみかじめ料ちゃんと支払っとけば、まだ長生きできたんじゃないかなぁ」

エウリューケの視線の先、路地から広げられた布を担架代わりに運ばれてきた男性が出てきた。

その男は体に緑色の何かがへばりついたかのような格好で、体が奇妙に捻じれている。

男たちが近づいてくる。近くで見てみると、へばりついているのは泡だ。しかも、それは体から噴き出している……。

「それに、男の子も女の子も使い潰して、それでいて客には衛兵たちもいた。行ったことないけど、つぶれて当然じゃないかな?」

「……なるほど、潰れて当然、ですね」

路地の中にはちらりと見える。

そこにいたのは、ぼろ切れを纏った子供たち。駆け付けた治療師たちに、傷だらけのその姿の事情を聞かれている。まだ僕よりも小さくか弱い、子供たちだった。

治療師たちが来た。その状況に満足したのか、エウリューケは路地から興味を失くしたように視線を外す。

「それにしても、レーちゃんの話じゃ、最近情報収集はじっちゃんに任せる傾向にあるとかいうカラスさんが、意外じゃないですかい」

「レーちゃん、って……」

レイトンのことだろうか。気安い仲なのか仲悪いのか本当によくわからない。

「だってそうじゃんかさ。どういった感じで、敵を助けようなんて思い浮かんだんですかいな?」

「助けようなんて思ってもないんですけどね。ただ、治せるかな、と気になっただけなので」

「うぃうぃ。その辺あたしにゃあ関係ないけどね!」

もう空になった皿を指の上で器用に回しながら、少し溜息を吐いてエウリューケは物憂げに呟く。

「それもまたよしじゃあないかね。準備はいつだって必要なのさ」

「きみは待機、と言われちゃってますから、こうやって聞きに来てても怒られそうな感じがしますけどね」

「そ り(れ) はないさぁ!」

明るくエウリューケは皿を放る。まるでそこから飛び出した映像を逆再生したかのように、皿はテーブルの上に戻された。

「待機ってのは、別に『じっとしてろ』って意味じゃない。動く時を待っとれよー、ってことじゃあないかね。準備もその一環さぁ」

「……そう、ですかね」

いきなりの真面目なトーンに僕はたじろぐ。

何というか、そういったことを言うとは思わなかった。

しかし、準備。準備か。

ならば、一応聞いておかなければならないことはもう一つあるか。

灼けた鉄。それに、保管庫。僕の知らないことはまだ山ほどある。

「それなら、もう一つお聞きしたいことが……」

「いいよいいよー、じゃんじゃん聞いておくんなましよー! 店員さん! 饅頭二つー!!」

エウリューケは注文したのち、品を持ってきた店員さんを見ながら笑顔で僕を指さす。

まあ、それくらいはいいだろう。

察した僕は銅貨を店員に差し出しながら、質問の言葉を考えていた。