軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

実証実験

脳内に侵入させた魔力を、ある一点に集中させる。

無駄話などに興じている場合ではなかった。早く、バーンの闘気が弱まっているうちに済まさなければ。

行うのは、ちょっとした実験だ。

朝聞いた変質魔法。その再現と 再(・) 生(・) について。そのためだけにバーンを気絶させたのかとも思うが、ここまで付き合ったのだ、それくらいはしてもいいだろう。

通常、僕の使う恐怖喚起は対象の頭に触れて使っている。

それは、そうしなければ発動が難しいからだ。

魔力も闘気も、機序は違えど魔法への抵抗となる。それは強者ならば顕著だが、例えばリコのような闘気の扱えないものでもそれは起こる。

三日熱の治療。五年前のあの頃、体内への干渉は手を触れなければいけなかったのだ。あの頃よりも多少強くなった今ですら、少々力を籠めなければいけないだろう。

そしてその抵抗力は、闘気の充実したバーンであればより強くなる。体表の傷口などは癒せても、体内への干渉は手を触れてすら多分厳しい。

それなのに、疑問が湧く。

オトフシの脳にレヴィンは干渉していた。それはわかる。

スヴェン(片手) が 僕の障壁(薄く広げた魔力) を書き換えたように、片腕の魔法使いの魔力が魔術師の魔力を上回ったのだろう。そのために、一瞬とはいえオトフシはレヴィンの支配下に落ちた。

けれど、それではなく。

〈剣身〉モノケルの闘気による抵抗。それをレヴィンはどうやって突き破ったのだろうか。

といっても、僕としての回答はある。

今回はそれの実証実験だ。

モノケルにはだいぶ劣るが、それなりの抵抗力のあるバーン。その脳に魔法をかける。

いつもの恐怖喚起。バーンに掛けるのは少々手こずるそれを、バーンの気絶中に使う。

考えてみれば、不自然な動きだったのだ。僕の脳裏に、以前のクラリセンでの光景が再生される。

オトフシが僕とレイトンを襲い、姉妹を救出した際、わざわざ姉妹を気絶させている。《保管庫》とかいう魔法だったか、多分それを使って姉妹を移動させたのだろうが、一見必要のない動きだった。

溺れている者を助ける際には、溺れて意識を失ってからのほうがやりやすいと聞いたことがあるが、今回はそれとは関係ないだろう。

では何故そんなことを? 簡単だ。

レヴィンは魔法に対する抵抗力を落とすために、わざわざ姉妹を気絶させたのだ。

思った通り、バーンに対しても簡単に魔法が作用する。

まだ目を覚ましてはいないから何ともないが、僕を視界に入れたところで恐怖に打ち震えるだろう。

ここまでは予想通り。

では、次だ。

バーンの首に手を置き、クリス師範代は脈をとるように様子を見る。だが、先ほどの瞼の動きは一時的なものだったか、バーンは一向に目を覚まさない。

「……起きやせんね」

「すいません。ちょっと力を入れすぎましたようで……」

心配そうにする師範代に適当に返しながら、もう一度魔力を籠める。

抵抗力のある者に魔法をかけることは出来る。ということは、モノケルはそこを突かれたのだろう。

ライプニッツ領へと出かけた仕事。寝込みを襲った、というのは考えすぎだろうか。

次に試みるのは魔法の永続化。

レヴィンの魔法による変質の再現だ。

魔力を強めて、偏桃体への圧力を高める。変質、というものの感覚が分からないが、これであっているだろうか。

「……ぅ……」

もう一度、バーンは呻く。不快感でもあるのか、眉を顰めて。床に投げ出された四肢は力が籠っておらず、未だ投げ出されたままだ。

……一旦距離をとるべきか?

対戦相手を心配しているとはいえ、ずっと顔を覗き込みながら頭に手を添えているのは不自然だ。

そう思い、一度立ち上がる。視点が高くなり、投げ出されたバーンの全身が目に入る。

服の上からでもわかる筋肉の盛り上がり。とりわけ上腕は太く、布の上からでも三つのふくらみがはっきりと見える。掌の皮は白く分厚くなっており、木剣を握っての鍛錬の様子が手に取るように想像できた。

『あいつには才能がある』とレシッドは言っていた。でも、遺跡を単独踏破する強さは、けして才能だけで手に入れたものじゃない。

なるほど、怒るわけだ。僕には多分、理解できない感情なんだろうけど。

「カラスさん……?」

バーンの体を眺めていた僕に、怪訝な様子でクリス師範代が話しかけてくる。

「……何かおかしなことでもありやした?」

「……どういう意味ですか?」

逆に聞き返す。唐突な言葉に理解が追い付かず、僕は首を捻った。

「だってカラスさん、笑ってやしたぜ」

「そう……ですか? 自覚はありませんでしたが」

笑っていた? 口元に手をやれば、確かに表情筋が動いていた。

僕は納得し、不満げな顔を見せる師範代に、とりなすように言葉を続けた。

「すみません。バーンさんのことじゃないんです。ただ僕自身が可笑しいなと、きっとそう思ってました」

人を嫌うことや、気に入らなくて苛立つこともある。

けれど、最後に怒ったのはいつだったか。実は最近怒っているかもしれないが、すぐには思い出せない。

バーンみたいには、怒れないのだ。

……クリス師範代にしてみれば、僕は今とても失礼なことをした。

愛弟子を気絶させられ、そしてその様を見てにやつかれた。怒られても仕方がない。けれど、クリス師範代はそんなことどうでもいいと言わんばかりに、またバーンの顔を見つめ始めた。

「……身体の治療しましょうか」

僕はもう一度しゃがみ込み、バーンの体に手を触れる。そろそろいいだろう。

怪しまれないように、ついでに体を検査しながらまた脳へと魔法を作用させる。

「骨に異常はありません。訓練の賜物でしょうか、とても強い骨」

骨の強さは目に見えるものじゃない。筋肉のようにわかりやすいわけでもないのに、これだけ鍛えられているのは、修行の副産物だろう。

「内臓なども異常はありません。若干衝撃で傷ついていますが、すぐ治る……いえ、治しちゃいますね」

傷ついている、と言いかけた時に、クリス師範代の顔の心配そうな色がさらに濃くなった。僕でもわかるということは、相当な変化だ。

そんなことをしている間にも、恐怖喚起は使い続けている。

強度を増し、作用させる時間も伸びている。しかし、いくら魔力を注ぎ込んでも、いつもの一時的なものから一向に変わる気配はなかった。

それから適当な治療も終わり、手を離す。

最後にもう一度確認したが、やはり変質はしていなかった。ということは、強度や時間ではなく種類の問題だろう。僕が新しい魔法を考え付けば出来るようになるだろうが、今は無理だ。そういう結論に達した。

そしてその事実は、一つ残念な事実も示している。

僕には脳を変質させられない。

機序が分からない。ならば、変質した脳を元に戻すことも出来ない。変質前の脳を覚えていればまた違うかもしれないが、恐らくそういうことだろう。

残念だ。

残りのレヴィンの部下。もしも強制的に従わせられている場合は、と思ったが、助けることは出来ない。

「傷は治りやしたか?」

「はい。元通りの健康体です。 齲蝕歯(虫歯) も治しておきました」

糖分を摂る機会の少ないこの国で、虫歯があるのは珍しい気がする。……買い食いでもしているのかな。

そしてもう実験は充分だ。

健康な鍛えられた体での実証実験。この程度の手合わせで得られる利益としては上々だろう。

まさか、下手すれば永遠に解除できない実験を、闘気を使うような強者に頼むのは出来ない。だが、駄々をこねている強者であれば良心の呵責は無い。

大変に、有意義な手合わせだった。

「そういえば……」

僕は何食わぬ顔で鞄を漁る。もうバーンを起こしても問題は無い。用事は済んだ。

「気付け薬があるんですけど、使います?」

「何で出し渋ってやしたか……」

小瓶に入っている薬を見つめて、クリス師範代は重々しく溜息を吐く。その質問に答えるわけにはいかない。流石に、弟子を使って実験していましたとは言えまい。

「今思い出しましたので」

小瓶の蓋を開け、バーンの鼻の下にあてがう。

「ゴホッ!!!」

すぐに、咳き込むようにしてバーンの体が跳ねた。流石はグスタフさん直伝の気付け薬。やはり効果は覿面だ。

「……よかったでやす」

今度は安堵の息を吐く。クリス師範代はバーンに手を差し伸べると、そう優しげに口を開いた。

「あ、あの……私は……」

状況が理解できていない様子のバーンはその手を掴み、それから周囲を見渡す。僕との仕合も曖昧なのか、視線が自信なさげに漂っていた。

だが、その視線が僕のところで定まる。

次の瞬間、バーンの顔が驚愕に染まる。目が血走り、髪の毛が逆立った。

「ぉわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

次いで上がる叫び声。耳をふさいでやり過ごそうとするが、鍛えられている肺活量故にだろうか、なかなか終わらない。

クリス師範代の手を振り払い、何度も転がるようにしながら四つん這いで道場の端へと逃げていく。

正直、忘れていた。そういえば恐怖喚起の効果自体は残っていたか。

「カラスさん……?」

今日何度目かもわからない、師範代の僕への問いかけ。

「試合がそんなに怖かったんですかね? 精神面で、もう一度鍛え直すいい機会が出来たじゃないですか」

それを適当に誤魔化しながら、そして柱の陰に身を隠そうとするバーンの姿を見つめながら、僕は今日の実験を思い返していた。

再現は中途半端。変質の再現は出来ず。

副産物ではあるが、バーンに関しては、もう当分僕に挑んでは来ないだろう。

そういえば、あの人ならばどうだろうか。

それからバーンのことなどどうでもよくなった僕の頭の中は、『彼女の回答』を得るために回り始めていた。