軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わかっていた想定外

広場にはもう敵影もなく。

周囲に伸びる路地にも生きているものはいなかった。

足を一歩踏み出せば、ぴちゃりと水たまりに足を踏み入れる音がする。

無論、水溜まりではない。

鉄錆の匂いに似たその赤に慣れてしまった目を閉じれば、緑色の残像が強く残っていた。

戦闘音は未だ止まない。

目を閉じ、耳に意識を集中すればまだそこかしこで戦闘は続いている。

獣の鳴き声と人の喊声が響いているということは、きっと順調なのだ。

「ぉおぉぉぉぉぉぉぉらあぁぁぁぁぁ!!」

……遠くで響くこの声は、オラヴだろう。戦闘が始まってしばらく経つというのに、まだ元気があるとは恐れ入る。

空を見ればオトフシの紙燕が減っていた。ステニアーバードもその姿を見せず、もう粗方壊滅しているのだろう。

半信半疑だったが、なるほど、わかった。

オラヴやレイトンの言うとおり、これはもう消化試合に近いのだ。

以前レイトンが言っていたように、新しい街には戦力が多いと言うのも事実だろう。

だが、その戦力でも今回のような魔物の襲撃は何とか出来なかった。

それがたった九人の色つきだけで、こんなに簡単に戦況がひっくり返るのだ。

その事実に、安心感と共に、呆れに近い感嘆が浮かぶ。

そしてその事実から、もう一つの感情が僕に浮かんだ。

色つきが一人でもいれば、街はこんな状況にならなかったのかもしれない。そう思うと、虚無感が僕を襲った。

そうだ、色つきが一人でもいればというが、色つきに相当する者が一人いたはずなのだ。

少なくとも一人、そして、もう一人いたかもしれないのにこの惨劇が起きた。

防げたかもしれない 彼(・) 女(・) はどこだ。

イライン側に集合した者の中にはいなかった。それに、オラヴが『魔術ギルドの応援が向こう側にいる』と言っていた事も考えると、きっとその中にテトラがいるのだろう。

事情を聞きに行きたい。

もう戦闘は一段落している。もういいだろう。探しに行かずとも、出会った魔物を殺害すればきっと充分だ。

僕は瓦礫を蹴飛ばしながら駆け出す。

テトラを探しに、彼女 た(・) ち(・) の現在を知るために。

もう毒鳥も減った上空に躍り出ると、人の姿を探した。

戦闘行為をしているのか索敵をしているのかわからないが、何処かにきっといるだろう。

とりあえず、探すのは向こう側にいた戦力だ。誰かに聞けば居場所がきっとわかる。

ふと横を見ると、街の縁が隆起していた。

緑色の蔦が絡まったその壁は、森と街を分断しているように見えた。

……失敗した。

街を囲う壁。見に行こうと思っていたのに、すっかり頭から抜け落ちていたようで僕は歯噛みした。

作られていく過程が見たかったが、それを見れなかったのが悔やまれる。

まあそんなことはいいだろう。

そんなことより人捜しだ。

減ったとはいえ、まだまばらに襲い来る毒鳥を両断しながら、僕は建物の上を跳び続けた。

程なくして、一つの集団が見つかる。

槍を持つ前衛が大犬を足止めし、魔術師らしい後衛が魔術でそれを焼いている。

前衛後衛合わせて四人、探索者のパーティだろうか。

ちょうど良い、彼らに聞いてみよう。

狩り終えるまで待っていようと思い三十秒ほど待つが、何を攻めあぐねているのかまだ殺せない。

何か特異な個体なのだろうか。見ている目の前で前衛が一人腕を負傷し、下がる。一人欠けた前衛を二人で支えるのが厳しいのだろう。前の二人は顔を見合わせ、必死の形相で槍を構え直した。

これ以上待つのもじれったいので、僕も加勢しよう。

屋根の縁を蹴り、加速を付けて飛び降りる。狙いは、身を起こした大犬の頭だ。

最悪怯むだけでもいいが、あわよくば頭を潰したい。

探索者のパーティがこれだけの時間殺し切れていない個体なのだ。きっと頑丈な個体なんだろう。

全力でいく。活性化させた闘気が、煙のように僕の体を覆った。

これでもし仕留めきれなかった場合、この頑丈な個体とこれから演じなければいけない死闘。それを想像して僕の掌に汗が噴き出した。

風を切って当てるフットスタンプ。

気付かれてはいなかったようで、それは大犬の頭部に正確に命中する。

揃えた両足に頭蓋骨の硬い感触と、首を支える筋肉の抵抗が伝わる……かと思いきや、それはなかった。

大犬の頭から背骨、骨盤にかけて軽い感触を与えながら大犬は潰れていった。

「……あれ?」

軽く跳び、今度は地面に着地する。

地面に出来たクレーターに、放射状に飛び散った血と臓物。

平べったく潰れている大犬の、この柔らかさは普通の個体だ。

あれ?

見回せば、先ほど戦っていた探索者が、愕然としてこちらを見ていた。

……何だろう。悪いことをしていないはずなのに、何か凄く気まずい。

「ええと、すいません」

「は、はい!」

残っていた前衛のうち、一人が声を上げる。もう一人も直立し、残り二人は後ろの方で身を寄せて屈んでいた。

これは、どういう反応なんだろうか……。それに対してどういう対応すればいいかわからず、とりあえず声を掛ける。このまま聞きたいことだけ聞いて、すぐにここを去ろう。

「人を探しているのですが、ご存じありますでしょうか。<灼髪>のテトラ・ヘドロンなんですが」

「え、はい、ヘドロンさんでしたら、この街の北方面を担当しておられますです!」

「やっぱりそっちにいたんですね。ありがとうございます」

礼を言い、踵を返す。

街の反対方面にいたのか。テトラの無事に僕は安堵し、そしてまた疑惑が強まった。

彼女は、四日前どこにいたのだろうか。彼女が戦えば、それなりに街は守れただろうに。

まあ、それは聞けばいい話だ。テトラの居場所も判明している。

ならばここにもう用はない。彼らがここにいるということは、クラリセンの南東は既に制圧済みと言うことだ。僕がここまで進んで来れた以上、南側の制圧は終わっていると考えても良いだろう。

……普通の大犬に苦戦していた彼らでも、ここから西方面に進めるはずだ。

僕が殺して回ったのだから。

建物の上に戻り右を見ると、森に包まれた街道が一瞬確認出来た。

仮に退却することになっても容易だろう。

街の中央部付近でも、やはり死体が重なっていた。

オラヴに叩き潰された死体が転がり、血で赤く染まった白い毛皮が大量に横たわって見えた。

この分だと、北の方でも戦闘はほぼ終わっているだろう。

戦闘終了の合図や何か出されないのだろうか。その辺りの取り決めも、一切聞いていないのだが。

先程の大声からすると、この辺にいるはずだが。

「おうい! カラス! そんなところで何しとんじゃ!?」

そう思っていれば、向こうの方から声を掛けてくれた。

声のした方を見れば、オラヴが手を振っている。血溜まりの中に、付き従っていた何人かが一緒に見えた。

その目の前に飛び降りると、傷一つ無いオラヴが僕を迎えた。

「ストゥルソン殿、こちらももう一段落したようですね」

「おう、当然じゃ! 戦闘なんぞ、時間が短ければ短いほどいいからのう!」

ガハハ、と笑うオラヴの手には、柄が若干ひしゃげた金槌が握られていた。

オラヴの力に耐えられなかったのか、それとも何か硬いものでも叩いてしまったのかはわからないが、壮絶な使い方だったのだろう。先に付いた歪んだ鉄塊が、それを物語っていた。

「それで? カラスがそちらから来たということは、南側も制圧できとるんか?」

「ええ。目に付いた魔物は殺し尽くしてあります。隠れている魔物がいるかもしれませんが、残っている探索者でも何とかなるでしょう」

一匹ずつなら時間をかければ何とかなるはずだ。きっと。

「それは重畳。では、再集合をかけてから、再度街を探索し直して今回の任務は完了となるかのう」

「そんなに簡単に終わらせて良いんですか? 北側とかは?」

「レイトンが行っておるんじゃろう? ならば、心配することもあるまい」

「まあ、そうでしょうが……」

確かに奴は強い。けれども、確認も取らずに良しと言えるほど、信用してはいないのだが。

では、再集結を、と言う雰囲気になった僕らのもとに、一羽の紙燕が舞い降りた。

これは、オトフシか。

「おう、オトフシ、ご苦労だったな」

オラヴがそう燕に向かって話しかける。それに答えるためか、燕はまた唇の形に変形した。

「オラヴ、カラスもここにいたか。少々不味いことになった」

だがその口から出たのは返答ではなく不穏な言葉で、僕もオラヴも表情を固めた。

話を聞こうと、無言で続きを促す。

それを察したのか。その唇はカサカサと動き、言葉を紡ぎ出した。

「北の森手前で、小競り合いが起きている。レイトンと誰かが戦闘を始めたようだ」

「誰か? 魔物ではなく?」

その質問を聞いて唇は、顎も額もないのに頷いたように見えた。

「魔術師のようだな。辺りの森も建物も、焼き払う勢いで燃やしている」

僕は唾を飲む。嫌な予感がする。

火を使う魔術師。それはもしかして、魔術師ではなく魔法使いではないだろうか。

「とにかく、誰か行くべきだ。どちらか頼む」

オトフシの言葉に、僕とオラヴは顔を見合わせる。

頷きあい、それだけで意思疎通は出来たようだ。

「では、カラス、頼んだ。儂は探索者達をまとめて待機させた後、向かう」

「お願いします」

僕は建物を突っ切り走る。

その走る後ろから大きな声が聞こえて、咄嗟に耳を塞いだ。

「全兵力に告ぐ! 戦闘一時停止! 戦闘行為をやめて、一度拠点まで退却せよ!」

オラヴの声だ。

横の家の窓ガラスが砕けて散る。足下の水面が酷く波立つ。平衡感覚を少し失ったらしく、僕の視界が少し傾いた。

<叫声>とはこういうことか。

なるほど、合図など必要ないわけだ。一方的な通達なら、オラヴが叫べばそれで聞こえるのだから。それを聞くか聞かないかは別として、連絡などいつでも出来たのだ。

感心している場合ではない。僕は全速力で急ぐ。

少し高いところに上れば、それだけで明るい炎と煙が見えた。

その煙を目指す。

炎で煌々と照らされる戦場。僕がそこに辿り着くと、そこには二人の人影が見えた。

明るい日中でも出来る半影。二人の影がゆらゆらと揺れる。

剣を構えたレイトン、その剣の先にくずおれていたのは、やはり<灼髪>のテトラだった。