作品タイトル不明
閑話・太陽は彼女を照らさない。しかし……
街から少し離れた場所にある大きな建物……城ほどとまではいかないものの、普通の建物に比較すればかなり巨大なそこは裏組織の本拠地といっていい場所であり、周囲の街に住む者たちは恐れて近づかない場所であった。
そこに向かって歩くアルシャの姿があった。理由は組織のボスに呼び出されたから、一時の温もりを得たところで彼女の環境が変わるわけでもない。また新しい仕事かと鬱屈とした思いを胸に抱きながらアジトにやってきた。
「……ボス?」
アジトに入って呼び出された場所である最奥の大広間にやってきたのだが、室内は暗くアルシャは不思議そうに首を傾げた。人の気配は多く感じるので場所が間違っているというわけではないのだろうが、なぜこんなに部屋が暗いのかと疑問に思いつつ人の気配のする方に足を進めていたアルシャは、突如表情を変えて飛びのく。
「ッ!? ――ぐっぅ……」
薄暗い闇の中から飛来した二発の攻撃魔法。速度に特化したであろうそれを、ひとつはなんとか回避したものの、もうひとつを回避することはできず魔法がアルシャの足を打ち抜き、アルシャは床に頽れて膝を突く。
痛みに顔を歪めるアルシャの耳に聞き覚えのある声が聞こえてくると共に、部屋に明かりがついた。
「お~よく来たな。急に呼び出して悪かったな」
「……ボス……なにを……」
部屋に明かりがつくとまず初めに見えたのは組織のボスである男爵級高位魔族の男、そして両脇に控える戦闘力の優れた幹部がふたり、周囲には組織の構成員が二十人ほど……組織の四分の一ほどの人数がこの場所に居た。
戸惑うアルシャを見て、ボスはどこか愉快そうに笑いながら告げる。
「いや、そろそろ潮時と思って……今日は、お前を始末しようと思って呼び出したんだよ」
「し、始末……な、なんで……」
「ああ、誤解すんなよ。別にお前がヘマしたってわけじゃねぇし、無能だと思ってるわけでもねぇ。むしろ才能あると思ってるぜ? たぶんその内、俺と同じ爵位級にも成れるんじゃねぇかってぐらいにはお前には才能があると思ってる。だから、暴れられても面倒だと不意打ちで足潰したわけだしな」
アルシャの能力を認めているようなことを言いつつも、ボスはアルシャを始末すると口にしており、その意図が理解できないアルシャは戸惑ったような表情を浮かべる。
「あ~まぁ、なんていうのか問題は心の方だな。居るんだよなぁ、お前みてぇな汚れきれないやつっていうのか……どうしても心の奥底に生来の善良さが残っちまうタイプってのがな。ほらさ、お前……自分のやってることに罪悪感を覚えてるだろ?」
「……ッ」
ボスの言葉にアルシャは思わず息を飲む。その指摘は的を射ている。確かにアルシャは自分の行いに罪悪感を覚えており、現状の日々を辛く苦しいものだと認識していた。
「お前が汚れきれるタイプなら、他者をいたぶることを楽しめるような奴なら、お前はとっくに組織のナンバー2か3ぐらいにはなれてただろうさ、それぐらいの才能はある。だから、厄介なんだよな~。無能なら放っておいてもよかったが、さっきも言った通りお前には才能がある。いまはまだ楽に処理できるが、もっと強くなってから反抗されたらこっちもそれなりの被害を覚悟しなくちゃならなくなる……だから、そろそろ潮時なんだよ」
ボスはアルシャをかなり正確に理解しており、才能も高く評価していた。だからこそ、アルシャが爵位級クラスに到達しておらず、簡単に処分できるいまのうちに切り捨ててしまおうと考えていた。
じんわりと、アルシャの心に絶望が広がっていく……「ああ、私はまた間違えた」と、そんな思いと共に……。
「世の中はな、何事も見極めってのが重要なんだよ。例えばほれ、ウチの組織に関してもそうだ。大した規模じゃねぇだろ? やってることもセコいだろ? 正直俺たちなんてチンピラ集団みてぇなもんで、それこそ子爵級高位魔族あたりが本気で潰しに来たら、単騎で壊滅させられる程度の弱小さ……だが、それが最適だ。ここが踏み越えちゃいけねぇギリギリのラインなんだよ」
気がよくなったのか、ボスはどこか楽し気に自論を語り始める。自分たちの組織を弱小であると表現しつつも、そこが最適だと語るかのように……。
「吹けば飛ぶような弱小組織だからこそ、俺たちは好きにやれるんだ。これがいま以上にデカくなったら、今度は悪党としての価値ってのが必要になってくる。必要悪であると判断されるだけのなにか、見逃されるだけの理由が無ければ、幻王陣営に消されて終わりさ……わざわざ潰す価値もねぇような弱小組織だからこそ、俺たちは見逃されてるのさ。なにせ、俺たちレベルの組織なんて潰したっていくらでも湧いて出てくる。いちいち潰す意味も価値もねぇからな」
ボスの見極めは、実のところかなり正確だ。確かにこの組織程度のチンピラ集団は、世界や街、都市、と言ったものが存在し機能する上で、必然的に生まれてくるはみ出し者集団だ。
潰したところですぐに似たような組織が出来るだけであり、わざわざ潰す意味も価値もない。大きなことをやらかさない限りは捨て置けばいいというレベルの存在でしかない。
「……分かるか? 見極め、見切り、そういうのが重要なんだよ。賢く生きなきゃな……お前は本当に、そういう賢い立ち回りってのが下手だったな……だからこそ、ここで死ぬんだよ」
「……」
ボスの言葉が耳に入っているのか入っていないのか、アルシャは虚ろな目で呆然としていた。いくつもの間違いを認識しながら、正す勇気も変える気力もなく、ズルズルと先延ばしにし続けた付け……いつか、辿り着くであろう間違いの先の取り返しがつかない場所……それが、ここだった。
(……あぁ、私は本当にいつでも中途半端で……なにも出来なくて……ずっとずっと……間違えてばかり……その果てが……コレか……)
思っていた以上に悲しみは無かった。それ以上に諦めという感情が大きかった。逃げることも立ち向かうことも、ましてや誰かに助けを求めることもできなかった愚か者が迎える末路など、こんなものであると……。
こうならない方法はいくつもあった。選べる選択肢もきっと無数にあった……それができなかったから、ここにいる。
(……もぅ……いいかな……もう……ひとりで生きることに……疲れちゃった)
誰も己を助けてなどくれない。自分ひとりで生きて何とかしなければならないのに、己は間違え続ける愚か者でなんの価値もない。
ずっと溺れているような息苦しさがあった。だからもう、これで終わりでもいいのではないかと……そんな風に思った。
ボスの側近であるふたりが手をかざし、そこに大きな魔力が集まる。アルシャの命を断つのに十分すぎる一撃、放たれるその魔法をぼんやりと見ながら、アルシャはそっと無意識に頬に手を当てていた。
そこにかすかに残る温もりだけ忘れずに死ねたら、それでいいかと……。
これはひとつのありふれた不幸だ。決して彼女は世界で最も不幸な境遇にあったわけでもない。常に絶望的な状況にあったわけでもない。
小さく、たくさん間違え、いつの間にか逃げ道が無くなっていただけ……小さな組織で、小さな処分が行われただけ、誰の記憶にも残らないであろう世界の片隅での出来事。
だが、しかし……たったひとつの出会いを切っ掛けに運命が動き出すこともある。それまで取り巻いていたすべてが大きく変わることもありえる。
例えば、何万年も孤独に打ち震えていた少女が、たったひとつの心の太陽と巡り合った結果、すべてが変わったかのように……巡り合いによって引き起こる奇跡も、確かに存在する。
迫る魔法がスローモーションのように見える今際の際の視界の中、アルシャの目に映ったのは……己の目の前に落下してくる巨大な塊だった。
まるで壁が落ちてきたかのような光景と、直後に魔法がその落下物に当たって爆発する音……。
「……え?」
「な、なんだ?」
アルシャの体に痛みは無く、戸惑ったようなボスの声が聞こえてくる。そして目の前の巨大な物体に赤いモノアイの光が灯り、響くような声が聞こえてきた。
『おやおや? これは小生、いま大変にカッコいい状態だったのでは? 迫りくる脅威から、その体に傷を負いながらも身を挺して庇う! 正義のロボット感がある気がするであります!』
「な、なんだコイツ……」
「……ア、アイアンゴーレム?」
全長3メートルはあろうかという巨大なゴーレムを見て、組織の者たちも明らかに戸惑ったような様子に変わる。するとそのタイミングで、ゴーレムの左肩から別の声が聞こえてくる。
「燃えるシチュエーションってのには同意するが、誇張はよくねぇな。あんな、ガキのお遊戯みたいな魔法で、お前の装甲に傷なんてつくわけねぇだろ」
『小生、頑丈でありますからね。イリさんのフルパワーのギガ・アポカリプスも一発なら耐えれるであります。二発目はスクラップでありますが……』
「あの火力を一発耐えれるなら、十分すぎるほどだろ……」
ゴーレム……リゲルの肩に座る黒い服の妖精……ムジカが、軽くリゲルにツッコミを入れつつ手に黒い弓を出現させる。
それを見てボスの両脇に居た側近たちが身構えるが、ムジカは呆れたように呟く。
「……身構える必要なんてねぇよ。意味ねぇからな」
そう呟いた直後、側近のふたりの体が穴だらけになり、文字通り全身から血を噴き出してその命を終える。
「俺の弓に射るって工程は存在しねぇ。俺が狙った獲物に『打ち抜いたって結果』を残すだけ……お前らみたいなカスじゃ、身構えようが逃げようが結果なんて変わらねぇよ」
唐突に表れたふたりに空間全てが支配されたかのような不思議な感覚。状況はさっぱり理解できないながらも、先ほどまでとは根本的なナニカが変わっている感覚があった。
そう、たったひとつの出会いを……溢した言葉を契機に……アルシャの運命がいま、大きく音を立てて変わり始めていた。