軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

死王アイシス・レムナント

死王アイシスの治める死の大地には、やや小さめの街がひとつだけ存在している。アイシスの居城からはかなり離れた死の大地の入り口付近……クリスタルシティと呼ばれる死の大地唯一の街は、規模自体は魔界の都市の中でも小さい方だが、かなり活気に溢れたにぎやかな街である。

永続型結界魔法によって極寒の死の大地にありながらも気候は安定していて過ごしやすく、まだ完成して数十年程度の歴史の浅い街ではあるが、観光雑誌などにも取り上げられたり、移住を希望する者も多い住みやすい街である。

その街の通りを浮遊しながら移動しているゴシック風ドレスを身に纏ったどこか神秘的な雰囲気のある長い白髪の女性。彼女こそが魔界の頂点の一角であり、死の大地の支配者でもある死王……アイシス・レムナントである。

魔界において圧倒的な権力と絶対的な力を持ち、その身にまとう死の魔力によって周囲に根源的な死の恐怖を振りまき、かつては「死の象徴」として世界中から恐れられていた存在である。

ただし、現在は死の魔力を完璧にコントロールできるようになっており、無闇に周囲を威圧することもなくなったため、彼女に対する評価はかつてとは大きく変わっていた。

「おや? 死王様、こんにちは、今日は買い物ですか?」

「……こんにちは……今日は周辺の魔物のことで……調整にきた」

「ああ、死王様のおかげで私たちは安全に過ごせて助かってますよ。いつもありがとうございます」

「……ううん……気にしないで……皆が安全に過ごせるなら……私も嬉しい」

死王アイシスは、その物騒な肩書とは対照的に冥王クロムエイナ、界王リリウッド・ユグドラシルと並び称されるほどに温厚で心優しい王と呼ばれており、街中で声をかけられても予定などがなければ快く会話に応じてくれる存在で、クリスタルシティに住む者たちから非常に慕われている。

彼女には根源的な死の恐怖をもたらす死の魔力という強力な魔力が宿っており、その力を調整して魔物などの危険な生物のみをクリスタルシティの周囲に近寄れなくしてくれており、アイシスの死の魔力のおかげでこの街の住人達は魔物に怯えることなく生活が出来ている。

「アイシス様! この前は、配下の方々を派遣してくださってありがとうございました。おかげで、農作物の収穫も安定してきましたよ」

「……それはよかった……死の大地で農作物が育つようになるのは嬉しい……これからもっといろいろな食材が育つようになればいいな……また困ったことがあったら教えて……必要なら駄肉神も呼ぶ」

「あはは、生命神様をそんな風に呼べるのはアイシス様ぐらいですね。死の大地産の野菜なんかはうちの店でも取り扱うようになったので、よければまた配下の皆さんと食べにいらしてください」

「……うん……皆も誘っていくね……楽しみ」

クリスタルシティで飲食店を経営する店主の言葉に楽しそうな笑顔を浮かべ、道行く人に声をかけられながら街の中心にある建物に向かうアイシスは非常に楽しげであった。

彼女はクリスタルシティでは本当に人気者であり、話をしたいと思う者は多いが、アイシスに迷惑をかけてはいけないためアイシスが街に来ているからと言って押し掛けてきたりはしない。

アイシスが移動する道すがらに会えたなら、挨拶や簡単な会話などを行ってもいいという暗黙の了解があり、住人たちにとってはアイシスと話せることは一種の幸運でもある。

「あ~アイシス様だ~」

「アイシス様~」

「こんにちは! アイシス様!」

「……こんにちは……皆……元気だね」

アイシスを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる子供たちもいて、どこかほのぼのとした暖かな雰囲気があった。

「……皆は……魔法の練習かな?」

「うん! これから、せんせーのところで練習するんだ」

「……そっか……頑張って……でも……怪我はしないようにね」

「は~い」

クリスタルシティには魔法を教える訓練所のような場所があり、死王配下の面々がローテーションを組んで指導を行っている。

死王配下は全員爵位級高位魔族であり、魔界でも一握りの天才たちということもあって、その指導は非常に貴重なものといえる。

するとふと、小さな少女の魔族がアイシスを見上げながらグッと拳を握って口を開く。

「……私ね、いっぱい練習して、大きくなったらしゃくいきゅうになって、アイシス様の配下になるんだ!」

「……別に爵位級じゃなくてもいいんだけど……ふふ……でも……そうだね……貴女の成長を……楽しみにしてる……でも……無理はしちゃ駄目だから……ね?」

「うん!」

少女の微笑ましい宣言に嬉しそうに笑った後で、アイシスは少女の頭を軽く撫でる。そして、訓練所に向かう子供たちを軽く手を振って見送った後で再び移動を開始した。

移動の最中に次々に声をかけられながら、それに楽しそうな微笑みと共に答えつつアイシスはクリスタルシティの中央にある大きな建物に到着した。

そこは、言ってみれば市役所のような場所でありクリスタルシティの管理を任されている死王配下の仕事場でもある。

「アイシス様! わざわざ、足を運んでもらって申し訳ありません」

「……ううん……クリスタルシティの様子が見れて……むしろ嬉しい」

「それならばよかったです。では、こちらの部屋にどうぞ」

「……うん」

クリスタルシティの代表でもある配下に案内されて会議室に辿り着くと、他の職員も揃っておりアイシスの到着と共に会議が始まる。

「……魔物が……目撃されたって……聞いたけど?」

「はい。かなり遠方ではありますが、この辺りの位置にバイキングホーンが数匹確認されていますね」

「時期的に考えると繁殖期ですので、数が増えたことで普段の行動域より外に出てきているのではないかと推測されます」

アイシスの言葉を聞いて、それぞれ担当の職員が魔界の地図などを出しながら説明をし、それを聞いたアイシスは軽く頷く。

「……分かった……今夜……少し強めに死の魔力を放っておく……対象は絞るから大丈夫だと思うけど……魔獣型の子や獣人型の子は影響を受けるかもしれないから……夜は家の外に出ないように通達して」

「畏まりました。それでは、翌日に該当地点の調査を行うように準備をしておきます」

「……うん……よろしく……他にはなにか……ある?」

基本的にクリスタルシティの周辺にはアイシスの死の魔力の残滓によって魔物が近付くことはないが、今回のように一部の要因で魔物が近付くこともあるので、その際には普段より少し強めに死の魔力を放つことで追い払うようにしていた。

アイシスにしてみればさして手間のかかることでもなく、魔物の対策に関しての話し合いは本当にすぐに終わった。

「では、せっかくアイシス様に来ていただいているので、次の 晶花宴(しょうかえん) についての打ち合わせもしてしまいましょう」

「……うん……五回目だね……定着してくれたみたいで……嬉しい」

「むしろ参加希望者が多すぎて、今回もかなりの倍率の抽選になりそうですね」

晶花宴とは、死王陣営が数年前から始めた行事であり、アイシスの居城の近くにあるブルークリスタルフラワーの花畑で行う宴である。

死の大地は氷と雪の極寒の地であり、クリスタルシティからブルークリスタルフラワーの花畑までは距離も遠く、険しい山などもあるため一般人が足を運ぶのは難しい。

だが晶花宴の日には、死王配下によって送迎が行われ、快適な温度に保たれた結界を用いた会場で美しい花畑を見ながら食事などを楽しめる。ブルークリスタルフラワーの花畑は、魔界の絶景百選にも選ばれる場所であり、晶花宴はすでにかなり人気の行事として定着しつつあった。

「貴賓は、カイト様と界王様で問題ないでしょうか?」

「……あっ……今回は……クロムエイナも来たいって言ってたから……席を用意してあげて」

「畏まりました。とりあえずはそのお三方を招待する形で……他に、六王様や人界の国王などで希望者がいれば、その都度席を追加する形で問題ないでしょうね。一般の参加人数に関しては現状二百人の予定ですが、こちらも問題はありませんか?」

「……うん……できればもっとたくさん枠を用意してあげたいけど……あの場所だと……それ以上は難しい……スピカがそのうち新しく花畑を作るって言ってたから……そっちが出来たら……もっと増やせるかも」

そのまま、アイシスと職員たちは会議を続けていった。アレコレと今後の予定に関して話し合う職員や配下を見て、アイシスはふっと幸せそうな笑みを浮かべた。

かつては死の象徴として恐れられていたアイシスではあったが、いまはその頃とはまるで違う環境にある。まだまだ夢の途中ではあるが、それでも以前より大きく変わった現状を幸せに感じつつ、話し合いを進めていった。

****

アイシスの居城の周辺では、激しい戦闘音と共に怒声が飛び交っていた。

「観念しろ、ウルペクラ!」

「あぶっ!? ちょっ、いま尻尾! ちょっと切れたんすけど!?」

「いい加減終わりにしてやル、覚悟はいいカ」

「げっ……シリウスバリアー!」

「は? ――ぐあぁっ!?」

追いかけっこを継続していたウルペクラとシリウスとラサル……ラサルの棺桶から放たれた漆黒の光線に対して、ウルペクラはサッと近くで己に切りかかっていたシリウスを盾にし、光線はシリウスに直撃する。

「……ッチ、上手くしのいだカ」

「おい、死肉女! どこを狙っている!! まともに攻撃もできないのか!」

「図体が無駄にでかくテ、邪魔な脳筋だナ。お前が回避できなかった責任をこちらに押し付けるナ」

「……は?」

「……ア?」

そもそもがしょっちゅう喧嘩をしているシリウスとラサルである。ウルペクラという共通の目的があったとして、切っ掛けがあればすぐに喧嘩が再発する。

こうなってしまえば、二対一から三つ巴の状態になり、ウルペクラとしても逃げやすくなる。目論見通りに喧嘩を始めたふたりを見て、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたウルペクラが離脱しようとしたタイミングで……極大の閃光が三人を飲み込んだ。

「いい加減にしろたわけどもが!!」

「「「ぎゃぁぁぁぁ!?」」」

居城の近くでドンパチと激しい追いかけっこをしていた三人に、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、配下筆頭であるイリスが現れて三人まとめて極大魔力砲撃で吹き飛ばした。

「……酷いっす、アタシまで巻き込むことないじゃないっすか」

「……いヤ、原因はお前だろうガ」

「……イリスが来たということは、夕食の用意は終わったようだな」

あちこち黒焦げになりながら三人仲良く横たわって言葉を交わす。なお、イリスは三人を吹き飛ばした後はさっさと居城に戻っていった。

「まったく、酷い目に――ッ!?」

頭をかきながら起き上がったウルペクラだったが、言葉を途中で止めてピンッと耳を立てる。そして、直後に十本ある尻尾が喜びを表すように揺れ始め、それを見たシリウスとラサルは顔を見合わせて苦笑した。

「……どうやら今日はここまでだナ」

「そうだな……さぁ、我々も立って出迎えだ」

ウルペクラの様子を見てふたりがなにかを察して立ち上がった直後、居城の前に巨大な氷柱が現れそれが砕けると共に……彼女たちの敬愛する王が姿を現した。

「アイシス様! おかえりなさい!!」

「お帰りなさいませ、アイシス様」

「お疲れさまでス。夕食の用意モ、間もなく終わるようで……やれやレ、騒がしい足音が聞こえてきたナ」

三人が帰ってきたアイシスに声をかけると、その直後に居城の方から複数の足音が聞こえ、他の配下たちも駆けつけてきた。

『アイシス様、お帰りなさい!』

「……ふふ……うん……ただいま」

ここは極寒の死の大地の最奥……四十八人の配下とひとりの王が、まるで本当の家族のように暮らす……暖かな笑顔の溢れる城である。