軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪戯検証の進捗状況とレオナルドの帰還

結論から言うと、メール城砦へは移動できなかった。

レオナルドにもアルフにも止められたというのに、何をやっているのか、と自分で自分に突っ込みたくはあるが、そこを突き進むのが私というものだ。

好奇心には逆らえなかったとも言う。

……や、違うよ。これは協力。サリーサの検証実験への協力。

言いつけを破りはしたが、遊び半分ではなかったのだ、と心の中でだけ旅の空にいるであろうレオナルドに詫びておく。

ちなみに、アルフからはしっかりとひと月のお仕事禁止が言い渡されているので、今の私は絶賛刺繍中だ。

春華祭用の刺繍も進むが、刺繍絵画も刺繍で彩られた絵画としては異例の速さで進んでいるのではなかろうか。

「やはり、基本的には本人が行ったことのある場所へしか行けないようですね」

「あくまで『基本』みたいですけどね」

報告書へと纏めるため、 塗板(こくばん) に判明したことを羅列していく。

ある程度の方向性がつかめれば、保護者たちも安心すると思うのだ。

だから、報告書が纏まるまでは、もう少し心配をかけてしまうことを許してほしい。

サリーサの実験に便乗して、先日ズーガリー帝国のアウグーン城へと移動した。

そこでカルロッタと改めて名乗りあい、お茶をご馳走になっている。

リハビリ中のジゼルの邪魔をするのも、と声はかけなかったのだが、遠目に庭の散策をするジゼルの背中を見ることもできた。

残念ながら、面白いことになっているらしいジャン=ジャックの姿は見ることができなかったのだが、ジャン=ジャックはなにやらアウグーン城を拠点としてズーガリー帝国のことを調べているようだ。

そして、どうやら私は一度行ったことのある場所にしか移動できないようなのだが、サリーサは自分が行ったことのある場所と、私のいる場所に移動できるようだった。

オレリアのボビンレースを見せてくれるというカルロッタについて廊下を歩いていたら、空の皿を持ったサリーサが追いついて来たのだ。

「お菓子で移動できるのは、今のところサリーサだけですね」

「お菓子の種類を変えてアーロン様たちにもお手伝いいただきましたが、結果は変わりませんでした」

パンケーキを対価に悪戯妖精が願いを叶えてくれるわけではないらしい。

焼き菓子でも飴でもプリンでも、なんだったら調理していない蜂蜜であっても、サリーサが対価に差し出せば悪戯妖精はそれを受け入れる。

パンケーキかプリンか、と悪戯妖精に選択を迫って好物を探ったところ、パンケーキよりもプリンを好むということも判った。

ならば、とアーロンにプリンを持たせ、サリーサがパンケーキを持って移動を試みたところ、パンケーキを対価にサリーサがマンデーズへと移動している。

私以外で運ばれるのは、今のところサリーサだけのようだ。

サリーサが願うと、悪戯妖精は一日に一回だけお菓子を対価にお願いを聞いてくれている。

「悪戯妖精がお願いを聞いてくれるのも、サリーサだけですね」

私の場合はつい洩らしてしまった独り言や、チラリと『どこそこへ行きたい』と考えただけで運ばれていた。

けれど、行きたいと思ったところへと必ず行けるわけでもない。

私の場合は、完全に妖精の気分次第なのだと思う。

何度か検証して判ったことは、私が『あそこへ行きたい』と故意に呟いても実際に移動することは少なく、サリーサが行きたいと言った場所へは必ず移動できるということだ。

移動先からの帰還についても、私の場合は妖精の気まぐれで、サリーサはサリーサの判断で『もういいか』と帰ってきているらしい。

「……この差はなんでしょう?」

一番運ばれる回数の多い私の意見はくんでもらえず、サリーサの移動は私の居る場所や一日一回という制限はあるようだが、ほぼサリーサの意思が通っている。

ここに何か意味が隠れている気がするのだが、それが何かが判らない。

ただ一つ確実に判ることといえば、こうも頻繁に運ばれるのは冬の間だけだということだ。

理由は至極簡単である。

出不精の私が外に出たがる用事など、レオナルドの不在以外にはありえない。

冬の移動が終わってレオナルドがグルノールの街へと戻ってくれば、私が遠出したいと思うことも減るはずだ。

……うん、ちょっとだけ付き合い方が判ってきた気がする。

とりあえずこの検証結果を報告書にまとめて提出すれば、レオナルドとアルフも少しは安心できるだろう。

そう考えて報告書を作成していると、足に何かが当たった。

……あれ? 私の人形?

温室代わりとして炬燵の中にエノメナの鉢を入れているのだが、足に当たった物は私の人形だったようだ。

炬燵の中を覗き込むと、ドールハウスの中に飾ってあったはずの私の人形が絨毯の上に転がっていた。

……おやつの催促かな?

そんなはずはないと思うのだが、絨毯の上に転がった人形にサリーサと二人で首を傾げる。

人形を拾ってエノメナの鉢に戻すと、ペンとインクを片付けている間に再び人形がエノメナの鉢から飛び出してきた。

……あれー?

冬の後月になると、レオナルドがグルノールの街へと帰ってきた。

いつもは冬の終わりに帰ってくるのだが、今年は出発が早かったおかげで帰還も早い。

正門から馬に乗ってやって来るレオナルドを見つけ、玄関から顔だけ出してレオナルドを待ち構える。

レオナルドが馬から降りて手綱をバルトに預けるのを確認すると、こちらを振り返るタイミングを狙って勢いよくレオナルドへと飛びついた。

「おかえりなさーい!」

「ティナ!? 突然飛びついて来たら危ない……? うん?」

不意打ちだったはずなのだが、よろけもせずに私を抱きとめるレオナルドはさすがだ。

飛びついて来た私に目を丸くして驚くぐらいで、しっかりと私を抱きとめている。

が、遅れてあることに気がついたようで、徐々になんともいえない奇妙な顔になってきた。

「……ティナ? 外に出られるようになったのか?」

「ふっふっふっ、いつまでもお籠りのわたくしだと思わない方がいいですよ! この通り、外に出られるようになりました!」

どうだ、と薄い胸を張ってみるが、実のところ外へ出られるようになったのはここ数日のことである。

エノメナの鉢から私の人形だけが追い出された時、なんとなく今なら外に出られるような気がしたのだ。

本当に『なんとなく』でしかない。

なんとなく『もう平気だ』という芯のような確信が生まれ、外へ出てみる気分になった。

そんな馬鹿なとは思いつつ、本当に外へ出られた時には、喜ぶよりも先に首を捻ってしまった。

なぜ突然外へ出られるようになったのか、と。

……なんとなくだけど、「もう大丈夫ですよ」とか「そろそろ外に出ませんか」ってことだったんじゃないかな?

エノメナの鉢から私の人形だけが追い出されるようになったのは、カリーサが「そろそろ外へ出ましょう」と言っているような気がしたのだ。

そして誘われるように外へと踏み出して、吐き気もなにもなくあっさりと玄関から外へ出られたことに拍子抜けもしていた。

この一年の吐き気と努力はなんだったのだ、と。

私が外へ出たことで満足したのか、私の人形はエノメナの鉢へと戻しても飛び出してくることはなくなった。

相変わらずドールハウスの中を転々と移動しているようなのだが、それだけだ。

「……とにかくよかった。外に出られるようになって。本当に、気持ち悪かったり、無理をしてたりしていないか?」

「大丈夫ですよ。なんともありません」

もっと褒めるがよい、とレオナルドのわき腹へと頭を押し付ける。

そうして甘えると、少しだが私の背も伸びてきたので、額のあたりにレオナルドの肋骨を感じた。

そろそろこの全力のハグも、控えなければ肋骨への頭突き攻撃に変わるだろう。

「それにしても、今回はちゃんと忠告を聞いてくれたみたいだな」

「なにがですか?」

まだ何か褒めてくれるらしい、と首を傾げながらレオナルドを見上げる。

私としては、怒られる覚えはあるが、褒められる覚えは外へ出られるようになったことぐらいしか思い浮かばない。

何のことだろう、とレオナルドの言葉の続きを待っていると、大きな手で頭を撫でられた。

……レオナルドさんのこれも直らないね。まあ、今日はいいけど。

そろそろ頭を撫でるのはやめてほしい、と言っているのだが、私自身が子どもとしか言えない行動を改められていないのだ。

レオナルドにだけ子ども扱いをやめろ、と強制する資格が私にはない。

「メール城砦に来なかっただろう。ちゃんと忠告を聞いて、 館(いえ) で待っていたんだな」

「あ、それは違います。メール城砦へは『行けなかった』だけですよ」

なんだそんなことか、と合点がいってレオナルドの勘違いを正す。

これがまずかったのだと思う。

「……ほう?」

「あ」

しまった、と自分の失言に気がついた時にはもう遅い。

レオナルドの声が一段低くなり、ぐるんぐるんと私の頭を撫でていた大きな手の動きが止まる。

レオナルドの手はそのまま私の頬へと下りてきて――

「レオナルドお兄様、長旅お疲れ様です! メール城砦からグルノールの街までの道のりは、大変でしたでしょう? わたくしが心を込めてお疲れ様のココアを淹れてさしあげます。……インスタントですが」

さあ、こちらへどうぞ、と私の頬を摘む予定だったレオナルドの手を掴み、ぐいぐいと引っ張り始める。

私の腕力でレオナルドを動かすことなど不可能なのだが、そこはレオナルドが折れた。

まだお説教は終わっていないぞ、と渋面を作りながらも、場所を変えることには賛成のようだ。

……まあ、たしかに年齢だけなら成人してる妹の頬を摘むお仕置きとか、玄関先ですることじゃないよね。

玄関ホールに入ってサリーサへとホットミルクの用意を頼む。

サリーサが淹れてくれるココアと比べればどうしても安っぽい味のインスタントココアだったが、お湯ではなくホットミルクで淹れればそれなりに美味しくなるのだ。

大量に持ち帰ったインスタントココアは、こうして順調に消費中である。

……さて、どうやってお説教から気を逸らそうかな。

ココアをかき混ぜながら、難しい顔のままのレオナルドを盗み見る。

兄としてしっかり妹を叱らねばならない、と気負っているのだろう。

気を抜くと薄くなる眉間の皺が、時々思いだしたかのように深くなる。

……一つだけ、確実にレオナルドさんの思考がお説教どころじゃなくなる話題があるんだよね。

レオナルドの気を逸らす話題なら、あるにはある。

しかし、それを私の口から言うのはどうなんだろう、というような話題だ。

主に、女の子としてそれはどうなんだろう、という方面で。

……でも、レオナルドさんは私の保護者だしね?

保護者としては、被保護者の状態は知っておくべきかもしれない。

女親がいれば男性であるレオナルドに知らせる必要はなかったが、私の身近にいる保護者はレオナルドだけだ。

となれば、これを話す相手はレオナルドしかいない。

私が話さなくとも、私についての報告として近いうちにサリーサかタビサが話すはずだ。

どうぞ、とココアをレオナルドに手渡す。

作った難しい顔を保つ努力をしながらレオナルドがココアを口に含むのを見守り、そのタイミングを狙ってレオナルドへと爆弾を落としてみた。

「そうそう。外に出られるようになった以外にも変化がありました」

そう前置きをおいて「初潮が来ましたよ」と続けると、ピタリとレオナルドの動きが止まる。

てっきり口の中の物を噴出すかと思ってタイミングを図っていたのだが、意外にもレオナルドは冷静に口の中の物を飲み込み、しかし変な場所に入ったらしく盛大に 噎(む) せ始めた。

これでようやく大人の仲間入りですね、と 惚(とぼ) けながらレオナルドの背中をさすると、涙目になったレオナルドから「そういうことは普通、異性には言わないものじゃないか?」と抗議を受ける。

私だって言うべきか、言わずにおくべきかは少し考えたが、私の保護者はレオナルドだけなのだから仕方がない。

黙っていて、いつかなにかのタイミングでなんとなく察せられる気まずさよりも、先に言ってしまって恥ずかしいのを早めに済ませておいた方がいいとも思ったのだ。

「……なんというか……おめでとう、でいいのか?」

私の成長を喜ばしく思う、と言いながらレオナルドがはにかんだ微笑を浮かべる。

自分から言っておいてなんだが、やはり少し恥ずかしいし、レオナルドも気恥ずかしい話題だったのだろう。

「成長した、って話題ですからね。そこは『おめでとう』で正解だと思います」

あまり大人になったという実感はない、と続けると、頭へと伸びてきたレオナルドの手が下ろされた。

もう本当に子ども扱いは改めなければならない、と実感したのだろう。

私たちはお互いに、そろそろこれまでの距離感を改める時が来たのだ。