軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カルロッタ視点 鳥籠の人形姫 1

「……そろそろ顔を出してもいい頃合かしら?」

山賊チャックを名乗る男の発案で、エドガー邸は現在面白いことになっているらしい。

チャックが流した噂は『エドガー邸では鳥籠で美少女を飼っている』という直接的なものだったが、配下の山賊の流した噂は『エドガー邸に精霊が捕らわれている』だとか『エドガー邸には生きた人形がある』といった暈した表現に変化している。

そのためさまざまな噂が飛び交い、少しずつ言葉が変わっていった結果、噂の真偽を確かめようと連日のようにエドガー邸には来客があるようだ。

そして噂の真偽を確かめに行ったはずの者の口からは、エドガー邸には精霊のように神秘的な人形姫がいる、という言葉が上がるようになり、またエドガー邸を訪ねる者が増える。

面白いことに、現在は 件(くだん) の人形姫の気を引こうと、貢ぎ物合戦が起こっているようだ。

「クリスティーナさんは、どんなものを持っていけば関心を持ってくれるかしら? 宝石も最新のドレスも無反応だったそうなのだけど」

「……ティナは宝石にも、ドレスにも関心は持ちませんよ。気が引けるとしたら……お菓子かナパジ料理?」

兄なら何か有効な手を知っているはずだろう、とジン親分へクリスティーナの好みを聞いてみるのだが、少し怪しい答えが帰ってきた。

帝都で噂の姫君は、お菓子に目がない子どもなのだそうだ。

「……親分さんはこう言っているけど、チャックさんはどう思って?」

クリスティーナについては客観性をもって語っていたはずのチャックへと話を振ると、チャックの答えもジン親分と大差ないものだった。

クリスティーナは飴玉で喜んで踊りだすような女児である、と。

「甘いものが、お好きなのかしら?」

「一番はプリン……いや、蜂蜜か? 訪問時に持っていくことを考えれば、可愛い缶に詰めた飴玉もいいかもしれない」

他にもクリスティーナは焼き菓子やチーズケーキが好きだという話は出てくるのだが、食べ物以外の名前はなかなか出てこなかった。

いくらなんでもお菓子で釣るのはいかがなものかしら、とジン親分の口からお菓子以外の名が出てくるまで辛抱強く待ってみる。

クリスティーナとジン親分の兄妹関係が本当に上手くいっているのかと心配になってきた頃になって、ようやく食べ物以外の名前が出てきた。

「刺繍糸、悪戯、エノメナの花、コクまろ、オレリアとハルトマン女史……」

「コクまろというのは、番犬のアビソルクのことだったかしら?」

「ええ。アビソルクの仔犬を知人から譲り受けて、ティナの番犬として飼っていました」

残念ながらクリスティーナの愛犬である 黒柴(コクまろ) は、クリスティーナが誘拐されたおりに毒を受け、現在は療養中だと聞いている。

アビソルクは番犬として優秀な犬種なのだが、連れて来ることはできなかったようだ。

「では、そっくり同じ顔は作れないかもしれないけれど、アビソルクのぬいぐるみをお土産にしましょう」

ぬいぐるみで駄目ならば、と次の策としてエノメナの花を用意させる。

なぜエノメナの花なのかとジン親分に聞いたところ、春華祭でジン親分が贈ったエノメナの花を、クリスティーナは枯れるまで大切に世話していたらしい。

……お菓子以外の思い出もあったのね。

妹をいつまでも子ども扱いしてお菓子しか贈らない駄目な兄なのではないか、と疑い始めていたのだが、それなりに押さえるべきは押さえているようだ。

十五歳になる少女に対して、いつまでもお菓子が贈り物というのも、おかしな話だろう。

クリスティーナの気を惹くための贈り物をいくつか用意して、準備万端とエドガーの館を訪ねる。

従者として同行したい、とジン親分が言いだしたが、今日は館でお留守番だ。

クリスティーナとその護衛だったという 女中(メイド) しかいないのなら変装をしているらしいジン親分を連れて行っても気付かれないかもしれないが、チャックが言うには以前からクリスティーナの側にいた薬師もエドガー邸にはいるようなのだ。

ジン親分の顔を知っている薬師がいる以上は、まだジン親分をエドガー邸へと連れて行くわけにはいかない。

「珍しいですね。カルロッタ様がこのような騒ぎに乗ってくるだなんて」

「あら、 私(わたくし) は楽しそうなことが大好きなのよ。知らなかったかしら?」

「存じておりますが……」

それでも館に囲った美少女を見に来るだなどという悪趣味な催しごとに顔を出すとは思わなかった、とエドガーはわずかに眉を顰める。

本来は不快感を全面に押し出したいのだろうが、エドガーは私の孫娘を妻にと望んでいる。

祖母になる私の不興を買うのは得策ではない、と考えているのだろう。

この奇妙なお祭り騒ぎに便乗してきた私に、システィーナという少女を館へ囲っていることについての『設定』を語り、この騒ぎには心を痛めている、という 表情(かお) を作っていた。

「……貴方に誘拐された姪なんていたかしら?」

「システィーナは生まれてすぐに攫われたため、親戚へも誕生を知らせることはなかったのです。システィーナの両親の悲しみも深く、一族中で禁句のような扱いになっていましたので」

そのため、私の耳へも入らなかったのだろう、とエドガーは微笑む。

偶然見つけ出せた姪についてを語るエドガーは叔父の顔をしているのだが、クリスティーナについては先に聞いていたため、すべてが白々しく見えた。

システィーナという少女について噂にも聞こえてこなかったのは、一族で禁句としたからではない。

つい一年半ほど前に隣国から攫ってきた少女が『システィーナ』の正体だからだ。

「こちらがシスティーナの部屋です」

どうぞと案内されたのは、先に調べた通りのサンルームだった。

金色の巨大な鳥籠の中に、銀髪の少女の後姿がある。

……やっとクリスティーナさんに会えるというのに、お邪魔虫がたくさんいるわね。

クリスティーナの顔を 一目(ひとめ) 見ようという連日の来客は、当然今日も訪れていた。

鳥籠を囲んでいるのは四人の紳士たちなのだが、その従者やクリスティーナを世話するための女中までもがサンルームにいるため、広い部屋が狭く感じる。

……まずは、お邪魔虫に退散願いましょう。

ようやく会えたクリスティーナとは、二人でゆっくりと対面したい。

観客など必要はないのだ。

年甲斐もなく少女に群がっている紳士たちには、速やかにお引取り願いたい。

「あら、エンゲルベルト様。ごきげんよう」

「おや、カルロッタ様。貴女もこちらへ?」

「ええ。エドガー様が精霊の姫君をお迎えしたようだと、小耳に挟みまして」

私がエドガー邸を訪ねることは、それほど不自然なことではなかった。

一応は親戚筋の人間に数えられるので、様子を見に来るぐらいはありえる。

近頃なにかと噂になっているエドガー邸ともなれば、不自然さはどこにもない。

……けれど、エンゲルベルト様がここにいるのは、不自然すぎてよ。

エンゲルベルトとエドガーの父親は、仲があまりよろしくない。

その子どもであるエドガーに対してもエンゲルベルトがいい感情など持っているはずはなく、連日のように館を訪ねるというのは不自然すぎる。

何か目当てのものでもない限りは、寄り付きもしないはずの関係だったはずだ。

「そういえば、先日奥様のお茶会でエンゲルベルト様が 翠玉(エメラルド) の首飾りを買ったようだ、と仰られていましたわ。エンゲルベルト様は奥様に黙って購入していたようだけど、奥様への秘密の贈り物なのだろう、と」

自分への秘密の贈り物なのだろう、と言ってエンゲルベルトの妻は宝石商から聞いた翠玉の大きさや首飾りの 意匠(デザイン) 、その値段までもを大きな声で自慢していた。

自分への贈り物で間違いない、と。

そして、その翠玉の嵌った首飾りは、今私の目の前にあった。

もっと正確に言うのなら、鳥籠へと向けられたエンゲルベルトの手の中にある。

エンゲルベルトの妻は自分への贈り物と思っていたようだが、エンゲルベルトは翠玉の首飾りをクリスティーナの気を引くために購入したらしい。

このすれ違いは、早めに正しておかなければ後で大変なことになるだろう。

翠玉の首飾りを持って早く自分の館へ帰った方がいい。

そう言外に込められた意図を正確に読み取り、エンゲルベルトはいそいそと帰っていった。

年甲斐もなく成人したばかりの少女の気を引こうと鳥籠に張り付いているよりも、家に帰って妻の機嫌を取った方がいい。

エンゲルベルトの家は、ズーガリー帝国では極一般的な家庭だ。

家長が妻で、エンゲルベルトは入り婿である。

妻の機嫌を損ねれば、家を追い出されることになるのはエンゲルベルトだ。

十五歳の少女に入れあげて宝飾品を買っただなどと、妻に知られるわけにはいかないだろう。

親切めかした忠告でエンゲルベルトを追い返すと、あとは早かった。

鳥籠へと群がっている紳士たちは、みないい年をした紳士たちだ。

当然、エンゲルベルトと似たような家庭を持つ紳士たちである。

……さすがにエドガーは追い払えないけど、まあいいでしょう。

首尾よく四人の紳士とその従者たちを追い払うと、改めて鳥籠へと向き直る。

長椅子に座るクリスティーナは、噂以上に美しい少女だった。

本来は黒髪だと聞いているのだが、今の髪は銀だ。

カツラであることを誤魔化すためか、本来の髪と同じ色をしているはずの睫毛は顔料を塗られた銀色をしている。

……あ、目を開いた。

鳥籠を囲む男たちがいなくなり、静かになったとでも思ったのだろう。

細く瞼が開かれ、クリスティーナの青い瞳が見えた。

「本当に……精霊と見間違うほどに美しい少女ね」

無言で見つめているのもおかしいかと思い、クリスティーナから目を逸らさずにエドガーへと感想を投げかける。

ジン親分やチャックから聞いていた印象とはまるで違う少女だ。

聞いていたのは悪戯好きで少しお転婆な少女という話だったのだが、目の前のクリスティーナの印象は違う。

実際にこの目で見たクリスティーナは、人間離れした神秘さを纏った少女だった。

……たしかに、この 容姿(かお) でチャックさんが言うとおりの性格なのだとしたら、外見詐欺もいいところでしょうね。

まずは何か反応を引き出せないものだろうか、と鳥籠を囲んで紳士たちが興じていた遊びに乗ってみる。

クリスティーナの関心を引こうと紳士たちは宝石やドレスを並べていたようなのだが、私が持って来たものは違う。

私が持って来たものは、クリスティーナの保護者を自称するジン親分から好みを聞きだして用意してきたものだ。

これで何の反応も引き出せなかったら、ジン親分がクリスティーナの兄を自称しているだけと判断してもいいかもしれない。

「わんわん。システィーナ様は、仔犬はお好きかしら?」

首に赤いリボンを巻いた黒い仔犬のぬいぐるみを籠から取り出すと、クリスティーナの気を引けないものかと動かしてみる。

わんわんと犬の鳴き真似をしつつぬいぐるみを上下に動かすと、細く開いていた瞳が大きく開かれた。

「あら、こちらを見ているわ。子どもの好きそうなものを用意してみたのだけど、宝石やドレスよりもぬいぐるみの方がいいみたいね」

保護者からの助言を得ました、とは言えないので、さも偶然作戦が合致したとでもいうように、エドガーへと聞こえるように大きな独り言をもらす。

これは偶然の成果ですよ、と素知らぬ顔をして仔犬のぬいぐるみでクリスティーナへと呼びかけ続けると、ぱちぱちと数回瞬いてから、クリスティーナはゆっくりと長椅子から立ち上がる。

「システィーナ……?」

背後から愕然とした様子のエドガーの声が聞こえたが、これには気づかないふりをする。

私はクリスティーナと初めて会うし、以前からクリスティーナを知っていたはずがないのだ。

クリスティーナのこの行動が、珍しいものだと驚く方がおかしい。

「ぬいぐるみがお気に召したのかしら?」

はじめまして、と近づいて来たクリスティーナに淑女の礼をする。

するとクリスティーナは、控えめな微笑みを浮かべて淑女の礼を返してきた。

「……めまして、ロッタ、ま」

「あら、お話しもできるのね。人形姫だなんて聞いていたから、お話しは難しいのかと思っていたわ」

ぬいぐるみをどうぞ、と仔犬のぬいぐるみを差し出すと、クリスティーナはおずおずと手を差し出してくる。

その手にぬいぐるみを乗せてやると、クリスティーナは嬉しそうにふんわりと微笑み、小さな声で「ありがとう」と言った。

「システィーナ、おまえ……」

「少し無口だけど、躾の行き届いたお嬢さんね」

「あ、ああ。はい。両親の元へ返すまでに淑女教育を施しておこうと、家庭教師を付けてはいる……ところです」

なんだか曖昧な言葉を寄越すエドガーに、少し意地の悪い質問をしたくなったが我慢する。

あまり突きすぎて警戒されるわけにもいかない。

今日はクリスティーナの顔を見に来ただけなのだ。

クリスティーナが話せることすら知らなかったのか、と指摘するのはまた今度ということにしておく。