軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジゼル視点 白き役立たず 11

風邪が治ると、クリスティーナは再び庭へと出たがった。

カリーサを探せば満足すると今回はエドガーも理解していたので、厚手のコートとブーツが用意される。

クリスティーナが満足するまでの、おそらくは一度しか袖を通さない装備だろうが、風邪を引かれて死なせるわけにもいかない。

部屋へ閉じ込めて暴れられるのは懲りたし、厚着もさせずに庭へと出られてまた風邪を引かれるのも困る。

ならばある程度クリスティーナを満足させてから、おとなしくさせた方がいい。

エドガーもそう悟ったようだ。

そして、庭へ出てカリーサを探し終わったクリスティーナは、エドガーの目論見どおりまたおとなしくなった。

鳥籠の扉へと鍵をかけられても、今度は鉄格子を蹴って騒音をたてたりはしない。

アウグスタ城でそうしていたように、長椅子で日光浴をし、ボビンレースの枕が置かれた机で黙々とレースを織り続ける静かな日々に戻った。

……そしてエドガーは今日もお出かけ、と。

落ち着いたクリスティーナに、エドガーも帝都での普段通りの生活に戻ったようだ。

アウグスタ城の使用人の話では、エドガーはもともと領地であるウーレンフートへはほとんど戻らず、帝都で暮らしていたらしい。

クリスティーナの顔を見てからはアウグスタ城へ頻繁に寄り付くようになっていたのだが、あれは珍しいことだったのだとか。

では帝都でどんな仕事をしているのかと思えば、連日どこかの貴族家で行なわれる茶会や夜会へと顔を出しているだけだ。

クリスティーナに一日中張り付かれても迷惑なので、エドガーが外出すること自体は歓迎するのだが、連日茶会へと参加しているというのは、いかがなものか。

……つまり、毎日遊んでいるだけ、ってことですよね?

社交が貴族の仕事の一つだとは理解しているが、連日の茶会というのは少しおかしい。

エドガーは守るべき領地を持った貴族だ。

領地を経営するための仕事が、あってしかるべきである。

……小領地の我が家でさえ、連日決裁される仕事があったのだから、エドガーに仕事が無いはずはないと思うのだけど?

私の家は、華爵だ。

忠爵から華爵へと落ちる際に領地は削られ、今は小領地でしかない。

大領地を治める杖爵に比べれば仕事は少ないはずだが、それでも当主は連日執務机に座って書類へと目を通し、必要な書類へと印を捺していた。

王都では社交として時折茶会や夜会へと顔を出していたようだが、連日ということはありえない。

王都であっても、領地であっても、領主には仕事というものがあるのだ。

……領地が広すぎる杖爵や、王都から離れられない王爵の方々が、代官を使うことはあるけれど。

代官を使って領地を経営しているにしても、最終的な決裁は領主本人が行なっている。

エドガーのようにまったく仕事をしている姿を見ない、ということはイヴィジア王国ではありえないことだった。

「……ズーガリー帝国の貴族など、こんなものだ」

私の疑問に答えたのは、ジャスパーだ。

クリスティーナ付の薬師として館に滞在しているジャスパーは、クリスティーナがおとなしい時間は仕事がない。

クリスティーナが落ち着いてボビンレースを織っている間は、暇なのだろう。

ジャスパーの話によると、代官を使って領地を治めるというところまではイヴィジア王国と同じなのだが、その先はまるで違う。

ズーガリー帝国の貴族は、代官を使って領地を治めるだけで、自分たちでは何もしない。

代官が集めてくる民の税で、ただ贅沢な暮らしをしているだけの『何か』だった。

イヴィジア王国の貴族とは違いすぎる。

イヴィジア王国の貴族は、いざ戦になれば先頭に立って兵の指揮をとり、剣を振るい、民の盾となる。

だからこそ民から敬愛され、尊敬を集めて上に立っていられるのだ。

けれど、ズーガリー帝国の貴族は何もしない。

いざ戦になれば一番後ろから指示を出し、前線へと送られるのは町や村からかき集められた貴重な働き手たる男たちだ。

剣として命を振るうのも、盾として貴族の前に身を晒すのも、みな平民だった。

こんな実態を聞いてしまえば、ズーガリー帝国の『貴族』とはいったいなんのために存在しているのか、と華爵の私でも思ってしまう。

「代官に裏切られたら怖いですね」

「実際に代官の横領で首の絞まった貴族も少なくはない」

領主の代理として振舞う代官は、領地での権力が大きい。

そのため、雇われている身であるということをいつしか忘れ、増大していく代官も少なくはないようだ。

代官の横領に領主が気づいた頃には手遅れになっていた、という話も珍しくはないらしい。

「ズーガリー帝国の貴族の仕事といえば、代官の『見張り』ぐらいだな」

「それは仕事とは言いません」

功績さえ挙げれば平民でも三代は貴族を名乗れることになるイヴィジア王国の制度は、隣国では血に重みが無いと侮られることがある。

身分制度を絶対とするサエナード王国、ズーガリー帝国では、杖爵家ほど長く続いた貴族家でもなければ同じ貴族として取り合わないのだとか。

両国は貴族の血をなによりも尊ぶ傾向にあるとは聞いているので、落ち目の華爵が歯牙にもかけられず、家に歴史のない功爵が軽んじられるというのは理解できなくもない。

しかし、ズーガリー帝国貴族の実態を知ってしまえば、その性質は華爵に似ていた。

民の剣であり、盾であるという貴族の誇りを失い、ただ血を繋げてきてしまっただけの家だ。

高貴であるはずの血の重みなど、何ひとつ感じられない。

ズーガリー帝国でいうところの『貴族』は、どれほど家に歴史があろうとも、イヴィジア王国の華爵の集団だ。

イヴィジア王国では三代という区切りで華爵は平民へと落ちるが、ズーガリー帝国にはその区切りがない。

領地を経営する気概も能力もない領主に、民はただ生まれの身分だけで一生を搾取され続けるのだ。

他国のことながら、ズーガリー帝国へと生まれた不運な民について数日引きずっていると、 黒犬(オスカー) が裏庭へと姿を現した。

サンルームに飾られた花のうち、枯れたものを取り替えるよう庭師へ伝言に来たのだが、庭師小屋は館の外にある。

ほんの少しの距離ではあるのだが、寒いのを嫌がった見張りの足が鈍り、館から顔だけを覗かせて私を見張っていた。

見張りとしては職務怠慢だと思うのだが、見張られている側の私としてはありがたい。

距離があるからか、物影に隠れやすいのか、黒犬がやって来てくれたのだ。

……手紙は、届けてくれたみたい?

首輪へと結んだ手紙がなくなっているので、私の手紙は無事クリスティーナの迎えへと届けられたのだろう。

幾分すっきりとした黒犬の首回りに、安堵のため息をもらす。

……なに?

周囲を警戒する様子で耳をピクピクと動かし、黒犬が物影に隠れながら首を私へと差し出してきた。

館の入り口に私の見張りがいることは、黒犬も判っているのだろう。

黒犬が身を低くして隠れるのを補うように、私も庭師小屋の脇におかれた園芸道具を覗き込む振りをして黒犬を隠しつつ、首輪を探った。

……手紙?

首輪の内側に挟まれた紙の感触に、手紙を首輪から抜き出す。

どうやら黒犬はこの手紙を届けに来たらしい。

私の手に手紙が握られたことを確認すると、身を低くした姿勢のまま庭師小屋から離れていった。

手紙は受け取ったが、見張りのいる身ですぐに読むことはできず、日の高いうちはポケットの中へと手紙を隠す。

手紙へと目を通すことができたのは、その日の夜だ。

閉じ込めて監視することを目的に、私の部屋は他の 女中(メイド) とは違って鍵付の個室となっている。

夜中にこっそりと手紙を読むには、逆に都合がいい。

……レオナルド様からの手紙だ。

ジャン=チャックへと手紙を届けたつもりなのだが、黒犬はあの手紙をクリスティーナの兄であるレオナルドへと届けてくれたらしい。

手紙によると、レオナルドはすぐ近くまでクリスティーナを迎えに来ているようだ。

帝都にあるエドガー邸にクリスティーナがいることは把握されており、すぐに連れ出すことはできないが館の周辺へと常に誰かを見張りとして付けてくれているのだとか。

……よかった。もう少しでクリスティーナお嬢様を家にお返しすることができる。

自分が護衛として役立たずである、という自覚はある。

それでも懸命に考えて、自分にできる方法でクリスティーナを守ってきた。

けれど、どれだけ懸命に考えても、どこか抜けているところがあるのではないか、どこか間違っているのではないか、という不安は常に付き纏う。

それらの不安を、近くまでクリスティーナの迎えが来てくれているというのなら、少しは押さえ込むことができる気がした。

……私が絶対に死守すべきものは、クリスティーナお嬢様の体力ですね。

脱出と逃走については、レオナルドに任せてしまってもいいだろう。

迎えは来ている、必ず助ける、悟られないよう窓の外を気にしすぎるな、というありがたい言葉も手紙には書かれているのだ。

私はこれらの指示を守って下手な行動など起さず、クリスティーナの健康と筋力作りだけを考えていればいい。

近い将来にエドガーの手から逃れるために、とクリスティーナの体力づくりを心がける。

筋力を取り戻すことはクリスティーナにとって絶対に必要なことだと思っているのだが、今のクリスティーナにそんなことが理解されるわけもない。

強制されることを何よりも嫌がるクリスティーナは、鳥籠の中でもいいから歩こう、と誘う私にも反発してくれた。

歩こうと誘うと抵抗をみせるクリスティーナにてこずりながら日々が過ぎると、エドガーの館へと貴族の客がやって来るようになった。

誘拐犯とその被害者が同居する館への来客だ。

さすがのエドガーもこの来客には渋っていたようで、少しだけ私の溜飲も下がる。

クリスティーナが人質となっているため、私からエドガーへとなんらかの攻撃を加えることはできないが、来客があるという不測の事態に戸惑うエドガーは、正直に言えばいい気味だと思う。

誘拐などという犯罪行為に手を染めるから、突然の来客に困ることになるのだ。

エドガーが困らされられるのは、いいことである。

そう思っていたのだが、エドガーが来客をクリスティーナの居るサンルームへと案内してきた時には、何事かとこちらが驚かされた。

エドガーは攫ってきたクリスティーナを、来客に見られても大丈夫だと判断したらしい。

……鉄面皮。

誘拐被害者を客人に見られて平気なのか、どこまで面の皮が厚いのだ、と内心でエドガーを罵りながら壁際へと下がる。

一応は女中の一人としてクリスティーナに仕えているので、ズーガリー帝国の女中と同じように動いた方がいいと思ったのだ。

ズーガリー帝国の女中は、主人にとって家具である。

呼びつけられでもしない限りは主人の前へは出てこないし、姿を現している場所へと主人が入って来た場合には顔を見せないよう背を向けるか、家具として姿勢よく脇に立つかのどちらかだ。

「ははは。エドガー殿は面白い趣向をしておられるな。少女を鳥籠で飼うだなどと……」

少女の部屋であるというのに、来客の貴族は遠慮なく部屋へと入り込んでくる。

その後ろに続くエドガーの 表情(かお) には心底不本意だ、と判りやすく出ていた。

来客をサンルームへと立ち入らせる予定はなかったのだろう。

「しかし……本当に美しい少女ではないか。エドガー殿は精霊の姫君を攫ってきた、と近頃噂になっているぞ」

……噂?

噂とはなんのことだろうか、と瞬いている間に来客は鳥籠のすぐ横へと近づいた。

クリスティーナは長椅子に座っての日光浴中で、軽く瞼を閉じていて来客の接近には気がついていないようだ。

もしくは、いつものように無視しているのだろう。

ピクリとも動かないクリスティーナに、来客はクリスティーナの気を引きたくなったようだ。

以前エドガーがやったように鉄格子を蹴り、物音でクリスティーナの注意を引こうとした。

――ガシャンッ! と大きな音が響き、鳥籠が微かに揺れる。

来客の連れた従者がこの音にビクリと体を竦ませていたが、クリスティーナからの反応はなかった。

……クリスティーナお嬢様は、散々エドガーにやられた後ですからね。

エドガーが鉄格子を蹴ったことで、クリスティーナが鉄格子を蹴ることを学習し、寝ている時間以外のすべてで鉄格子を蹴り続けたことは記憶に新しい。

今さら鉄格子を蹴る大きな音ぐらいでは、クリスティーナは驚かないのだろう。

大きな物音を立てながらも綺麗に無視された来客は、しばしクリスティーナの顔を見つめた後、視線はクリスティーナから逸らさずにエドガーへと「精巧な人形ではないのか?」と言い始めた。

「この美貌、大きな音にも反応しない胆力。生きた人間ではないだろう。これは人形だ」

それとも本当に精霊の姫君を攫ってきたのか、と来客は言う。

クリスティーナはイヴィジア王国の貴族令嬢という意味では『姫君』で、精霊の寵児という意味では確かに『精霊の姫君』と呼べなくもない気はする。

けれど、クリスティーナは人間だ。

人形でも、精霊でもない。

「システィーナは人間です。事情は説明したはず。幼い頃に攫われ、最近になって見つけ出すことができた、と」

エドガーの口からアウグスタ城で使用人たちへとされていた物と同じ『システィーナの事情』が説明され、クリスティーナが鳥籠の中にいることについては『外へ出ることを怖がっているため』という説明がされる。

精霊の姫君でも、人形でもなく、生きた自分の姪である、と。

「システィーナを驚かすような真似はやめていただきたい」

「そうか、そうか。すまない。失念していた。……しかし、美しいな」

口でだけ詫びた来客は、その間も視線はクリスティーナに釘付けだ。

もともと可愛らしいクリスティーナだったが、これほど人を惹きつけることなどあっただろうか、と少し不安になる。

今のクリスティーナには、表情というものが乏しい。

だからこそ、人形や精霊にたとえられるのだろう。

感情が無いように見えるから、生きた人間に見えないのだ。

姪が外に出ても二度と誘拐などされないと安心し、いつか自分から鳥籠の外へと出て来るのを待っている、といかにも美談のように来客へと語るエドガーの頭を殴りたい。

今現在、事実としてクリスティーナを誘拐しているのがエドガーである。

……むしろ、鉄格子に守られた鳥籠の中の方が安心だ、ってクリスティーナお嬢様が閉じ籠っている気がしてきた。

いずれにしても、クリスティーナが自分の意思で鳥籠から出るのは、レオナルドが迎えに来た時だけだろう。

エドガーにとって歓迎できない来客は、この日だけでは終わらなかった。

最初の来客を無事やり過ごせた、とエドガーは安心していたようなのだが、どこで話を聞きつけたのか、数日後には別の来客がやって来た。

来客はエドガーにとって訪問を断りづらい人物だったようで、再びサンルームへと案内されてくる。

サンルームへと入った来客は、鳥籠の中のクリスティーナを見つめると、噂どおりに美しい少女である、と感嘆の溜息をはいていた。

エドガーがやんわりと帰宅を促すまで鳥籠の前に陣取っていた来客は、渋々といった様子で帰り、翌日また別の人間を連れて館へと訪れる。

来客の言うことには「噂の精霊の姫君を 一目(ひとめ) みたいと言っていたので、連れて来てやった」とのことだったが、自分がクリスティーナを見たかったのだろう。

先の来客に連れてこられた来客もまた人形めいたクリスティーナに魅了され、翌日には違う人間を連れて館を訪ねてくる。

こんなことが続き、連日のようにクリスティーナの入った鳥籠を囲む来客は増えていった。

……どうしてこうなった、って顔かな。

クリスティーナの周囲が騒がしいのは歓迎できないが、エドガーが困惑する様は気分がいい。

クリスティーナを見世物にしているのだから、少しぐらいはエドガーも困ればいいのだ。

クリスティーナは来客たちを完全に無視していたし、大勢の来客たちがお互いに牽制しあってクリスティーナへと不埒な真似を働く者は今のところいない。

大勢の目がある方が逆に安全なこともあるのだな、と妙な納得もしていた。

……鳥籠に飾ったことが仇になった、と。

使用人が館の外から仕入れてきた噂に、エドガーの失敗を悟る。

クリスティーナを普通にサンルームに閉じ込めておくだけであれば、これほどの注目は集めなかっただろう。

エドガーはクリスティーナのために美しく装飾された巨大な鳥籠を作り、そこへクリスティーナを閉じ込めた。

その鳥籠を設置した場所も悪かった。

少しでも暖かく過ごせるようにと日の光が入るサンルームは、敷地の外からも覗き見ることができる。

サンルームの中の巨大な鳥籠というだけでも人の興味を引くのに、その中にいるのは飛び切りの美少女だ。

噂にならないわけがない。

結果として、エドガー邸では巨大な鳥籠の中で美少女が飼われている、と噂になり、暇を持て余した貴族たちの間で噂になっているそうだ。

美少女の部分は『精霊の姫君』であったり、『人形姫』であったりと、いくつかの 種類(パターン) がある。

とにかくこれらの噂を聞きつけた来客がエドガー邸へと集まり、噂どおりの美しさをもつクリスティーナの 虜(とりこ) となっていた。

精霊のような美しい少女。

その少女の関心を引こうと宝石やドレスを貢物として持ってくるのだが、クリスティーナは石や布には興味をみせない。

そこがまた人間離れした存在に思えるようだ。

……この騒ぎは、いつまで続くんだろう?

クリスティーナの周囲に 他者(ひと) の目があることは、クリスティーナの身の安全面では少しだけ安心できる。

けれど、常にクリスティーナが見張られているということは、クリスティーナを迎えに来た側からは救出が困難になるとも言えるだろう。

連日の来客に、クリスティーナではなくエドガーの方が苛立っていることも気になる。

……珍しい。

連日の来客に苛立っていたエドガーが、今日は一人の老淑女をサンルームへと案内して来た。

いつもは内心の苛立ちがエドガーの表情へと滲んでいるのだが、今日は違う。

この老淑女は、エドガーにとって歓迎できない来客ではないのだろう。

少し困ったような苦笑いを浮かべているのだが、本心から困っているわけでないことがわかった。

これは非常に珍しいことだ。