軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ドゥプレ孤児院 3

全員集まったので、お土産をいただこう。

ジュードの音頭で子どもたちが食堂へと集まり、平等に焼き菓子が配られる。

今回は焼き菓子があるため、飴はまた今度にしよう、とジュードが戸棚へと飴の詰まったビンを片付けると、男の子たちからは不満の声が上がっていた。

……ひい、ふう、みい……二十三人? 四人でも、六人でもなかったや。

ついでに言うのなら、男の子が提示した二十五人でもない。

ドゥプレ孤児院の現在預かっている子どもたちの数は、全部で二十三人だった。

「……少ないな」

「奇特な紳士のおかげでは?」

私には孤児の数が多くても少なくても判らないのだが、レオナルドの感覚としては少ないらしい。

どちらにせよ、孤児が少ないことは良いことだと思う。

それだけ両親を失った子どもはいない、ということだ。

色気より食い気、というのは育ち盛りの子どもたちからしてみれば当然のことだろう。

レオナルドが土産として渡した焼き菓子はあっという間に子どもたちの胃袋へと納められ、お腹が落ち着いた子どもたちは知識欲に取り付かれる。

ありていに言うのなら、先ほどとまったく同じような光景が私の目の前には広がっていた。

騎士としてのレオナルドの顔を見知っていた子ども、他の子どもからレオナルドの正体を聞いた子ども、自分たちの兄であるという事実に興奮する子ども、と騒がしさは先ほどの比ではない。

……数人でも騒がしかったのに、二十人以上の子どもが一斉にレオナルドさんに群がるとか、耐えられません。

先ほどはまだヤキモチといった面が大きかった気がするが、今はただ単純に煩いとしか思えなかった。

部屋の隅でことのなりゆきを見守っているおとなしい子もいるのだが、こちらも騒がしくて迷惑をしている、といった顔つきだ。

……これはさすがに我慢できないよ!

騒音に耐えられない、と見切りを付けて席を立つ。

子どもに群がられているために聞こえるかは判らなかったが、レオナルドへは一応声をかけた。

「疲れたので先に馬車で待っています!」

体力的な意味ではまったく疲れてはいなかったが、子どもたちの騒ぎ声でゴリゴリと精神力が削られていく。

気疲れといった方が正しい。

ジゼルをお供に建物から出ると、入り口で警護をしていたアーロンと合流をする。

アーロンに帰り支度を頼んで馬車の用意をしてもらっていると、正門からやってくる中年男性の姿があった。

「おや、初めて見る子だね。こんなに可愛らしい孤児が、ここにはいたかな?」

「……兄について孤児院を視察に来ただけです」

ついでに言うのなら、布を贅沢に使った真新しい服を着る私が孤児に見えるというのなら、中年男性の目は節穴だ。

なにか変だな、嫌だな、と直感的に私が警戒してしまうのも仕方がないと思う。

私に近づいてくる男を警戒してジゼルが間に立ってくれたので、男からの視線が遮られてホッとする。

これはアレだ。

幼女であれば「なにか変だな?」と気付く類の視線だ。

大人の女性であれば、その『変』と感じる部分が自分への下心だと気付く種類のものでもある。

目の前の男は、十一歳の子どもに対して性的な目をもっていた。

……女の子を甘く見ないでください。そういうの、実は敏感ですからね!

少女漫画の鈍感主人公でも、エロ漫画の男にとって都合の良いだけの天然ヒロインでもないのだ。

警戒すべき雄の目は判る。

「護衛を連れているだなんて、貴族のお嬢さんかな? どこの家の子かな?」

「知らない人には教えません」

馬車の用意をしにいったアーロンが早く戻ってこないかな、とそちらへと視線を向ける。

とりあえず男との間にはジゼルが入っているため、即逃げ出す必要はない。

「お嬢さんの顔は知らないが、こっちの木偶の坊の顔には見覚えがあるな? 落ちぶれた華爵の三代目だろう。たしか、名前は……」

「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」

ジゼルへと失礼な目を向け始めた男を遮ったのは、アーロンだった。

アーロンの背後を見ると、御者が馬車を動かしてこちらへと向かってきているのも見える。

男はというと、私の護衛が二人もいることにたじろいだようだ。

ついでに言えば、アーロンは白銀の騎士で、男性でもある。

ジゼルほどには軽んじられないはずだ。

「ぶ、無礼であろう。貴族同士の会話に割り込んでくるとは……これだから平民は……」

「おや、貴方は貴族でしたか。これは失礼を。徒歩で下町を歩く貴族など、いるとは思いませんでしたので」

追い討ちのように白銀の騎士と白騎士の区別も付かない貴族などいたのだな、とアーロンは笑う。

アーロンの笑顔など初めて見た気がするのだが、判りやすい営業スマイルだった。

にっこりとした笑みを顔面へと貼り付け、「徒歩で下町を歩く貴族なんているわけねーだろ」と嫌味まで言っている。

……そういえば、そうだね。貴族が下町を徒歩で移動って、普通はありえないよね。

アーロンに言われるまでは下心たっぷりな男の視線が気持ち悪くて、それだけに気を取られていたが、確かに男はおかしい。

身なりは良いのだが、若干くたびれている。

足元を見ればズボンの裾には皺があり、サイズが微妙にあっていないのだと判った。

黒髪は綺麗に整髪剤で整えているようなのだが、低い位置から見上げることになる私には剃り残した髭を見つけることができる。

……一見身奇麗な紳士だけど、見えないとこは手を抜いてるってことは、見たとおりの身分じゃない、ってことかな?

これはますます怪しい、とジゼルの背後から男を観察した。

平民(アーロン) に対して見下した態度を取る、ということは、男が本当に貴族であれば華爵か、華爵への転落直前の忠爵といったところか。

どちらにせよ、楽しく談笑などできない相手だ。

……アーロンって無駄口はないけど、しゃべる時はすごいしゃべるんだね。

慇懃無礼という言葉がこれほど似合う男はいないだろう。

貴族を自称する中年男性に対し、アーロンは礼節を守りながらも壮絶な嫌味を繰り出してこれを撃退していた。

仮にも貴族を自称するのだからもう少し面白みのある捨て台詞を吐いてほしかったのだが、男はアーロンに対して「私を怒らせてただで済むと思うなよ!」と言って去っていった。

最後まで自分の爵位は口にしなかったので、本当に自称するように貴族であったとしても、爵位は華爵といったところだろう。

どちらにしても、アーロンや私が喧嘩を売られて困る相手ではない。

逃げ去る男を見送ると、ようやく子どもたちから開放されたらしいレオナルドと、レオナルドを見送りにジュードが玄関へと出てきた。

一応の確認は必要か、とジュードに中年男性についてを聞いてみる。

「ジュードさん、分別の付く子どもたちを引き取って教育してくれる奇特な紳士、ってどんな方ですか?」

うっかり今の男と特徴が一致してしまえば、引き取られていった孤児たちが心配すぎる気がした。

少なくとも、あれは女児へは近づけたくない男だ。

「杖爵のゴドウィン・ギブス様とおっしゃられる方です」

「ゴドウィン様、ですか?」

意外にも聞き覚えのある名前が出てきて驚く。

ゴドウィンとは、フェリシアの紹介で二回ほどあったことがある。

こんな人が自分の祖父だったらいいな、とつい考えてしまうような、穏やかで朗らかな老人だ。

「一応、特徴をお聞きしても?」

「え? ええっと……背は少し低めで、いつも綺麗に整えた黒髪をされているよ。目の色はレオと同じ黒だったかな?」

「……それが、ゴドウィン様ですか?」

「ああ、そうだよ。優しくて子ども好きな、中年の紳士だ」

……うん、それ、別人だね。

離宮で紹介されたゴドウィン・ギブスという老人は、白髪に緑の目をした老紳士だ。

先ほどの中年男性とは、年齢も髪と目の色も、何一つとして一致するものはなかった。

……さて、どうしよう?

この場で「あれはゴドウィン・ギブスではない」と言ったところで、信じてもらえるかは判らない。

ジュードにしてみれば、自称ゴドウィン・ギブスは子どもたちに親切にしてくれる紳士であり、私はレオナルドが連れてきた初めて見る子どもだ。

どちらが嘘をついているかと考えれば、私を疑いたいだろう。

……あと、全部嘘だったら、これまで引き取られたって子どもたちの行方とか、心配だしね?

誰に知らせておけば良いのだろうか。

そう考えつつ、とりあえずこの場では愛想笑いを浮かべておいた。

「ティナは直ぐに食堂から出てしまったけど、友だちは作れたか?」

帰路の馬車が動き始めると、レオナルドがこんなことを言い始める。

「……わたくしに友人を作らせようとして、今日のお出かけを計画されたのですか?」

いろいろ突っ込みたい言葉が浮かんだが、とりあえず飲み込んだ。

王都へ来て以来のんびりと離宮に引き籠っていた私を内街へと引っ張り出したと思ったら、レオナルドは私に友だちを作らせたかったらしい。

正直、メンヒシュミ教会へと歩いて通った頃の私と、移動に馬車を使う今の私とでは、立ち居振る舞いからして洗練されてきたはずだ。

村育ちの影響が強かった九歳の私がミルシェと友だちになることはできたが、街でレオナルドに数年育てられた十一歳の私が孤児院の子どもたちと友だちになれるとは思えない。

お互いの間に齟齬がありすぎて、対等な友人関係を築くためには努力が必要になるのだ。

そして、孤児院の子どもたちへは『 兄(レオナルド) を取られた』という気持ちがあるため、努力してまで親しくしたいとは思わない。

さらに言うのなら、私は賑やかな男の子は大嫌いだ。

孤児院(ここ) で友人を作れ、という方が無理な話である。

「いつかグルノールの街へ戻る予定なのに、王都でお友だちを作ってどうするんですか?」

離れがたくなりますよ、と指摘したところ、レオナルドは困ったように眉を寄せた。

いつもは大好きな困り顔なのだが、今回ばかりは間抜け顔に見える。

「それはそうなんだが……、少しぐらい、いるだろ? 友だちは」

どうにも歯切れの悪いレオナルドに、レオナルドの口を重くしている原因について考えてみた。

私に友だちを作ってほしいというのは、一人では寂しいと思うからだろう。

私としては一人で過ごすことがあまり苦にならない性格をしていると思うので、レオナルドの心配は杞憂だ。

なんだったら、しばらくは王都にいる様子のバシリアの屋敷へと遊びに行ってもいい。

治安的な意味でも、私が遊びに行くのなら内街の孤児院よりも貴族街のバシリアの屋敷の方が良いはずだ。

……なんか変だな? バシリアちゃんとはそれほど親密ってわけじゃないけど、私が人見知りなのはレオナルドさんだって知ってるんだし、今さら新しい友だちを作れとか……?

そもそも今生の同年代の子どもと一緒にいるよりは、少し年上や大人と行動する方が気軽でいい。

すでに慣れて緊張しない大人の顔を一人ひとり思い浮かべると、ふと気になる話を思いだした。

……もしかして、レオナルドさんは私を王都に置いてグルノールに戻りたいのかな?

その可能性に気が付いたら、あとはそのまま聞いてみる。

変に誤魔化しても、遠まわしに言われても嫌だ。

「レオナルドお兄様は、お一人で王都を離れるおつもりですか?」

冷静に考えれば、妹の付き添いだなどという緩い理由で騎士が何ヶ月も砦を離れるのは問題があるだろう。

特にレオナルドはただの騎士ではなく、砦の主だ。

先日は白銀の騎士の闘技大会で優勝もしている。

妹のお守りとして遊ばせておくこと自体、国にとって大きな損失と言えてしまえる存在だ。

……それに、アルフレッド様が隣国と怪しい雲行きだって教えてくれたしね。

アルフレッドの言う隣国との微妙な雰囲気がどの程度の話かは判らなかったが、なにもないとしてもレオナルドは国境近くの砦へと戻したいだろう。

少なくとも、私が王様だとしたらそう考える。

分別のつく年頃の妹へは我慢をさせて、優秀な騎士を砦の守護にあたらせたい、と。

「一人でお留守番ができるように、って友人を作らせたかったのですね」

「……そういうことになる」

どこかホッとした顔をするレオナルドに、少し前からあった話なのだろう、と察することができた。

私が甘えん坊の人見知りだから、話題には出さず引き伸ばしていただけなのだろう。

……そりゃ、ミカエラ様からお茶のお誘いがあったり、フェリシア様が知人を増やそうといろんな人を紹介してくれたりするわけだ。

あれらは早く王都での暮らしに慣れて兄を開放しろ、ということだったのだ。

友人知人が増えれば、必然的に兄への依存は薄らぐ、と。

「ティナの兄は、秋の間は砦を守りに行きたいんだが……」

「秋の間ですか? 冬は戻って来るってことですか?」

「冬に戦をする馬鹿は少ない」

絶対にいないとは言わないが、軍隊の駐屯にかかる戦費が暖房のための燃料と食料で跳ね上がるのだ、とレオナルドが教えてくれる。

凶作の年に食料を求めて戦を仕掛けてくるとしても、冬になる前の秋の終わりだ、とも。

「……それでいくと、春は種まき、秋は収穫で戦はできなさそうですね」

「そうだな。そういった意味では夏が一番危ない」

夏は夏の畑仕事があるが、春と秋ほど致命的ではない。

春に種を蒔かなければ夏の世話も秋の収穫もないし、秋に収穫をしないのならば春に種を蒔く意味もない。

この国の主な戦力は黒騎士だが、いざ戦が始まれば兵士として町民や農民の男が集められる。

騎士だけが戦場に立つわけではないので、農作業の季節を考慮する必要があるのはどこの国も同じだ。

「一番危ない夏に、王都にいて良かったのですか?」

「今すぐにどうこうという話ではないし、ティナを慣れない王都に一人で放置もできないだろ」

王都での暮らしもひと月以上過ぎれば慣れてきたように見え、そろそろ良いのではないかと思った、とレオナルドは言う。

秋の間ぐらいなら、自分が離れても大丈夫なのではないか、と。

「……行ってきていいですよ。わたくしは兄の仕事の邪魔をしない、できた妹ですから」

戦になるかもしれないという重大な事態に、一人にするなとレオナルドを引き止めることなどできない。

甘ったれな自覚はあるが、時と場合は選べるし、理由によっては我慢もできる。

……その代わり心配はするけどね。

レオナルドが一人で砦へと向かうことを決めると、その移動準備をしている間に夏が終わる。

いつか言っていた白銀の騎士の詰め所へも挨拶に顔を出し、知人を作るようにと言われた。

ただし、あくまで求めているのは友人知人であり、私のお婿さんになりたい者はレオナルドに勝ってからにすること、と釘をさしておくのも忘れない。

孤児院に現れた自称ゴドウィン・ギブスについては、ヘルミーネとヴァレーリエに相談したあと、貴族名鑑と化しているレベッカへの確認を経て、フェリシアを通じてゴドウィン本人へと忠告を送ってもらった。

同姓同名の別人はいない、とレベッカは言ったので、ゴドウィン氏の名誉を傷つける目的があってのことか、単純に貴族の名を騙っているだけかはまだ判らない。

判らないのだが、いずれにせよ自称ゴドウィン・ギブスを名乗る男に預けられることとなった孤児たちの行方は気になった。