軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 小さな淑女 3

秋には砦へ行ってもいいだろうか。

孤児院帰りの馬車でティナの様子を注意深く観察しつつ、そう聞いてみた。

今はティナの用事で王都に滞在しているため、俺の一存では王都を離れられない。

とはいえ理由が理由なので、ティナが嫌だと言っても説得をするしかないのが難しいところだ。

しかし、ティナはあっさりとこの申し出を承諾してくれた。

ティナの説得には誰の知恵を借りれば良いかと悩んでいたのだが、拍子抜けもいいところだ。

もとより聞き分けがよく、俺の手を煩わせることなどほとんどなかったティナだ。

事情が理解できれば、場合が場合であると自分の都合は引っ込めてくれた。

自分は兄の仕事の邪魔をしない、出来た妹です、と少しだけ唇を尖らせて。

……せっかくティナが快く……とは言えないが、行っていいと言ってくれたんだから、俺も安心して離れられるように手を回しておかなければな。

常に自分が付いていられないとなると、護衛がアーロンとジゼルだけでは不安が残る。

アーロンはまだしも、ジゼルは白騎士だ。

武力的な面ではまるで頼りにならない。

……あまりティナに悪い虫は近づけたくないんだが。

そうは思うのだが、背に腹はかえられない。

ティナの身の安全のためには、白銀の騎士へと紹介しておいた方がいい。

中にはティナを嫁に、などとふざけたことを言う者もいるが、基本的には気のいい奴等だ。

兄不在の妹を気にかけてやってほしい、とそれとなく伝えておけば、必要以上に様子を見てくれるだろう。

ティナには少々煩がられそうな気がするが、煩いぐらいで丁度良い気もする。

寂しいと泣きながら俺の帰りを待つぐらいなら、騒がしいと少し迷惑そうな顔をしている方がいい。

「任せておけ。ティナ嬢のことは、母がまた茶会に誘いたいと言っていた。時々様子を見にも寄らせてもらおう」

「お願いします」

俺がティモンに頭を下げると、ティナも真似をして頭を下げる。

ティナは男児が苦手だが、分別のある大人の男とはそれほど相性が悪くない。

大人の側からしてみれば、聞き分けのよい可愛い少女であるティナは受けがよかった。

孤児院で歳の近い友人でもできればと連れ出しはしたが、ティナの世界が広がるのなら知人は子どもでなくても構わない。

ティモンにティナのことを頼んだあと、帰り道で遭遇した白銀の騎士へとティナを紹介する。

白銀の騎士へと紹介する目的はティナへも話してあったので、ティナは愛嬌を振りまいた。

少々振りまきすぎた気がするが、自業自得なので、あとでお菓子を山と貢がれても俺のせいではない。

ティナが可愛いのがいけないのだ。

菓子を差し出されるたびに可愛らしく笑ってお礼を言うものだから、そろそろ年頃の娘に避けられ始めた父親騎士や、騎士になるための勉強と修行の日々に恋人の一人もできなかった独身騎士の心は鷲掴みだった。

ティナを可愛い少女として庇護欲をそそられるまでは許容範囲だが、嫁にと言い出す者がいたら警戒が必要な気がする。

その場合でも、娘を持つ父親騎士が間に入って妨害してくれそうな雰囲気はすでにでき始めていた。

とにかく、これでティナの専任護衛を白銀の騎士から増やすことはできないが、休暇中の白銀の騎士が自主的にティナの警護をしてくれそうなので、安心して砦へと向うことができる。

出発までの数日間、ティナはヘルミーネに習いつつ俺の荷造りをしてくれた。

本来なら妻の仕事で、妻を持たない俺は荷造りぐらい自分でできるのだが、ティナの勉強のために教材になっている。

「荷物ができましたよ。レオナルドお兄様、確認してください」

そう言って、ティナが鞄を二つ持って来た。

渡された鞄を机に置いて中身を確認すると、小さくたたまれた着替えやタオル、携帯食料といった旅の必需品が詰め込まれている。

荷物の詰め方はヘルミーネに教わっていたはずなのだが、少しおかしい。

「……ティナ、左右の鞄に同じものが入っているんだが? ハルトマン女史からは、用途ごとに分けるようには言われなかったか?」

「教えていただきました。使い勝手を考えて、着替えと携帯食料の鞄は分けるものだと」

教わっているはずなのに、左右バランスよく荷物を詰めたということは、どういうことだろうか。

疑問はさっぱり解けなかったので、改めて問い質す。

「ハルトマン女史に教えられたのに、着替えと食料を一緒に入れたのか?」

「馬の背に載せるのですよね? そうしたら、左右の重さは同じ方が馬にはいいかと思って……」

「なるほど」

ティナなりの考えがあって、あえてこうしたらしい。

ヘルミーネは使い勝手を踏まえて教えてくれたそうなのだが、ティナの考えも一理あるとして、思うようにさせたのだろう。

そういうことならば、今回ぐらいは使い勝手よりも馬のバランスを考えても良いかもしれない。

……なにより、 妹(ティナ) が詰めてくれた荷物だからな。

家族が自分の荷物を用意してくれた、ということが嬉しい。

これまでは全部自分で、あるいはバルトや黒騎士の誰かが用意していた。

それを 家族(いもうと) が手がけてくれたとなると、嬉しくて旅の空で使えない気さえする。

「あとは当日に、お弁当と水を詰めれば完成です」

「……ティナ、一つ余分なものが入ってるぞ?」

これはティナの飴の缶だろう、と荷物の底から出てきた缶を抜き出す。

いったいいつ紛れ込んだのか、とティナに返そうとしたら、ティナにその手を押し返された。

「非常食です。持っていってください。美味しいですよ」

「……では、ありがたく貰っていこう」

ティナにとっては大切なお菓子のはずなのだが、俺にくれるらしい。

携帯食料がこれでもかと詰め込まれているため、正直非常食が必要になるとは思えなかったが、妹の気遣いが嬉しかった。

……家族っていいなぁ。

ティナの愛情こと飴の缶を大切に鞄へと詰めなおし、蓋を閉める。

二つの鞄を並べて眺めていると、ティナが長椅子の隣へと腰を下ろしてきた。

「お帰りはどのぐらいになりますか?」

「秋いっぱいはむこうにいるつもりだが……冬になったからすぐ、と帰ってはこれないと思う」

神王祭の頃になるか、とあたりをつけると、ティナは「わかりました」と頷く。

いつもとなんら変わらない様子のティナに、これは我慢しているのか、本当に俺の出張ぐらいなんということはないのか、と心配になる。

特に後者だった場合、兄としては少しどころではなく寂しい。

「……寂しいか?」

ついティナの口から『寂しい』と言ってほしくて、聞いてしまう。

ここで『寂しい』と答えられたからといって、砦に行くことを延期はできない。

それにティナは、分別を弁えた子だ。

寂しいからと、そのまま素直に寂しいとは言えない子だともわかっている。

「寂しいと思いますけど、忙しくなる予定なので、大丈夫ですよ」

少しだけ考える仕草を見せて、ティナはこう答えた。

ティナの口から『寂しい』とは聞けたが、『大丈夫』とも同時に言われてしまった。

本当によくできた妹である。

「もうすぐアルフレッド様が聖人ユウタ・ヒラガの研究資料をグルノールから持ってきてくれるはずですから、やることができて寂しいだなんて言ってる暇はなくなる予定です」

「資料の読み込みに夢中になって、また部屋に閉じ籠るようなことはしないように」

適度に外へ出て散歩をするように、と注意をしたら目を逸らされた。

これはたぶん、散歩は面倒だと思っている顔だ。

散歩に時間を割くぐらいなら、その時間で資料を読みたいとでも思っているのだろう。

「ハルトマン女史に、晴れの日は外へ散歩に連れ出すよう頼んでおこう」

「え? そこまでしなくても……」

「ティナは放っておくと外に出ないだろう。たまには体を動かした方がいい」

「うう……わかりました」

気にはかけておきます、というので、これはヘルミーネだけではなく、バシリアにも根回しが必要かもしれない。

男児が苦手なティナは、そのぶん女児には甘い。

リボンをあげると約束もしていたようなので、それなりに仲良くもあるのだろう。

「アルフレッド様が戻られる前に、畳の上をさらなる快適空間に改造したいですね」

「それは構わないが……秋の間はともかくとして、冬に畳の上で過ごすのは難しいと思うぞ」

秋の初めはまだ暖かいが、冬に向えばどうしても気温は下がってくる。

となれば暖を取るためには畳を暖炉の前に設置する必要があり、畳は乾燥させた草を織ったものだ。

どう考えても、暖炉の前に設置してよいものではない。

ティナに風邪など引いてほしくはないので、暖炉を使わないという選択肢は存在しなかった。

思いつく限りの欠点を挙げ、最後に冬は裸足も辛いはずだ、とトドメをさす。

夏は裸足で足を伸ばして快適に過ごせる畳の上だったが、冬まで畳の上で快適に過ごすことは不可能だと思われた。

「足の上にオスカーを乗せる、とかどうでしょう?」

「俺としては、できるだけ秋の早いうちに資料を読み込み終わってほしい、と思うぞ」

聖人ユウタ・ヒラガの研究資料は一つしかない貴重品で、失わせるわけにはいかない宝でもある。

あれを取り扱う部屋では、極端に暖房が制限されることとなるのだ。

グルノールの館に滞在するジャスパーも、冬の写本作業には苦労していた。

「部屋の中でもコートが必要になる。使える暖房といえば小さな薪ストーブを部屋に持ち込めるぐらいか? その薪ストーブの前には警備のための騎士が立つので、まあはっきりいって充分な暖は得られないな」

「ジャスパーって、そんな大変な目にあっていたんですか……?」

「研究資料は紙の塊だからな。火には極力近づけたくない」

冬のジャスパーがどれほど辛い目にあっていたか、を知っている範囲で切々とティナに聞かせる。

冬は暖炉の火にあたれないことも追い討ちになるのだが、他の季節でもジャスパーは辛い目にあっている。

暑い夏は風に紙が飛ばされることを恐れて窓も開けられないし、ほとんどの時間を白銀の騎士に監視され、誰とも話しをせず、ただひたすらに毎日写本作業を続けていた。

すべてはセドヴァラ教会へと聖人ユウタ・ヒラガの残した研究資料を持ち帰るために、だ。

「……わかりました。秋のうちに読み終わるよう、がんばります」