軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 俺の妹 8

執務机の一角を占拠した贈り物と封筒の山に、軽く疲れを感じる。

人付き合い、それも相手が女性となると返事一つをとっても気を使う必要が出てきて、どうしても苦手だ。

昨年の今頃はワイヤック谷にいたし、そもそも砦の黒騎士への贈り物を配達する子どもなどいなかったので、こんな面倒事はなかった。

……まさか、ティナがこういう使われ方をするとは思わなかった。

館内でお手伝いとして贈り物を運ぶぐらいはするかと思っていたが、街で贈り物を預かって砦と館で配り歩くとは想定していなかった。

ティナはお祭り見学には行きたがるが、目当ては三羽烏亭の限定商品なことが多い。

祭り自体への参加には、あまり積極的な方ではなかったはずだ。

……礼状と恋文で半々ぐらいか?

簡単に文面へと目を通し、種類ごとに分ける。

黒騎士の仕事への労いの言葉が書かれた礼状は受け取っておけばいいが、恋への誘い文句の綴られた明らかな恋文には断りの手紙を出さねばなるまい。

信じられないことに、『断りの返事がないのは了承と受け取る』という人間も世の中にはいるのだ。

断る時ははっきりと断っておく必要がある。

……前は放置して、とんでもない目にあったからな。

どこで 見初(みそ) められたのかは判らなかったが、以前恐ろしく前向きな受け止め方をする娘に絡まれたことがある。

最初は 逢引(デート) への誘いだった。

忙しくて返事を保留にしている間に逢引の期日が過ぎ、白銀の騎士詰め所まで相手の娘が乗り込んできたのだ。

なぜ約束の日に来なかったのか、と。

それで終わればよかったのだが、返事がないことを了承と受け止める思考回路をした娘の行動力は凄まじいものだった。

当時煩わしく感じるほどだった縁談話をことごとく潰して回られ、そこはまあ感謝しているのだが、気がついた時にはそんな事実はどこにもなかったのに俺の婚約者として周囲に存在を認めさせていたのだ。

これは仕方がない。妙な娘に目を付けられたものだ。逃げるためには多大な労力が必要になりそうだったので、逆に覚悟を決める。

そうと決めれば、それなりの準備が必要になった。

相手は高貴な身の上だったので、相応しい地位を手に入れようと戦で功績を立て、戦地から戻れば指一本触れていなかった娘は妊娠していて心変わりしたのだと言う。

我ながら台風のような娘に振り回されたものだ、と今でこそ笑い話にできる気がするが、当時は本当に誰も信じることができなくなるほどの出来事だった。

……あんなつむじ風のような娘が、そう何人もいるとは思いたくないが。

一度付きまとわれて失敗しているため、どうしてもこういった手紙にははっきりと拒絶の返事を書かなければ落ち着かない。

さて、どうしたものか、と当たり障りのない断りの文面を考えていると、微かなノッカーの音と、続くティナの声が聞こえた。

ティナが 春華祭(しゅんかさい) から帰ってきたのだろう。

少しすると、ドアの低い位置からノックをする音が聞こえる。

「ただいま帰りました」

ティナがひょっこりと入り口から顔だけを覗かせて、帰宅の報告に来た。

呼び止めて癒されたい気はしたが、外から戻ったばかりのティナの顔からは疲労の色が見て取れる。

引き止めるより、部屋で休ませてやった方がいいだろう。

名残惜しい気はしたが、自室へと下がるティナの小さな背中を見送った。

夕食時になると、アルフが館へとやって来た。

アルフの訪問自体は珍しいことではなかったのだが、アルフもおそらくは逃げてきたのだろう。

夕食後も帰る素振りをみせず、ティナがうとうとと舟をこぎ始めるまでリバーシの相手をしていた。

半分寝てしまったティナをカリーサに任せ、それでも帰る素振りをみせないアルフにあえて話を振る。

帰らないのか、と。

「……帰りたくない」

「諦めて帰れ。いつかは通る道だ」

アルフが今日、自分の館へ帰りたがらないのには理由がある。

春華祭は家族と春の訪れを喜び、日ごろ世話になっている人物へ感謝を伝える祭りだったのだが、今では恋の花を咲かせる祭りだと考えている者が多い。

それもあながち間違いではないが、恋の祭りともなれば、アルフを愛していると公言して憚らないアルフレッドが黙っているはずがなかった。

「嫌な予感がするんだ。ティナが街でエセルバート様に会ったと言っていただろ?」

館に戻ればアルフレッドがいる気がする、と言ってアルフは頭を抱える。

グルノールの街に来てからは時々手紙が届くぐらいだったのだが、秋には聖人ユウタ・ヒラガの研究資料の護衛を 建(た) て 前(まえ) に街までやって来た。

王都からは距離がある、とこれまでは控えていたのだろうが、一度来てしまえばなんということもない距離だとアルフレッドは感じるだろう。

折に触れて逢いに来そうだ、とは薄々気がついていた。

「今年も贈り物だけかもしれないだろ」

気休めだ、と思いつつも帰宅を促してみる。

アルフは俺よりもアルフレッドとの付き合いが長いだけあって、こんな言葉はなんの慰めにもならない。

「……物だけだったら、うちの使用人は砦まで帰宅を促す報せなんて持ってこない」

「それは……」

アルフの住む副団長に与えられる館にいるのは、城主の館の 使用人(ブラウニー) とそう変わらない有能な使用人たちだ。

それに加え、アルフが王都から連れてきた馴染みの使用人もいる。

どちらの使用人も優秀さが保証できるだけに、わざわざ館への帰宅を促してくるということは、なにかあると思って間違いない。

「……砦に乗り込んでこなくて良かったじゃないか」

「今年は、な」

来年からはどうか判らない。

今年はティナが街で預かった贈り物の山を砦へと運んできてくれた。

この話がアルフレッドの耳に入れば、小指の先ほどの僅かな自重も放り捨てて、来年は砦へと乗り込んでくるかもしれない。

両手いっぱいにプレゼントと花を抱えて、声高にアルフへの愛を叫びながら馬を駆るアルフレッドの姿が容易に想像できた。

「そういえば、ティナから聞いた話なんだが……」

沈み続けるアルフを励ますことは早々に諦め、気分転換に話題をそらす。

昼間ティナから聞いたグルノール砦の黒騎士には出会いが少ない、という話を持ち出すと、アルフは今頃気がついたのか、と呆れ顔になった。

「おまえが預かるグルノールを除く他の三砦の既婚率は、他所の騎士団とそう変わらない。既婚率が低いのはグルノール砦でだけだ」

あとはティナが聞いてきた話とほとんど変わらない。

団長である俺が率先して働いているため、他の黒騎士が休みづらく、結果として異性との出会いが極端に低い職場になっているのだ、と。

「少しおまえの仕事を減らすか」

「ただでさえ他の三砦の仕事は副団長任せで、ほとんど何もしていないと言うのに……」

他の三砦は俺が常駐しているわけではないので、副団長任せになってしまっているのも仕方がないかもしれないが、グルノール砦には俺がいるのだ。

砦を預かる者として、故意に仕事を他へ分散することはしたくない。

「もともと離れた地にある四つの砦をおまえ一人に任せる、という方がおかしいんだよ」

おまえを四つの砦の主に、と認めた奴が悪い、とアルフはここにはいない国王陛下に悪態をつく。

実力主義の黒騎士だが、だからと言って一人の騎士が複数の砦の主になることなど、前例がなかった。

もとから無理があるのは解っていたのだが、それを国王が認めてしまったため、現在の基本的にはグルノールの街へ滞在し、必要があれば各砦へと出向くという形になっている。

ほとんど副団長任せになってしまっている他の砦のことを思えば、グルノールでサボる気になどなれるはずもなかった。

「おまえは騎士団長なんだから、団長の仕事だけをしていろ。他の仕事は私や黒騎士に任せておけばいいんだ。街の見回りぐらい、他の者に任せてもいいだろう」

「いや、街の住民の顔は見たい」

奴隷として売られた子どもを助けてくれたサロモンのような騎士になりたい、と騎士を目指したのだ。

騎士として、自分が守るべき民の顔や表情はいつでも気にかけ、異変があればすぐに気づけるようでありたい。

「……おまえはやはり、貴族向きだよ」

アルフの本心なのだろうが、貴族と言われてあの娘の顔が過ぎる。

あの娘を妻に迎えるために、と功績を立てて得た功爵の位だ。

動けるうちは騎士として国と民のために剣を振るいたい、と爵位は見ないようにしているが、いつかはその場に立つことになっている。

騎士を辞めた時には、領地と爵位を賜って貴族になると。

「ティナもそうだが、おまえも王族に求められる性質をしているからな。ティナは本当に嫌だと言えば嫌が通る最強の 後見(オレリア) がいるが、おまえにはいない。王女と婚姻を結ばせて王位に付けよう、って話がないわけじゃないんだ」

少しは息抜きを覚えろ、とアルフは言う。

公のために私を捨てすぎると、これ幸いとばかりに逃げられぬ立場に据えられるぞ、と。

……王位か。

そんなものは、もちろん望んではいない。

王を支える仕事ならば喜んでこの身を差し出す覚悟はあるが、王自身になりたいなどと考えたことは一度もなかった。

……ティナが王子の妃になるのなら、白銀の騎士に戻るのも悪くはないな。

そうすれば、ティナが嫁に行ったあとも見守ることができる。

王族の警護を担う白銀の騎士として、堂々とティナとその子どもを守ることもできるはずだ。

そんなことを考えて、一つ気がついた。

……俺は 妹(ティナ) が一緒なら、どこでもやっていける気がする。

ポンッと心に浮かんだ考えに、我ながら苦笑いを浮かべるしかなかった。