軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:カリーサ視点 誘拐されたお嬢様 1

マンデーズ砦の主であるレオナルドに妹ができたらしいという話をイリダルから聞いた時、特になんの感慨も浮かばなかった。

妹が増えようが、姉が増えようが、ただ仕える主の人数が増えるだけだ。

それに、レオナルドの妹ともなれば自分と同じぐらいか、年上の可能性もある。

やはり増えるのはレオナルドの妹であり、主が一人増えるだけだ。

そう思っていたのだが。

イリダルに追加された情報により、彼女の到着が俄然楽しみになった。

二十歳を過ぎたレオナルドの妹だというのに、その妹はいまだ十にも満たない子どもなのだそうだ。

アリーサとサリーサと私は三つ子なので、歳はみんな同じだ。

捨て子だったので、誰が姉なのか妹なのかもはっきりとは判らない。

しかし、なんとなくの力関係というものは生まれてくるもので、アリーサが姉で、私が末の妹という扱いになっている。

……私より小さい子が来るっ!

常に一番年下扱いをされてきたので、主筋とはいえ自分より小さい年齢の子どもが来ることが楽しみでしかたがなかった。

そのせいで、結局一人でマンデーズの街へ来たレオナルドにはつい八つ当たりをしてしまった気もするが、どのような方法を取ったのか噂の妹もマンデーズ館へとやって来たので良かった。

レオナルドの妹は、とにかく小さくて可愛い。

九歳と聞いていたが、もう少し小さく見えるとイリダルは言った。

館には小さな子どもなどいなかったので、私たちに九歳女児の平均的な大きさなど判らない。

ただ、ただティナお嬢様が可愛らしくて、はりきってお世話をした。

可愛らしい主のお世話をしたがったのは私だけではなかったので、当番はセークの勝敗で決める。

勝った人間が、一日お嬢様のお世話係だ。

……本気を出したのはいつ以来でしょうか。

あんまりにもお嬢様が可愛らしいので、本気で勝ちを取りにいった。

護身術や料理では姉妹に負けるのだが、セークだけは得意だ。

師であるイリダルには勝つことよりも負けることの方がまだ多かったが、イリダルは初対面でお嬢様を怯えさせていたため、このお嬢様のお世話係争奪戦へは参加を辞退している。

もしもイリダルが参加していれば、私がお嬢様のお世話できた日は半分以下に減っていたことだろう。

勝ち取ったお世話係の権利として、可愛らしいお嬢様に一日中ついて歩いていたら、イリダルとアリーサから一年という期間限定ではあるが、一緒にグルノールの街へ行ってはどうか、とお勧めされた。

イリダルは以前から、私たち姉妹が館に縛り付けられているのではないか、と心配していたのだ。

少しでも私たちの目が外へ向いているのなら、これを機会に一度外の世界を見てきてはどうか、と。

ほとんど出たことのないマンデーズの街や館から離れることは不安も大きかったが、これも社会勉強である、と挑戦してみることにした。

なによりも、お嬢様方の帰還に合わせて移動すれば、マンデーズからグルノールまでを一人で旅するより安全で、心強いというのもある。

私の次はサリーサが入れ替わりでグルノールの街へ来る予定になった。

帰還の旅程で滞在することになった 宿泊施設(ホテル) で、お嬢様に早速害虫がついてしまった。

可愛らしいお嬢様を構いたくなる気持ちは解らないでもないが、お嬢様が非常に迷惑そうにしているので、なんとか引き離したい。

引き離したいとは思っているのだが、お嬢様自身が「一日に三回までなら」と遊ぶ約束をしてしまったので、一応は客人扱いをしなければならないのが辛いところである。

お嬢様が誘拐未遂にあったのは、その数日後だ。

付きまとわれて迷惑している、とお嬢様がはっきりと拒絶して以来、お嬢様の周辺は静かになったのだが、 害虫(ディート) の曾祖父であるエセルバート様が二人を仲直りさせようと画策した。

お嬢様は滞在中の数日間、子どもの遊び場と化していたサンルームへ赴くことになったのだが、そこにディートの姿はなく、テーブルの上には直前まで遊んでいたと判るリバーシのコマが散乱していた。

曾孫を捜しに行くエセルバート様を見送り、私は散らかされたテーブルの上を片付け始める。

と、背後から大きな物音がした。

私の背後には、お嬢様しかいないはずである。

ちょっとした悪戯を兄であるレオナルドにすることはあるが、基本的には聞き分けのいいお嬢様が不用意に物音を立てるわけがない。

すぐに異変であると気がついて振り返ると、お嬢様の小さな身体を見知らぬ男が抱きかかえていた。

そこから先は、考えるよりも体が勝手に動いていた。

まずはお嬢様を取り戻さなくては、とそれだけに思考が占拠される。

何か武器になるものは、とテーブルに置かれたままになっていたリバーシ盤を掴み、お嬢様の体重を支えている男の腕へと遊戯盤の角を突き立てた。

反射的に腕が払われてお嬢様が床へと投げ出されたが、力は緩めない。

全体重をかけて遊戯盤を押し込むと、男の腕の骨が砕ける音がした。

とりあえずはお嬢様を取り返せた、と油断することなく男とお嬢様の間に立って次の出方を伺う。

しばし睨み合うことになったが、男は背を向けて逃げることを選んだ。

サンルームから逃走する男に、物音に気がついてやってきた警備員とお嬢様の護衛であるはずの黒騎士へと声をかける。

何者かが宿泊施設に侵入し、お嬢様を連れ去ろうとした、と。

幸いなことに、お嬢様に目立つ大きな怪我はなかった。

だが、床へと放りだされたことで打ち身が激しい。

お嬢様は気にしなくていいと言ってくださったが、私が負わせてしまった打ち身でもある。

小さく身じろぐだけでも時折痛そうに眉を寄せるさまが、痛々しくて見ていて辛い。

……次は、お嬢様に怪我など絶対にさせないで助けます。

そう決意も新たにお嬢様のお世話をしていると、翌日の夜には犯人の死体が見つかったと 支配人(シードル) からの伝言を受け取る。

内容が内容だったので、お嬢様にお知らせするかどうかは悩んだ。

誘拐犯とはいえ、人が死んだという話をお嬢様がどう受け止めるかは判らない。

脅威が去った、と喜んでくれるのならお知らせするべきだが、人が死んだと悲しまれるのなら、何も知らせたくはなかった。

私がこんな小さなことを悩んでいる間に、国境近くにあるルグミラマ砦へと行っていたレオナルドが帰還した。

やはり兄が傍にいるといないとでは違うのか、お嬢様の笑みも和らぐ。

数日振りの気の抜けたお嬢様の笑顔に、私の気も少し緩んでしまった。

お嬢様のお世話を任されながら、そのお嬢様に怪我を負わせてしまったと主人に謝罪していると、悔しくて泣けてくる。

アリーサやサリーサであれば、もっと上手にお嬢様をお救いできたのに、と。

こんなにも情けない私を、お嬢様は逆に慰めてくださった。

小さな手で私の頭を撫でながら、私はお嬢様を守ったのだ、と何度も誉めてくれた。

この小さな手は、何があっても守らなければ、と心に誓う。

ラガレットの領主に挨拶をせねばならないと言って、レオナルドは翌日画廊を訪ねた。

当然のように同行したお嬢様は、何故か領主とともに応接室にいたバシリア嬢に連れ出されて画廊を案内されることになる。

数日前に画廊へは訪れていたが、お嬢様は楽しそうに絵画や彫像を鑑賞していた。

お嬢様はやはり先日と同じように刺繍で描かれた絵画の前で足を止め、食い入るように一点を見つめる。

……レオナルド様にお嬢様が気に入っていたようです、とお伝えするべきでしょうか。

一歩も動かなくなったお嬢様にこんなことを考え始めていると、バシリア嬢がお嬢様お気に入りの絵画を贈る、と言い始めた。

なんでも御領主様の計らいで、ご自分の治める街中で誘拐されそうになったお嬢様へのお見舞いとのことだった。

発送準備の確認として家令に呼ばれたのは、お嬢様が絵描きの少年のモデルを引き受けた時だった。

椅子に行儀良く座るお嬢様が愛らしくていつまでも眺めていたかったのだが、用があると呼ばれてしまっては仕方がない。

とはいえ、お嬢様を一人にするわけにはいかないと躊躇っていると、バシリア嬢の 子守女中(ナースメイド) がお嬢様のお守りを引き受けてくれた。

画廊の一角には 他者(ひと) の目もあるし、子守女中もいる。

そう危険な目になど合うはずがない、と。

それでも不安だったので、お嬢様にも一言断りを入れる。

一時場を離れるが、絶対に一人にはならないように。

必ずバシリア嬢やその子守女中と行動を共にしてほしい、と。

簡単な梱包作業と発送先の確認に、違和感を覚えたのはすぐだった。

こんなにも簡単な確認作業、本当に今やる必要があるのだろうか。

不安になって早々に作業を終わらせてお嬢様と別れた場所へと戻ると、先ほどまでの 長閑(のどか) な光景はどこにもなかった。

赤い絨毯の上には絵描きの少年の両手から流れた赤黒い血が溜まり、両手両足を縛られたバシリア嬢の意識はなかった。

お嬢様を見ていてくれる約束の子守女中の姿を捜すと、少し離れた廊下の角で顔面を赤黒く変色させて倒れているのを見つけた。

おそらくは、意識を失うまで殴られるか蹴られたのだろう。

……お嬢様、お嬢様は……?

周囲を見渡してみるが、ティナお嬢様の姿はどこにも見えなかった。

けれど、周囲の様子を探っていると、少々の違和感がある。

……人が、いない?

先ほどまでは 賛助者(パトロン) の案内をする使用人がいたり、角に警備員が立っていたりとしたのだが、不思議と彼らの姿が見えない。

他者(ひと) の姿を求めて廊下を進むと、背後から騒ぎが起こる。

おそらくは気を失ったバシリア嬢が、誰かに発見されたのだろう。

騒ぎの場へ戻ろうか、先にお嬢様を捜すかと逡巡すると、画廊の玄関扉に白い封筒と見慣れた黒い毛皮を見つけた。

お嬢様の髪の色と同じ毛皮に、反射的に走り寄って封筒と毛皮を手に取る。

毛皮は、常にお嬢様の頭に添えられていた猫の耳を模した髪飾りだった。

手紙の宛名には、レオナルドの名前が書かれている。

ここまで材料が揃えば、もう疑いようもなかった。

お嬢様は誘拐されたのだ。

あてもなくお嬢様を捜しに出るよりは、と応接室にいるはずのレオナルドへと報告に走る。

ちょうどバシリア嬢が縛られた状態で見つかったという報告も入っていたようで、応接室の空気は凍り付いていた。

……何故、エセルバート様がおられるのでしょう?

宿泊施設を出る時にはいなかった老人の姿を見つけ、戸惑う。

何かおかしい、と気づいたが、まずはレオナルドへ報告をするのが先だ。

「ティナお嬢様が、攫われたようです。どこにも姿がありません」

見つけた封筒と髪飾りをレオナルドに渡し、報告のために一連の出来事をすべて語る。

お嬢様が気に入った絵画をバシリアが贈ると言い始め、その発送の確認作業に呼び出されて場を離れた。

作業が終わって戻った時にはお嬢様の姿はなく、バシリア嬢は縛られてはいたが床に転がされていただけだった、と。

……変、ですね?

報告が進むにつれてレオナルドの顔は鬼神のごとく凄まじい形相に変わっていくのだが、部屋を駆け出して行くようなことはなかった。

お嬢様に何かあれば真っ先に駆け出していきそうだ、となんとなく思っていたのだが、意外に冷静で、逆に怖い。

顔はお嬢様が泣き出しそうな形相なのだが、静かすぎて余計に迫力があった。

「……エセルバート様、ジェミヤン殿。どうやら狙われていたのは私の妹だったようです」

声は静かなのだが、内に潜んだ怒りの激しさはビシビシと伝わってくる。

応接室での話で、すでになにかレオナルドが怒るような内容でもあったのだろう。

「すぐに捜しに向いたいと思いますので、お二方はそれなりのお覚悟をお願いいたします」

噛み締めるような言葉遣いに、自分が怒りを向けられているわけではないのだが、足がすくんで動けない。

しかし腰を抜かしている場合ではない。

レオナルドがお嬢様の捜索に出るというのなら、私もそれに続くまでだ。

「待ちなさい。あてもなく飛び出して行ってどうするつもりじゃ」

それぞれの子どもには見張りを付けていたから、少し待てばどこへ連れて行かれたのかちゃんと報せがくるはずである、と続いた老人の言葉に、うっかり殺意が湧いたのは仕方がないことだと思う。

老人の言葉に、嫌という程理解ができた。

先日の誘拐未遂は誰が狙われたのかが判らなかった。

そのため、子どもたちを囮に使ったのだろう。

だから自分はティナお嬢様から遠ざけられ、画廊内の人影も 疎(まば) らになっていたのだ。