軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

我がまま暴君ディート 1

「もう一度っ! もう一度勝負だっ!!」

自分がとにかく一勝するまでやるぞ、とリバーシを強要してくるディートは、アルフの家系というよりはアルフレッドの家系だろう。

老紳士はもしかしたら、アルフレッドの愛称として故意に『アルフ』と言ったのかもしれない。

考えもなしに本名を名乗ってしまったディートへのフォローとして。

……だったら私も遠慮なくアルフさんの親戚扱いさせてもらいますけどね。

貴族の隠居と、前国王では身分が違いすぎて扱いも当然変わってくる。

それが自称とはいえ『ただの隠居』と老紳士が言ってくれているのだ。

貴族向けの作法を少し教わった程度の私に、王族向けの作法など判るわけがない。

なにか致命的な失礼をするぐらいなら、騙されたふりをしておく方がいいだろう。

「お嬢さんは、リバーシが強いようじゃな」

「グルノールに持ち込んだのは、わたしですからね」

黒が大部分を占める盤面からコマを片付けながら、グルノールの街でリバーシが始まった話をする。

最初はメイユ村で石に色を塗って遊んでいたものだ、とレオナルドについた嘘も混ぜた説明だ。

リバーシの出所が私の発案ではない、と印象付けておくことは大事だと思う。

……またアルフレッド様の時みたいに、いきなり転生者か、って言われても怖いしね。

「つまり、お嬢さんはリバーシの元祖なわけじゃな。最初からディートに勝てるはずはなかった、と」

「元祖はオーバンさんですよ。グルノールの街で一番強いのはアルフさんですね。ヘルミーネ先生もかなり強いです」

当初は弱かったレオナルドもコツが解ってきたのか、最近では私といい勝負をする。

宿に残された護衛の黒騎士はマンデーズ砦の騎士なのでリバーシを知らないが、カリーサは私が教えたのでリバーシを知っていた。

ディートが誰かに勝とうと思えば、私の護衛にリバーシを教えた初戦でなら勝てる可能性があるかもしれない。

……現時点で私に勝とう、っていうのは無理があるよ。

私は相変わらず故意に負けるという技能を持ってはいなかった。

いつでも、誰が相手でも、自分にできる全力で相手をしている。

その結果として、昼食を中座させられて延々三時間ほどディートにつき合わされていた。

「今度はぼくが黒だ! おまえは白な」

「もうお開きですよ。わたしはお昼寝の時間を要求します」

「ダメだ。まだ一度もぼくが勝っていないじゃないか!」

「お店に迷惑ですよ」

負けるたびに騒ぎ、長時間席を占拠している。

宿泊施設(ホテル) として同様にお高めのレストランであるこの場所は、豪華な調度や楽師の演奏による雰囲気も売り物の一つであるはずだ。

それが負けるたびにディートが悔しがり、もう一回、もう一回と騒ぐので、せっかくのレストランの作られた雰囲気が台無しになっていた。

回転率で稼ぐ店ではないはずだが、間違いなくこれは営業妨害になっているだろう。

……シードルさんも、頭の痛そうな顔してるしね。

老紳士は珈琲を飲みつつ苦笑いを浮かべているだけなのだが、この一角が見渡せる位置に立っているシードルはなんとも複雑な顔をしていた。

きっと、騒いでいる子どもがディートでなければ、早々にレストランからつまみ出していることだろう。

「店に迷惑な 理由(わけ) がないだろう。このぼくが利用してやっているんだぞ」

ムッと唇を尖らせたディートに、そろそろ私の我慢も限界だ。

我儘暴君に育ってしまったとは聞いているが、現在のディートの設定は『旅の隠居とその曾孫』だ。

子どもの私が他の大人たちと同じように、ディートの背後にいる両親の顔色を窺う必要はない。

「じゃあ、わたしが迷惑しているので、もうしません」

「なに!? どこが迷惑だと言うんだ!? このぼくが……」

「どこの『ぼく』かは知りませんが、迷惑ですよ。自覚してください」

ディートから今現在 被(こうむ) っている『迷惑』を目の前で指折り数えてやる。

昼食を中断させられて私は空腹を感じている、すでに三時間も同じ遊戯につき合わされている、そもそも弱すぎて私は楽しくない、部屋に篭ってやりたいことがあるというのに拘束され続けている、と思いつく限りの不満を挙げてみたのだが、ディートには通じなかったようだ。

青い目を丸くして瞬いたあと、どこをどう捻じ曲げて解釈したのか、自慢げに口の端をあげて言ってはならないことを口にした。

「そうか、ぼくが誰か知らないから迷惑だとか解らないことを言うんだな? 仕方がないから教えてやろう。ぼくはクリストフ現国王陛下の第一王子エルヴィスが子……」

「わたしのモットーは、王様なんて国の奴隷、です」

最後まで言わせまい、とディートの言葉を遮ると、ディートは意味がわからなかったのか口を閉ざして首を傾げる。

代わりに口を開いたのは老紳士だ。

さすがに老紳士の前で言っていいことではなかった気もするが、ディートには今のうちに教えておいた方がいい。

「お嬢さんは面白いことを言うな。お嬢さんの言う『国』とはなんじゃ?」

「国は国だと思います。そこに住んでいる人だとか、土地とか、全部まるっと国です」

「奴隷、と言うのはなんじゃな?」

「王様って、みんなの暮らしが良くなるようにっていろいろ考えて、文官さんたちといっぱい相談して国のことを決めるすごく重い責任を背負った人でしょ?」

「国の重い 荷物(せきにん) を持つから『奴隷』か」

「少なくとも、ぼくは王子様の子どもだぞ、とふんぞり返って 他者(ひと) の迷惑を 省(かえり) みない子どもを、そんな大変なお仕事をしているすごい人たちと同じだとは思いません」

王様や王族が上に立つ者として敬愛され、尊敬されるのは、それに見合う働きをしてきているからのはずだ。

間違っても今の我儘放題に振舞うディートを、王族に名を連ねるからといって 敬(うやま) う気持ちにはなれない。

「なるほどのう……。お嬢さんはもう少しハルトマン女史から言葉遣いを教わった方がよいな。今のままでは要らぬ誤解を生むこともあるじゃろう」

「さすがに今のは言い方が悪いって自覚があるので、お勉強頑張ります。エセル様、今のお話は秘密にしてくださいね」

誰にも言ったらダメですよ、と釘を刺すと、老紳士はカッカッカとどこかの黄門様のように笑った。

旅先で出会った幼女との戯言など、お城に持ち帰られては困ってしまう。

老紳士のとりなしでディートから開放されたのは、昼寝をするには遅すぎる時間だった。

昼寝には遅いのだが、三時間もリバーシの相手をさせられた私の脳は疲れきっている。

夕食が遅くなるだとか、刺繍の続きをしたいだとか、考えることはいっぱいあったのだが、とりあえずベッドに突っ伏した。

とにかくディートに付き合わされて疲れたのだ。

目が覚めたら朝だった。

中断された昼食以降、まるまる夕食を抜くことになった私のお腹は、目が覚めると同時にぐぅっと情けない悲鳴をあげる。

……レオがいないから寂しくて眠れない、ってことはなかったね。

怪我の功名だろうか。

リバーシで頭を使ったお陰か、疲れ果てて眠ってしまったため、寝付く前に余計なことを考える余裕などなかったし、夜中に起きることもなかった。

もそもそとベッドの上を移動していると、起きた気配がわかったのだろう。

カリーサが天蓋を開いてくれた。

「……ます、ティナお嬢様」

「おはよう、カリーサ」

風呂に入りたい気もしたが、まずは何か食べたい。

そう伝えると、洗顔用の湯を用意したカリーサがお茶とサンドイッチを持ってきてくれた。

……玉子サンド、美味しい。

もぐもぐと味わって食べている間に入浴の準備が整う。

温かい湯に浸かってホッと一息ついていると、部屋の外から甲高い子どもの声と、何か大きな物が叩きつけられるような音が三度続いた。

……や、まさかね? 昨日の今日だよ? まさか、また同じことしないよね?

身支度を整えて改めて朝食を頂いている間も、カリーサは特に何も言わなかった。

そのうち入浴中に大きな音がしたことなんて綺麗に忘れて刺繍をしはじめたのだが、昼近い時間になるとシードルと老紳士が両手いっぱいに花やお菓子といった土産を持ってやってきた。

「そろそろアレを許してやってはくれんかの?」

「アレ?」

はて、なんのことだろう? と首を傾げると、後ろに控えていたカリーサがポンっと手を叩いた。

どうやら何か思いだしたらしい。

「アレってなんですか?」

「……ほど、ティナお嬢様の入浴中に、ディート少年が」

……あ、やっぱり。

どうやら入浴中に聞いた物音は、またも乱入してきたディートとその護衛をカリーサが仕留めた音だったようだ。

あの我儘暴君は、まったく昨日のことを反省していないらしい。

「それで、ディートはどうしたんですか?」

「……した」

「はい?」

よく聞き取れなかったので聞き返すと、カリーサは真面目な顔で一言「吊るした」と答えた。

「……吊るしたんですか?」

「はい」

「どこに?」

「……だんの、吹き抜けに」

「ここ何階でしたっけ?」

「三階、です」

つまり、こりずに部屋の主の許可も取らずに侵入してきたディートは、カリーサの手によって三階の階段から吊るされているらしい。

それはたしかに、ディート本人を後回しにしてエセルが頭を下げにくるかもしれない。

シードルが同行しているのは、単純に高級ホテルという体裁を守るためだろう。

三階から吊るされた男児のいる高級ホテルなど、いろいろ台無しすぎた。

「……エセル様、ディートには世間を見せるより先に、どこかに閉じ込めて暴君をてってい的に矯正した方がいいと思います」

さすがに注意された翌日に、それも女の子の入浴中に部屋へと乱入してくるのは不味すぎる。

これをディートの身分を利用しようと考える人間相手にやらかしてしまえば、相手にとっていい脅しのネタになるだろう。

「ヘルミーネ先生はわたしの先生なので譲れませんが、厳しい家庭教師を付けることをお勧めします」

「お嬢さんのところの 女中(メイド) を譲ってくれんか? ディートを容赦なく吊るせる女中など、他にはおらんじゃろ」

「カリーサはうちの子で、預かり 者(・) なのでダメです」

それでなくともカリーサは必要があってマンデーズの館から借りてきたのだ。

別へと貸し出すことはできない。

それに、レオナルドが不在の今は私が主だが、本来の主はレオナルドだ。

何かの間違いでカリーサを貸し出すことになるとしても、レオナルドの判断がなければ決められることではない。

「……あ、一人いますね。男の人で、カリーサを育てた、 有能家令(イリダル) が」

「ほう、どんな人物じゃ?」

いっそディートを甘やかすだけの乳母や使用人から離して、マンデーズの館へディートを預けてはどうか、と思いつきの提案をエセルにしてみる。

カリーサを育て上げたイリダルならば、ディートの外見が愛らしかろうと容赦なく矯正してくれるだろう、と。

「面白そうな案じゃな。しかし、その案を実行するためにはマンデーズ砦の主の許可が必要になるが……」

「エセル様はいつまでこの街に滞在されているのですか? レオなら一週間もすれば戻ってくると思いますが」

「わしらは気の向くまま、風の向くままに旅をしておるからの。いつまで、という取り決めはない。マンデーズ砦の主が戻ってくるというのなら、ここでしばらく待つとしよう」

本人(ディート) のいない場で今後の教育方針を話し合っていると、遠慮がちにシードルが話に入ってきた。

本来なら貴人の会話に割って入るなどという蛮行は絶対に犯さないのだが、教育方針を話し合うより先にホテルの内装を損なう吊り下げられた 者(・) を取り除いてほしい、と。

……ごめんなさい。すっかり忘れていました。