軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 俺の妹 5

グルノールの東に位置するマンデーズ砦に到着したのは、神王祭前日の昼だった。

三日前には到着する予定で出立しているので、遅刻もいいところだ。

道中、ワーズ病の影響で働き手を失った村の住人が山賊崩れになっているのを捕縛した。

ある程度の遅れは予想していたが、本当にギリギリの到着になってしまったのはこのためだ。

無理をさせてしまった馬に十分な休息を、と命じて手綱を他の騎士に預ける。

グルノール騎士団の深紅のマントを外すと、すぐにマンデーズ騎士団の 橙(だいだい) のマントが差し出された。

「妹が可愛いのはわかりますが、もう少し余裕をもって移動していただきたい」

「俺の妹が可愛いのは事実だが、遅れたのは 妹(ティナ) のせいじゃないぞ」

タルモの小言を聞き流しながら団長用の執務室へと足を向ける。

神王祭の打ち合わせも必要だが、捕らえた山賊崩れの扱いも相談したい。

北のラガレット領の村人であれば領主に引き渡して終わりだが、残念ながら先日捕まえた山賊はマンデーズ騎士団の管轄だ。

後日になるが、別部隊がこのマンデーズ砦へと彼らを護送してくる手筈になっていた。

「今年の冬は労役で食わせるとして、家族は村か。事情はわかるが、犯罪に手を染めたものを放置はできん……」

さてどうしたものかな、と捕らえた山賊の処分を考えながら、神王祭の打ち合わせをする。

神王祭というよりも、砦で行われる軍神ヘルケイレスの祭祀の打ち合わせだ。

内容はどの砦でも毎年同じだが、俺の場合は場所が変わる。

軍神を奉る祭祀なだけあって、祭司を務めるのは砦で一番の実力者と決まっていた。

そのため四つの砦の主である俺の場合、一年ごとに各砦で祭司を務めることになっている。

一年のほとんどをグルノールにいるのだから、とグルノール砦での祭祀は全てアルフに任せ、冬は他三つの砦に滞在してはどうか、という話もあるが、断固拒否したい。

一理あるとは思うが、 妹(ティナ) と冬を過ごしたいし、グルノールの主がアルフだと軍神ヘルケイレスに覚えられては困る。

そんな冗談を交えつつ、砦の春から冬にかけての報告を聞く。

今年はワーズ病の収束を図るために春の中頃から連絡を密にしていたので、報告自体は少ない。

夕食をとる頃には急ぎの報告は全て終わっていた。

日付が変わって祭祀が 恙無(つつがな) く終わると、夜食を取りながら報告の続きを聞く。

マンデーズ砦にもまた、砦に寄り添うように街が出来ていた。

グルノールの街よりは小さいが、それでも立派な街だ。

夜が明けてきたので見回りがてら街へ出たら、獣の仮装をした大人や子どもがそこかしこに溢れていた。

……今頃はティナも仮装で夜祭を楽しんでいるんだろうな。

ハルトマン女史が仮装の準備をしていたので、ティナも夜祭へと出かけたことだろう。

猫の仮装ではしゃぐティナを見たかったのだが、俺がグルノールで冬を過ごせるのは早くて再来年だ。

九歳の冬は今年一度しかないというのに、惜しい。

惜しいが、ティナには冬に旅行へいこうと誘ってきっちり断られている。

ティナが来年こそ一緒に旅行へ来てくれれば、もう少しだけ早くティナの仮装が見られるかもしれない。

馬の背にゆられてのんびりと街中を見回る。

昼過ぎには今夜からの宿になるマンデーズ館へと帰宅した。

帰宅と表現するように、この館もまた俺の家になる。

グルノールの街にある城主の館のように、マンデーズでも砦の主には館が与えられることになっていた。

そのため、ほとんど四年に一度、それも冬の間しか滞在しない館ではあったが、俺の家ということになっている。

建物の作りは違うが、広さはグルノールと大差ない。

ただ、 使用人(ブラウニー) の数はグルノールの館と比べれば多かった。

これは四代ほど前の主の資質によるものが大きい。

「おかえりなさいませ、レオナルド様」

「外に出てきても大丈夫なのか?」

「お気遣いありがとうございます。冬は雲が厚いので、過ごしやすいものです」

ノッカーを叩く前に玄関から顔を出したのは、家令のような役割を果たしているイリダルという男だ。

白い肌と白い髪、そして印象に残る赤い瞳をしたこの男は、肌が弱いという理由で外では働けず、室内で過ごすことの多い職場としてこの館の使用人になることを選んだ。

使用人など家具も同然、と公言しつつ、その家具の手入れと称して館の維持費で自分が生きるために必要な塗り薬を買っている。

実にしたたかで口うるさい家具だ。

……だが有能だ。

四年に一度しか滞在しない館であっても、不便なく快適に暮らせるのは、イリダルあってのものだと知っている。

イリダルは自分が生きるために館へと自分を売ったのだ。

追い出されぬように努力をするのは、本人としては当然のことなのかもしれない。

「おかえりなさいませ、レオナルド様」

「……ませ」

「妹様はやはりご一緒ではありませんのですね」

イリダルの後ろから三人の 女中(メイド) たちが姿をあらわす。

同じ顔をした三人が一堂に並ぶのはなかなか壮観なのだが、誰が誰なのか未だに見分けが付かない。

性格に多少差はあるのだが、外見はまったく同じだ。

アリーサ、カリーサ、サリーサと名付けられたこの三つ子は、三つ子であることを理由に捨てられ、イリダルを買った当時の砦の主に拾われた。

ほとんどイリダルが育てたので、気分的に親子のようなものらしい。

普通の使用人は館の管理や維持、主たちの生活をささえるのが仕事なのだが、その主が四年に一度しか滞在しないという特殊な事情のため、この館の使用人は総じて事務能力が高い。

普段留守をしている主の代わりに、砦へ出向いて執務を手伝うようなことまでしているのだ。

「……ティナは一人で留守番ができるそうだ。そう言って振られた」

コートを脱ぎながらそう答えると、カリーサが落胆の色を見せる。

口数は少ないのだが、どうやらティナが来るのを楽しみにしていたらしい。

「残念ですね。小さなお嬢様など、滅多におもてなしできませんのに」

「サリーサなんて、御菓子のレシピを極めて待っていたのですが……」

三人の女中から代わるがわるティナに振られたことを責められている気がする。

アリーサとサリーサはそれほどでもないが、特にカリーサの視線が痛い。

「……まあ、久しぶりの独身生活を楽しむさ」

肩を竦めて三つ子を追い払い、イリダルを伴って執務室へと移動する。

そこで今度は館についての報告を聞いた。

館の見回りを終え、少し休んでから再び砦へと向かう。

用があれば出向いてくることもあるが、基本的には四年に一度しか来ないマンデーズだ。

仕事は多い。

報告書に没頭している間に日が暮れた。

ノックの音に顔をあげると、窓の外がすっかり暗くなっている。

「団長、館からアリーサが使いに来ていますが」

「アリーサが? 通せ」

「はっ!」

昼間館についての報告は聞いたばかりだったのだが、何か急ぎの用事でもあったのだろうか。

そう不思議に思ってアリーサを迎えると、アリーサが奇妙なことを話し始めた。

「居間の暖炉に見知らぬ女児が隠れていて、俺を呼んでいる?」

女児と言えばティナとその友人のミルシェを思いだすが、まさかマンデーズにいるわけがないので除外する。

そうしてしまうと、俺を呼びそうな女児に心当たりなどなかった。

しかしアリーサの語る女児の特徴を聞くと、ティナとしか思えない。

黒髪に青い目の、猫耳のはえたコートを着た可愛らしい女児など、ティナ以外には考えられなかった。

……いや、まさかな。

まさかティナではないだろう。

そうは思うのだが、呼ばれている以上は確認をした方が良い。

時間も時間であったし、と仕事を切り上げて館へと向かった。

イリダルに迎えられて入った館では、確かにティナの泣き声が聞こえている。

レオ、レオ、と呼びながら、なにやら謝り続けていた。

いい子になるから、ごめんなさい、もう悪戯しないから、などと言いながら、時折言葉が途切れる。

……なにか、様子が変だな?

ティナらしき泣き声に、少し違和感を覚えた。

女児を見つけて以来、なんとかなだめようと付き合っていたらしい有能家令イリダルが、実に珍しいことに疲れきった顔をしてこちらへとやって来る。

簡単に説明された話によると、日が沈み始めた頃、俺の帰宅に備えて居間の暖炉に火を入れようとしたところ、暖炉の奥から女児の声が聞こえたそうだ。

出して、開けて、と。

あまりに切羽詰まった声だったので、何故女児が暖炉に? という疑問は後回しにして暖炉の扉を開けたらしい。

そうしたら、中に黒髪の女児がいたそうだ。

青い瞳に涙をいっぱい浮かべて、とにかく事情を聞いてみようと手を伸ばしたところ、怯えた女児は火がついたように泣き始め、器用にも自分で内側から扉を閉めて閉じこもってしまったのだとか。

……聞けば聞くほどティナっぽいな。

基本的には聞き分けの良い子なのだが、ティナは時々理解しがたい行動を取ることがある。

突然ベッドに飛び乗ってきたり、つま先で足を蹴ってきたりする理由もいまいち理解できていない。

「あんなに泣いたら、喉が潰れてしまうのではないでしょうか」

「レオナルド様」

女児の呼ばれているのだから、と促されて暖炉の前へと移動した。

近づいたために聞き取りやすくなった女児の声は、どこからどう聞いてもティナのものだ。

……ティナのわけがない。ティナがいるわけが……。

そうは思うのだが、ティナの声だとしか思えなかった。

「……ティナ?」

そっと暖炉の扉を爪で叩いてみる。

カツカツと音がした。

「ティナ? 開けるぞ?」

もう一度呼びかけると、中の泣き声がピタリと止んだ。

中の女児がティナであれ、誰であれ、話を聞く気はあるようだ。

取っ手を持って扉を開こうとしたら、扉が中から勢い良く開かれた。

同時に黒い塊が飛び出してきて、目の前に座り込んでいる。

「え? ティナ? ホントにティナか? どうした? なんで暖炉の中に……?」

灰と涙で全身が真っ黒になっていたが、どこからどう見ても暖炉の中から飛び出してきたのは俺の 妹(ティナ) だった。

青い目をまんまるに見開いたかと思ったら、大粒の涙が見る間に溢れ出す。

「レェーオぉー……っ!」

うわーんっと泣きながら、ティナが両手を伸ばして抱きついてきた。

何か言っているが、ほとんど聞き取れない。

わんわんとただひたすらに泣きじゃくり、俺の首筋に顔を埋めた。

……なんだ? 何がどうなってるんだ!?

まったくもって 理由(わけ) がわからない。

理由はわからなかったが、解るためにはティナが落ち着くのを待つしかないのは判った。

とにかく、ティナが早く落ち着くように、と背中を軽く叩き続ける。

落ち着かせるのが目的だったのだが、リズムよく背中を叩かれたティナはそのまま眠ってしまった。

灰だらけのティナを抱き上げたところ、当然俺も灰だらけで真っ黒になった。

イリダルが渋い顔をしていたが、こればかりはどうしようもない。不慮の事故だ。

一度ティナをどこかに下して風呂に、とアリーサが運んできたボロ布の上にティナを下そうとしたら、ティナが目を覚ました。

目を覚ましたティナは、自分が手放されそうになっていると知るやいなや再び泣き始める。

これまでにないティナの反応に、どう扱ったものかと途方にくれてしまった。

「ティナは灰で真っ黒だろ? お風呂に入ろう」

「レオから離れるの 嫌(や) 」

ティナが目を覚ましたのだから、と先にティナを風呂に入れようと説得しはじめたのだが、これもティナは嫌だと言う。

俺から離れるのが嫌だなどと可愛いことを言ってくれているのだが、これまでにティナがこんなことを言ってくれたことはない。

ティナにしか見えないし、ティナだとは思うのだが、やはりティナではないのだろうか。

「……なら一緒に入るか?」

「嫌」

女の子は男の人と一緒にお風呂には入りません、と頬を膨らませるティナに、やはりこれはティナだと確信する。

女児とはいえ、ティナは俺と風呂にはいることを嫌がった。

兄として実に悲しい。

「……レオ、いるー?」

「いるよ」

離れるのは嫌、一緒に入るのも嫌。

そんなティナとの妥協案として、風呂の横に衝立を用意して、俺は衝立の陰でティナの風呂に付き合うことになった。

時折本当に俺が衝立の陰にいるのか、とティナが不安気に呼びかけてくるのが可愛いのだが、なんだか空しい。

ついでに、衝立と浴槽の両方を見渡せる位置にアリーサが立ち、ティナの希望で俺が風呂を覗かないように見張っている。

兄として本当に信用がない。

……風呂は一人で入れる、とタビサの報告にあったんだがな?

甲斐甲斐しく世話を焼きたがるカリーサに、ティナは入浴の世話をされているようだ。

時々くすぐったい、と笑う声が聞こえる。

……そういえば、アリーサとカリーサの顔を見ても特に反応はなかったな。

双子は忌み子と嫌われる。

メイユ村のような閉鎖的な村では、その手の差別は街よりも激しいと思うのだが、ティナには双子を嫌悪する素振りがない。

……ま、双子どころか三つ子なんだが。

そんなことを考えているうちに、ティナの風呂が終わった。

オレンジ色の真新しいワンピースを着たティナに、そのワンピースはどこから持ってきたのか、という当然の疑問も吹き飛ぶ。

イリダルは有能な家令だ。

俺の妹の服ぐらい、事前に用意してあったのだろう。

ティナの入浴が終わったので入れ替わりに風呂を使うと、今度はティナが衝立の陰で俺の入浴が終わるのを待っていた。

時折「レオ、いる?」と呼びかけられて、それに「いるよ」と答える。

あまり何度も聞かれるので、俺の方にも悪戯心が湧いた。

「レオ、いる?」

再び聞こえてきた問いに、今度は無言で答える。

いると答えなかったら、ティナはどういう行動に出るのだろうか。

ほんの少しの悪戯心だったのだが、ティナはもう一度呼びかけるという確認行動はしなかった。

「レオ、いた」

ひょっこりと衝立の端から顔を覗かせ、浴槽に浸かる俺の所在を確認する。

自分には覗くなと怒るくせに、俺の入浴を覗くのはいいらしい。

せっかくなので、と髪を洗ってくれるよう頼んでみたら、ティナはご機嫌な様子でこれを引き受ける。

……何か変だな?

何かがおかしい。

それは確信しているのだが、それが何かが掴めなかった。