軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊に攫われた子ども 1

レオナルドだ。

そう確信して見慣れた黒髪の主を追いかけ、マントの端を捕まえた。

「あれ?」

捕まえたマントの色に違和感を覚え、マントの端を握り締めた自分の手を見つめる。

手の中のマントは、黒かった。

レオナルドがいつも纏っている 深紅(いろ) ではない。

「間違えましら。ごめんなしゃい」

パッとマントを放し、間違いで捕まえてしまった相手を見上げる。

相手も突然幼女にマントを捕まえられて驚いたのだろう。

赤い目を丸くして瞬いていた。

……あれ? やっぱりレオナルドさん?

別人だとは判るのだが、じっと見ているとレオナルドに似ている気がする。

拭い去れない違和感を覚えて、頭の片隅では失礼だと思っていたのだが、マントの男から目が離せなかった。

髪の色は、レオナルドと間違えたように黒い。

しかし髪質は真っ直ぐで、レオナルドのように癖はない。

前髪が長く、右目は隠れていて見えないが、左目は 石榴(ざくろ) のように紅かった。

髪に隠れていて見えないのだが、右目は 蒼(あお) いはずだと不思議と確信している。

歳は判らなかった。

そんなはずはないのだが、ニルスぐらいの少年にも、レオナルドぐらいの青年にも、バルトのような壮年にも見える。

……なんだろう? 変なの?

目の前の青年――とりあえずはレオナルド 風(・) に見えるので、青年と思っておく――の印象が安定しない。

注意深く観察すれば人物像がズレ、関心を向けないようにするとレオナルドだと誤認してしまう。

「うーんん?」

わけが判らず首を傾げると、猫耳のついたフードがパサリと後ろに落ちた。

「ダメだよ。神王祭の夜は、獣の仮装を解いてはいけない」

……あ、話し方は優しい。アルフさんみたい。

伸ばされた手に優しくフードを直され、お礼を言おうと顔をあげたら、レオナルドに見えていた青年の顔がアルフに見えた。

ただし、髪と目の色は先ほど感じたままの色をしている。

……何か変だな?

そう思ったのだが、何が変なのかが判らない。

「えっと、フード、ありがとうございました。それと、人違いしました。ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げて謝罪し、また頭をあげる。

その際にまたフードが頭から落ちたのだが、今回は青年がフードを直そうと私の頭へ腕を伸ばしてくることはなかった。

ただ、困ったように眉を寄せてから、私の肩のあたりでそっと払うような仕草をする。

「ダメだよ、この子は人間の子どもだ。悪戯をしないであげて」

「……何かいるんですか?」

はて? と軽くなった頭で肩を見ると、そこには赤い目をした黒猫が乗っていた。

黒猫に気づいた瞬間にフードが重くなり、後ろに手をやって調べる。

……え? 何かいる?

もふっとした毛ざわりを感じて中身を取り出してみると、金色の目をした白猫がいた。

「あれ? 猫さん、いつの間に……?」

入れた覚えのない猫が自分のフードから出てきて驚く。

今の今まで被っていたフードだ。

猫などはいっているわけがない。

「困ったな。今の君に、私は誰に見えている?」

「アルフさんに見えます」

髪と目の色は違うが、とも追加する。

それから少しだけ安心した。

誰に見える? ということは、姿が安定しないことは正常な反応なのだろう、とすとんと腑に落ちる。

それ自体が異常なことだ、という考えは微塵も湧かなかった。

「その人は君の家族?」

「違います」

「えっ!?」

青年が驚いたので、アルフは家族ではなく、レオナルドの友人だと追加する。

レオナルドとは誰かと聞かれたので、今の家族で自分の兄貴分だ、と答えておいた。

「レオナルドさんと間違えて、お兄さんのマントを捕まえちゃいました」

「ああ、よかった。最初はちゃんとご家族に見えていたんだね」

「そうですね。レオナルドさんに見えてました」

その後、違和感を覚えてじっと観察していたら誰か判らなくなり、青年の話し方にアルフを思いだしたらアルフに見えるようになったのだ、と説明する。

子どもの他愛のない不思議話だったが、青年はじっと私の話を聞いていてくれた。

初対面の人物なはずなのに、不思議と警戒心を抱かせない青年だと感じる。

青年に聞かれると、隠しごとなどせずに全て正直に話さなければ、という気分になるのだ。

「……わかった。つまり君は、異世界の人間だね」

「この世界生まれですけど、たぶん、そうだと思います」

「口達者なところをみると、ついでに転生者だろう」

「そうです」

転生者と指摘され、するりと認めてしまう。

オレリアのアドバイスに従い、これまではバレないように、気づかれないようにと考えてきたが、この青年の前では全ての警戒心が無効化するようだった。

青年の方も、私が転生者であろうとなかろうと、捕まえて誰かに売るような素振りはみせていない。

ただの事実確認でしかなかったようだ。

「異世界の転生者だって、なんでわかったんですか?」

「異世界の魂は、精霊に嫌われないからね」

「精霊?」

首を捻りながら青年を見上げると、肩の上の黒猫が小さく鳴く。

注意を引かれて顔を向けると、今まではちょこんっと足を揃えて肩に座っていた黒猫が、まるで人間のように足を組んで肩に座っていた。

「ぼくらは にんげんが だいきらい!」

「でも いせかいのにんげんは きらいじゃないよ」

白猫と黒猫にまるで歌うように囁かれ、少し頭が混乱する。

人間が嫌いで、でも異世界の人間は嫌いではないらしい。

どうやら彼等の中で明確な区別があるようだ。

「君たちの言う転生者は、この世界の 人間(もの) ではないから、精霊から嫌われる理由がないんだよ」

「この世界の人間は、精霊に嫌われる理由があるの?」

「一度失った信頼を取り戻すのは大変なんだ」

……何したの、この世界の人間。

一瞬だけ疑問に思ったのだが、すぐにその答えと思われる事柄が思い浮かぶ。

……追想祭?

あのお祭は、大昔の人間が過ちを犯し、正義の女神イツラテルの怒りを買い、慈悲深い神王ですら過ちを犯した男を断罪したことから始まっている。

思い返してみれば、神王の名が歴史に残る最後の出来事でもあった気がした。

「 追想(ついそう) ……今は随分柔らかな言葉になっているね。昔は 慙愧(ざんき) の念を忘れないように、と慙愧祭と呼ばれていたのに」

……あれ? 私、今声に出していなかったよね?

不思議に思って青年を見つめると、私と目の合った青年は柔らかく笑う。

それから気が付いた。

先ほどからずっと、私の言葉は普通だ。

いつものように噛んでいないし、舌もちゃんと回っている。

……ここ、どこ?

今さら過ぎる疑問だったが、自分が今どこに立っているのかが判らない。

三羽烏亭の軒先でヘルミーネと大学いもを食べていたはずだが、レオナルドを見かけ、追いかけた。

移動した距離としては、ほんの数メートルのはずだ。

だというのに、ヘルミーネの姿は見えないし、そもそも祭りだというのに人通りがまるでない。

景色はグルノールの街中であることに間違いないのだが、私と青年と二匹の猫以外の誰の姿もなかった。

「……あれ?」

不安になった途端、アルフに見えていた青年の顔がレオナルドに見える。

コロコロと変わる顔に本当ならば怖がるべきなのだが、今はそれが正常なのだと判った。

この青年の顔の場合、本当の顔が見えてしまった方がまずい。

そんな確信がある。

「昔、大きな力をもった人の王が、その力で人間も精霊も区別なく、多くの……本当に多くの命を消滅させてしまったんだ」

そのせいで精霊は人間に対して心と世界を閉ざし、精霊の世界に閉じこもってしまった。

人間とともに生きていれば、またいつ自分たちが殺されるか判らなかったからだ。

悲しそうにつぶやく青年に、なんだか私まで悲しくなってくる。

「転生者はいいんですか? 転生者だって、この世界に生きている人間ですよね?」

「転生者はごっそり減った人間の魂を、バランスをとるために人間の魂で溢れそうになっている異世界からもらってきた存在だ。人間という意味では同じに見えるかもしれないけど、精霊から見ればまるで違う魂をしているらしい」

……らしい、ってことは、このお兄さんは精霊じゃないんだね。

他者(せいれい) から聞いた、という響きの言葉だった。

「元が同じ異世界から連れてきた魂だから、同郷の転生者が残したものに気づけたりもする。本当に偶然で異世界間の転生が発生するのなら、同じ世界出身の者ばかり、というのはおかしいよね?」

つまり、慙愧祭の後始末的に、彼の言う『世界』がどのぐらいの範囲指定なのかは判らないが、少なくとも地球から人間の魂が持ってこられたらしい。

地球から持ってきた魂なので、日本出身や英語圏出身といった出身地は誤差の範囲で、広義で言えば『日本人の転生者』ではなく『地球という異世界からの転生者』と捉えるのが正しそうだ。

私にとっては外国の人だったはずの異国の転生者がいるのは不思議でもなんでもない。

みんな同じ『地球という異世界からの転生者』だ。

「もちろん、普通はこの世界に生まれる前に死の神ウアクスによって前世の記憶は綺麗に洗い流されるものだけど……」

たまに前世を覚えたまま転生してしまう魂がいるらしい。

それが私だ。

「君は少しあわてん坊だったんだね。ウアクス様に魂を真っ白に洗われる前に転生してしまって、魂に染み付いたものが落ちきっていない」

「わたしは汚れか何かですか」

つい余計な口を挟んでしまい、唇を尖らせる。

青年についてムクムクと疑問が湧いてくるのだが、問い質したいという気持ちはあってもそれを口にすることはなかった。

「汚れというと聞こえが悪いけど、認識としてはそれに近いかな? 最初にちゃんと染みついたものを洗い落としておかないと、二度目からは洗っても染みは落ちにくいんだ」

なんとなく、あんまりな言いようだ。

前世の記憶を、洗濯物の染みのように語られている。

……そりゃ、死んだあとは死の神ウアクスが次の転生に向けて生前の悲しみや恨みを洗い流してくれる、って言い伝えがある世界なんだから、魂に染み付いたものは洗い残しの染みなのかもしれないけど。

それにしたってあんまりだ。

唇を尖らせている私に、気分を害したと判ったのだろう。

青年はかすかにうろたえた。

「……前世のことを覚えている?」

「覚えていますよ。日本人でした!」

「じゃあ、名前は? ご両親の名前は覚えている? 家族構成は? 配偶者はいた? 恋人は? 幼馴染の顔を覚えている? 趣味は?」

「そんなに一度に聞かれても、答えられませんよ。待っていてください。すぐに……」

一つずつ答えますから、と青年からの質問を一度押しとどめ、改めて前世に思いをはせる。

日本人であった、という記憶はあるのだから、名前だってなんだって覚えているはずだ。

「……あれ?」

改めて記憶を探り、ふと気が付く。

これまでまったく考えたことがなかったこと自体不思議なのだが、前世で日本人だった、という以外の記憶が意外なほどに曖昧だ。

両親はいたが、名前が思い出せない。

家族構成は、兄がいた気がするが、兄ではなく親戚の誰かかもしれない。

配偶者や恋人といった記憶は綺麗さっぱり死の神ウアクスに洗い流されたようで、存在の有無すら思いだせなかった。

いつ死んだのか、死因はなにか、そんなことすら私は知らない。

「なにも、思いだせません。覚えてないというのか……?」

「君の場合は、前世で身に付けた知識だけが残っているようだね。異世界の記憶は前世のものだと思っているようだけど、異世界の魂がこの世界に運ばれたのは随分前だから、君も何度目かの転生のはずだよ」

「えっと……? じゃあ、この世界にきて初めて転生する時のわたしがあわてん坊で、神様のお洗濯を待てずに転生しちゃった、ってことですか?」

その時のうっかりのせいで、今の私には前世の記憶として日本人の知識があるのだろうか。

……前世日本人だとばかり思っていました。何回か前の前世が日本人なんですね。

「ちゃんと真っ白に洗われて、この世界に馴染んでいる魂の方が多いけど、そういう人は人の中で普通に暮らせてはいても、精霊たちからはしっかり見分けられるから、ちょっと人より運が良かったりするかな」

この世界の人間には精霊は気まぐれにも手を貸さないが、異世界から連れてこられた魂には何かのきっかけで幸運を授けることがあるらしい。

本当にささやかで、気づきにくい程度の幸運を。

……あれ? それだと神王祭で精霊に攫われる子って……?

「異世界から運んでこられた魂の人だね。精霊は基本的にこの世界の人間には近づかないから」

また頭の中で思っただけのことに返事をされて、気のせいではなく心を読まれているのだな、と確信した。

初夏に街でみた猫耳をつけた老女の姿を思いだすと、頭の中でその姿が幼女に変わる。

おそらくは、あの老女が精霊に攫われた時の容姿なのだろう。

「うん、この子なら精霊が連れてきたね。異世界から運ばれてきた魂の持ち主だ。……ちゃんと帰れたのか気になっていたけど、無事だと判って安心したよ」

うんうんと何度か頷いて、青年は穏やかな笑みを引っ込めた。

以前に精霊に攫われたという幼女の消息がわかり、多少安心したのかもしれない。

「ところで、君はどうする?」

「どう、って?」

「君は今、精霊の世界に半分だけ乗り込んでるようなものだから、このまま神王祭が終わってしまったら精霊に攫われてしまうよ」

人の言うところの『死』だ、と教えられて驚く。

神王祭の夜に精霊に攫われる子どもがいるが、子どもは家の暖炉に戻ってくると聞いていた。

まさか、暖炉に帰れない場合があり、そのまま死ぬとは聞いていない。