軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神王祭

三着目の刺繍は、予定よりも早く完成した。

一着ごとに図案を複雑にしたり、色数を増やしたりと難易度を上げていったのだが、それにともない私の腕もあがっていたらしい。

丁寧に刺繍することを心がけつつも、心の向くままに刺繍をした結果、作業にかかる時間が減った。

……これで仕上がりが雑になってたりしたら、速度が上がっても意味ないんだけどね。

ヘルミーネに仕上がりをチェックしてもらったところ、特に粗は見つからない、とお墨付きをいただいた。

本当に作業スピードがあがっただけらしい。

「随分早く仕上がりましたね」

春になったらレオナルドのシャツの袖になる布を並べ、ヘルミーネが感嘆の溜息をもらす。

作業順に並べられた袖は、ワンポイントだけ刺繍の入ったもの、ぐるりと袖口に深紅の糸で図案を刺繍されたもの、五色の糸を使って盾と剣を図案に取り込んだ刺繍がされたものが並んでいた。

「刺繍は楽しいれすね。つい夢中になってましら」

本当は冬の間かけて作業をするつもりだったのだが、冬の終わりどころか、神王祭の前に終わってしまった。

楽しかったのだから、仕方がない。

「できた刺繍はどうしたらいいれすか?」

「バルトに渡せば、仕立屋へ届けてくれるでしょう」

仕立屋もこんなに早く刺繍が届いたら驚くかもしれませんね、とヘルミーネが珍しくも冗談を言いながら布を包んで片付ける。

翌日、そろそろ雪が積もり始める中、バルトが厚いコートを着て仕立屋へと出かけていった。

冬の間かけてやる予定だったシャツの刺繍が終わってしまい、暇になった私はまたセークの時間を増やした。

最初は本当に何をどうしたらいいのかわからなかったのだが、今はなんとなく 理論(セオリー) が解る。

なんの意味があるのか、と思っていた 棋譜(きふ) 並べは、本当に勉強になった。

……駆け引きはまだ苦手だけどね。

ルールと理論が解り始めれば、あとは対戦者の思考を読み取るのが勝利の秘訣になる。

正面対決を好む者、策を練って対戦者を嵌める者、棋譜を読むだけでも様々な思考が見て取れた。

……ちなみにレオナルドさんは前者、ヘルミーネ先生とアルフさんは後者。

ヘルミーネとアルフの対戦は、互いに罠を張り合って相手が罠にかかるのをジッと待つ策士タイプだ。

レオナルドが 敵(かな) う 理由(わけ) がない。

そして私は後者を勉強中の前者だ。

これは罠だ、と気が付いてしばらくは待っていられるのだが、最終的には我慢ができなくて攻めて負けてしまう。

忍耐力を身に付けるのが、今後の課題だ。

セークに 勤(いそ) しみつつ、オレリアに贈る刺繍の図案をヘルミーネに相談していると、神王祭が近づいてきた。

神王祭は、正確には 神王(しんおう) 聖誕祭(せいたんさい) と言う。

単純に理解するのなら、神話に出てくる王様の誕生日だ。

内容としては、大晦日と元旦にクリスマス要素が加わったと考えた方が判りやすい。

神王は 神(・) さまが選んだ人間の 王(・) で、神王が生まれた時に神様はこの地上から去ってしまった。

そのため、人の時代の始まりを祝い、神王聖誕祭がうまれたのだ。

クリスマスと大晦日と元旦が一度に来るようなお祭と思えば、当然個人の家でも催し物はある。が、城主の館は主のレオナルドが不在なため、夕食がいつもより豪華になるぐらいだと思われる。

というよりも、私の基準がメイユ村での生活であったため、神王祭の夜はほんの少し夕食が豪華になるぐらいの認識しかないのだ。

秋のメンヒシュミ教会でどのようなことが行われるのかぐらいは聞いていたが、あまり実感はない。

レオナルド不在の間館に滞在しているアルフが、家長の代わりに晩餐を仕切ってくれるとのことだったが、それぐらいだろう。

クリスマスプレゼントもなければ、大掃除もない。

……あれ? 今頃お掃除?

いつものようにコクまろと居間で遊ぼうと思ったのだが、今日は居間の暖炉に火が入れられておらず、それどころかバルトが体を半分いれて暖炉を丁寧に掃除していた。

暖炉は秋の中頃に一度掃除をしていた記憶があるのだが、そう頻繁に掃除するものだっただろうか。

不思議に思って聞いてみると、子どものいる家は神王祭の日に暖炉へ火を入れないものだと教えてくれた。

「何でれすか?」

「神王祭の夜は、人間の住む世界と精霊の住む世界がもっとも近づきあう日で、人間の住む世界へ迷い込んでしまった精霊を見てしまうと、子どもは精霊の世界へ攫われて、そこで精霊の子どもにされてしまうと言われています」

運よく精霊の手から逃れた子どもが帰ってくるのが、その子どもの家の暖炉の中、というお話があるらしい。

朝になる前に精霊の手から逃れられれば、子どもは暖炉の中に戻る、と。

「ですから、館では嬢様が一番長く時間を過ごす居間の暖炉を、嬢様の帰還場所としてお掃除しているところですよ」

掃除の終わった暖炉に、バルトは灰を薄く広げる。

手招かれて暖炉に近づくと、灰に両手をつくように教えられた。

こうして灰に自分の手形を残しておくことで、精霊に攫われても私には帰ってくるべき家の暖炉がわかるのだとか。

……面白い習慣だね。

少なくともメイユ村にはなかった風習だ。

「そういう精霊とかのお話って、本当にありゅの?」

「街で……神王祭でもないのに獣の仮装をしている人をみたことはありませんか?」

「けものの仮装……? 猫耳れすか?」

猫耳を付けた人間といえば、以前にレオナルドと街へ出た時に見かけた。

ミニスカメイド服の 女給(ウエイトレス) と老女が猫耳を付けていたはずだ。

あの時はこの世界に服装のルールはないのか、と思った程度だったが、バルトの話によるとどうも少し違うらしい。

「初めてレオにゃルドさんが街に連れていってくれた時に、猫の耳をつけたお婆さんがいましら」

「では、その老女はおそらく子どもの頃に、神王祭の夜に行方不明になったのでしょう」

行方不明になった子どもは精霊が取り戻しに来ないように、と春華祭まで獣の仮装をし続けることになるらしい。

一度精霊に攫われた子どもには印が付けられており、精霊からはすぐに見つけることができるそうだ。

そのため、人間の子どもではありませんよ、精霊の友人である獣です、攫わないでください、と精霊の目から子どもを隠すために獣の仮装を続ける必要がある。

「じゃあ、あのお婆さんが今も猫さんだったのあ?」

「自分の子どもが一度行方不明になると、親は過保護になるものです」

不安になった過保護な親に、春華祭を迎えても獣の仮装をさせられることがある。

そうして育てられた子どもは、やがて自分自身でも仮装がないことに不安を感じるようになり、神王祭の季節でなくとも自主的に仮装を続けることになるようだ。

当然、祭でもないのに仮装をする子どもに対し、周囲の子どもはいじめの標的にしたりもする。

そういった子どもを目立たせないように、その子と仲の良い子どもが季節外に仮装をしたりもするそうだ。

精霊に攫われる子は数十年に一度出るぐらいなのだが、いつの間にか仮装は神王祭だけという常識から、神王祭の日以外にも仮装をしても良いのではないかという認識に変わり、日常的に猫耳を付けている女給がいても誰も不思議に思わないようになったらしい。

……きっかけは美談だった。コスプレとか思ってごめんなさい。

神王祭の開始時間は日付の変わる深夜だ。

前日である今日から四日間、街はお祭り騒ぎに包まれる。

収穫祭とは違い、神王祭前日の催しものは夜から始まるものが多いらしく、子どもが神王祭に開始から参加することは難しい。

私はというと、意外なことにヘルミーネが夜の祭へと連れて行ってくれるということで、たっぷりと昼寝をした。

これだけ寝ておけば深夜でも行動できるだろう。

午後の授業のあとすぐに昼寝をしたので、目が覚めてすぐに夕食というのは、自堕落な生活すぎてどうかと思うが、滅多にないことなのでよしとする。

今日は夜に行動をするから、特別だ。

これが毎日だったら、豚になる。

家長であるレオナルドの代わりにアルフが切り分けたパイのような、タルトのような、奇妙なケーキは『イツラテルの四つの祝福』という名前だ。

神話の終わりに神王が誕生し、正義の女神イツラテルがその生誕を祝して四つの贈り物をしてくれたという神話から生まれたケーキである。

女神の名を頂いているわりには素朴な外見をしたケーキにフォークを突き刺す。

タルト生地を皿にしてアーモンド風味のクリームとスポンジケーキが潜み、表面にはパイ生地で飾りが付けられていた。

パイの表面には 杏(あんず) ジャムか、ママレードか、とにかく甘いシロップがかかっている。

「……あえ?」

ガリッと何か硬いものに歯が当たり、違和感に眉を顰めて口の中を探る。

少々お行儀が悪い気はするのだが、そのまま飲み込むわけにも行かず、口の中の異物を取り出してみた。

「お花の、お人形……れすか?」

口の中から出てきた硬いものの正体は、陶器で作られた花だった。

なんの花かは判らないが、この異物が故意に混入されたものであることだけはわかった。

……なんだっけ? どこかの国にもあったよね。コインだったか、指輪をお菓子に入れる風習。

名前も正確なルールも覚えていないが、外国の風習にあった気がする。

ケーキの中にコインや指輪を潜ませ、それらの入った部分を食べたものがその年一番ラッキーだとかなんとか。

とにかく軽いパーティーゲームのようなものだったはずだ。

ただ、この世界ではどのような意味があるのかわからず首を傾げていると、ヘルミーネが家庭教師らしく意味を教えてくれた。

「ティナさんの来年の運勢ですよ。花の人形は『花開く』という意味です。才能の開花であったり、困難の最中にあった者は道が開けたり……ティナさんにはぴったりですね」

「刺繍が上手になるのにゃら、嬉しいれすね」

ふむ、確かに良いものを引いた、と陶器の花を皿の端に乗せると、レオナルドの席に座ったアルフのケーキにも何か入っていたようだ。

もぐもぐと口を動かしたと思ったら、王冠の形をした陶器を皿の上に乗せた。

「アルフさんのお人形は、どんな意味れすか?」

「四つの中で一番運がいい、はずなんだが……」

王冠というのがな、と若干困ったように眉を寄せたので、王冠からアルフレッドでも連想して疲れているのかもしれない。

かの王子は思いだすだけで、こちらの気力が削がれる。

一度切り分けた『イツラテルの四つの祝福』はその日のうちに食べてしまわないと幸運が不運に変わるらしく、残りは客間の警備をしている白銀の騎士とジャスパーのところへと持っていった。

ジークヴァルトのケーキから竜の人形が出てきて、竜の人形の意味は知恵と長寿だと教えられる。

他の騎士のケーキからは人形が出なかったので、ジャスパーのケーキに最後の一つが入っているのだろう。

相変わらず写本作業を続けているジャスパーに、ケーキだけは本日中に食べるよう釘をさしてから、自室へと戻った。

夕食が終わって自室へと戻ると、いよいよ神王祭だ。

仮装をしてヘルミーネとお出かけである。

……コートに猫耳が付いてるから、わざわざ猫耳付けなくてもいいよね?

夏の終わりにレオナルドが用意していた猫耳と、フード部分を猫耳が突き破って生えたデザインのコートとを見比べる。

猫耳コートの下に猫耳を付けたら、猫耳が二重になってしまう。

耳の数だけなら六つになってしまう。

私はそんなわけの判らない妖怪になるつもりはない。

不意にコンコンと扉がノックされた。

ヘルミーネの仕度が終わったのかな? と思って素直に扉を開ける。

このあたりがヘルミーネの頭だろう、と思って見上げた場所にヘルミーネの頭部はなく、赤いドレスに包まれた大きな胸があった。

「……へ?」

てっきりヘルミーネだろうと開けた扉の向こうには、ヘルミーネどころか、人間はいなかった。

いたのは扉よりも背の高い、赤いドレスを纏った黒猫だ。

大きな頭に、しかし胴体は人間と同じで二足歩行をしている。

姿勢良く立つ姿は美しいのだが、猫として巨大すぎて一瞬何が起こっているのかがわからなかった。

……神王祭の精霊っ!?

一瞬そう思った私は、悪くないと思う。

ただ反応に困って固まってしまった私に、赤いドレスの猫は首を傾げるどころか、体を傾けた。

「驚きが顔に出すぎです」

それだけ驚くのなら声を出して驚くのが正解ですよ、と赤いドレスに包まれた胸の辺りから聞き覚えのある声がする。

「え? あれ? ヘルミーネせんせ……い?」

胸から聞こえてくるヘルミーネの声に、猫の顔と赤いドレスの胸とを見比べる。

よく見ると、ドレスの胸の部分に二列に並んだ黒いボタンが、ボタンに見えてボタンではない。

そこから覗き穴のようにこちらを見ているのだろう。

赤いドレスの猫は、どうやらヘルミーネの仮装のようだった。

……ヘルミーネ先生、本気すぎますっ!!

少し厳しめの家庭教師が見せた、意外な一面だった。

まさか神王祭の仮装に、ここまで本気を見せてくるとは思わない。

頭部が帽子で、胸部にヘルミーネの頭があり、下半身には体が入っている。

随分姿勢の良い猫だと思ったが、上腕部分は完全にハリボテだ。

猫の肘のあたりから黒い毛皮に包まれたヘルミーネの腕が出ており、曲げ伸ばしなどの動きができるようになっていた。

「良いですか、ティナさん。世の中、困ったことに身分のある方ほど奇抜な服装を好み、人を驚かせることに喜びを感じる傾向があるようです。そういった方は相手を驚かすために行動しているのですから、素直に驚くのが礼儀というものです」

たまに相手を驚かす意図などまるでなく、本気で奇抜な格好をしているだけの人間もいるので、そういう時はその話題には触れないように、と実に判断の難しい講義が赤いドレスの胸元から聞こえてくる。

生徒たる私はというと、今現在なんとも判断に困る状況に陥っていた。

……これはどっちですか。驚くべきですか、触れないべきですか。

ただ、ただ呆然と見上げるしかない赤いドレスの猫に、どうにか言葉を捻りだす。

ただ一言、淑女って大変ですね、と。

ヘルミーネの本気すぎる仮装に驚かされはしたが、街へ出てみるとヘルミーネが浮いていないことに驚いた。

ヘルミーネクラスの仮装をした大人が、意外に多い。

大人ほどお祭に本気なのか、衣装にお金がかけられるのかは判らないが、子どもの仮装は可愛らしいものだ。

頭から獣の毛皮をすっぽり被っていたり、獣の耳や尻尾をつけて顔に髭を書いたりと、まだ元の姿が判るものばかりだった。

「……ホントに精霊が混ざっていそうれすね」

夕闇に沈んだ街並みに、夜から始まるお祭ということで、そこかしこにランプやランタンが飾られている。

普段とは違う幻想的な光景に、そこにいるのは動物にしか見えない精度で仮装をした大人と、簡易な仮装の子どもたち。

……動物の街に、人間に化ける練習中の動物の子と人間の子が混ざってるみたい。

コートに猫耳がついているから、と用意されていた猫耳を付けてこなかったが、これだけ周囲の人間が本気で仮装を楽しんでいるのなら、猫耳を付けてきても良かったかもしれない。

完璧な猫の着ぐるみ状態のヘルミーネと、フードが辛うじて猫耳な私とでは、親猫と化けるのが下手な子猫のようだ。

……冬は教会にいかなかったから、ミルシェちゃんたちとは会えないかな。

待ち合わせも、約束もしていないので、今日はミルシェたちに会うのは無理そうだ。

ミルシェたちがどんな仮装をしているのかは少しだけ気になったが、ミルシェが住んでいる区画はいわゆる貧民街だ。

ヘルミーネが一緒では近づかせてくれないと思うし、そもそもそんな場所に子どもが夜に一人で近づくのがどれほど危険なことかは想像できる。

少し残念な気はしたが、ミルシェの仮装は諦めるしかないだろう。

……ペトロナとエルケだったら、偶然にでも会いそうだけどね。

あの二人は裕福な家庭の子なので、家は大通りに近いし、仮装にもお金をかけているだろう。

広場あたりにでも行けば会えるだろうか。

「何を燃やしているんれすか?」

「要らなくなった家具や服です」

広場に移動をしたら、夏や秋のお祭には舞台があった場所で、盛大な焚き火をしていた。

新年を迎えるにあたって不要になった家具や服を燃やす習慣が街ではあるらしい。

家具はともかく、服は直したり、年少者に譲って着回していたメイユ村ではありえない光景だった。

焚き火を見守るように周囲に屋台が並び、温かい食べ物が売られている。

お酒の屋台もあったが、カーヤとはまるで違うヘルミーネは見向きもしなかった。

家庭教師、もしくは子どもの保護者役としては、実に好ましい態度だと思う。

……それにしても、変なお祭だね?

神王祭は、とくにそれぞれの教会で神事らしい神事はないお祭だ。

元々の謂れが王様の誕生日なのだから、仕方がないことかもしれない。

いわば世界中で 他所(よそ) の国の王様の誕生日を祝っているのだ。

それが不思議でならない。

道すがらヘルミーネにそんなことを話したら、国が分かれていなかった頃の名残だ、と教えられた。

昔は大陸中で一つの大きな国だったのだが、その大きな国の王様が神王だったらしい。

国としては分かれてしまったが、神王は今でも大切な王なのだ、と表情は見えなかったが、少しだけ悲しげな響きでヘルミーネが教えてくれた。

……この世界に必ずいるはずの神王様は、ある時を境に姿を消しちゃったんだよね。

秋にメンヒシュミ教会で教わった歴史に少し触れられていた。

神さまが選んだ人の王は、世代交代をしてずっと人の世界にいたが、ある時を境に精霊の世界へ引きこもってしまったらしい。

以降歴史に名を残すこともなく、大国は 千千(ちぢ) に別れた小国になり、戦争を繰り返しては大国になり、また小国になりと繰り返している。

今では大陸の北にある国が一つの大国であった頃の名前を名乗っているぐらいで、神王の面影はこの祭にしか残っていない。

なんとも不思議な話だ。

……歴史扱いなんだから、全部が作り話ってことはないはずだけど、どこから何処までが本当なんだろうね。

とりあえず神さまが選んだ、という部分は盛った部分であろう、と考えていると、お目当ての 三羽烏(さんばがらす) 亭の前についた。

追想祭、収穫祭とお祭限定のメニューを出していた三羽烏亭だ。

神王祭もなにか限定メニューを出しているかもしれない。

……大学いも、やっふー!

黄金に輝く艶やかな塊に、内心の賛美と神への感謝の嵐をおくびにも出さず、にやけそうになる頬に力を込めてヘルミーネにメニューを読んでもらう。

知らない文字列が並んでいるので、これもやはり材料がナパジ産なのだろう。

「オミアムタスの甘ダレ、と読みます。ナパジ産のオミアムタスという芋を揚げて、甘いタレに絡めたもののようです」

買いますか? とヘルミーネが聞いてくる前に、私は黒猫のお財布を取り出していた。

神王祭があるから、とレオナルドがお小遣いを追加していってくれたお財布だ。

いつかのように後回しにして後悔はしたくない。

「ホクホクで、美味しいれすっ!」

「甘いのに、あっさりとしていて……上品な味ですね」

普段であれば絶対に許してはくれないだろうが、今日はお祭という特別な日だ。

立ち食いや買い食いといった、淑女にあるまじき行為にも少々ならばヘルミーネも目を瞑ってくれる。

というよりも、今夜の私は子猫で、ヘルミーネは親猫だ。

今夜だけはお行儀だなどとうるさいことは言わないでほしい。

美味しい大学いもを夢中になって食べていると、フードが後ろへとずり落ちた。

猫耳もなにも付けていない頭が露出する。

「神王祭はちゃんと仮装をしなければいけませんよ」

「……ありがとうございましゅ」

そっとフードをヘルミーネに直されて、礼を言う。

温かいうちに、と再び大学いもを口に運び始めると、またフードが頭からずり落ちた。

……ああ、もうっ! やっぱり猫耳付けてくれば良かった。

赤ん坊ではないのだから、と今度はヘルミーネに直される前に自分でフードを被り直す。

片手に大学いもの入った皿を持ち、もう片手でフードを被り直そうとしていると、視線の先に見慣れた黒髪を見つけた。

……あれ? なんでレオナルドさんがいるの?

レオナルドと言えば、マンデーズ砦での神王祭のためにグルノールの街から旅立ったはずだ。

間違っても、神王祭が行なわれる今夜、このグルノールの街にいるわけがない。

疑問に思った時にはふらりと足が前へと出ていた。

ヘルミーネの制止が聞こえたが、ほんの数メートルの距離だから、と聞こえないふりをする。

見慣れた黒髪を追いかけて、見慣れない色のマントをはしっと捕まえた。