作品タイトル不明
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「見ての通り、今日のこの時間におれが行かないとセリウスが危機に陥るという内容です。手紙は、今日おれが一人のときに届きました」
私、読めてないけどね? シル様が私も解読可能という前提で話を進めている……! 買いかぶりが辛い! でも私の心の中の悪魔が「正直に白状することもないんじゃない? そう思っていてもらおうよ」と囁いている! そして……私は悪魔に屈した。
説明しながら、シル様が険しい顔をした。……こういう表情だと、やっぱりクリフォードに似ているんだよね。一旦気づいてからは、見る度に思ってしまう。
「……怪しいですよね? 準舞踏会のときに手紙で痛い目を見ました。たぶん、罠なんじゃないかと。……たとえ罠じゃなくとも、葡萄酒を引っかけて別室へ誘導してくる、という例もありましたし」
ここで言葉を切ったシル様がステインに一度視線を向けた。
視線を受けたステインが笑顔で親指を立てている。
「ただ、無視しても、誰の仕業かわからないままでしょう? ――一応、行ってみようかと思ったんです」
ここで、あ! とシル様が言い訳するかのように付け足した。
「ですが! セリウスは会議中なので直接は話せなかったんですが、伝言は行くようにしました。ネイサンとは会えたので、ネイサンには話してあります! それと兵士を二人付けてもらいました。……本人が行くって引かなかったのを説得して、何とか兵士に……。離れた場所で様子を見てもらっています。万が一のときの合図を決めていてあちらで待機を」
言ったシル様が指差したのは、まさにクリフォードが示していた場所だ。
なるほど。あの二人の兵士は、シル様が呼んで配置についてもらっていたのか。
「……シル様。どうせならネイサンか、そうでなくとも兄上の護衛の騎士を何人かお借りすれば良かったのでは? 緊急事態ですもの。そのほうが安心でしょう」
二人、というのも必要最低限で少ないと思う!
ハハ、と苦笑いでシル様が頬を人差し指で掻いた。
「それはさすがに……。王城の兵士を付けてもらうだけでおれの身分では過ぎるほどです」
むう。確かにシル様の地位は安泰ではない。兄の正式な婚約者でもない。そうなるのは、諸侯会議後、「お世継ぎ」問題が解決を見てからだから。
兄の命令なら護衛の騎士を動かすことは可能だろうけど、シル様単独では……。ネイサンも自分が動くか、兵士を付けるかの二択が限界か……。
私の発言が軽率すぎた。
とりあえず、シル様がここに来た経緯はわかった。原作通りであり、ただし対応が異なっていた。そんな感じ?
「とにかく、手紙に従って指定の場所へ行きました。そして……」
シル様が困惑した様子でリリーシャナとステインに視線を投げた。
この二人と出くわした、と。
「……あなたたち二人がシル様を?」
絶対違うと思うけど、念のため。
胸の前で大きくぶんぶんとステインが手を振った。
「滅相もない! バークスちゃんを呼び出してなんてないですって。俺とリリーシャナ様は……散歩ですかね? 王城見物! ほら、諸侯会議中なんで! あと、言っときますけど、俺はもともとバークスちゃんとは知り合いですから! 殿下もご存じですよね?」
うーん。すぐには思い当たる節がなかったので記憶を辿る。
えーっと、ステインの「バークスちゃん」呼びを初めて聞いたのは、確か『空の間』でのことだった。改めて自己紹介するとか言ってたっけ?
ただ一方的ってこともあり得る。
念のためシル様を見ると、
「……はい。会って話したことは。彼の名前は知りませんが」
と、渋々といった風に肯定した。
「そうだよね。名前を言っていなかったよね! 俺はステイン。ナイトフェロー公爵家で働いてまーす。いやあ、自己紹介できて良かった」
「ああ。そう」
シル様がしらーっとした塩対応だ! やはりレア……! ステインが私の知らないシル様を引き出している……? 何か悔しい……! 兄も見たら絶対嫉妬するやつ! いや本当に、どんな出会い方をしたらシル様がこんな風になるの? 準舞踏会で起こった襲撃事件に関する報告書に書いてあった? いや、書いてあったら絶対覚えてるはず……!
「――彼はともかく、リリーシャナとは準舞踏会で面識があります」
「ともかくって、ひど!」
シル様がステインの抗議は完全に黙殺して、リリーシャナに柔らかな声で話しかけた。
「こんなところで会うなんて、驚いたよ。おれは、シル・バークス。あのときは、名前だけしか伝えていなかったから。覚えていてくれたかな」
「覚えています。シル様。わたしは、リリーシャナ・ターヘンです」
準舞踏会で会ったのに、お互いに名前だけしか知らない状態か……。ステインとは違って? 良い出会いだったんだってことが窺える。ああいう場で姓を告げずに名前だけを教えるのは、身分関係なく接しましょうって意志表示だから。
「あのときの従者は一緒じゃないみたいだね?」
ん? シル様の言うところの従者って、もしかして……?
「はい……」
「?」
歯切れ悪く言葉を濁したリリーシャナに、シル様が首を傾げる。
そういえば……。
「ターヘン伯も王城に来ていらっしゃると思うけれど、にもかかわらずナイトフェロー公爵家のあなたがリリーシャナに付いているのは?」
「それはターヘン伯と閣下の間で話し合い済みです! ていうか、ほら……」
ステインが声を潜めた。
「さっきバークスちゃんが口にしたリリーシャナ様の本来の従者は捕まってるので、そうなると閣下お墨付きの俺が適任ってわけなんですよー」
本来の従者……やっぱり、あれだよね。
『空の間』で捕まった、エミリオという名の『従』……。
「二人が一緒にいる理由はわかったわ。けれど散歩にしては……」
散歩は私の常套手段。そして諸侯会議で王城に集結している貴族たちが、城内を歩くのは禁止されていない。ただ、東塔はスポットとしては貴族たちが行き来するような場所ではない。あるのも鍛錬場とかで、しかもこっちのほうは基本的に関係のない貴族たちは立入り禁止だし。
リリーシャナが口を開いた。
「――エミリオが、この近くにいるような気がして……。どうしても、じっとしていることができませんでした。それで、ステイン様に付いてきてもらって、歩いていました」
準舞踏会での襲撃で捕まった曲者たちは、城の地下牢には収監されていない。
以前、濡れ衣で地下牢に入っているクリフォードに会いにいったとき、彼らは監獄塔にいるって兄が言ってたような?
ところがリリーシャナの言葉はそれとは正反対。普通なら、リリーシャナの勘違い、と思うところだけど、この場で一番その辺の事情を知っていそうなのは――。
「ステイン。エスフィアの第一王女として命じます。これはナイトフェロー公爵の命より優先されるわ。――何か知っているのなら言いなさい」
『黒扇』を閉じて、ビシッとステインに突きつける。王女の威厳、出ていますように!
「…………」
数秒程経過した後、ステインがすっと頭を垂れた。
「――エミリオ。件の従者は、場所を移されたと――いまは王城の地下牢に収監されていると聞き及んでおります」
つまり――鍛錬場の地下牢に、だよね?
「理由は?」
ステインが首を横に振った。
「それは私も存じ上げません。把握しているのは移送の事実のみです」
いずれにせよ、おじ様か、もしくは兄か。それか……父上辺りが関わっていないと行われない措置ではある。
そして実際、シル様閉じ込め事件の現場となる東塔付近は、リリーシャナたちが自由に行き来できる範囲では、最も鍛錬場に近い。――要するに、地下牢にいるエミリオに。
リリーシャナの何となくは、大正解。
『主』『従』の繋がりのせい……とか?
私とクリフォードでは発動したことはないものの、可能性としては考えられる。
ただ……見た限りでは、リリーシャナの左右どちらの手の甲にも『徴』らしきものはない。四六時中浮かんでいるようなものでもないから当然か。
「あの――オクタヴィア殿下」
思い切った様子で、リリーシャナが顔を上げ、私を見つめた。ぎゅっと両手の拳を握りしめている。彼女の目は見えていないのに、しっかりと私を見据えているように感じた。
「エミリオに、会わせていただけないでしょうか」