軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

172

それは、クリフォードの選考書類を見たときに、義父として記載されていた名前。

バッとクリフォードを見る。――も、クリフォードは一切動揺していなかった。その肩に留まっているアオが代わりに首を傾げている。

「――養子としての、義父への意見を聞きたいところだな、アルダートン」

デレクにしたときと同様、兄がクリフォードに話を振った。

クリフォードが視線を私に向けることで尋ねてきたので、私は口を開いた。

「兄上に答えてさしあげて」

「――アルダートン伯爵が動く理由はないかと」

端的に、クリフォードが否定した。

それでいて、義父を庇っている、という風でもない。

「何故そう言える?」

「既に私が、オクタヴィア殿下にお仕えしているからです」

「……長らく中央から排除されていたアルダートン伯爵家から王族の護衛の騎士が誕生した以上、下手な小細工は不要ということか? むしろこんな騒ぎを起こすほうが害となる? ましてや首謀者として知れ渡れば。利点という意味では、確かに最も騒ぎを起こす動機が見えない人物だな。得るものがあるようには考えられず、明るみになった際に失うもののほうが大きい」

原作での午餐会での媚薬騒動の犯人は、クラリッサ。動機はセリウスへの恋心。だから、ターゲットはシル様。シル様に媚薬を飲ませて醜態を晒させようっていう魂胆。

現実だと、犯人は、レイヴァンに、おじ様に、アルダートン伯爵? ターゲットも、シル様のようでいて、違うような……。

額面通りに受け取るなら、三人が共犯……? うーん。関係性がバラバラ過ぎて、単なる想像としてでも、共犯とはどうしても考えにくい。違いすぎるんだもん。

それなら、まだ三人のうちの誰か一人がっていうほうが? でもこれも、違和感のほうが大きい。媚薬入りの杯を飲ませるターゲットが指定されていなかったってことも。

動機が謎なのも。

少しの沈黙が室内に落ちる。

「実行犯から辿っていき、関与したとおぼしき人間たちが、三人の名前を別々に自白した。だが、いま話し合った通り、犯人として一見考えにくい三人だ。そして見方を変えれば、三人はいずれも首謀者として出来すぎていると思わないか?」

……出来すぎている?

「兄上の言うとおり、ちょうど、勢力図で分かれていますね」

そう、すぐに反応したのはアレクだった。

「レイヴァンは兄上側。ナイトフェロー公爵はいずれにも組みしない中立の立場ですが、姉上と親しいのは周知の事実です。そしてその子息のデレクは現在私の護衛の騎士です。これをナイトフェロー公爵家という枠組みで捉えれば、姉上と私側とも取れる。いえ、次期公爵が護衛の騎士になったということの重みを考え、ナイトフェロー公爵家は私側だ、と見る者も多いでしょう」

腕を組み、兄が納得したように頷いた。

「ちょうど、俺とデレクの不仲説も流れていることだしな。妥当な見方だろう」

う。これに関しては私もちょっと責任を感じている。ローザ様の提案で『空』に尋ねてサイコロを振り、準舞踏会での踊る相手を決めた一件。公の場でデレクと踊ったことでかなりの噂を呼んでいる。たかが一曲。されど一曲だった。

ただ……護衛の騎士らしく沈黙しているデレクに視線を向ける。準舞踏会でのことも、デレクは覚えていない……?

茶色の瞳と私の視線がかち合った。

けど、目が合ったのは一瞬で、すぐ逸らされしまった。

「そしてアルダートン伯爵は、これもアルダートン伯爵家として見れば、アルダートンが姉上の護衛の騎士である以上、姉上側になります」

響いた声に、我に返る。

私はアレクの顔を見た。

「この三人のうち誰が首謀者だとしても、私たちに影響を及ぼします。――まるで、意図したかのように」

続けられたその言葉に、考える。

兄も今回は冷静なようだけど、シル様の馬車の暴走事故のときは、証言を根拠にクリフォードを疑っていた。アルダートン伯爵の名前が出た以上、何かが違えば媚薬騒動でも同じことになっていた可能性もある。

給仕が命じられたのは、どこへ媚薬入りの杯をもって向かうかだけ……。

……媚薬を誰が飲むかよりも、これが犯人の狙いだったなら? 究極的には、誰かが飲んで騒ぎになることが目的で、捜査の過程で混乱を引き起こす、とか。

この予想が正しいなら――。

「わたくしは、レイヴァン様も、ナイトフェロー公爵も、アルダートン伯爵も、媚薬とは無関係だと考えています。三人に濡れ衣を着せたい何者かがいるのではないでしょうか」

真犯人は他にいる!

……ついでに言うなら、兄とデレクの記憶をいじった犯人と関わりがある、とかもないのかな。さすがにこれは飛躍しすぎ?

「俺も同じように考えている」

「姉上に同意します」

兄とアレクの声が被った。深く頷くっていう動作も同じ。

二人がちょっと驚いたように顔を見合わせている。

ふふっと、つい笑ってしまった。

……何だか、兄弟だなあって感じ。兄とアレクは別に仲が悪いってわけじゃない。でもアレクと私、という組み合わせはあっても、アレクと兄、というのは珍しい。

子どもの頃は、この二人の組み合わせがなかったわけじゃない。私の見た限りでは、兄がアレクを巻き込んでって感じだった。……昔の兄に少し戻った、みたいな?

ヒューが移送された後、兄からもらった日本語の手紙を思い出す。……記憶は戻っていないと思う。でも、態度が違うのは感じる。夕食会のときだって、アレクを追いかけようとした私を後押ししてくれた。

兄が取り繕うかのように咳払いをしてから口を開いた。

「三人にも探りを入れたが、何かがあるとは――今日の媚薬混入に関与しているようには感じられなかった。レイヴァンだけは直接にとはいかず、かわりにヴァロット公爵に行ったが」

仕事早! でもこの発言は重要。ちゃんと会って話しての感想なんだよね?

シル様が関わっていない場合の兄のこういう読みは、原作だと額面通りに受け取って良いもの。つまり正解である可能性が非常に高い。勝率九十九%ぐらい!

「しかし、三人のうち誰かが関与している線も完全には捨てきれない」

もはや私の中では三人は白判定なんだけど、その判断指標となった本人は慎重だった。

「それ故に、あえて関係のある全員も知っておくべきだと考えた。行動には重々気を付けてくれ」

いくらアオが肩に留まっているとはいえ、クリフォードの室内待機に何も言わなかったのも、デレクとネイサンを部屋の中に呼んだのも、このためだったんだ。

「――それと、オクタヴィアに確認したいことがある。父上には、お前に直接訊けと言われた」

? 何だろう。

「どうぞ、おっしゃってください」

「お前は、何故あの杯が媚薬入りだとわかった?」

! 父上に突っ込まれたらこう答えようって、『祈りの間』でひねり出しておいたのは無駄じゃなかった。ここで活きる!

私は胸に手を当てた。

「――友人を通して、わたくしは王城の書庫にもない様々な他国の本を読む機会に恵まれています」

この友人は、もちろんシシィのこと!

「その本で、とある媚薬について知りました。無味無臭で強力ですが、その代償として材料由来の色が水に溶かすと出るそうです。それが、今日の午餐会で目にした、あの炭酸水の色です」

これは嘘八百。捏造です! あの媚薬にそんな特性はたぶんない。

だけど、別に後で違うってバレてもOK。私がそう思い込んでいただけ、本の内容の記憶違いだった、でも逃げ道は作れる。

思い込みで突っ走ったってことで恥をかくのは私だけ。それぐらい許容しましょうとも!

「……色だけでか?」

非情にも兄から突っ込みが入った。

じゃ、じゃあ……。色以外にも何か……!

「その媚薬は、バルジャンでのみ作られるとも本には書いてありました。そして、会場にはヤールシュ王子がいらっしゃいました。ですから、万が一を思うと看過できなかったのです。ヤールシュ王子が犯人だと言っているわけではありませんわ。ただし、もし媚薬入りだという私の想像が正しければ、他国の王子を巻き込んだ問題に発展する可能性を考えました」

杯を手に取って兄に渡したのがヤールシュ王子だったので、そこを利用させてもらう!

捏造第二弾! もちろん、この場での媚薬がバルジャン製だという即席の私の捏造は、兄が調査すれば私の勘違いだってどうせ判明するはず。

でも、私がそれを信じて行動した、という線は揺るがない。

「……ヤールシュ王子にも、改めて話を聞いてみよう」

ふう。ひとまず兄も納得した、みたい?

あ、でも。

「何故父上だったのか、はお訊きにはならないのですか?」

「陛下は立場上、常に備えをしている。お前もそれを知っていたんだろう?」

知りませんでした。

「ええ。その通りです」

だけどにっこり微笑んで合わせておく。

「最後に――オクタヴィア」

「はい?」

「お前が何故行動したかはわかった。が、二度と同じことはしないように」

あ。うんうんとアレクが兄の言葉に深く賛同して頷いている。は! 何となくだけど、雰囲気からしてクリフォードまで兄側っぽい。

「ですが――」

結果オーライだったのに!

「杯が怪しいなら、それを俺に言えば良かったんだ」

そりゃ、原作通りの兄妹関係だったなら、そうだけど。

「……兄上に信じていただけるか、わかりませんでした」

兄が顔を歪めた。ぐっと口を引き結ぶ。

「それに、申し上げた通り、あの場にはヤールシュ王子もいらっしゃいました。自然にやり過ごすには、あれが最善だったかと」

兄が息を吐いた。

「……それでもだ。自分を危険に晒すんじゃない」

ちょっとだけあった反発心は、それで消えてしまった。

――心配してくれているのが、伝わってきたから。

「はい」

素直に、頷いた。