軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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私や兄の驚愕をよそに、血だよ、とシル様が言葉を紡いだ。

ついで、私たちから少し離れた場所で、控えているルストに目をやる。正確にはルストの……左腕の上腕部分。布で止血されているため、血が滴り落ちることはないものの、滲んだ血はそのまま。

「血を目にすること。あの打たれた薬以外だと、それが原因になるんだと思う。ただ……今回は、意識がはっきりしていた。それが薬との違いなのかもしれない」

「誰の血であってもか?」

「どうなるのか、試してみないことにはわからないけど……誰の血であっても同じだと思う。――もしかしたら、意識を保っていられるのかは、量にもよるのかもしれない。だけど、あの打たれた薬以外では、血を見なければ、おれが変になることはないと思う」

シル様が言い切った。

原作では判明していなかった、シル様の暴走のトリガーを、この段階で知ることになるなんて。ふと、妙な考えが浮かんだ。

控えているルストに一度、視線を向ける。ルストが、わざと血を流した可能性は? 単なる偶然? ……考えすぎかな。試合で怪我をしたわけじゃない。あくまでもともとあった傷口が開いた結果。それに、再現のための対戦が決まったのは、急遽のこと。別に予定に組み込まれていたわけじゃない。いくら何でも、それをルストが予測できたはずが……。

対戦をして激しい動きをしたからといって、傷口が開くかどうかも確実じゃないし。

万が一、わざと血を流したのだとしても、それは、シル様のトリガーがわかっていた、ということになってしまう。

じゃあ、どうしてそんなことを知っているの? 原作知識のある私ですら知らなかったことなのに。

『私が彼の生まれ変わりだ、と申し上げたら?』

思い浮かんだのは、ルストの口にした冗談。

――前世が、ウス王だから?

「――正気でいたいなら、血を避けろ」

はっとする。

呟いたシル様が、まっすぐにクリフォードを見つめた。あくまでも、呟きで、クリフォードに言った言葉ではない、はずだけど。

クリフォードは、無言でシル様を見つめ返しただけだった。

――結局、再現の成果があったということで、その場はお開きになった。

対戦中、クリフォードに起こった変化については、有耶無耶になってしまったということ。

被害者になりかけたシル様が、ああ言っている以上、私が強く否定するのはおかしい。

それに、私へのシル様からのお願いなんてものは存在しなかったけど、シル様がクリフォードに再現――本気を出して欲しいと頼んだというのは、事実だった可能性もある。

……私の勘は、違うと言っているんだけど。

たとえば、戦闘中に交わした、シル様との会話がきっかけだったとしたら――シル様がひどいことを言ったとも思えないけど、クリフォードに聞くこともできなかった。

あの、一瞬垣間見えた悲痛さのせいで。

だから、第二の鍛錬場を出る前、兄の目を盗んで、私はシル様に話しかけた。

要するに、「あれでいいの?」っていう疑問をぶつけた。

でも、疑問は全然解消されなかった。

むしろ、深まったかもしれない。

シル様は、苦笑いでこう答えた。

「……あれは、おれのせいですから」と。

少し、悲しそうな顔で。

これって、就寝前に、クリフォードとシル様の『空の間』での戦いの再現のことを、つらつらと考えていたから?

――ふう、と深呼吸した。

周囲を見渡してみる。どう考えても、エスフィアの王城内ではない。自室でもない。直前の記憶は、何度思い返してみても、就寝前まで。

よし。状況は把握した。――自分が、夢の中にいるってことを。

……かといって、日本の夢でもない。

たぶん、エスフィアのどこか。かつ、明晰夢。

割と珍しい現象のはずだけど――すんなりと受け入れられるのは何でだろう。

首を傾げるも、答えは出ない。……まあ、良いか。どうして、またこんな夢を見ているのかも、理解不能なわけだし。

――考えられる理由としては、やっぱり、昼間のことを引きずっているせいかな。

それにしたって――。

私は腕を組んで、目の前の光景を睨んだ。

こんな内容になる?

……また、あの少年の夢を見るなんて。

黒髪に、濃い青い瞳をした、優しそうな少年。シル様の子どもの頃は、こんな感じだったのかなって思えるような顔立ちの子が出てくる夢。前は、十歳にもならないぐらいの年齢に見えた。……痩せ細っていたから。

再会っていえるのかな? ……あの夢の続き、だと思う。夢の中の少年は、以前の夢で見たときより成長していた。目付きが鋭くて、体つきもややがっしりしてきている。

それから――明らかに、違う点があった。

前回の夢では、なかったもの。少年の左の首筋に、刺青がある。

幾何学模様の一種。サザ神教の精鋭信兵が、選別の証に首筋に掘る刺青だ。『天空の楽園』の地下通路で、そうデレクが口にしていたはず。実際、倒れた曲者たちの首にそれがあるのを、私も確認した。

それと、そっくり同じ刺青が、少年の首筋に掘られている。

意味するところは――こんな少年が、精鋭信兵だってこと。……しかも、サザ神教に所属してる?

……この夢を生み出しているのは、私の脳なんだけど。

なんでこんな設定に?

前は、少年と同化して外を眺めている感じだった。今回は、最初から別だし。でも、私が透明人間なのは変わらず。えいやっと、物に触ろうとしたけど、スカッと通り抜けてしまう。

そして、大きな違いがもう一つ。

『ギャギャギャ、ギャー! ギャアアア!』

――私が現実から連れ込んでしまった生き物がいる。

ううん、厳密にはこれも私の無意識が作り出したものなんだけど――レヴ鳥のアオ。夢の産物である証として、翼が完治している。

寝室にも止まり木を作って、夜はアオがそこで眠るようになったから、それが原因かも。止まり木で眠っているはずが、移動していることもある。

夜中に目が覚めて、伏せている黒い物体にぎょっとしたら、その正体が寝台に飛んできて一緒に寝ていたアオだったときの衝撃と来たら……!

そんなだから、夢のお供としてアオを登場させてしまった……?

『ギャアアア! ギャギャ! ギャー!』

アオは、とてもご機嫌斜めで、鳴き声をあげて暴れ回っている。もちろん、私にしか聞こえないし――アオが足や嘴で蹴散らしたいのであろう並べられた品々は、微動だにしない。

だって、アオも私同様、他のものに触れたりできないから。私とアオの間だと、そうじゃないみたいなんだけど。

『アオ。止めなさい。そんなことをしても無駄よ、これは夢なの。触れないわ』

私の言葉が伝わったのかどうか、アオが翼を羽ばたかせ一度飛び上がった。

机には、豪華な料理が並んでいる。王城の食卓にも引けをとらない。

そこへ、着地した。

もちろん、料理はアオをすり抜けた。

最後の挑戦だったのかな。料理がやはり無事だったのを見て、再び舞い上がる。……不満そうに、私の頭の上に乗っかった。

『アーオー?』

『ギャー……』

現実では、絶対にこんなことしないのに。夢ならでは?

キョロキョロとそのまま私は室内を見渡した。ここ、少年の部屋……なのかな?

簡素な一室だった。寝る、食べる。そのために必要最低限のものが置かれている感じの。

その部屋の様子に反しているのが、机に並べられている料理の数々。

室内は明るいし……量からして、昼食?

でも、少年はちっとも嬉しくなさそうだった。嫌そうに顔をしかめてすらいる。料理を眺め――息を吐いてから食卓についた。

『ギャー! ギャー! ギャー!』

またアオが鳴き出した。……食べるなって警告しているみたいに。――まさか。

少年が無言で料理の一つを食べ始めた。呑み込んだ途端、大きく咳き込んだ。……血を、吐いた。思わず、駆け寄っていた。――手を伸ばしても、少年には触れられないのに。

食卓に並べられた豪華な料理の数々を、私はそれまでとは違う目線で見ることになった。

これ……中に、何か入ってるの? 毒? だからアオが嫌がって……。

はあ、と少年が大きく息を吐いた。うんざりした様子で。

でも、血を自分の手の甲で拭うと、再び料理を食べ始める。……苦しみながら。

ノルマを達成するみたいに。

やがて、一食分程度の量――残ったスープを無理やり流し込むようにして飲んだ少年が、洋食器とスプーンを置いた。

食事は、美味しく、栄養を補給するためのものなのに、とてもそうは見えない。呼吸は荒く、顔色が悪い。

見計らったかのように、一人の男が部屋へ入ってきて、料理を下げてゆく。少年がどんな様子かわかっているはずなのに、一瞥しただけだった。

……一人になった少年が、億劫そうに壁に近寄った。

腰を下ろすと、壁に背を預けて、目を閉じた。体力の回復を図ろうとしてるのかな。

『…………』

私は、少年の側にしゃがみ込んだ。

……何で、こんな夢なんだろ。

シル様に似ているけど――この少年が、クリフォードの子どもの頃のように感じるのも、私がそう思っているから? その想像が、夢に反映されてるの?

……こんな内容じゃなくたって、いいじゃない。

本人には、一度否定されている。この少年は、クリフォードじゃあ、ないはず。

手を伸ばして、少年の頭の上に置いて、撫でた。

……私の、自己満足。すり抜けてしまうのに。

突然、パチッと少年が目を開いた。

濃い青い瞳が、私がいる場所、まさにそのものを凝視する。

み、見えてる?

「…………?」

それから、私が撫でていた部分に触れ、怪訝そうに軽く首を振った。……見えては、いないみたいだけど。何かいるような気は、しているとか?

――体力を消耗した少年が動き出したのは、食事が終わってほどなくしてのことだった。