軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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デレクの号令を合図に、クリフォードとシル様の対戦が始まった。……『空の間』の再現のため。ただ、あのときは、暴走シル様対クリフォード(私というお荷物持ち状態)という構図だったんだよね。

バフがかかっているシル様に対し、クリフォードにはデバフがかかっているも同然だったというか。そんな状態でも、クリフォードが圧倒的に優勢だったって、私は記憶している。

対して、現在。シル様にはバフなし、クリフォードにはデバフなし。

……勝負にならないんじゃ? いや、クリフォードも、再現の意図はわかっているから、さっさと終わらせたりはしない……と思う。たぶん。

『黒扇』を開いて、ヒヤヒヤしそうな場面は見ないでいられるように、対戦の模様を見守るつもりだった。

だけど、意外や意外。

シル様……かなり強くない?

これで、普通なの? 暴走状態――では、ないよね? だって、一切の表情が失われていた『空の間』のときとは、様子が違う。シル様に、ちゃんと表情がある。表情がコロコロ変わって明るい感じとは、異なるけど。

眼光が鋭くて、楽しげですらある。むしろ、クリフォードのほうが、いつもより、より淡々としてる感じ。ルストと戦っているときという、ついさっき見たばかりの比較例があるから、余計にそう思う。

……ほんのちょっと。気のせいかもしれないけど、ルストとの対戦は、割とクリフォードも気分が乗ってるのかなって感じた。それは、ルストにも感じられたことだけど。

本人の技量が高すぎると、同レベルかそれ以上の相手と戦えるケースが少ないって耳にしたことがある。味方との練習でそれを味わえるのは、あんまりないのかなって。

私の感想はともかく――再現は、うまく行っているように見えた。

シル様が、暴走状態ではないのに、善戦しているから。

これを兄も予想済なのかと見れば――難しい顔をしていたから、違うかな。

一応、ルストの反応も確認してみる。

こっちは――興味深いってところ? 口元に笑みが浮かんでる。

再現である対戦に、注意を戻す。

……シル様が善戦している以外、これ以上の変化はないのかもしれない。

『空の間』でシル様と戦ったとき、クリフォードはシル様を敵と見なしていた。

『バークスは殿下を害そうとしています。――生かしておく必要が?』

だけど、この再現では、それがない。もちろん、そこまで再現できるわけがない。あくまで、似たような状況で、シル様の記憶を刺激する、が目的だしね。

チラッと砂時計を見る。このまま行けば、制限時間の満了をもって終了になりそう。

だけど――。

「…………?」

ある瞬間から、目に見えて、流れが変わった。何がきっかけなのか――クリフォードの戦い方が、変化した。剣こそ、右手持ちで、戦いやすいと言っていた左手に持ち替えたわけじゃない。そのはずなのに、加減が、解けてる?

少々お待ちくださいって、シル様に膝をつかせたときと、同じ?

しかも――何だか。

『空の間』では、シル様との戦いの間、クリフォードは、とても冷静だった。

でもいまは、感情が、出てる? 『従』のリーダー格を屈服させてしまった、野生の獣みたいな面。

そして、あのとき、クリフォードは、それを完全に制御していた。

我を忘れているようなことは、決してなかった。

なのに、少し――。

兄からの提案で、シル様とクリフォードの戦いを許可する前の、不安感が甦った。クリフォードを信じてる。だけど、それとは別に……。

ギリギリまで、待って。……待って待って。これ……駄目だ、と思った。

気がついたら、駆け出していた。

でも、背後から伸びた腕が私を捕まえた。もがいてもビクともしない。

「ルストっ!」

「あの中に飛び込むのは自殺行為ですよ」

二人の戦いは続いている。――シル様が片膝をついた。

ああ。これって――。

「っクリフォード!」

大声で叫ぶ。

クリフォードの動きが、少し変わった……?

でも、まだ狙いが――。

! ルストの拘束が解けた!

私はまた駆け出した。

「オクタヴィア!」

兄が呼んでいるけど、それより、止めなきゃ、という思考で頭が一杯だった。

「クリフォード! 命令よ! 止めなさい!」

私がクリフォードに叫んだのと、剣が振り下ろされるのは、ほぼ同時だった。

剣は――。

シル様ではなく、脇の地面に突き刺さっていた。

クリフォードの濃い青い瞳には、地下牢で感じたのと同じものが、宿っているように見えた。……傷口を掘り起こされた痛み。触れられたくないもの。……刺激されたくなかった部分。

クリフォードに近づく。剣を持ったままの手に、触れた。

一度、強く目を閉じたクリフォードが、目を開けた。

剣を引き抜くと、手を離す。乾いた音を立てて、剣が地面に落ちた。

そして、私の手に、クリフォードの手が重ねられた。……その手はすぐに離れて、クリフォードは一歩下がると、頭を垂れた。

「――申し訳ありません」

ついで、

「バークス様にも、お詫び申し上げます」

と、シル様に謝罪の言葉を述べる。もう、濃い青い瞳には、何も浮かんでいない。

シル様は片膝をついたまま、こちらを見上げていた。その側には、駆けつけた兄がいる。

「……いえ」

シル様が首を横に振った。取り落とした剣を拾い、同様に鞘に仕舞うと、立ち上がった。

「試合が白熱しただけですし、おれの実力不足です」

「シル様……」

でも、そう言うシル様もわかっていると思う。クリフォードは、確かに、剣を逸らした。だけど、もしそうならなかったら? 無事では済まなかったかもしれない。

「あれが、白熱しただけか? アルダートンは、剣を振り下ろした。お前が武器を落とした……反撃できない状態だったのにもかかわらず、だ」

冷静に、兄が追及する。クリフォードへ向ける目は、厳しい。

「――あれは、あの『空の間』での完全な再現だよ。おれが、戦っているときに、アルダートン様に頼んだんだ」

またしても、シル様が首を振った。

だけど、クリフォードが眉を微かに顰めた。

「……何だと?」

「おれが片膝をついた後、オクタヴィア様が、いまみたいにアルダートン様を止めたんだ。ですよね? オクタヴィア様」

兄へ答えを返し、私に賛同を求めたシル様がにこっと笑った。

「確かに、そうでしたが……」

クリフォードの腕をバンバン叩いて止めて、短剣に気づいたのを、覚えてる。

「おれはその間に体勢を立て直す。もう少し戦って……オクタヴィア様が流した血の――オクタヴィア様のおかげで、正気に戻る。――そして、おれは意識を失ったんだ」

まさに、その通りの流れだった。

「! シル様……記憶が」

「はい。薬を打たれて気を失った後のことを、思い出しました。おれの行動のすべてを」

「いまさっきのアルダートンの行動は、わざとだというのか? ……オクタヴィアも?」

そんなはずは、ない。

だけどやっぱりシル様は、それを肯定するかのように話し続けた。

「オクタヴィア様には、そのままを言ったわけじゃないけど、お伝えはしていた。その通りにうまく動いてくださっただけだよ」

「…………」

兄が渋面を作って押し黙った。きっと、百パーセント信じ切れるわけではないけど、筋は通っているし、結果的に、シル様の暴走状態時の記憶は戻っているから、だ。

「俺にも言っておくべきだとは思わなかったのか?」

「だって、セリウスなら、止めるじゃないか。真剣で戦うことにも反対していたのに」

ため息を、兄が漏らす。

「……あまり、心配をかけるな」

「ごめん。でも、これぐらいじゃないと、思い出せないと考えた結果なんだ」

――シル様は、クリフォードを庇ってる。

「それに……たぶん、おれが、暴走っていうのかな。豹変するきっかけが何か、わかったかもしれない」