軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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父上とおじ様が執務室の机の前に向かい合って立っている。ちなみに、立っている人物はもう一人いる。私でもエドガー様でもなく、クリフォード。さっきは禁じたくせに、おじ様を招き入れるときに、父上はクリフォードの入室を命じた。なので私も「入りなさい」とアイコンタクトをした。

室内側の扉の脇に、控えている。……見たところ、手にサンドイッチの包み紙は持っていない。制服のポケットに仕舞ったか、食べたのか……。どっちだろ。

父上――国王に対しての正式な挨拶を終えてから、おじ様がふむ、と顎に手をやった。あ、おじ様の暗灰色の瞳と視線がかち合った。

「エドガー様とオクタヴィア殿下がいらっしゃるとは。お邪魔をしてしまったようですな」

自分の名前が出たのをこれ幸いと、私はおじ様に話しかけた。

「お……公爵。準舞踏会ぶりですわね」

おじ様、と言いそうになってしまった。いけないいけない。

「はい。ご無事で何よりです」

温かい眼差しが私に注がれる。

「その節は、きちんと別れのご挨拶もできず、申し訳ございません」

言い、おじ様が頭を下げた。

「公爵は悪くないわ」

だって、私が寝落ちしたせいだもん! おじ様も挨拶のしようがない。

「……あの後も、大変だったようですね」

おじ様の目に、気遣いの色が宿った。

「――視察のことね」

「はい。聞き及んでおります。わたしも殿下をお助け出来れば良かったのですが……」

聞き及んで……やっぱりデレクからかな?

「公爵は準舞踏会において必要以上に尽力した。視察にまで手は及ぶまい」

必要以上って……言い方ね! 今日の父上、ちょっと変な気がする。普段よりも感情的? エドガー様とのこともそうだし……おじ様への態度が、あからさまに塩対応。前はもっと隠していた。本物の王冠をおじ様から父上に渡してもらって関係改善を目論んだのって、全然効果なかった?

おじ様の評価があがったと思ったのに。

「お気持ちだけで充分よ。……被害は少なかったし、視察自体は最後の行程まで行えたから」

「花を配られたとか。みな、喜んでいたそうですね。妻など、両殿下の立ち寄った服飾店にドレスを注文するとさっそく意気込んでおりましたよ」

おお! 私、メリーナさんの商売の役に立った? 公爵夫人がお客なら箔が付く!

「食事をされた店にも二人で行こうと誘われました。それとレヴ鳥の羽根を使った扇は既に購入していたとか。……困ったものです」

苦笑しながらおじ様が言う。

「それなら雑貨店にも――」

口にして、はた、と我に返った。視察で訪れた店は、どこも大満足。つい、オタク特有の悪い癖が出た。もっと知られて、広まって欲しいって。だけど、あの雑貨店にも、たくさんお客が来て欲しい、と思うのは私の勝手な感情だった。あそこは、そっとしておくべきなのに。いまここで触れるべきじゃなかった。

「……殿下は、エドガー様の生家にも立ち寄られたとか」

ピリ、と空気が凍り付いた気がした。

怒気は、父上から。

「――レイフ」

父上が、鋭い目付きでおじ様の名前を呼んだ。

「雑談が過ぎるぞ。目に余る」

おじ様が微笑む。

「オクタヴィア殿下との会話が楽しいあまり、厚意に甘えすぎたようです。お詫びいたします」

デレクの父親だから当たり前なんだけど、完璧な――高位貴族の作法でもって頭を下げた。

「――頭をあげよ」

おじ様がそれに従う。

「レイフ。――これで五回目だ」

? 五回目?

それが何を指していたのかはおじ様の次の言葉でわかった。

「前国王との取り決めにより、ナイトフェロー公爵家当主は国王陛下への謁見の自由が認められております。しかし今回を含めそれをわたしが行使したことがあるのは数えるほど。それもすべてエスフィアのためと自負しております。どうぞご容赦のほどを」

「知っている。お前の愛国心には恐れ入る」

「有り難きお言葉」

言え、と、父上が顎でしゃくって見せた。おじ様のよく通る声が室内に響く。

「先日の準舞踏会――オクタヴィア殿下にも関係のあることですが――捕らえた『従』を含め、捕縛した者たちへ下された陛下の新たな決定に関して、疑義がございます」

基本は、取り調べをして、裁判、判決、の流れのはず。

でも、疑義……。そうじゃなくなったからおじ様は直談判しに来たってこと?

「二人で話したほうが良さそうだな。――エドガー、オクタヴィア」

――呼ばれたのは、退出しろって意味だ。

「エドガー様、わたくしと行きましょう。クリフォード、先に」

エドガー様の護衛の騎士は、近辺では見掛けなかったから、途中までは護衛の騎士のいる私と一緒のほうがいい。

「助かるよ、オクタヴィア」

クリフォードが執務室を退出すると、その後にエドガー様が続いた。

私も立ち上がり、開いた扉まで近づく。

でも、直前で父上たちを顧みた。

「公爵」

声をかけると、すぐにおじ様は視線をこちらへ向けた。

……おじ様に会えたら、確かめたいと思っていたことがあった。

「――公爵は、前々代のナイトフェロー公爵と、親しくされていましたか?」

亡くなったのは、アレクシスの誕生日。だから、おじ様が公爵になってからも交流はあったはず。

おじ様の暗灰色の瞳が細められた。――反応したのはおじ様だけではなく、父上も、だった。滲み出た感情を殺すかのように、完全に表情を消すことで。

「故キルグレン公のことですね」

「ええ」

一度、おじ様が頷く。

「はい。わたしがナイトフェロー公爵家当主となったのは、あの方の意向によるものが大きいですから」

「では……若い頃の容貌もご存じ?」

「――はい。存じております」

温かく、穏やかにおじ様が答えた。

「…………」

おじ様は嘘はついていない。正直に答えている。それは、尋ねられたから?

でも、じゃあ、どうして、『空の間』でルストの顔に何の反応も示さなかったんだろう。絶対に反応しなきゃいけないってわけじゃない。予め知っていたからこそ驚かなかった?

……そんな風には、見えなかった。もしかしたら、ルストの名前は知っていたかもしれない。バーン子爵家の長男の名前が、ルスト・バーンだと。

仮に容貌までは知らなかったとして――だったら、ルストが仮面を外したとき、すぐに、キルグレン公を思い出したはず。

……若い頃の容姿を、知らなかった? ……ううん。だって、若い頃の姿が描かれた肖像画を見たことがあるってデレクは言っていた。おじ様が知らないはずはない。

それに、私が尋ねなければ、そのまま、だった? ――黙っていた。知っているからって、言う必要は、ない。おじ様は、悪くない。だけど、こうも引っ掛かるのは、『あの青年』という共通項があるせいだ。……そっくりの、顔。

――父上も、だ。キルグレン公との間に何があったの? 私は『あの青年』と同じ顔だということに注目していた。でも、父上の場合は、もしかしたら逆なんじゃないかって感じた。キルグレン公個人との間の――対立?

「悩み事?」

ふいに言われて、私は慌ててエドガー様に顔を向けた。

エドガー様越しに、小さいアレクがよく隠れていた柱の装飾が目に入る。

大回廊の先に別の護衛の騎士がいるから、そこまでエドガー様を送ることになった。一時的に、クリフォードに二人分の護衛をしてもらっている。

もう大回廊まで戻ってきてたんだ。

左隣を歩くエドガー様に私はかぶりを振ろうとして――止めた。

「はい」

頷く。

「そう」

微笑んだだけで、それ以上エドガー様は何も言わない。それが心地良かった。

そして、いまだって思った。

「エドガー様。わたくし、視察でエドガー様の――」

「実家を訪問した? 公爵も言っていたね。まあ、視察について、大まかなことはイーノックから聞いたよ」

「では――わたくしが、エドガー様のご両親に無理を言ったことも?」

協力してもらうために、嫌な思いをさせた。脱出を手伝ってもらうために、馬や、大切な服を貸してもらった。私からだとはご本人たち以外にはわからないように、お礼を添えて返す手筈は整えたけど――あれで良かったのか、わからない。

「……そうなんだ?」

「そうなのです」

くすっとエドガー様が笑い声を漏らした。

「俺の両親はね、商売人ながら、あるときから、心の底から嫌だと思うことを絶対にしない人間になったんだ。だから、どんな形であれ了承したなら、それは父と母の意思だよ」

「ですが、王族は……近づかないという約束事があったのでは?」

「……でも、オクタヴィアは視察先に選んだんだね?」

「ただの偶然なのです」

言っていて、自分でも白々しく感じた。……妙に嘘っぽい。本当に単なる偶然だけど、視察にかこつけて故意に訪ねた、とでもしたほうが、よりらしく感じる。

「じゃあ、そういうことにしておこう」

これで、いえ、偶然です! て主張するのはさすがに憚られた。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして。とにかく、父と母が君を受け入れたのなら、わたしがとやかく言うことじゃない。だから気を遣う必要はないよ」

私にできることは、取引――エドガー様を助けるって約束を守ることぐらいか。

『今後もし――あの子が……エドガーが窮地に陥るようなことがあれば、エドガーをお助けください』

エドガー様の横顔を見つめる。執務室に入る前、父上とエドガー様が交わしていたやり取りが頭の中をチラついた。

「――エドガー様。何故クリフォードの同席を提案されたのですか?」

口をついて出たのは、訊きたいのとは別の質問だった。……意気地なし。

「うーん……。イーノックに反抗したい気分だったから?」

笑顔でエドガー様が答えた。

「オクタヴィアには、アルダートンがいたほうが良いだろうと思ったのは事実だよ」

ついで、落ち着いた微笑みを浮かべて、そう言葉を続けた。

「…………」

「……訊かないんだね?」

「それは……」

「わたしとイーノックが口論をしていたのを聞いていたんだろうに」

執務室に入ってからは、二人ともそんな素振りは見せなかった。でも、微妙な違和感を覚えることはあった。今日だけのことかもしれない? でも、今日だけ、なんて。

「――エドガー様は、父上がお嫌いなのですか?」

あり得ない。あり得ないんだけど、訊かずにはいられなかった。