軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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私には、婚約者はいない。エスフィアという国の方針。結婚適齢期に入る時期まで定めないことで、国にとって最大の利益を見込める相手を見繕う。私も十六歳なので、そういう話が舞い込むかと思いきや、まったくなかったのがこれまで。

「カンギナとバルジャンの両国からお前に婚約の打診が届いている」

サラッと言いすぎじゃない? 父上!

「……そのような話は、初耳ですわ」

ホントにねっ?

「だろうな。話自体は前々からあったが、正式な打診があったのは二日前だ」

最近過ぎない? 偽の恋人候補は見つからないのに、別方向でモテ期が……?

軽食と一緒に置かれていた書類の中から、父上が二枚の紙を選んだ。

「カンギナからは、第四王子のカミル。バルジャンからは第三王子のヤールシュ」

父上が机の上を滑らせるようにして寄越したのは、二枚の釣書。婚約を打診するにあたっての、両王子の簡単なプロフィールと絵姿が描かれている。

カンギナの第四王子、カミル。年齢は十三歳。ちょっ、アレクよりも年下……? 絵姿によると銀髪の反抗期っぽい美少年。――それに、紫色の瞳だ。

「リアム王……」

漏れた私の呟きを、父上が拾った。

「その通りだ。カミル王子は、その容姿からリアム王の再来だと言われている」

……隣国のカンギナは、特に王の権力が絶対的な国家。エスフィアや他の国も王制だけど、その比じゃない。こうなったのには明確な理由がある。

エスフィアでウス王の統治が始まる少し前。

カンギナは、王の失政により、一度王制がひっくり返った。革命が起こって、前世で言う民主政治が始まった。だけど、これが、ことごとくうまくいかなかった。

――みんなの意見を聞いて決めましょう。

要は多数決なんだけど、その決のために賄賂が横行。

王族の断罪に固執して、幼い王子や王女までも公開処刑。

革命の名のもとに好き勝手行われた。革命軍も、燃え尽き症候群っていうのかな。国王を倒すことが目的で、その後のことは深く考えていなかった的な? あと、一枚岩でなかったことも問題だった。革命軍同士で仲違い。

たった数年。腐敗した民主政治に、これなら王制のほうがマシだったって声が国民からあがった。

そして、二度目の革命が起こる。

最初の革命時に家臣たちの尽力で逃亡し、生存した王子が雌伏の時を経て、『従』をまじえた軍勢と共に政都と名称を変えていた元王都に帰還した。――立場が入れ代わり、革命軍を一掃。

王子は王制の復活を宣言し、カンギナの王として即位した。幸いなことに、彼は指導者としての資質を持っていた。

リアム王としていまだにカンギナ一の人気を誇る。

エスフィアでは一目置かれながらも「当時、リアム王が統治してさえいなければ……」と歴史書に一文愚痴が入るような王。

まあ、同時代でいうと、カンギナ側からは「ウス王さえいなければ……」になるわけで、両者の統治年代が被っていなければ、現在の国土は大きく違っていただろう、と双方から語られる所以。

そして、リアム王は容姿も抜群。銀髪に紫色の瞳が神秘的な美男子だったらしい。

我が文通友達、シシィから入手したカンギナの本には、私の腐女子魂が燃えさかるリアム王のストーリーが満載! リアム王には参謀がいたんだけど、参謀との関係が腐った目線では大変怪し……。

――じゃなくて。

一度倒されて復活した、という経緯から、カンギナでは王権が非常に強い。リアム王も、本人が神格化されているといっても誇張じゃない。

特に紫色の瞳の子どもはカンギナではそれだけで生まれながらの勝ち組。王族なら負けを知りたい、状態だと思われる。

銀髪に紫色の瞳、おまけに王族だったらまさに無敵。

そんな無敵少年との婚約が打診されているって――どうなの?

やっぱり裏がある?

それに、カミル王子の紹介文が、これでもかというほど王子を褒め称える内容で美辞麗句が満載なのが気になる……。

本人によるものではないとして、王子推しのファンか信者が書いたと言われたら信じちゃうよ、私。とにかく濃い……! ……文がこうなんだから、絵姿、もしかして盛ってない?

しかも、既にお腹いっぱいなのに、なんと釣書はもう一枚ある。

――バルジャンの第三王子ヤールシュの釣書に私は目を通した。

年齢は十九歳。絵姿を見たところでは、褐色の肌をした、金髪に赤みがかった黒色の瞳を持つ気の良さそうな青年、といったところ。

バルジャン……私の頭の中で真っ先に浮かぶのは、抹茶白玉アイスとカレーの国! 美味しい食べ物と創作料理の発祥地。んーと、父上が食べていたチーロの品種改良に成功したのって、バルジャンの王子だったような……? トゲトゲが増してより見た目は不格好になったけど、味は良くなって長持ちに、かつ育てやすくなったとか。

あと、バルジャンといえば、王は一夫多妻制。側室の地位は関係なく、王子や王女は完全に平等な扱いなんだけど、実力主義。能力によってピラミッドが形成される。第十王女だけどトップ、第一王子だけど最下位、なんてことにもなり得る。競わせて一番優秀な者を王にっていう方針。予算なんかも明確に区別されるらしい。王族だけ弱肉強食の世界。

ただ、ヤールシュ王子の紹介文は……いたってまとも、というか普通? 旅行と歴史の名所巡りが趣味、とある。カミル王子の後に読んだせいか、地味に感じる。

どころか……。何て言うんだろ。低く見せて書いてある、良いところを見せようとしていない感が漂ってる。こっちは、逆に絵姿も減点して描いてるんじゃ? そんな疑問が浮かんでくる。

釣書だけで判断すると――カンギナは婚約に積極的でバルジャンは消極的? 国家間の色々諸々が凝縮されてそう……。

「――父上」

無言で父上が私を見やる。

「どちらとも婚約が成立しなかったとして」

兄とシル様みたいに恋愛はしてみたいけど、いやでも自分の立場もわかってはいる。王族が恋愛結婚をするケースのほうが稀。

王族同士の結婚は、大抵は政略的なもの。友好を深めるため、とか。人質として、とか。国力の差によっては、権利をもらう、与える、とか。

「国への影響はないのですか」

断ったら、やっぱり国家間の関係が悪化したり……。

ふっと冷笑が返ってきた。

「ない」

父上が、強く断言した。

「お前がこれらの婚約を拒否しても、何らエスフィアに影響が生じることはない。その程度でこの国は揺らがない。――いや、揺らぎようがない」

……言葉とは裏腹に、不思議と父上の声音からは、それだけ自信がある、という風には聞こえなかった。感じたのは、苦さ。

「王が放蕩にふけっても、平民と結婚しても、戦を起こしても、何ら障害とはならない。それがエスフィアだ」

そのまま、口を開き、言葉を紡ぐかに思えた父上は、一旦沈黙した。

「――ゆえに、お前も気にする必要はない」

これじゃない、と思った。

途中で言おうとしたことを父上は変えたんだ。

「ただ、もしお前に恋人がいなかったのなら、検討には値するだろう」

「父上はこの婚約の打診をどう考えていらっしゃるのですか? 王ではなく、個人としては?」

面白そうに父上が口元に笑みを刻んだ。

「わたし個人か? 打診としては悪くないと思っている。ただ、お前の意志が先だ。披露目の場でお前の選んだ恋人を紹介してくれれば良い。お前の恋人が、問題のない人間であることを祈る」

あー……。例外はあるって、前に父上、言ってたっけ。私が恋人でーす! て連れてきた人間が、却下されることも有り得ると……!

で、偽の恋人を用意できなかった場合も、政略結婚が準備万端で待ち受けている。

私にも恋人がいるの! て大嘘をついたときより、追い詰められてない?

「もし恋人を秘密のままにしておきたいのならそれはそれで構わない。強制はしない。しかし、その場合はロバーツの居場所は教えられない。わたしがお前に教えても良いと判断した条件が消えるからな」

いや、実質強制でしょう!

父上が追い打ちをかけてきた。

どうして私が恋人を紹介するのと、ヒューの居場所を私に教えるのが父上の中で関係するのかさっぱりだけど、私から戦略的撤退という選択肢は完全に消えた。

やってやる。部屋から出れず、限られた場所にしか行けないっていう状況は解消済。披露目は外せないとして、準舞踏会の後すぐに毎日のスケジュールは視察以外、一旦キャンセルされたんで、いまのところ自由時間がたくさんある。

私、夏休みの宿題は、最終日間近に一気に終わらせるタイプだったから!

「先ほどの質問はお忘れください。わたくしには父上とエドガー様のように、愛し合う恋人がいますもの。ただ、公表してしまったらいままでの静けさが失われてしまうでしょう? そのことが惜しく感じられただけですわ」

「わたしとエドガーのように、か」

父上が呟いた。エドガー様を見つめている。

ついで、小さく笑った。

「……手本になったのなら幸いだ。そう思わないか? エドガー」

エドガー様が答えるよりはやく、父上は席を立った。エドガー様に近寄ると、屈み込む。

そして、こめかみに唇を寄せた。

「!」

驚いたのは、私だけじゃない。エドガー様もだったみたいで、手に持っていた硝子製の杯を取り落としかけた。それを父上が掴む。

「……イーノック」

エドガー様が、険しい顔で父上の胸倉を掴んで引き寄せた。小声で何か囁いた。父上には聞こえていたんだろうけど、その表情は一切変わらない。

父上とエドガー様の仲睦まじい様子を目にしたことはあれど、こういう方面のスキンシップを目撃したのは、はじめてだった。

――だから?

違和感があった。兄とシル様のキスシーンに遭遇したときみたいに、身内のBLは萌えないとか、そういうことじゃない。少なくとも、兄とシル様は、「はいはい。好き合っているんですね」っていう呆れと少しの羨望が私の中に生まれるぐらい、自然だった。

でも、目の前の二人の場合は――。

「おや。貴殿がここにいるということは――オクタヴィア殿下が中に?」

扉のほうを振り向く。

閉ざされた扉の向こう。廊下側から、よく通る声が、室内まで聞こえてきた。

エドガー様も扉のほうを見、父上の胸倉から手を離す。

掴んだままだった杯を、父上が机の上に置いた。

自ら、扉へと向かう。そして開け放った。それは父上にしては、乱暴な仕草に見えた。

「――レイフ。何用だ」

開け放たれた扉の先に立っていたのは、レイフ・ナイトフェロー。

おじ様だった。

私にとってはいついかなるときも救世主!