作品タイトル不明
躑躅ヶ崎の会談
1566年夏
朝夕の風に涼しさが混じり始めたころ。越後の上杉輝虎、そして相模の北条氏政が、甲斐の躑躅ヶ崎館に顔を揃えたのは、氏真が義輝と話し合いを持ってから二週間が経とうとしたときであった。
かつて武田家の本拠地であったこの館も、今は今川の支配下にある。東国を分かつ三つの大勢力が、この因縁の地で極秘の会談を開くこととなった。
参加者は極少数に絞られた。今川氏真。上杉輝虎。北条氏政の三名のみである。広間の空気は張り詰め、息苦しいほどの緊張感が漂っていた。
「まず初めに、遠方からの呼びかけに応じ、当主お二方ご自ら足を運んでいただいたこと、心より感謝いたします」
氏真が静かに口火を切った。上座に近い位置から、左右に座る二人の英傑を見据える。
「此度の古河公方、藤氏公の病死、誠に残念なことであります。公方様も深く憂いておられました。その公方様より、直接の言伝を預かっております。公方様は弾正殿に対し、関東から速やかに兵を引き上げよ、とのことを承っております」
氏真の言葉に、輝虎は目を見開いた。
「なんと!誠に公方様がそのようなことを仰られたと申されるか!?」
輝虎の声には、信じがたいという驚きと、大義を失うことへの焦りが滲んでいた。
「元より、両家の争いの根本は、古河公方の後継者の正統性を巡るものであったと存じます。嫡男の藤氏公と、現当主の義氏公。その藤氏公が亡くなられたとあれば、もはや争うべき大義の要素はございませぬ。義氏公は公方様から直接義の一字を賜り、継いでおられます。これ以上、義氏公を認めぬとあらば、それこそ公方様を尊んでおらぬと解されてもおかしくありませぬ。弾正殿が到底納得いかぬお気持ちもわかりますが、公方様のご意思と、関東管領としての立場。どちらが真の義であるかは、言うまでもござらぬでしょう」
氏真の理路整然とした説得に、氏政は我が意を得たりとばかりに満足げな表情を浮かべた。一方の輝虎は、奥歯を噛み締めながらも、返す言葉が見つからない様子で渋々と頷いた。公方様の直命であり、大義名分を奪われた以上、これ以上の関東への軍事介入は単なる侵略行為に成り下がってしまうからだ。
「しかし、上野の国衆にとってはどうでしょうか。昨日まで上杉と手を取り合って北条と戦っていたのに、突然上杉はもう関係ないとなれば、北条に報復され滅ぼされると混乱し、絶望するのは必然です」
氏真はそこで言葉を区切り、次なる一手を提示した。
「ゆえに公方様は、上野を今川が緩衝地として預かり、国衆の自治を認めてはいかがか、と申されました。越後と武蔵の間、上野に我ら今川がいれば、両家が直接国境を接して争うこともございますまい。これから現地の国衆らと粘り強く話をせねばなりませぬが、もしこの案が成れば、北条は背後を気にせず東の安房や常陸へ。上杉は関東から手を引き、北の蘆名や伊達への備えに。そうして北関東の矛を、双方収めてはくれまいでしょうか」
広間に重い沈黙が降りた。 氏真はこの静寂の中で、二人の胸中を正確に読み取っていた。この話は、双方にとって得があり、同時に痛みを伴う損がある。
北条からすれば、上杉という最大の脅威と対峙するための武蔵国境線に莫大な人員を割かれることがなくなる。これにより、安房や常陸の平定に全軍を向けることができる。だがその半面、力で奪い取れた可能性のある上野という広大な領土を、今川にまるごと掠め取られるわけだ。
上杉からすれば、上野を手放すとなれば、実質的に今後関東へ影響力を及ぼすことは不可能となる。関東管領としての威信は大きく傷つく。だが、泥沼の関東戦線から解放されることで、越後の本国を脅かす蘆名や伊達の対処に兵力を集中させることができる。
乗るべきか、乗らざるべきか。極めて判断の難しい調停であった。
「お二人とも、今この場で即座に答えを出せとは申しませぬ。議論を重ねるには、今日はもう日暮れが近すぎます。ひとまず本日の話はここまでにして、明日もう一度伺うというのはいかがでしょう?」
氏真は緊張を解くように、穏やかな声で提案した。
「部屋を用意させましょう。助右衛門、三郎左衛門。お二人を丁重にご案内なさい」
控えていた小姓たちが静かに進み出る。重苦しい空気を残したまま、この日の歴史的な三者会談は一旦お開きとなった。氏真は一人残された広間で、明日の決着に向けて静かに思考を研ぎ澄ませていた。