作品タイトル不明
宝
1564年秋
早川殿:龍王丸と五郎丸
五郎丸は近頃、自分の足で立てるようになってまいりました。短く、太い足で震えながら立つ姿は、龍王丸のときにも思いましたが、とても愛らしい立ち姿です。二人とも、今まで病にかかることもなく、何も問題なく育ってくれています。
このまま何事もなく、二人が育ってくれれば、十数年後には、龍王丸は殿を支える若と呼ばれ、姫をもらっているのでしょうか。五郎丸はその時、龍王丸を支える良き理解者であり、良き家臣となるのでしょうか。私が今川に嫁いで十年ほど。長いようで短いようにも思います。
この夏には義妹の藤姫様が三好家に嫁ぎました。私のことを実の姉のように慕ってくださり、離れてしまうことは寂しく思いますが、あの天真爛漫な笑顔と、それでいて凛とした佇まいは、外に出すことが誇らしい。あちらでも大事にされるでしょう。
私が今川に来たときは、兄や姉、母はどう思ったのでしょうか。やはり心配だったのでしょうか。私のときは藤姫様より若く、幼いと言っていい年齢でした。作法や礼儀も、今思えば至らぬ点ばかりでした。殿やお義母様に守られ、過ごしてこられたのだと思います。
龍王丸や五郎丸が姫を迎えたときは、私が一番の理解者となり、姫を支えてあげなくてはなりませんね。まだ遠い話、そのように思っていると、いつの間にやら私もお祖母様と呼ばれる日が来るのかもしれませんね。
そんな思いに耽りながら、殿がますます領土を拡げたことに苦笑しつつ、文を認めます。今川家を知っていただき、今川と関われば得をする。そう思っていただける方を増やしていかなければなりません。
信頼は、一朝一夕には作られません。殿の陰にいるだけの存在となっては、殿の名誉に傷が付いてしまいますからね。今川の正室も侮れぬ。皆様にそう思われるようになりたいものです。
1564年冬
安宅冬康からの文は、震える筆跡で記されていた。
『兄、修理大夫、帰らぬ人となり申した』
三好長慶が死んだ。阿波に戻り、心身の安寧を求めたはずだったが、長年にわたる心労と病魔は、稀代の英傑を蝕み尽くしていたようだ。ついに年を越すことは叶わなかった。氏真はその報せを受けた際、縁側で呆然と冬の空を見上げた。
「…早すぎるよな」
もし、彼の弟たちが健在であったなら。十河一存が生きており、三好実休が討たれず、そして嫡男の義興も病に倒れなければ、三好の天下は揺るぎないものになっていただいただろう。あるいは、松永久秀がもっと彼を支えきれていれば…。
たらればを言っても詮無いことだ。だが、氏真は悔しさを噛み殺せなかった。自分と同じく、古い権威と戦い、理を持って世を治めようとした先駆者が、志半ばで逝ったのだ。
氏真は即座に動いた。 多くの家臣を引き連れ、荒れる海を渡り、阿波へと向かった。
これは単なる弔問ではない。天下に向けた示威行為である。
「三好修理大夫長慶は、今川左近衛中将氏真の友であった」
その事実を世間に知らしめ、今川と三好の絆が、当主の死ごときでは揺らがぬことを証明せねばならない。
葬儀は荘厳を極めた。氏真は遺影の前で深く頭を垂れ、その死を悼んだ。そして、参列した諸大名や国人衆が見守る中、長慶の養子であり、幼き後継者である千鶴丸の前に進み出た。
「三好家は、我が友が遺した至宝。この千鶴丸殿の行く末、今川左近衛中将氏真が後見として見守らせていただく」
その声は、葬儀の場に静かに、しかし重く響き渡った。特に、四国統一の野心を隠そうともしない土佐の長宗我部元親への強烈な牽制である。「相続の隙に乗じて手を出すならば、今川が相手になるぞ」という無言の圧力だ。
喪に服する家臣らは、この宣言に安堵の色を浮かべていた。強大すぎる後ろ盾を得たことで、三好家は崩壊の危機を免れたのだ。友の死を政治に利用することは心苦しい。だが、それこそが友が守りたかったものを守る唯一の道だと、氏真は知っていた。
1564年冬
甲賀の里は、かつてない閉塞感に包まれていた。 囲炉裏の火を見つめる忍びの頭領たちの顔は、一様に暗い。
「…帰ってこぬか」
氏真暗殺のために送り込んだ数名の手練れ。その誰一人として戻らない。死んだのであればまだ良い。忍びにとって死は日常だ。だが、風の噂が正しければ、彼らは捕らえられ、あろうことか今川家に召し抱えられたという。
「大失敗だ」
頭領の一人が吐き捨てるように言った。彼らは口を割るような柔な訓練は受けていないはずだ。だが、戻らぬという事実が全てを物語っている。こちらの情報は、もはや今川に筒抜けであると考えねばならない。つまり、我々の手札は丸裸にされたのだ。
「六角の親子…あれをどうする」
誰かが忌々しげに呟いた。六角承禎、義治。彼らを匿って数ヶ月が経つ。 当初こそ、彼らが持ち出した軍資金があった。だが、既にそれも底をついた。
今や彼らは、金も出さずに飯を食らい、尊大な態度で「今川を討て」と喚くだけの厄介者でしかない。これ以上、彼らを匿うことに何の利がある? 答えは否だ。損しかない。
里の周囲は、すでに今川の勢力圏に完全に包囲されている。今川は軍勢を差し向けてはこない。代わりに、物を止めた。街道は封鎖され、商人たちは甲賀との取引を禁じられた。塩が入らない。鉄が入らない。そして何より、仕事が入らない。
経済封鎖。真綿で首を絞められるような苦しみが、甲賀の民を襲っている。
「民は食うに困り、木の根を齧る者まで出ている始末だ」
あの親子のせいで、甲賀は、いや伊賀を含めた忍びの里全体が終わる。義理だの忠義だので、腹は膨れないのだ。長老が重い口を開いた。
「…忠義は、果たした。これ以上は共倒れだ」
沈黙が肯定の意だった。殺して首を差し出すのは忍びの流儀に反するし、後味が悪い。ならば、穏便に出ていってもらうしかない。
「手切れ金を渡してでも、遠くへ逃がそう。西国か、あるいは北か…とにかく、ここから消えてもらう」
そして、今川に頭を下げるのだ。「厄介払いは済んだ」と。周辺はすべて今川だ。逃げ道を用意してやるのが、せめてもの情けであり、我らが生き残るための手打ちとなろう。忠義だけで飯が食えた時代は、もう終わったのだ。
「…ぬるい」
かつての仲間が見れば、そう笑うかもしれない。 だが、元甲賀の忍びである男は、配給された握り飯を頬張りながら、腹の底から湧き上がる充足感を噛み締めていた。
命を狙いに来た忍びに対し、拷問にかけるわけでもなく、殺すわけでもなく、あろうことか「働け」といってまとめて召し抱える始末。雇われた身である彼ら自身が一番に氏真の変人さを実感していた。
警戒心が無いどころか、気がおかしくなったのかと見紛うほどに、氏真の感覚は、忍びの持つ常識とはかけ離れていた。
だが、山で生き、常に飢えとともに過ごしてきた忍びたちは、今川での暮らしを知ってしまったのである。
白米が腹いっぱい食える。凍える夜に、暖かい布団がある。銭の心配をせずに、明日の命を案じずに眠れる。
外から見れば、今川は緩く、甘いように見えるだろう。塀もない屋敷、不用心な警備。しかし、それは隙ではない。余裕なのだ。豊かさがあまりに圧倒的で、焦りというものが存在しないだけなのである。
「いつでもお前たちの首など締められる。だが、働くなら食わせてやる」
その王者の余裕が、他を圧倒する。
それに、甘いだけではない。一度でも不穏な動きを見せようものなら、空からは鷹が、影からは既存の今川の忍びたちが、即座に牙を剥く。その緊張感が、見えない糸のように張り巡らされている。
だからこそ、氏真が無防備な姿で歩いていても、誰も手を出せない。いや、手を出そうという気すら起きないのだ。
給金という名の鎖。それは、忠義や恐怖よりも遥かに強く、忍びを繋ぎ止める。忠義や信仰では腹は膨れない。だが、今川にいれば腹が膨れる。家族を養える。人として生きられる。
その単純で、しかし絶対的な生存という名の鎖の強さを、内に入って初めて理解したのであった。
(勝てるわけがない…)
男は、警備の持ち場から、遠くで家臣と談笑する氏真の姿を眺めた。飢えた狼を手懐けるのに、鞭はいらない。極上の肉を与えれば、狼は番犬になる。忍びたちは、喜んでその鎖に繋がれたのだ。
男は短刀の柄を握りしめた。今度は、この主を守ることに使うために。