軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外SS『姉弟喧嘩』

時間軸は学園編開始一、二年前くらいイメージ。休暇中の姉弟。

俺とリコリスは、わりとよく喧嘩をする。

原因は様々、しかし大概くだらないことだ。

たとえばいつもの軽口の応酬。

いつもは許せる一言にカチンときて、少し刺々しい声でやり返す。そうするとお互い気が強いものだから、それにまた刺々しい言葉を返す。こうなると後は、流れに身を任せて一気に口喧嘩に突入である。

しばらくは口を聞きたくないという態度をお互いに取って、意地の張り合いが続く。

しかし、リーリア公爵邸にせよ学園にせよ、俺達が喧嘩をしていれば気にする人間が少なからずいる。善良な第三者に気を使われればさすがに冷静になるし、心配をかければ大人げないことをしていると反省もする。

そして、まあだいたい半々の割合で、どちらかが折れる。喧嘩終了である。

ちなみに、この『善良な第三者』にヴォルフは含まれない。

奴は俺とリコリスが口論をしていようが冷たい空気を漂わせていようが一切、気にしないからだ。むしろ、どこか生き生きとした様子でいつも以上にリコリスを気にかけるので、奴に対する苛立ちが『喧嘩に際しこちらから折れる』ことへの抵抗を無くさせることもある。

結果としてはヴォルフのおかげで喧嘩が終わったと言えないこともないのだが、もちろん感謝はしない。

ともあれ、我が家の姉弟喧嘩はそんなふうなので、喧嘩の発端が思い出せないということもたまにある。

しかし、今回の場合は少し珍しい。喧嘩の発端となった自分の言葉はしっかりと覚えている。しかし、何に苛立ちを感じてそんなことを言ったのかが判然としないのである。

その夜リコリスの趣味に付き合って、観劇に付き添ったのがそもそもの始まりだった。

帰り道。すでに暗くなった外に見るものはなく、俺は向かいに座ってクッションに顔をうずめた姉を見ていた。リコリスは物語に対してやたらと感情移入するきらいがあって、本でも劇でもよく泣かされている。

そんな彼女に向かって俺は言ったのだ。

『そんなに泣かなくとも。……姉上ご執心の女優は今頃、舞台の成功を祝って酒でも煽っていますよ。ご心配なく』

言っておくが俺は、そう無神経な人間ではないと自負している。

少なくとも、こんな事を言われて『確かにその通り。大団円ね』などと姉が言い出すはずはないと分かる。

加えて言い方もまずかった。我がことながらひどいと思うくらいの、皮肉っぽい物言いだったのだ。

案の定、リコリスは怒った。

何を言われたか分からない、そんな顔をしてしばらく俺の顔を凝視していたかと思うと、手持ちのクッションを俺に投げつけてきた。

その後は「デリカシーというものを学びなさい!」「事実ですよ」「言い方ってものがあるでしょう! あれが慰めのつもりだったなんて言わせないわよ!」といった応酬に発展し、「しばらく話しかけてこないで!」と締めくくられた。

確かに、慰めのつもりではなかった。それならさすがにもう少しうまくやったはずである。しかし、湿っぽい彼女の態度に苛立ったというわけでもない。そこまで心は狭くないつもりだ。

そうして始まった喧嘩が、意外に長く続いている。

今回に限ってはリコリスは自分のほうから謝罪するつもりはまったくないようだった。まあ、当たり前だろう。

そうすると俺の方から折れるしかない。それは分かっているのだが、謝罪に行けば必ず聞かれるだろう疑問への答えが見つからないのがまずい。

リコリスは絶対に聞くはずだった。

『なぜあんないじわるなことを言ったのよ』、と。

さて。なぜ、なのだろうか。

リーリア公爵邸にいる俺達が喧嘩をした時、まずは家人の誰かが心配そうに『自分に何かできることはないか』と聞いてくる。そしてそれらに首を振り続けていると、最後に出てくるのが父――リーリア公である。

彼は基本的に姉弟の喧嘩に関しては放任主義だ。ともすると、それを歓迎しているような節さえある。彼に言わせると、喧嘩をするのは仲がいい証拠だそうだ。

今回もリーリア公は仲裁というほど出張ってくるつもりはないようで、世間話のついでのようにこう言われた。

「喧嘩の理由を当ててあげようか」

俺はこの言葉に面食らった。

「分かるんですか? あなたはあの場にいなかったのに?」

「そう。私は推理をしただけで、リコリスからも詳しい話は聞いていないよ。 狡(ずる) はなしだ」

俺が促すと彼は、自信ありげに笑って言った。

「観劇の帰り道。馬車の中には君たちだけ。リコリスの態度から察するに、今回の喧嘩は君に原因があるようだ」

俺は首肯した。

「おそらく君は、わざとリコリスを怒らせるようなことを言ったんだろう? ……君は本当に、リコリスの泣き顔が苦手だね」

彼の言葉が俺の脳内に浸透して。

俺の顔はカッと熱くなった。

あまり自覚していなかった自分の気持ちに、気付かされたからである。

ああ、そうか。

あの時。

泣き顔を見せたくないのだろう彼女は、クッションに強く顔をうずめて。

細い肩を落として。

静かな馬車の中、嗚咽の声が定期的に聞こえてきた。

生気のない姿があまりに、見るにいたたまれず。

怒ってくれたほうがまだいいと、そんなことを俺は思ったのだ。