軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話.たったひとりの君へ

「そ、それは、その、ええと……」

しどろもどろになったルイゼは、言い淀むばかりで言葉を継げない。

心の準備はまったくできていない。しかも寝顔を晒してしまった直後である。

(暗黒魔法の件が解決したら、お返事をすると言ったけれど……でも、今……!?)

完全に狼狽えてしまうルイゼを、ルキウスはじぃっと見つめていたが、やがてふっと息を吐くと。

「すまない。急すぎたな」

そう、取り下げてくれるから、ルイゼは彼の優しさに甘えてしまう。

緩めていた口元を、ルキウスが引き締める。

「暗黒魔道具の顛末について、一研究者としては残念に思うが」

「…………はい」

ルイゼはおずおずと頷く。

暗黒魔道具は、一度封印されることとなった。

光系統の魔法が使えずとも、人を回復させる力は魅力的だ。

しかし同時に、それを使う個人の心に善悪を委ねてしまうのは、極めて危険なことだった。すでに多くの人が命を落としていることからも、その危険性は明らかだったのだ。

エ・ラグナ公国に滞在しているハイルにもその旨が伝えられた。彼はルキウスの意図を汲み、魔道具の真の能力についてしばらく伏せておくことに協力してくれた。

いずれ、他の古代遺跡からも同じ型の魔道具は見つかるかもしれない。そのときのために、アルヴェイン王国の王宮と魔道具研究所では、今後の対策のために何度も会議が開かれていた。

――人の頭の中にある、願望や欲望に沿ってしまう魔道具。

ロストテクノロジーが生み出した魔道具はあまりにも画期的だ。

おそろしくもあるが、もしもそれらを制御する術を見つけることができれば……世の中の仕組みは、また大きく変化することだろう。

「……いつか魔法も、魔道具も、地上からなくなるのかもしれないな」

ルキウスの呟きに、ルイゼは耳を傾ける。

「世界中で、魔力のない人間は徐々に増えているらしい」

「そう……なのですか?」

「ああ。地上から魔素が減り続ければ、魔石もなくなる。魔法そのものが消え去る日は、そう遠くないように俺は思う」

ロストテクノロジーという優れた文明すら、何かの理由で衰退していったように。

現代の魔法も、魔道具も、いつしか消えていく。それに代わる何かが、次の時代には生み出され、すべては忘れられていく。古代の遺産になるかもしれないし、誰の記憶にも残らないかもしれないのだ。

悲しい、とルイゼは思う。

同時に、仕方のないことなのだとも思う。

生まれつき魔力を持たないことで、苦しみ続けた人を知っている。

もしもルキウスの言うような世界に変わっていくならば、セオドリクやリーナの感じた苦しみは、なくなっていくはずだ。

そして、それでも、とルイゼは思う。

「それでも私は、きっとその日まで、魔道具を造り続けていると思います」

(ルキウス様と、一緒に)

その未来を、ルイゼは信じている。だから、不安が胸を覆うことはない。

頷いたルキウスが、ゆっくりと立ち上がった。

「では、そろそろ行こうか。フィベルトたちが待っているだろうから」

差し伸べられる手の先を、ルイゼは見上げる。

まぶしい白皙の美貌が緩み、微笑を浮かべている。

灰簾石(タンザナイト) の瞳をした、美しい男の人。

ルキウスもきっと、同じ未来を目指しているのだと思うと、ルイゼは堪らない気持ちになる。

そのために彼が打った布石の数々も、ルイゼは王都に戻ってから知ったのだ。

(一律調整課の、本当の設立目的……)

ルキウスとエリオットが協力して作られたのが、一律調整課だった。

雑用目的と見えたのは表向きだった。実はあの課は、魔道具研究所では停止しつつある魔道具開発部門を活性化させるために生まれた課だという。

そのために最初に選ばれたのが、ルイゼとアルフだった。

ルイゼは柔軟で奇抜な発想力を。アルフは着実な経験に基づく観察力を買われて、一律調整――すなわち、 魔(・) 道(・) 具(・) を(・) 生(・) み(・) 出(・) し(・) 魔(・) 術(・) 式(・) を(・) 調(・) 整(・) す(・) る(・) 課(・) に、配属されていたのだという。

魔道具祭が成功すれば、本格始動するという名目で、魔法省にも確約を取っていたのだそうだ。

ルイゼがラグナ行きの船に乗り込む前にエリオットが叫んでいたのは、このことだった。

「はい、ルキウス様。……あ」

ルイゼが吐息をこぼすと、手を差し出していたルキウスが首を傾げる。

「どうした?」

「ルキウス様、すみません。髪が枝に引っ掛かってしまって……」

複雑に絡んでしまっていて、抜け出すのに時間がかかりそうだ。

引っ張って千切ってしまおうか、とも思うルイゼだが、そんなことをすればミアに目をつり上げて叱られることだろう。

しかしルキウスを待たせておくのはあまりに忍びない。そもそもここは研究所の裏庭なので、所内には歩いてすぐの距離なのだ。

「もちろん、先に行っていただいて大丈夫ですから」

「それは無理だな」

膝を折ってしゃがんだルキウスが、あっさりと首を振る。

え? とルイゼが聞き返そうとしたときだった。

「君の代わりはひとりも居ないんだから」

――――それが、本当に、当たり前のことで。

至極当然だというように、ルキウスが言ってのけるから。

ルイゼの唇が、小さく震える。

何かを苦しむように、堪えるように、何度も開いて、閉じて。

「――、ルイゼ?」

「…………っ」

ルキウスが覗き込んだときには、ルイゼの頬は、溢れ出た涙で濡れていた。

次から次へと、止まらなくなる。嗚咽を上げて泣くルイゼを、ルキウスは大切そうに抱きしめた。

華奢な少女を片手で抱き留めながら、ルキウスはその髪が一本も損なわれないように、もう片方の手で絡まった髪を弄くっている。

「大、好きです、ルキウス様」

「……うん」

「ずっと、ずっと、大好き、です。ルキウス様。だいすき」

「うん。俺も」

涙をぽろぽろとこぼしながら、一生懸命に繰り返すルイゼに、ルキウスは何度も頷いた。

細い枝に絡め取られていた鳶色の髪の毛をようやく取り戻すと、その先端に口づける。

「俺も君を、誰よりも愛している」

震えるばかりのルイゼの濡れた目元を、指のはらが拭う。

ルイゼの頬に手を添えたルキウスが、少しだけ緊張に上擦った声で、その先を口にした。

あのときは答えられなかった言葉を、もう一度。

「ルイゼ。俺と、結婚してくれるか」

「……はい」

今度こそ、ルイゼははっきりと頷けた。

誰よりも大切なたったひとりに伝えたかった言葉を、形にする。

「私とずっと、一緒に居てください」

ルイゼの唇に、ルキウスの熱いそれが重なった。

深い口づけに溶けていくように、力が抜けていく身体を、ルキウスの腕が支える。

風が吹いて、裏庭に咲く花々の花弁が散る。

木漏れ日の射す中。二人の頭上に、色づいた花弁が重なり合うように降っていった。