作品タイトル不明
第127話.土の中の教授
ムシュア宮を出たルイゼとナイアグは、魔法具の技術開発局へと向かっていた。
開発局は大公の住むムシュア宮の右後方に位置し、徒歩で移動できるよう専用の回廊が作られているという。全面硝子張りのホール状の回廊からは外の景色が望め、美しい庭園には見たことのない黄色や赤の花が咲いていた。
二つ返事で同行を決めたルイゼだが、それは公国の技術が結集されたという開発局を一目見たかったためである。
――技術開発局は、いわばアルヴェイン王国でいう魔道具研究所と似た場所ではあるが、公国中心に造られる魔法具は厳密に魔道具と識別されている。
魔石と魔術式を内部に埋め込み自動稼働する魔道具に対し、魔法具とは、魔物素材や鉱石を用いて造られたアイテム全般を指すためだ。
(機構の複雑さ故に、魔道具は魔法具より優れているという見方をする人も居るけれど)
石けんや化粧水、日焼け防止クリームなど、公国は豊富な海上資源を活かして多くの魔法具を開発している。
周辺各国が公国との取引を望み、いくつもの海上物品運送契約が結ばれた。魔道具といえばイスクァイ帝国、魔法具といえばエ・ラグナ公国と人々の話題に上るのも、公国の技術と戦略が優れていたからだ。
精密な魔道具を開発できない、運用できない気候であるからこそ、潔く魔法具製造へと政策を切り替えた。不便さを逆手にとる戦法により、海上の小国から成り上がった国だ。
「シャロン様。訊いていいことかどうか分かりませんが……」
隣を歩くナイアグがおずおずと口を開く。
二人の後ろには護衛の兵が数人ついているが、彼らにも聞こえない程度の音量だ。
「なんでしょうか?」
「その、どうして家出をされたのかなと」
はたとルイゼは思いだす。
(そうだった。私、家出していることになってるのよね……)
ナイアグが心配するのも無理はない。貴族令嬢が家出するにしても、わざわざ国外まで逃亡するという例はあまりないだろう。ルイゼ自身、そんな話は聞いたことがなかった。
ルイゼは頭を回転させて、それっぽい言い訳を思いついた。
「その、父と喧嘩をしまして」
「おやおや……」
令嬢の家出の要因といえば三指に入るだろう言葉に、ナイアグの目元が和む。
「いやぁ、しかし……ルキウス殿下はシャロン様のことをよほど大切にしてらっしゃるんですね」
「え?」
鈍いと揶揄されることの多いルイゼだが、さすがにその言葉の意味には気づいてしまう。
くすくすと楽しげに笑うナイアグ。
「いやー、魔道具の献上だなんて絶対理由を適当に取り繕っただけですもん。あの多忙な方が自ら迎えに来られるだなんて、よっぽどシャロン様のことが」
「違います」
きっぱりと否定すると、彼がぱちくりと目をしばたたかせる。
だがルイゼは言葉を止められず、ぎゅうと握りこぶしを作って説明する。
「大いなる誤解です。いえ、確かにルキウス様と――わ、わたしは、友人ではありますがそれだけです」
「……そうなんですか?」
「そうです。あの、その、ええと、ルキウス様には……既に想っている方がいらっしゃって」
「ええっ」とナイアグの驚く声も耳に入らない。
(私ったら、なんて不遜な発言を!)
ルイゼはひとり、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
もちろん、ルキウスの想っている人とは――即ちルイゼ自身のこと。
そんなことを勝手に言い放ってしまったのは、どうしても誤解されるのがいやだったからだ。
(ああ。また妬いてしまった……!)
ルイゼは消沈する。ルキウスのこととなると、うまく感情がコントロールできなくなるのだ。
もしもこの場にルキウスが居たら、いじらしい彼女を夢中で抱きしめていたに違いないのだが、残念ながら彼の姿はない。
熱い頬をむにむに押さえつつ、ルイゼはどうにか続ける。
「そ、それにわたし、公国で作られる魔法具に興味があったんです」
「魔法具にですか?」
こちらの理由は決して嘘ではない。
イスクァイの魔法大学と並んで、エ・ラグナの技術開発局はルイゼの見てみたかった場所のひとつだ。
「そうか……カリラン公は魔道具好きで有名な方ですからね。一人娘のシャロン様もそういった方面に興味がおありだったんですね」
「ええ、まぁ」
ナイアグは勝手に納得してくれた。嘘ばかりで心苦しいものの、一応信じてくれたようだ。
そのまま世間話をしながら回廊を進んでいく。
「実は今日、フィアンマ殿下の伯父上であるハイル殿が技術開発局にやって来てましてね。彼は、普段は魔法大学で教鞭をとっておられるのです」
「えっ?」
(つまり、魔法大学の教授?)
「お、目が輝きましたね」
ナイアグがにこにこと笑う。
「ただ、フィアンマ殿下に負けず劣らずの変人ですからね。そのへんは注意を……」
言いかけたナイアグが口の動きを止める。
彼の見ている方向を見ると、回廊の隅に不思議な調度品が置かれていた。
(…… 足(・) の(・) 生(・) え(・) た(・) 植(・) 木(・) 鉢(・) ?)
あまりの光景にルイゼはぽかんとしてしまう。
大きな植木鉢に、人の足が逆さまに生えている。それが何やらもぞもぞとときどき動いている。
「って、あれだ。おーい、ハイル殿ー」
ナイアグがブンブンと手を振って駆け寄っていく。
その後ろに兵士が十人ほど続き、ナイアグの指示の下、全員で力を合わせて鉢から足を引っこ抜く。
彼らにとってはこれが日常茶飯事なのだろうか。全員「またか」みたいな顔をして作業している。
そうして引っ張りだされた人物は、ボサボサの髪の毛をした男性だった。
年齢は三十代後半くらいだろうか。ごっそりと土が付着し折れ曲がった眼鏡をかけていて、顔立ちはよく分からない。
彼のまとう土にまみれたヨレヨレの白衣姿は、魔道具研究所を思い出して少しだけ恋しい気持ちになるルイゼである。
「ゴホッ、グホッ、あー、ナイアグ……久しぶりだな。また大きくなった。元気か?」
「一昨日も会いましたよ」
「お前は会うたびどんどん大きくなるが、顔が小さい。どんな魔道具を使ってる?」
「生まれつきですよー。あとこんなところで精神統一するのやめてください」
「そんなつまらないものは統一しない。おれは土と会話をしてんだ。魔素が溶け込んで美味しいからな」
「魔素じゃお腹は膨れませんけどねえ……」
噛み合っているのかいないのか、不思議な会話が繰り広げられる。
ルイゼはその光景を、ちょっと距離を空けて見ていた。
というのも呆気に取られていただけではない。土の中から出てきたその人物に見覚えがあったからだ。
そんなルイゼに気がついたハイルが、役に立たない眼鏡を外している。
フィアンマのような黄金の目ではない。髪と同じ金茶色の瞳が、初めて発見した動物を見るようにルイゼを見やる。
「もっと顔が小さい生き物が居るな。こっちはなんだ?」
「失礼なこと言わない! こちらはシャロン・カリラン公爵令嬢ですよ!」
ナイアグの注意も気にせず、ハイルは「んん?」と何度も首を捻っては、ルイゼの周囲をぐるぐると歩いて回る。
「なんだっけな。このちっさい顔、どっかで見覚えが……」
ぼそぼそと呟く声を聞きながら、心臓が早鐘を打つ。
今にも彼が気づいてしまうのではと、緊張のあまり冷や汗をかいた。
(ど、どうしよう)
というのもその人は。
リーナの替え玉をしていたルイゼを、魔法大学に推薦した張本人――ハイル・カーマンだったのだから。