軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第128話.ハイル・カーマン

それは今から約一年前。

ルイゼとリーナの通っていた魔法学院では、定期的に魔法を使った試験が行われていた。

当時、魔法に関わる実技・筆記試験のほぼすべてに、リーナの替え玉としてルイゼは出席した。

そんなある日のことだった。

ルイゼは広い演習場で 土人形(ゴーレム) 十六体と向かい合っていた。

泥土によってできあがった巨大な人型たちは、ルイゼを踏み潰そうと迫ってくる。

しかしその動きは、ぎこちなく止まる。

闇魔法には攻撃魔法が少ない。

魔法の効果も目隠しや睡眠など、対人戦に特化した補助的な役割のものが多く……だから魔法によって動く土人形との相性は最悪といっていいのだが。

「『ダークシャドウ』」

ルイゼの足元から伸びた濃い影が半数の土人形に這い寄り、太い手足に絡みついていく。

影にまとわりつかれた土人形たちは、ギギギ、と唸るような不快な音を上げながら、無防備な土人形へと襲いかかっていった。

(さすがに、けっこう重い)

八体の土人形を一斉に操り、他の八体に向かわせるのはなかなか骨が折れる。

だがルイゼは正確に八体の動きを操る。踏み出す手足の動き、速度、角度……演習場を俯瞰できない以上、全てが計算通りとはいかないが、土人形たちはルイゼが影を動かす通りに戦っていく。

その数が減るごとに、操る土人形の数を減らして。

最後の一体が倒れると――見守っていた生徒たちから歓声が上がり、何人かが駆け寄ってくる。

「さすがですわリーナ様!」

「扱いの難しいとされる闇魔法を、ここまで的確にコントロールされるなんて……!」

「ふんっ、別にこんなの大したことじゃないわ」

賞賛の嵐の中、ルイゼは長い髪をかき上げる。

周りの学生は、そんなルイゼを羨望の眼差しで見つめてくる。しかし彼らが見ているのはルイゼではない。

自分の物ではない名前を呼ばれるたびに込み上げてくる苦しい感情に、ルイゼは見て見ぬ振りをする。

(これでまた、リーナの名声が高まるわね)

少しはリーナの機嫌も良くなるだろうか。

そんなことを思っていると、試験監督役を務めている教師に呼ばれた。

彼の隣に、見覚えのない壮年の男性の姿があるのには気がついていた。だが生徒の誰もその人物のことを知らないようだった。

好き放題に伸びた金茶色の髪の毛に、浅黒い肌。

身なりからして貴族ではないだろうが、教師がへりくだっているのを見るには、

(どこかの省の役人? それとも……)

ルイゼの思考を遮るように、彼が口を開く。

「お前いいな」

無表情で繰りだされたのは、あっさりとした褒め言葉だった。

辟易とするほどの賞賛の嵐に囲まれて生きてきたルイゼが、一瞬反応を忘れてしまうほどに。

「いい。すごくいい。おれんとこで欲しいぞ」

「あ、あなたは……?」

「ハイル・カーマン。魔法大学の教授だ」

(魔法大学の……!?)

興味のなさそうな振りを維持するのに、ルイゼはひどく苦労した。

――魔法大学は、入学試験さえ受けるのに厳しい条件がある。

一つ目は、各魔法学院にて優秀な成績を収めること。

二つ目は、魔法大学の教職員より推薦を受けること。

在籍する生徒が一つ目の条件を達したと学院が承認した場合、大学教職員が派遣されてくる。

ルイゼ扮するリーナの成績が優秀なため、彼が呼ばれたのだという。事前に知らされていなかったルイゼはひたすら驚くしかない。

「研究が行き詰まると引き受けんだ、調査。大抵、つまんねぇものばっか見せられるんだが」

あけっぴろげな物言いに、教員が渋面を作る。

自国の王族や上級貴族の要請により、大学教職員を呼ぶ学院は多い。イスクァイの魔法大学に実力を推し量られたという事実を、箔のように扱う貴族が多いのだ。今までハイルもそんな風に利用された経験があるらしい。

だが今のハイルは、ルイゼを見て目を輝かせている。

まだ加工されていない宝石の原石を見つけたような、そんな目だとルイゼは思った。

「今日は違う。わくわくした。ルキウスを見に来たときと似てるな、これは」

「!」

(カーマン様は、ルキウス殿下を推薦した教授なんだわ)

九年前に一度だけ、ルキウスと話したことがあった。

あのあとすぐに、彼は魔法大学へと発ってしまったが……。

黙り込むルイゼを余所に、教員から差しだされた書類を確認し、ハイルは鷹揚に頷いてみせた。

「筆記も問題ない。よし、推薦状を書く」

最後に、ルイゼのことをまっすぐに見つめて。

「魔法大学に来い。おれの研究室に入れてやる」

それはルイゼにとって、忘れられない出来事だった。

魔法大学で活躍する教授に実力が認められた。しかもその人は、ルキウスを推薦した人物でもあるという。

その日ばかりはルイゼは浮かれた。

ずっと、魔道具のことを専門的に学びたいと思っていた。

たとえ自分の名を失ったままだとしても、魔法大学に留学できるならと何度願ったことだろう。

(結局、魔法大学の推薦はリーナが蹴ってしまったけれど……)

自分の研究室に入れる、とハイルは言ってくれた。

彼を裏切ったような気がして、もし機会が巡ってきたら謝りたいとも思っていた。

嘘や冗談を好む人には見えなかった。彼はルイゼのことを本心から評価してくれたように思えたから。

(だけどまさか、こんなところで会うなんて!)

目の前には土にまみれたハイルが立っている。

しかし今、リーナの振りをして謝罪するわけにはいかない。

なぜならばルイゼはシャロン・カリランとしてこの場に居るのだ。そんなときにリーナだと名乗れば、非常にややこしいことになってしまう。

「あ、あの。人違いではないでしょうか?」

致し方なしに、ルイゼはそう切りだした。

すぐには納得しないだろうと思われたハイルだが、ナイアグに睨まれているのもあってかアッサリと翻す。

「そうか。そうかもしれん」

胸を撫で下ろすルイゼに、ハイルがにこりともせず言う。

「じゃあ案内してやる。技術開発局」